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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第1章 待ち受ける転換点
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コンクールと転換点

 コンクール当日。


 会場は触れたら怪我をしそうな緊張感に包まれていたが、柚希は思っていた程緊張していなかった。

 それは柚希が少しでも緊張せずに挑めるようにと家族ができる限りのサポートをしてくれたからだ。

 仕事で疲労が溜まっているであろうに「当日くらいは勝負飯作るわよ」と朝早くからご飯を作ってくれた母、柚希の髪を丁寧に三つ編みに結わいて頭の上をカチューシャのように通す髪型にしてくれた咲来。出発のときに玄関まで出てきて一言「自分を信じてくださいね」と声をかけてくれたお手伝いさん。

 そして、家が荒れて大変なことになっているのにそんな素振りは全く見せず、いつも通り不機嫌そうに「がんば」と言ってくれた凌久。その時の凌久の顔を見れば嫌々言っているのではなく、本心だと分かる。



「そろそろ、出番です」


 柚希たちが最終確認と音だしをしているとスタッフさんが声をかけてきた。

 一度全員で顔を見合わせて大きく頷く。

 ここにいるのは激しい代表争いを勝ち抜いた人たちだ。そこには自分の汗と涙が詰まってる上に、選考会で自分が勝つことによって選ばれなかった人たちへ最高の演奏で応えたいという全員の思いがある。


 舞台袖まで歩いていく。舞台袖にはすでにパーカッションのメンバーが楽器とともに待機していた。皆、顔色が悪い。部長なんか隅の方でうずくまって震えている。


「……大丈夫?」


 思わず小声で柚希が尋ねると二年生で初めてのコンクールの子が青い顔で応えた。


「柚希先輩……みんなうますぎません?」


 柚希も初めてのコンクールのとき、舞台袖で一人で待機している間に同じようなことを感じていたことを思い出す。舞台にいる人の演奏を舞台袖や舞台裏で聞くと何故かものすごくうまく聞こえるのだ。特にパーカッションの人たちは楽器を早めに舞台裏へと運び込んで、そこから約1時間永遠と思えるような時間を過ごしていかなくてはならないのだ。その緊張感はきっとこうやって青ざめた顔になってしまう程ひどいものだろう。


「大丈夫。わたしたちだって同じように聞こえるから」

「……なんか先輩自信ありますね?」


 柚希は小さく笑う。


「だってわたしたち他の人に負けないくらい練習してきたじゃん」

「…………そうですね」

「おっきく深呼吸して、あとは楽しくやればいいんだよ」

「分かりました」

「頑張ろうね」

「はい」


「羽澄、ありがと」


 突然、部長のかすれた声が聞こえた。


「ん?」

「今の言葉で僕頑張れるわ」


 いつも通りの部長の顔になった部長の姿に安心した柚希はフルートパートのところへ向かった。

 無言で拳を前に出す。二人が同じように拳を出してくる。輪になった三人の中央でコツンと三つの拳がぶつかった。


「わたしたちなら大丈夫」


 柚希の言葉に周囲にいた他のパートの人たちも頷いたとき、出番がやってきた。













「柚希、すごかった」

「感動した!」

「おめでとう!!!」


 柚希たちの学校はこの日のコンクールで完璧な演奏で見事金賞を受賞した。審査員の方たちからのメッセージに柚希はソロが良かったと書いてもらえた。


 結果発表のときの「ゴールド金賞!!!」という言葉は一生忘れないだろう。今まで三回出場して三回「ゴールド金賞」という言葉を聞いたが、やはり最後のコンクールの「ゴールド金賞」を聞いたときは言葉にできない思いが込み上げてきた。

 この代の皆と金賞をとることができた。上位大会の切符も手に入れることができた。自分たちがやってきたことは間違いじゃなかった。そう思って思わず涙が溢れてきた。


 柚希はその日の夜、母、咲来、凌久と四人でご飯を食べに行った。

 そこで柚希は誉められると同時に、凌久の家族に昨日起こったことをようやく知った。


「なんでそうやってしんどい時抱え込むの!」

「だって柚希、知ったら余計な気回すだろ? 前日だったからやめといただけ」

「それはそうかもだけど……」

「凌久くん、いつでもうちにおいでなさいね」

「おばさん……ありがとうございます」

「いいのよ、もう凌久くんは私の息子のような感じだから」


 母の言葉に耐えきれなかったように凌久の目からほろりと大きな涙が溢れる。

 柚希は肩を震わしている凌久のことをそっと撫でた。


 しばらくされるままになっていた凌久が涙を袖で拭って微かに笑った。


「ありがとう。……もう大丈夫」

「ほんとに?」

「なんだよ、俺が嘘ついたことあったか?」

「うーん、意外とあったような気がする」

「気がするはないのと一緒だろ」


 母がお財布を出して、お会計をしに行く。

 凌久はすでにいつも通りの無表情だった。柚希はその顔を気づかれないように盗み見る。

 端正な顔を見れば、切れ長の目の下には隠しきれていない疲労が影を落とし、先ほどの涙が薄っすらと残っている。





 外に出て信号を待っていたとき、ふと空を見上げると空全体に星が輝いていた。柚希は思わず隣にいた凌久に話しかける。


「ねぇ、凌久。星綺麗だね」

「…………そうだな」

「凌久の苦しみは分かれないかもだけど、うちも3人家族だから」


 凌久がはっとしたような表情になる。


「…………俺だけじゃねーんだよな」

「だから、ちょっとは苦しみ分かるから何かあったら相談してね」

「ああ」





 信号が青に代わり、横断歩道を歩き始めたとき視界の隅にライトが映った気がした。


「柚希!!!」


 凌久の怒鳴り声が聞こえた瞬間、柚希は暗闇に吸い込まれた。

少し短いけどここがひとつの区切りなので一度切りました。


次回は『暗闇のなかで』柚希視点の予定です。

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