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四度目のループはセツナの悪役令嬢で

作者: 緋色の雨

 魔導具の灯りを放つ無数のシャンデリア。その煌びやかな光に満たされたホールでは、私の婚約者にして、この国の第一王子、シオンの誕生パーティーが執り行われている。


 参加者はみなこの国の有力者だ。次期国王――王太子となるべく育てられたシオンにとって、文字通り将来を左右する重要なイベントである。

 決して粗相のないようにと、ウエイターやメイドが緊張した面持ちで行き交っている。

 そんなパーティー会場のど真ん中。深紅のドレスを纏う私は、いままさに素朴な少女目掛けてビンタを放とうと手を振り上げたところだった。


 突然のことに目を見張った被害者は、この国の聖女アルティ。

 元々は平民の娘でありながら、聖女と認められたことで社交界で大きな顔をするようになった。そればかりか、私の婚約者であるシオンに色目を使ったのだ。

 だから――


 身の程を思い知らせてやりますわ!


 振り上げた手を聖女目掛けて振り下ろす。そのとき、私の中で電撃が走った。

 走馬灯のように甦るのは三つの未来の記憶。


 一つ目は、アルティがシオンと結ばれるのを横目に破滅する記憶。

 二つ目は、アルティが若き騎士団長と結ばれるのを横目に破滅する記憶。

 三つ目は、アルティが大きな商会の息子と結ばれるのを横目に破滅する記憶。


 三つの記憶に共通するのは、私がアルティをビンタしたことでシオンと口論になり、それが原因で婚約を破棄され、立場をなくした私が破滅するという結末だ。


 結末に至る展開が違うのは、おそらく私のビンタの仕方が違ったからだ。

 一度目は反射的にアルティをビンタして、そのことをアルティに咎められただけだった。


 だけど二度目のときは、直前に一度目の記憶を思い出し、シオンを寝取られた怒りを乗せてアルティを殴ってしまったのだ。その……騎士団長が飛んでくるレベルで。

 おそらくそれが、アルティと騎士団長が結ばれた原因。


 三度目は叩いた後で慌てて謝った。それでその場は事無きを得たのだけど……結局、私が婚約を破棄されて破滅するという結末だけは変わらなかった。


 そんなことを考えているあいだにも、私の振るった手のひらがアルティに近付いている。もう零コンマ一秒もあれば、私のビンタがアルティの頬を打ち抜くだろう。


 このままだと私はまた破滅する。それに気付いた瞬間、私は全力で振り下ろす腕に制動を掛けた。手のひらが彼女の頬に触れるか触れないかでようやく止まる。

 刹那のことで、驚いたアルティはぎゅっと目を瞑っている。


 周囲の者には、私がアルティをビンタしたと思われたかもしれない。彼女が目を開くまえに言い訳を考えて、この状況を乗り越えなくてはいけない。


 この状況を乗り越える神の一手は――と、必死に頭を働かせる。三つの記憶の中になにか、私の破滅を回避する方法は……と、待って。

 そう言えば、三つの記憶で破滅したのは私だけじゃない。


 シオンは第二王子に王太子の地位を奪われて病死、騎士団長は大怪我を負って騎士団長の地位を辞任して、商会は赤字が膨らんで倒産している。

 彼らがそれを回避したのは――アルティと結ばれた場合だけよ!


 この子、ほんとに聖女なのね。


 彼女が聖女と認定されたことについて深く考えていなかった。でも、もしも周囲の人を幸せにする力があるのなら、色々な人からちやほやされるのは当然だ。

 うぅん、もしかしたら、その力を知った人達に狙われているのかもしれない。


 ……そう仮定すれば、思い当たることがある。アルティは権力者に媚びを売るきらいがあった。最初は私にすら愛想を振りまいていたくらいだ。

 私はそれが気に入らなかった。

 でも、あれがもし、立場が弱い彼女なりの処世術だったのだとしたら……


 それに気付いた瞬間、私は空いている手でアルティの腰を抱き寄せた。それから、頬に添えた手はそのままで、アルティと優しく彼女の名前を呼んだ。衝撃に備えて目を瞑っていた彼女は、ゆっくりと目を開き――


「え? ローズ様……なにを?」

「私達、仲良くなれると思いませんか?」


 驚くアルティに向かって囁くように語りかける。


「えっ? 私とローズ様が、ですか?」

「そうよ。アルティ、貴女は平民の娘でありながら、シオン殿下に取り入っていますわね?」

「そ、それは――」

「でもそれは、自分の身を護るため、なのでしょう?」

「え? どうして……」

「聖女である貴女を手に入れようとする者はあまりに多く、けれど貴女は自分の身を護るだけの力がない。その力を、シオン殿下に求めたのではないかしら?」


 これが、三つの未来の記憶から導き出した答え。

 聖女アルティは私の婚約者を奪おうとする悪女――なんかではなく、彼女を欲する権力者達から逃げようと足掻くただの女の子。

 そう指摘すれば、彼女はくしゃりと顔を歪めた。


「ごめん、なさい……ごめんなさい、ローズ様。私は優しく差し出された彼の手に縋ってしまった。シオン殿下が貴女の婚約者だと知っていたのに!」


 ばっと頭を振る。アルティの瞳から煌めく雫が飛び散った。

 私はハンカチを取りだし、その端で彼女の目元を拭う。


「謝る必要はありませんよ。貴女の気持ちはよく分かりますから」


 立場をなくしたことのある私は、立場が弱い者が、他の権力者からどのような扱いを受けるかよく知っている。

 それを知ってなお、自分の身を護るために努力をした彼女を責めるなんて出来ない。


「許して、下さるのですか?」

「許すもなにも、謝罪の必要はないと言っているではありませんか。もう一度言いますが、貴女がどれだけ苦しんでいたか、少しは分かっているつもりです。シオンに近付いた理由も、ね。だから申し上げているのです。私達、仲良くなれると思いませんか? と」


 私の提案に、だけどアルティの顔に警戒が滲んだ。


「それはつまり、庇護下に置く代わりに、シオン殿下に近付くな――と、そういう提案だと受け取ればよろしいのでしょうか?」

「……シオン殿下、ですか」


 言われて彼のことを考える。

 三度も破滅に追いやられてなお、彼を想う気持ちは色褪せていない。けれど、私がどれだけ望んでも、彼の優しげな微笑みが私に向けられないことは身を以て知っている。

 過ぎた願いを抱いて破滅するのはたくさんだ。

 だから――


「正直、シオン殿下のことはどちらでもかまいません」


 アルティがシオンとくっついても、そうじゃなくても関係ない。

 私が破滅しないのなら――と、心の中で付け加える。


「どちらでも、ですか?」

「ええ。どちらでもかまいませんわ。あと、私は家の力で貴女を守るけれど、私が貴女に求めるのは友情だけです。……それとも、私と仲良くするのは嫌かしら?」

「そ、そんなことありません!」


 反射的に答える。彼女の強い意志を秘めた瞳が、私の目をまっすぐに見つめた。


「そう、なの?」

「ローズ様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私が聖女になってすぐの頃、お貴族様に言い寄られて困っている私をローズ様が助けてくださったんです」

「……あぁ、そんなこともあったわね」


 といっても、ただ右も左も分からぬ小娘に権力を振りかざす男が気に入らなかっただけだ。聖女であるアルティを助けようと考えた訳じゃなかった。


「あのときからずっと、私はローズ様と仲良くしたいと思っていたんです!」

「そう、だったの……」


 纏わり付いてきたのは、シオンではなく、私と仲良くしたかったから、なのね。それなのに、彼女がシオンに取り入ろうとしていると思うなんて、私は最初から誤解していたのね。


「アルティ、あらためて提案するわ。私とお友達になりましょう」

「はい、喜んで!」


 アルティが目元に涙を浮かべて微笑んだ。

 その姿は無邪気でとても可愛らしい。シオンが気に入るのも当然だ。


 色々失ってしまったけど、新たに手に入ったものもある。

 私は私なりの幸せを見つけるとしよう。

 そう思った次の瞬間、にわかに周囲が騒がしくなった。ほどなく割れた人混みの中から姿を現したのは、この国の第一王子にして私の婚約者だった。


「ローズ、またキミか。今度はアルティになにをしたんだ?」

「あら、いきなりご挨拶ですわね。私はただアルティと友情を育んでいただけですわ」

「ローズが、アルティと?」


 疑惑の目が向けられる。そしてその目は、本当かと確認するようにアルティへと向けられる。それに気付いた彼女は私の腕にしがみついた。


「ローズ様の仰っていることはほんとです! 仲良くしてくれるって言ってくれました!」

「……仲良く? そう、なのか」


 釈然としないと言いたげな表情。でも、いままでの私の行動を考えれば無理もない。

 私が破滅の道をたどったのはさきほど踏みとどまったビンタが原因だったけれど、それまでにも私は悪女らしい行動は取っていた。急に仲良くとか言っても信じられないだろう。

 だから――


「シオン殿下、いままで申し訳ありませんでした」


 私は深々と頭を下げた。これまでのプライドが高かった私なら考えられない行動に野次馬達が言葉を失い、ホールの喧噪が波のように引いていく。


「ローズ、なんのつもりだ?」

「私が愚かでした」

「……は?」

「私は婚約者でありながら、貴方の苦悩に気付いてあげられませんでしたから」


 シオンは第一王子であっても、まだ王太子ではない。次期国王と目されてはいても、いまだ後継者争いをしている最中なのだ。


 だからこそ、常に王族としての振る舞いに気を使っている。そんな彼が、アルティと結ばれなかった歴史では第二王子にその座を奪われて破滅している。

 そこから導き出される答えは簡単だ。

 ……というか、三度の人生を歩んだ私は既にその答えを知っている。


 私の腕に抱きつくアルティをやんわりと引き剥がし、シオンの側へと歩み寄った。扇を広げ、彼の耳元に扇で隠した唇を近付ける。


「シオン殿下は自分の命を狙う影にお悩みでしょう? 私はその犯人を知っています。貴方の弟、ルキア殿下。彼が貴方の命を狙う犯人です」

「……ローズ、自分がなにを言っているか分かっているのか?」

「信じられませんか?」

「当然だ。あいつと俺は半分とはいえ血を分けた兄弟だ。それに、あいつは昔から俺を慕ってくれている。そのあいつが、俺の命を狙うなどありえない!」

「シオン殿下がルキア殿下ととくに仲がいいことは知っています。ですが……ご存じでしょう? ルキア殿下は誰よりも母親を愛している、と」

「……義母殿のことか」

「はい。彼女が裏で手を引いています。証拠が必要なら彼女を調べてください」


 シオンにとって義理の母。彼女は第二王妃であるが、それは実家の影響力が、シオンの母親よりも劣っていたからだ。――という事情により、シオンやその母親を酷く怨んでいる。

 もちろん、そこまでは話すつもりもない。

 私はすぐに彼から離れ、いまのはお詫びの印ですと付け足した。


「お詫び……だと?」

「さきほど申したとおり、私は婚約者としての責務を果たせませんでしたから」

「待て。なぜ過去形のように語る?」


 ……ああ、そう言えば、いまはまだ婚約を破棄されるまえだった。というか、婚約を破棄されることで私は立場を失うのだし、解消くらいに留めれば破滅の危険も減るだろう。


「失礼いたしました。しかし、殿下の気持ちが既に冷めていることは存じております。私は殿下のご意志に従いますので、婚約を破棄するのではなく、解消としていただければ幸いです」


 シオンへの思いを忘れられるように、彼を思う気持ちはすべてここに残していこう。そう思って、いつもより殊更丁寧にカーテシーをする。

 そうして別れを終えた私は身を翻し、アルティの下へと戻った。

 だけど彼女は泣きそうな顔で、私の腕にしがみついてきた。


「もう、どうしてアルティがそんな悲しそうな顔をするのよ?」

「だって、ローズ様はシオン殿下のことが……なのに、私が原因で……」

「貴方のせいじゃないわ、私が愚かだったのよ。それに、仕方ないの。世の中、どんなに願っても、叶えられないことだってあるのだから」


 私はそれを三度の人生を経て理解した。

 それに、今回の人生は悪いことばかりじゃない。三度の人生で敵視していたアルティと分かりあえた。きっといままでよりは幸せな未来にたどり着けるはずだ。


「――さあ、行きましょう。貴方が私のお気に入りだって、みんなに教えてあげなきゃね」


 アルティの友達として、彼女に手を出すことは許さないと有象無象に牽制する。そのための一歩を踏み出した瞬間――私はつんのめった。

 アルティがしがみつくのとは反対側の腕をシオンに摑まれたからだ。


「……シオン殿下?」

「言ってない」

「……はい? 別れの挨拶は告げましたが」

「違う。俺は、キミと婚約を解消したいなんて言ってない」

「え? ですが……」


 実際、私は彼に三度も婚約を破棄されている。なのに、婚約を解消するとは言ってない、なんて言われても……と言うのが正直な気分だ。


「俺はキミの言うとおり難しい立場にある。だから、伴侶となる女性には思慮深いことが求められる。だから時折問題を起こすキミに不安がないといえば嘘になるだろう」

「それは、その、申し訳ありません」

「――だが、俺は出来るのなら、キミに側にいて欲しいと思っている。幼い頃から側にいてくれたキミがいいと思っている。それが、偽らざる俺の本心だ!」

「……え?」


 待って。ちょっと待って。

 それって、まさか……


「シオン殿下、貴方は私のことを……?」

「愛しているよ。ずっと子供の頃からね。……言わなかったか?」

「初めて聞きましたわ!」


 信じられないと目を見張る。三度の人生を経て、どんなに願っても、叶えられないことだってあるのだと諦めたばかりだったのに、まさかそんなことを言われるなんて。

 そう驚きに目を見張る、私の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 

 

 投稿中の長編『二度目の悪逆皇女は心を入れ替えました。でも私を利用した悪辣な人々は絶対に許さない!』他もよろしくお願いします!

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