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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第2期 第5章 遠くにある夢
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初めての勝利

 それは小さな勝利だった。しかし、陽葵にとっても丞にとっても大きな勝利だった。









 地元の少々規模の大きなローカル大会。そこで陽葵はダブルアクセルを成功させた。わずか八歳での快挙だった。

 初めての密着取材、初めてのテレビカメラ。初めて尽くしの大会で陽葵はダブルアクセル初成功、そして史上最年少での優勝という快挙を成し遂げた。


「陽葵!」


 表彰式を終え、リンクサイドに戻った陽葵の目に映ったのは満面の笑みで両腕を広げている丞の姿だった。

 陽葵はその腕に向かって勢いよく滑っていった。そしてその腕の中に飛び込んだ。


「陽葵、すごいよかった!!」

「ありがとう!」

「ダブルアクセル試合初成功おめでとう!」


 陽葵は丞に頭をぐしゃぐしゃに掻き回された。


「丞コーチ、取材行こ」

「そうだな」









 表彰式が終わりテレビ局のインタビューを受ける。この先何度も受けることになる試合後のインタビューもこのときが初めてだった。


「陽葵くんは将来どんな選手になりたい?」

「翔哉くんみたいな選手です」

「目黒選手のどこに憧れていますか?」

「いっつも頑張ってたくさん練習してるとこです」

「目黒選手の技で一番好きなのは何ですか?」

「うーん……ハイドロブレーディングかな。あ、でもスピンも大好きです!」

「陽葵くんが一番得意なのは?」

「全部!!」

「ふふっ。今の目標は何?」

「日本一になること!」

「そのために必要なことは?」

「練習すること! ……です。特にジャンプとか、スピンとか、ステップとか、全部もっともっとうまくなりたい」

「これからも頑張ってね」

「はい!」


 そして、丞のもとに戻る。


「陽葵、おめでとう。はい、これ」

「……!」


 丞が渡してきたのは暖かいアレンジ色の紐に薄いミントグリーンの石がはまっている一本のミサンガだった。そして、そのミサンガには陽葵は見覚えがあった。


「……これ、神社にあった気がする」

「そうなの!?」

「お父さんが持ってたやつにそっくり」

「……!」


 丞は軽く微笑むと呟いた。


「そっか、まだ持っててくれてるんだね」


 陽葵は首を傾げる。


「コーチ?」

「うんん。なんでもないよ。左足出して」


 丞は案外隠し事が多い。

 陽葵が素直に差し出した左足に丞はミサンガを着けた。


「はい。これは僕たち二人の約束だからね」

「?」

「オリンピックで金メダル取るっていう約束」

「オリンピックで金メダル!?」

「あれ? 取るんじゃないの?」

「うん」

「だから、そのことを陽葵が忘れないためのお守り」

「……ありがとう」






 その日の夜、丞は部屋の奥から大量のDVDを持ち出してきた。以前勝手に押入れを覗いていた時に見つけて丞に聞いたが適当にはぐらかされてしまったものだろう。


「丞コーチ? これ?」

「そろそろ陽葵にも見せていいかなって思ってね」

「何を?」

「陽葵、しっーーーー」


 そう言って笑いながら口の前に人差し指を立てた丞は迷いなく上から三枚目のDVDを手に取り、レコーダーに入れた。

 再生が始まっても、しばらくスキップしていたがある個所まで来ると丞はDVDを再生する。


 いつの映像だろうか。それはスケートの試合中継のようだった。大勢の観客がいる。その中を一人の男性スケーターが滑っている。得点待ちの時間なのだろうか。リンク上の選手は身体を温めている程度の滑りだし、キス&クライには選手とコーチだと思われる人が並んで座っている。

 その人の得点が発表される。

 そしてカメラはスケートリンクの中にいる人の背中を大きく写し始める。



『『The next skater is Tasuku Kujo ……from Japan!!!』』



 リンクに響くアナウンスと大観衆からの歓声。

 陽葵が今までみたこともないような人々の中を一人の男性が両手を大きく広げながら滑っていく。


 大観衆の中に一人いながらも、自信に満ちた表情で微笑みながら腕を広げているその人の顔がアップにされたとき思わず陽葵は叫んだ。


「丞コーチ!?」

「そうだよ」


 曲が始まる。

 スケートを初めて数年の陽葵でも知っている、そしていつかこの曲を使用して滑りたいと思う、フィギュアスケートの王道中の王道、白鳥の湖だ。


 丞は腕を大きく動かす。その腕が陽葵には羽に見えた。

 滑り始めた丞は今までの選手に見たことがないほど美しくて堂々としていた。

 そして、カーブに入る。ジャンプの助走だと陽葵が認識するより先に丞は大きく、しかし軽々と跳び上がっていた。


『四回転サルコウきれいに決まりましたね』

『速報値では満点に近い点数が出ています』


 ジャンプを終えても全くスピードを落とさずにそのまま滑り続ける。


 連続のコンビネーションジャンプも完璧に決めた丞は細かいステップを足元で刻みながら、最後のジャンプへと向かった。


「トリプルアクセル!?」


 陽葵が思わず立ち上がった。

 四回転しているのではと勘違いするほど大きく豪快なトリプルアクセルだが、実際には曲に合わせてフワッと飛び上がって静かに着氷していた。


「うわぁ……きれい!」

「だろ?」


 丞の声には確かな自信が籠っていた。


 最後、身体が柔らかい陽葵も取り組んでいるビールマンスピンを徐々に緩やかにし、リンクに横たわった丞はもう一度軽く腕を振ると動かなくなる。そしてしばしの静寂を挟み、悲鳴のような歓声と拍手が鳴り響く。


『完璧ですね!』

『ええ。これぞ、九条丞というような演技ですね。文句のつけようがないです』

『演技を終えた時点で、点数が出ずとも、首位である演技! 引退試合だと言われて誰が信じるのでしょうか!! まだまだ見ていたい! 日本の、いや世界のスケートファンよ。ご覧いただいたでしょうか!! これが日本が世界に誇るスケート界のレジェンド、九条丞です!!』


 丞が一度リモコンを操作する。映像は丞が周囲に挨拶しているのを映しているところで一時停止された。


「これが、今から十年ちょっと前の僕なんだけど……どう?」

「コーチってすごいかっこよかったんだね!」

「待って、そこは現在進行形でかっこいいけど?」

「すごい綺麗だった。……あと、僕もトリプルアクセル、コーチみたいに跳びたいなって思った」

「それは嬉しいな」

「僕、早くトリプルアクセル跳びたい!」

「気持ちはいいけど、実際に跳ぶのはまだ早いかな」

「えー!!」

「まずはダブルアクセルを完璧に出きるようにしなくちゃね。トリプルアクセルはダブルが安定したら跳べるような簡単なもんじゃないよ? 四回転跳べてもトリプルアクセル跳べない人もたくさんいるんだから」

「……」


 膨れた顔をする陽葵の頬を丞は笑いながらつついた。


「いたっ!」

「あはははは。焦らなくて大丈夫。陽葵はきっといい選手になれるから」

「……?」

「だってその目、試合に挑むときの柚希ちゃんにそっくりだもん」

「ゆ、きちゃん……?」


 また出てきた。

 そう陽葵は思う。何かある度に丞はゆきちゃんと口にする。どんな人かは知らないが丞にとって本当に大切な人なのだろう。


 陽葵も小学校二年生だ。神社の息子ということもあり、もともと空気は読める子どもだ。柚希という単語を聞いても丞にとって話したくないことだと察し、今までも踏み込まないモラルはあった。


「陽葵、僕はオリンピックで金メダルと銀メダルを取った。コーチとして銀メダルを翔哉に取ってもらった。だから、次は陽葵と金メダルを取りたい」

「僕と……金メダル?」

「今の陽葵の才能があれば、それを磨けば必ず取れるから。僕はそう信じてるよ」

「……」

「とりあえずはダブルアクセルを試合でたくさん成功させようか」

「はい!」


 丞の自分にかけている想いを陽葵はまだ実感として掴んでいなかった。





 そして、それよりも丞の言葉で頭に引っ掛かったのは、翔哉ともう一度金メダルを目指すという想いが丞から消えていることだった。

陽葵が初めて見る師のかつての栄光。

丞も陽葵に見せたことはなかったのですね……


このとき見たトリプルアクセルがこれからの陽葵の目標となります



これから一時間ごとに更新しますね♪

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