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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第2期 第5章 遠くにある夢
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決意と躊躇い

 父から聞いたことは陽葵の知らなかった事実だった。そして、陽葵は父に誓った。


「お父さん、僕はオリンピックで金メダルを取ります。世界一のスケーターになります。だから、これからも丞コーチのところに行かせてください」


 陽葵の頭を撫でながら父は優しい声で語りかけた。


「陽葵。人生は長いようで短い。僕たちはそれを柚希の死で実感した。だからこそ、今ある時間を大切に使いたいって思ってるんだ。陽葵もな、毎日練習できる環境をありがたいと思いなさい。教えてくれるコーチがいることに感謝しなさい。努力すればきっといつか夢は叶うから」

「僕は……友だちとも遊びたい」

「今はそうだと思う。だけど、柚希は今のお前と同じ年だったとき毎日遅くまでフルートを奏でていた。僕は毎日遅くまで弓道に励んでいた。一緒にいなくてもお互い将来のために努力していたんだ。陽葵も今はつまらないかもしれないけど、もう少し頑張ってみろ? いつか、練習していた日々が大切な宝物になるから」

「だけど……」

「陽葵はスケート嫌いか?」

「ううん」


 嫌いなわけがない。陽葵は首を振る。


「じゃあ、練習は嫌いか?」

「ううん」


 練習も大事なことは分かっている。嫌いではない。陽葵は首を再び振った。


「試合が嫌いか?」

「ううん」


 注目されることは大好きだ。陽葵はまた首を振った。

 父の質問の意図が分からない。


「じゃあ……目標になる人はいるか?」

「……うん」

「それは誰だ?」

「丞コーチと翔哉くん」


 父の笑みが深まる。二人とも父と面識がある。翔哉も丞に会いに来る父のことを知っているだろう。


「二人は陽葵が知っている限り毎日何をしてた?」

「……練習?」

「そうだ。僕はスケート選手じゃないからスケートのことは良く分からないよ? だけど、練習が大切なのはわかる。弓道も同じだから」

「なんで、お父さんは弓道やってるの?」

「流鏑馬の神事があるからな」

「……僕は弓道やらなくていいの?」

「僕は子どもの頃、やることが決まっている人生が嫌いだった。その道から何とかして逸れたいと思っていた時期もあった。だから、陽葵のことは大人になったら神主になることが決まっているなら子どものうちは自由に育てようと思ったんだ」

「大人になったら僕が神主……」

「思ってなかっただろ? だけど、こればっかしは仕方ない。僕も嫌だったんだ。だけど羽澄家の嫡男である以上は仕方ない。どれだけ陽葵がやりたくなくても、この神社を僕の代で絶やすわけにはいかないからね」


 陽葵の知らないところで、生まれた瞬間に将来の仕事が決まっていたようだ。


「陽葵。申し訳ないけど、陽葵がスケートに没頭できるのはあと十年くらいだ。大学は神主育成校に入学してもらうしかないから。だけど、陽葵が満足するまでは存分にスケートに打ち込みなさい。それはお父さんが許可する。それでも遊びに行きたいならば行けばいい。禁止にはしないぞ?」

「……やっぱり僕、ちゃんと練習する!」

「そうか?」

「うん! ふうにはやっぱり遊べないって伝える!!」

「ふう?」

「僕のお友だちだよ!」

「そうか、友だちがいるのか……」


 父は何故かとても眩しいものを見るような目をして陽葵を見つめた。

 父には友だちがいなかったのだろうか。陽葵はそんなことを考えていた。


「あなた? そろそろいいかしら?」


 秘密基地の入り口から母の声が聞こえてくる。


「今行く」


 そう答えた父は陽葵に手を差し出す。


「陽葵、行くぞ。次会うときこそメダル持ってきてよ」

「メダル!?」

「うん。これまでも優勝してるのに陽葵は一回もメダル見せてくれないじゃん」

「あ、」

「どんな小さな試合でもいいんだ。全力で戦ってしっかり満足できる演技をできたら胸張ってメダル持って帰ってきなさい。お前のお母さんも叔母さんも同じように生きてきた。それが選手になるってこと、日本を背負うってことなんだよ」


 父の言葉には重みがあった。おそらく二人の選手を身近に見ていたからだろう。陽葵は静かに頷いた。

 陽葵は昼食を食べた後すぐに外出できるよう着替えた。流石に袴で外を歩くのは注目してほしいと頼むのと同じである。


 秘密基地から家の中を通るルートで歩いていくと階段を上がったところで麻緒が控えていた。


「おまたせ」

「存分に話し合えましたか?」

「うん。陽葵には全部話したから」

「承知しました。陽葵お坊ちゃま。お父様から伺ったことを決して忘れぬようにしてください」

「……?」

「あなたはこの神社の跡取りでありながら世界一を目指すお方。おそらくその肩には私などでは想像もできないほどの重みがかかることでしょう。それでもその重みは柚希さまが背負っていたものです。決してお坊ちゃまは一人ではありません。つらい時にはそのことを思い出すようにしてくださいね」

「……はい」

「そう抱え込まないために麻緒を付けているんだが」

「もちろん、私は私なりにお坊ちゃまを支えてまいりますよ」


 父と麻緒は信頼しきった瞳で互いを見つめる。そして二人の手が固く握りあった。


「陽葵をよろしく頼みます」

「お任せを」


 麻緒に「食事の準備が整っております」と急かされながら二人は客間へと急ぐ。









 楽しい時間は本当にあっという間だ。陽葵は食事を終えるとすぐに帰宅することになった。丞の予定に余裕がなく、このまま帰宅するしかなかったのだ。

 全員で裏口へと向かう。外に出たら両親とは暫くまた会えない。陽葵は暖かい光をたたえた瞳で見下ろす父を見つめる。


「じゃあ、行くか」

「うん。お父さん、行ってきます」

「行ってらっしゃい。全力で暴れてこい」

「あはは。暴れるって。頑張るね!」


 次に陽葵は母と向き合う。


「陽葵。また暫く一緒にいられないのは寂しいけどね、だけど私もお父さんも貴方のことをずっと大切に思ってますからね。いいね? 決して諦めないこと。そして、負けたときにはまずは勝者を称えること。私はできてなかったからあまり強くは言えないけど……。だけど、いつも自分が一番だと思うのは間違いよ? 失敗した人ほど、次は強くなれる。忘れないで」

「はい」

「そしたら、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 陽葵は両親の間に挟まれ手を繋いで、丞たちの元へと向かった。


「陽葵のことをよろしく頼みます」

「こちらこそだよ。紫苑くん、栞奈ちゃん、また一年陽葵をお預かりします」


 丞がにこりと微笑んだ。丞から外れた紫苑の視線が凌久に向かう。


「そしたら、凌久。またね」

「ああ。何かあったら俺を呼べよ。新潟まで駆けつけるから」

「ありがとう。……でもそんなことにならないことを祈ってるよ」

「そうだな。まぁまた時間なるときゆっくりお邪魔するわ……今日おばさんに会えなかったことだけが残念だな」

「母さんか……」


 父の言葉が濁った。母にそっと腕をつつかれて少し苦い顔をした父が話し出す。


「母さんは今、旅に出てるからさ」

「旅に出てる……」


 凌久も母を幼いときに失くしているらしい。直接言うことを避けた父の言葉の端々からその言葉の意味は正確に伝わったのだろう。


「まぁ、伝えられそうだったら伝えておいてくれ」

「分かった。また遊びに来いよ。次は恋人でも連れて」

「はぁ!?」

「そろそろ三十二だろ? 色恋に興味のない凌久もそろそろいいんじゃないか?」

「ハァァァ…………どいつもこいつも……ほんっとめんどくさい」

「あれ? もう誰かに言われてる?」

「もうそりゃいろんな人にな。大阪ではからかわれて大変だ」

「実家には行ってるのか?」

「行きたくねーよ、あそこには」


 凌久の顔が苦り切ったものになる。丞がニヤリと口の端を上げる。


「だから折角関東まできたのに、実家には帰らずに直接僕のとこに来てるんだよ」

「え!? それはダメです。ちゃんと帰宅なさってくださいね」

「誰が何と言っても俺は行かないぞ」

「じゃあ、今から行きますか」


 突然母が乗り気になった。丞が片手を上げる。


「あ、僕はパスで。夜はレッスン入ってるから」

「そうですか……じゃあ仕方ないですね。だけど、凌久さん家族に顔を見せてあげてくださいね。子を持つ母として言うなら、子どもの顔が見れるは本当に幸せなことですから」

「……分かった」


 全員に見つめられたことで溜息を吐きながら凌久が折れた。


「帰る前にちょっとだけ顔出すからさ、全員で全力でからかってくるのはやめてくれ」


 再びハァァァァと大きな溜息をついた凌久に柔く微笑む麻緒が話しかける。


「ここにいるのは凌久さんの過去を知った人ばかりです。皆、心配しているんですよ。凌久さんを大切に思っているのです。私も不思議な縁で凌久さんを幼い頃から存じていますが、今の凌久さんが一番輝いています。どうか、お父様とお義母様に今の貴方のお顔を胸を張って見せてあげてくださいね」

「……麻緒さんには敵わないな」


 凌久が笑う。

 そのとき、車庫から車が到着する。運転席から剛志が出てくる。


「皆様、お待たせいたしました」

「ありがとうございます」


 まず蒼依が剛志と入れ替わりに運転席に乗り込む。残りの面々も順番に乗車する。

 最後に外に残っているのは見送りに出ている両親と巫女、神官、そして丞だけになった。丞がバッグから小さな紙袋を取り出す。


「そしたら、紫苑くん、栞奈ちゃん。これを柚希ちゃんに」

「ありがたくちょうだい致します。毎年いただけて柚希も喜んでますよ」

「そうだったらいいですけど……」


 丞の口調も他人の目があるからか、部屋にいるときほどは砕けていない。

 丞が笑う姿を車の中から陽葵はじっと見ていた。


 父の話を聞く前と今では丞へ感じている思いが異なっている。


(本当なら丞コーチはここで僕と一緒に住んでいたのかもしれないんだよなぁ……。叔母さんの彼氏ってそういうことだよな? 丞コーチがお父さんと仲がいいのは叔母さんがいたからなんだなぁ)


 陽葵がそんなことを考えている間に、丞が乗り込み車は動き出す。


「行ってらっしゃい!」


 父の声に陽葵は窓から身を乗り出して手を振った。


「行ってきまーす!!」


 新しい事実を陽葵に知らしめて、僅かな帰宅は幕を下ろした。

次話から凌久の話です!

一時間後をお楽しみに!

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