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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第4章 必要なのは愛と夢
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栞奈の病名 (紫苑視点)

「栞奈、何かあったら連絡するんだよ?」

「うふふ。だから、大丈夫だって」


 栞奈の体調は未だに治っていない。柚希が帰って来るのが三日後に迫っている。

 栞奈のことが心配でたまらない僕に対し、栞奈はひたすら「大丈夫」を繰り返す。


「いいから一度病院に行ってきて」

「なんとなく分かってるから……」

「それでも行ってきて」


 病院に行く行かないの問答を繰り返した結果、渋々栞奈は僕の言葉に頷いてくれた。


 社殿の裏に止まった車を運転しているのは厩舎管理の須野原さんだ。


「栞奈、何かあったら連絡してよ?」

「分かったわ。対したことないと思うけど」


 栞奈は僕を見て「ほんと、心配症なんだから」と笑った。


「そしたら、行ってきますね」

「気をつけて」

「お早いお帰りをお待ちしております」


 僕と巫女たちに見送られた栞奈は軽く微笑むと車に乗り込んだ。

 栞奈を乗せた車がゆっくりと出発する。僕はそれを見えなくなるまで見送っていた。


「お坊ちゃま、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ」


 たゑが話しかけてくる。


「いや……それでも」

「あなたがそんなに動揺してどうするのです!? 栞奈さんが大丈夫と仰ったのです。大丈夫ですよ」


 たゑの言葉は僕の胸に突き刺さった。

 以前扉の開け方について諭されたときのことを思い出す。


 確か、『自分の立場を見つめ直しなさい』と言われた。

 そうだった。いまここで僕が慌てていれば、周囲にも不安が広がってしまう。


「そうだな」

「ええ。栞奈さんは嘘はつかれないお方ですから」

「……」


 僕は頷いた。そうだ。栞奈は基本的に嘘が苦手である。たとえ嘘をついていたとしても、察することが出きるのだ。

 僕にとってはそこも可愛いところなのだが。


「弓引いてくる」

「行ってらっしゃいませ」

「何かあったら連絡してくれ。スマホ持っていっておくから」

「畏まりました」


 僕は境内をまっすぐに歩いていった。

 弓道場の鍵を忘れたことに扉の前で気が付き、一度家に取りに戻る。

 改めて裏手の弓道場に到着すると僕は鍵を開け、中に入った。

 弓道場は他の場所とは少し違う。

 ここには巫女たちは入ってこない。神官たちも入ることが許されていない。


 この弓道場は僕たち羽澄家の血を引く者以外基本立ち入り禁止なのだ。

 だから、人を使うのが苦手な僕には居心地が良い。

 ここでは人の手が借りられない。そのため、自分の使う的は自分で用意して片付けるし、土や草の手入れも自分で行う。

 大変だが、自分が動くことが好きな僕にとっては楽しい時間でもある。





 準備を終え、僕は弓と矢を手に取った。

 この瞬間はいつも背筋が伸びる。

 なんだろう、人を殺せる道具を手に取った緊張感だろうか。絶対に的に中てるという意思だろうか。


 僕は弓を引き始める。

 今までは栞奈の心配ばかりしていた僕だが、弓を引いている間はそのような思いは消え去る。僕たちが雑念と呼んでいる、弓道以外への思いは弓を引き始めると消えていく。

 ひたすらに一つの的と対峙する。その時間が僕は好きだった。


 普段なら雑念の一種になり得るスマホは置いていくのだが、今日だけは特別に持ってきている。

 しかし、栞奈の症状は本人の言っていた通りそれほど深刻な病気ではなかったのか、連絡は来ていない。


 僕はいつしか他のことを忘れ、弓を引くことに夢中になっていた。









 どれ程の時間が経過していたのだろう。

 弓道場の扉に影が写る。振り返るとたゑの姿が見えた。


 たゑですらここの扉は緊急時以外開くことはできない。

 僕は自分で扉を開け、顔だけを外に突き出した。


「どうした?」

「お坊っちゃま! どうしたではありません! 昼ごはんを抜き、三時のおやつのお時間ですが、連絡もなしにこちらが心配になる行為はお止めくださいませ」

「おやつはいらないけど……そんなに経ってた?」

「ええ。本当に、呼びに行くべきか考えました」

「……悪かった」

「巫女筆頭くらいはいれてくださると嬉しいのですが……無理そうですね。大掃除ですら、入れないのですから」

「これからは時間に気を付ける」

「そうしてください。ここにも太鼓の音は聞こえているでしょう」

「……聞こえる」

「それと……栞奈さんもそろそろ帰宅するようですよ?」

「なんでそれを先に言わないんだ?」

「まだ大丈夫ですので」


 僕は手早くたゑを帰すと片付けを始めた。

 弓矢の手入れをし、的を片し、土の整備と射場の掃除を終えた僕は礼拝をして鍵を閉めた。





 社殿の裏に周るとたゑが一人で立っていた。


「他の巫女は?」

「栞奈さんが大丈夫と仰っていますから大丈夫だと判断し、通常業務をさせております」


 僕は一つ頷く。栞奈も体調が悪いときに多くの人に囲まれるのは好きではないだろう。


 やがて栞奈を乗せた車がゆっくりと入ってくる。

 車から下りてきた栞奈に声をかける。


「お帰り、栞奈」

「ただいま戻りました」


 栞奈はおどけた表情でそう言った。


「……大丈夫か?」

「とりあえず、家に入りましょ?」


 栞奈は体調不良というよりは、どこかワクワクした雰囲気を纏っていた。

 家に入り、居間に向かう。


「それで……どうだった?」

「驚かないでよ?」

「どこか悪かったの!?」

「落ち着いて」

「……」

「私たち親になるのよ?」


 栞奈の言葉が頭を駆け巡る。


「僕が……父親に?」

「ええ。そうよ」

「子どもがいるのか……」


 栞奈は優しく自分のお腹を撫でている。それを見つめていると不意に顔を上げた栞奈と目があった。


 栞奈が腕を伸ばしてくる。僕は近付くと栞奈をそっと抱き締めた。


「栞奈……」

「いい家庭を築きましょうね」

「うん」

「柚希ちゃんにいい知らせができそうで良かったわ」


 栞奈がそう言った時だった。









 廊下の先で電話が鳴り出した。

次回は『絶望の始まり (丞&麗奈視点)』、明後日の更新予定です。

お楽しみに♪

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