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金平糖


 次の日、メイド服に着替えたアリスは自分の頬を『パンッ』と叩き気合を入れた。


「さあ、バリバリがんばるわよぉ!!」


 昨日もらったメイド服は、一番小さいサイズでもブカブカだった。そんなこともあろうかと家から針と糸を持って来ていて、夜のうちにサイズ直しをしておいた。そしてセバスチャンとマリアの脇で使用人の朝礼に参加し、挨拶をする。


「アリス・ミラーと申します。小さい体ですが元気はあります。よろしくお願いします」



 今日からアリスのメイド生活の始まりだ。

 


 スタック辺境伯爵家の使用人の仕事は多岐にわたる。


 ダレンの父であり、前当主はケガが元で命を落としてしまった。

おしどり夫婦と呼ばれた母もまた、夫の後を追うように儚くなってしまい、その後嫡男であるダレンが若くしてその後を継いだのだ。

ダレンには妹がいたが、すでに嫁ぎこの館にはいない。

 現当主であるダレンに妻はいないので女主人もいない。故に、この館には夫人や令嬢と言った、女性貴族がいないのだ。そうなると必然的に侍女は必要なく、ここで働く女性の使用人は皆メイドとして雑用でもなんでも行うことになる。


 アリスは身体こそ小さいが体力は人並みにあり、自然に囲まれた田舎で領地の子供たちとともに遊んで暮らしていたので、男子の仕事もその身が覚えている。

 そつなく何でもこなすアリスは、自然と使用人の輪に入り、楽しく過ごすことが出来ていた

 


そして、アリスに与えられた最初の仕事。それは、ダレンが拾って来た動物たちの餌やり。


 子供の頃からアリスは不思議と動物たちに好かれていた。

 気性の荒い馬や犬たちも、アリスの前では大人しくいう事を聞いてくれる。

 周りも、そんなこともあるかもね? くらいに思っていて特別不思議に思う事は無かったのだが、この地に来てそれが普通ではないのだと初めて知った。



 館の裏にある広い庭。普通なら花が咲き誇り、庭師が丹精込めて庭園を造るのだろうが、スタック家にそんな物は存在しない。なぜなら、花を愛でるような女性がいないから。

 そしてこの広い中庭は現在、数多くの動物たちが暮らすこととなっていた。


 ダレンは領地内を見回る際に、怪我をした動物や鳥などを保護してはこの庭に連れてくる。そして治療を施し元いた場所に返してやるのだが、何故か皆舞い戻ってくるのだ。

 野犬しかり、ウサギや猫にあらいぐま、亀や水鳥までいる始末。

 そして最近では鶏や山羊まで飼いだし、卵や乳は皆の胃袋に収まっている。


 アリスが庭で山羊の乳しぼりをしていると、背中から呼ぶ声がする。


「アリス、どうだ? みんな元気か?」

「ダレン様。はい、今日もみんな食欲旺盛で悪戯好きの元気いっぱいです」


 ダレンの声に乳しぼりの手を止め立ち上がる。

 アリスのふわふわのくせ毛は、今日も頭の上の方で一つ結びにされている。これはダレンからの指示によるものだ。

 仕事をするのに邪魔にならないようにと丸くひとまとめにしたら、「しっぽみたいでかわいいから、この前の髪型が良い」とのご指名で、以来ずっとこの髪型だ。面倒くさくないし、楽なのでアリス的にも問題はない。


 そんなアリスのしっぽ毛を手でピヨンピヨンと左右に揺するのがダレンのお気に入りで、今日もピヨンピヨンした後、アリスの頭を撫でてご満悦だ。


「アリス、手を出して」

「手、ですか? はい」


 両方の掌を上に向け、ダレンの前に突き出した。

 ポケットから何やらゴソゴソと取り出した小さな瓶を、そっとアリスの掌の上に置く。小瓶を掴み中をのぞくと、色とりどりの星型の小さな物が入っている。


「ダレン様、これは?」

「金平糖だ。この前王都に行った時、手に入れた。甘い砂糖菓子だ。食べて見ろ」


「こんぺいとー?」


 ダレンは瓶の底をかざして覗き込んでいるアリスの手からそれを奪うと、コルクの蓋を取り中から金平糖を一粒取り出そうとする。


「あ! 待ってください。色付きは数が少ないので白いのでお願いします」

 

 真剣な顔で金平糖の瓶を見つめ、ダレンに指示を出す。そんなアリスが可愛くてダレンは「ぷっ」と噴き出した。


「大丈夫だ。また買ってきてやるさ、ほら!」


 ダレンは瓶の中から黄色い粒をひとつ取り出し、アリスの顔の前に差し出す。


「ん!」


 アリスはダレンの顔と金平糖を交互に見つめ、ゆっくりと口を開いた。

 ダレンの指がアリスの口元に近づき金平糖をそっと放り込む。

 アリスは口の中の金平糖をコロコロと転がしながら、ダレンを見つめる。


「旨いか?」

「ふぁい」


 アリスの唇に触れたままのダレンの指がゆっくりと頬に伸び、にっこり微笑みながらおもいきり人差し指で『むにゅ』と押した。


「いふぁぁい!」

「ぶははは!!」


 押された頬を手で押さえながら、顔をしかめて痛がるアリスを見て笑うダレン。アリスの頭をぐしゃぐしゃと撫で付け、微笑んだ。


 ぷぅと頬を膨らませてダレンを睨みつけるアリスの背後から声が聞こえた。


「ああ! 良いもの見ぃちゃった!」


 背中から声がして振り向くと、スタック辺境伯爵の私兵団団長マイルが立っていた。

 

「あ、マイル様。休憩ですか?」

 

 アリスの言葉にマイルは苦笑いを浮かべ、


「ねえねえ。アリスちゃんは僕がいつも遊んでいるみたいに思っているでしょ? 言っておくけど、僕これでも忙しいからね。ホントだよ。団長さんで偉いんだよ!」


 アリスの両頬を指で思い切り摘まんでビヨ~ンと伸ばしてみる。「変な顔!」そう言って噴き出すマイルに、「いふぁいですぅ」そう言って顔をしかめ彼の手を掴み逃げようともがくアリス。それを見てさらにゲラゲラと笑うマイルの手をダレンが抑え制止した。


「何かあったのか?」


 一瞬、緊張の糸が張ったように感じる。


「ゲネスの山道で強盗に襲われたと商人が駆け込んできた」

「ゲネスの山で?」


「ああ、我が国の者かどうかはまだわからん。これから俺は様子を見て来ようと思う」

「わかった。おれも一緒に行こう」


「え? いいよ別に。さすがにもういないだろうし、様子を見るだけだから。アリスちゃんとイチャイチャしてなよ」

「なっ!! イチャイチャなどしてないだろう?」


「いいや、していました! この目で見ました!!」

「う、うるさい! 早く行くぞ!!」


 ダレンは少し耳を赤く染め、スタスタと歩き出してしまった。


「アリスちゃん、そう言うわけでちゃんとお仕事して来るから、ちょっとダレンを借りるね」


 マイルはウインクをするとアリスの頭をポンと一つ叩いた。


「何やっている!! 早く行くぞ!」

「はいはい。わかっていますよ。じゃあ、またね」


 マイルは駆け足でダレンのそばまで走って行った。


 一体なんだったんだろう?と首をひねるアリス。ここに来てからずっとそうだ。

 何故かダレンがアリスを気に入っていると言う風に皆は思っているらしい。

 確かに小さきものが好きなダレンにとっては、アリスはご褒美のようなものなのだろう。しかし、そこにはただ『可愛いもの』として存在するだけで、愛だの恋だのそんな物は存在しないのに、誰も信じてはくれない。


 どうしてこんなことになっちゃったんだろうと、ため息を吐き、再び山羊の乳を搾り始めた。


「ねえ? どう思う?」


 アリスの問いかけに「メェェ~」と鳴き声で返事をする山羊。

 ただし、アリスに山羊の言葉は通じない。山羊の瞳で気持ちを図ることもできない。アリスは動物から好かれても、彼らの気持ちを理解できるほどの才能は残念ながらなかった。


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