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オムライス  作者: 六連
6/9

 次の日になると浩平は朝から一人身支度を整えていた。

 これから市役所に行くためだ。

 先ずは話を聞きに行くことにした。流石に彩香の住民票があるとは思ってはいないが念のためにだ。

 いきなり警察に行くと不味い気もしたのでとりあえず相談をしに行くことにした。

 玄関で靴を履きながら見送ってくれる彩香に声をかける。

「それじゃあ俺はちょっと市役所に行ってきますから。いきなり警察に連絡とかはされないと思いますが昼過ぎても帰ってこなかったら少し覚悟しておいてください」

 自分で言いながらアバウトだとは思いながらも下手に連れて行ってそのまま警察というのどうかと思い浩平は彩香には留守番を頼んだ。

「スマホは置いてきますので音が鳴ったら電話なんで教えた通りにお願いします」

「はい。覚えたので大丈夫です!」

 元気よく返事をする彩香に浩平は頷く。

 地頭が良いせいか彩香の学習能力はやはり素晴らしく二、三回教えただけで使い方を覚えてくれた。

 優子と別れた今となっては連絡をくれる人間などいない。大学の友人達も基本はラインだけなので電話がかかることはまず無い。

 こういう時に浅く、狭い人間関係をしていると楽であると同時に寂しく感じる事もある。

 以前は優子ぐらいとしか連絡手段に用いていなかった。別れた今となってはほとんどその意味をないしていない。

 これからは彩香がいるのでスマホぐらい持たせないといけないかもしれない。そう思いながらスニーカーの紐を締める。

「それじゃあちょっと行ってきます」

「はい。いってらっしゃい」

 深々と頭を下げる彩香。まとめた髪が尾の様に垂れる。

 浩平は「行ってきます」とだけ告げて家を出た。

 出ると同時に鍵が閉められる音がする。出て直ぐに鍵をかけられると少し寂しくも思うが自身の言いつけ通り防犯を意識してくれていると思えば良かったとも思えた。

 アパートの階段を下り浩平はバス停へ向かった。

 前回は彩香の希望に則って歩いて行ったが今回はバスを使う。

 あまり時間をかけて心配させるのも悪い。

 ひとりはひさしぶりだなと考えながら歩くが元々ひとりだった。

 彩香にははっきりと言っていないが浩平は既に天涯孤独だった。母を小学生の頃に亡くし、次に祖母。父親は浩平が大学一年の時に交通事故で亡くなっている。

 一応は保護者となっていた親戚は浩平が二十歳になると同時に直ぐに関係を解消し今は連絡もとっていない。元々母親との結婚で父方の親戚とは仲もよろしくはなかった。解消されても既に独りで暮らしをしていた浩平には特に何の変わりもなかった。

 祖母と父の葬儀には特に思い入れはない。悲しかったけれど良かったとも思えていた。母親の時のように原爆のせいにされなかったから。

 もし自分が死んだらどうなのだろう。

 若くして病死だと同じように言われるのだろうか? 年をとってなら言われないのだろうか? 

 いや、それよりも今自分が死んだら誰が悲しんでくれるのだろうか? たぶん彩香は泣いてくれるだろう。親戚は、来るか来ないかはわからない。あとは良くて大学の浅い繋がりの友人と、優子はどうだろう? 変に筋を通す人間なのでもしかしたら来るかもしれない。

「……駄目だな」

 ごちるように呟く。

 独りになると余計な事ばかり考えてしまう。

 考えを変えようと彩香を思い出す。

 昨日の夜に作った煮込みハンバーグも美味しそうに食べてくれた。お昼はどうしようか? 出来れば食べたことのない料理を食べてもらいたい。

 料理を検索しようとポケットに手を入れたがスマホは置いてきたのを思い出す。

 自分で置いてきといてそれすら忘れるとは、我ながら駄目だなとひとり笑いを堪えながらバス停に着いた浩平は市役所に向かうためにバスを待った。

 先ずは市役所で住民票の確認をしないといけない。もし住民票が残っており死亡届が出されていると死んだ人間が生きている事になり面倒が起きてしまう。住民票が無ければ彩香と口裏を合わせて警察に行き身元不明者として届ける。

 その際に少し引き離されはするだろうが未成年でないのだから拘束されたりはないだろう。発見者として名乗り出ればそのまま彩香を引き取れるかもしれない。

 我ながら都合良く運んだ結果しか求めていないな、と思いながらバスに揺られて浩平は市役所へと向かった。


 

 市役所の出口から出てきた浩平は肩越しに市役所に振り返りため息を吐いた。

 結果は散々だった。

 市役所を訪れた浩平は先ずは戸籍があるか確認するために受付に向かったが今は住民カードが必要になっており簡単には戸籍を引き出せなかった。個人情報保護法というものだろう。委任者の場合は本人の署名と捺印。委任者の署名と身元を確認できるものの提示が必要だった。

 ついでに身元不明者を保護した場合も聞いてみたが怪訝な顔をされて先ずは警察に連絡してくださいとかし言われなかった。

 あのまま話を聞き続けていると不審者として警察に連絡されかねないと思い早々に退散した次第だ。

 やはりというか、予想通りというか先ずは警察に連絡が一番だという事がわかった。

 けれど今更勝手に保護して警察に連絡も入れませんでしたでは疑われるのは火を見るより明らかだろ。

 このままでは彩香の戸籍があるかどうかすらわからない。仮に無かった場合は何とかして戸籍を貰わなければこのまま生活していって病気になった時に病院にも掛かれない。

 やはり警察に行くしかないのかと考えながら浩平は歩き出した。バスに乗って帰ろうかとも思ったが気が乗らずに歩いて帰ることにした。

 けれど歩き続けても名案など浮かぶわけもなく結局は少し遠い散歩として終わってしまった。

 歩き疲れた足は少し痛みを感じる。前回はこんなことはなかった。彩香と話をしていたからだろうか?

 手すりを使いながら階段を上がり部屋へと向かう。

 インターホンを鳴らし彩香に開けてもらおうとするが――。

「……?」

 反応がない。もう一度押してみるがやはり動きはなく、鍵を差し込み開けた。

「ただいま」

 声をかけるが反応はない。

 ――寝ているのか?

 そう思った浩平は静かに玄関へ入ろうとして彩香の靴がないのに気づいた。

 どうやら出かけたらしく部屋を確認するがやはりおらず窓は全て閉められいた。

 見れば以前彩香に渡した共用の財布もなくなっていた。

 スマホもない。

 恐らくは買い出しにでも出たのだろう。いきなり知らない場所で知らない男と共同生活を送っているのだからたまには彩香もひとりで外に出たいはずだ。

 ソファーに寝転がり天井を仰ぐ。

 これからも住むなら彩香用の生活用品も買わなければいけない。シャンプーなんかも好きな匂いの物の方が良いだろうし、化粧品とか乳液とかも優子が置いていったものはあるがちゃんと別に用意しなければ。

「……いつ帰ってくるかな」

 時計を見ればもうすぐお昼三十分前。

 浩平の頭に不安がよぎるが、スマホがないという事は彩香が持って行っているのだろうから何かあれば連絡が来るはずだ。

 大丈夫、だいじょうぶ。と自分に言い聞かせながら無意識にスマホを弄ろうとしてまたも気づく。

「……あ」

 自分の間抜けさにいよいよ怒りすら覚える。

 完全に今朝のバス停の出来事と同じだ。スマホは彩香に預けているのだから当然連絡などくるはずがない。

 こうなると何かあっても連絡も出来ないし来ないことに気づいた。

 格安のスマホでも早々に渡せば良かったとも思うが今更遅い。

 聡明な彩香の事なので迷子になっても人に聞いたりして何とかするだろう。問題はないはず。

 ないはずなのだが――。

「……っ」

 気になり出すと止まらない。何度も視線が時計に向かってしまう。寝返りをうったりテレビをつけてみたりするが気は紛れない。

 浩平は体を起こすと乱暴に髪を掻いた。

 優子の時と似た感覚に不安が苛立ちに変わっていく。

 浩平は直ぐに家を飛び出した。

 恐らくはそこまで遠出はしないはすだ。見知らぬ場所にひとりでいくとは思えない。

 先ずは近場のスーパーからだと浩平は走った。

 一件目のスーパーを探したが見つからず二件目、三件目と走り続けたがどこにも彩香の姿はなかった。もしかしてと思いデパートや市役所や図書館、プラネタリウムにも向かったがやはり彩香はどこにもいなかった。

 途方に暮れながら仕方なく一度家に戻ろうと思った時には日は落ちかけていた。

 夕刻の橙が浩平の影を伸ばす。

 日が落ちていくのと同様に浩平の気持ちも沈んでいき、もしかしたら、という不安が募っていく。

 そもそもは浩平と同じ時代にいるべき人間ではない。なぜかはわからないが偶然にこの時代に来てしまっただけ。ならばいきなり元の時代に戻る可能性もある。

 考えないようにしていたが普通に考えればあり得ない事を体験している。もしかしたら今までの事は浩平の幻覚だったのかもしれない。優子と別れ寂しさから生んだ幻想。

 色々と都合も良すぎる。なんで彼女と別れたその日に行くあてのない女性を拾うのだ? それをなぜ自分は保護する? 警察に連絡もせずに。

 考え始めると全てがおかしく思えてきてしまう。

 浩平の足はおぼつかず体は今に折れそうに前かがみになっている。

 アパートの階段を上る足は重い。手すりにつかまりながら何とか上りきるが並ぶ部屋のドアが怖くてたまらない。

 自身の部屋の前に立ちドアノブに手をかけて回そうとして思い出す。

 慌てて家を飛び出したせいで鍵をかけるのを忘れていた。

 泥棒、という単語が頭に一瞬だけ浮かぶが直ぐに霧散する。

 ――まあ、どうでもいいか。

 今更泥棒に入られた所でなんの事はない。通帳を盗まれようと、部屋を荒らされようと、知った事ではない。

 自嘲気味な笑みが浩平の口から漏れた。が、それは直ぐに凍り付いた。

 ドアが開かなかったのだ。

 家を出るときに鍵をかけたか?

 記憶が曖昧で覚えていない。大きく息を吸い落ち着ける。

 鍵はかけなかったかもしれないし、かけたかもしれない。

 もし自分がかけていたとして、希望を持ってドアを開けると失望した時が恐ろしい。

 ゆっくりと鍵を差し込み回すと、やはり鍵はかかっており聞き慣れた解錠の音がする。

 息を潜めてドアを開ける。

 見れば玄関には出る前にはなかった靴が一対。

 急く気持ちを押さえてゆっくりと部屋へと入る。奥からは微かな物音。浩平の口元が少しづつ綻んでいく。

 ドアを開けて室内に入ると奥の台所に見慣れ始めた後ろ姿があった。なにやら調理をしているのか浩平からは見えないが忙しなく動いているのがわかる。余程集中しているのか帰ってきた浩平には気づいていない。

「むー……。もう少し味が濃い方がいいのかな?」

 呟く独り言は、やはり望んだ人のもので浩平の足がゆっくりと進む。

「この時代の料理は味が濃いものが多い気もするし浩平さんもそうなのかな」

 普段話す時とは違う口調に少し驚くがそれは浩平には新鮮に思えた。

 じっと見ていると不意に相手が振り返った。

「もう一度確認してみましょう。確か教えてもらったサイトでは――ってあれ?」

 予想外のものを見たように目を丸くする彩香。まるで初めて会った時の事を思いだす。

「浩平さんおかえりなさい」

 いつも通りに笑いかける彩香に浩平の目頭が熱くなる。

「いやー、すいません。浩平さんが帰ってくる前にお買い物してご飯の準備しておこうと買い物してたら少し迷っちゃいまして。やっぱり一人で出歩くものではないですね」

 片手にスマホを持ちながら歩み寄る彩香。どうやら使い方は覚えたようでネットで料理のレシピを確認しようとしていたらしい。

 そこまでは浩平は教えていなかったのだが持ち前の高い適応力のお陰か使えているようだ。

「で、待っていても浩平さん帰って来られないので何かあったのかと思いましたけど、とりあえずご飯を作って待っていようかと思いまして。色々料理を見ていたのですが、この時代は本当に便利ですね」

 ひとりはしゃぎながら浩平にスマホの画面を見せてくる。映し出されているのはレシピサイトにあげられている料理動画。作ろうとしていたのは豚カツらしくソースの作り方も載っている。

 どうやらこの料理を作りたくて買い物に行ったらしくキッチンを見れば卵やパン粉が封を開けて置かれているのが見て取れる。

 浩平の体から余分な力が抜ける。

「……やっぱり買い物に行ってたんですね」

「え? ああ、はい。そうです。それに他にも、その必要なものもありましてそれらも買ってきました。その、女性に必要な物とかもですね、ありまして……」

 視線を逸らす彩香。その先にはドラッグストアのビニール袋。

 それだけで浩平は理解し頷いた。

「大丈夫ですよ。俺も子供じゃないので言わなくてもわかります。それに関してはすいません。俺の配慮不足でした」

 頭を下げる浩平に彩香は慌てながら首を振る。

「そんな頭を上げてください。こちらこそ申し訳ありません。その、流石に恥ずかしくて……」

 頬を赤らめて恥じる彩香。出来れば浩平としてはここで話を変えたいがやはり心配が勝ってしまい聞いてしまう。

「あー……その、不躾で申し訳ないですが、その大丈夫でしたか?」

 浩平の言う心配が何の事かわからない彩香は首を傾げる。浩平としてもこんな心配を女性にすることがあるとは思わなかった。

「あー……その、昔とは違うと思うんで、使い方とか……」

 先ほどの安堵から漏れた涙はどこへやら。浩平も言いながら顔を赤く染めている。配慮のない質問とは思うが他に言いようなど思いつかない。

 浩平の態度と言葉で意味を理解したのか彩香は更に頬を紅潮させて恥ずかしそうに項垂れた。

「あ……はい。教えていただいたので問題ないです」

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 店員にでも聞いたのだろう。ならば問題はないはずだ。

 これ以上聞くのは流石に不味いと思い浩平は口を噤んだ。

 けれどそうしている訳にいかずに先に彩香が慌てて口火を切った。

「あ、あの、それでお借りしていたスマホでお料理を探しましたらこの豚カツというのが目につきまして。あ、このスマホという機械は本当に凄いですね! 電話も出来ますしテレビのように映写も見れます。そのお陰で分かりづらいお料理の調理方法も分かりやすくて凄いです! オムレツを鮮やかにつくられる方もおりましてとても勉強になりました!」

 更に浩平にスマホの画面を迫るように見せつける彩香。

「それで見ていると作りたくなってしまって、それで豚カツを作ってみようと思いましてですね、帰りにスーパーに寄って材料を買ってきたんです! こういう油を使った料理は天ぷらぐらいしか作った事ないんですが色々覚えようかと! それでこういった揚げ物はやはり出来上がりが美味しいかと思いまして準備だけしておこうかと思いまして! 浩平さんが帰って来られた直ぐに揚げようかと――」

 次々と出る言葉。何とか話を逸らそうとしているせいか普段では聞かない早口で話す彩香。

 その姿に浩平に残っていた緊張の糸が完全に切れ大きなため息を吐く。

 彩香は浩平のそれを呆れと勘違いしたのか話を止めて顔を曇らせた。まるで叱られる前の子供のように不安そうな顔で。

 自身の挙動一つでここまで変わるのか。

 申し訳なく思うのと同時に嬉しくも思えた。

 気づけば浩平は彩香を抱きしめていた。

「……心配しました」

 いきなりの事で何が起きたのか理解出来ていないようで彩香は何度も目を瞬いている。

「え? あの、浩平さん?」

 浩平の腕の中に収まりながらやっと状況が理解出来たのか彩香は手をさ迷わせている。

「……駄目ですよ」

 腕の中でか細く呟いた彩香の耳は赤く染まり恥じらっているのが見てとれる。

「すいません」

 謝罪を口にするが浩平の腕は緩むことはなく彩香を抱き締め続けた。

 帰って来てくれた事の喜びで浩平は気づかなかった。

 彩香がついぞ腕を回してくれなかった事も、伏せられた顔で見えないその目に宿る悲しさも。

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