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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第4章 必要なのは愛と夢
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新潟に帰りたい柚希と日々の練習

 柚希は練習に励んでいた。


「ユキ、真面目にやりなさい。またお花畑になってるわよ!」


 スーザンの雷が落ちる。

 あの時あの部屋にいた人たちとスーザンは柚希と丞について知っている。

 真面目に練習していないわけではないがいつもとは違う柚希に対しスーザンは小さな苛立ちを募らせている。


「はぁい」

「返事は短くハッキリ!」

「はい!」

「よし! 練習しましょう」


 調子が悪いわけでも、タイムが落ちているわけでもない。

 それでも柚希の周りにはお花が待っているかのような、浮かれた雰囲気が漂っていた。


 誰を困らせるわけでもなく、いつも通り仲間たちとも談笑している柚希をスーザンは少しばかりの心配の気持ちと共に見つめていた。





「ねぇ、ユキ。私の部屋来なさい」


 スーザンの目が心配そうに自分を見つめていることは柚希は感じていた。

 遂にスーザンにそう切り出されたのは丞の電話から一週間後のことだった。

 スーザンの部屋は暖かかった。談話室のものより小さい薪ストーブに赤々と炎が揺らめいている。

 スーザンが持ってきたお茶を飲みながら柚希はほっと一息つく。

 彼女のいれる紅茶は優しい味わいだ。柚希はこの味がたゑがいれる緑茶の次に好きである。


「……ユキ、どうしたのかしら」

「はい?」

「あなたがタスクさんとお付き合いしていて、結婚する決意を固めたことは分かってる。私ももちろん祝福するわ。だけどね、それが普段の練習を妨げているのであれば私は全力で反対する」

「……」

「何で最近そんなに今までの柚希と違うの?」

「……」

「ユキ? 今何したい?」

「……丞くんに会いたい」


 ポロリと口から本音が漏れてしまったことを柚希はスーザンの表情を見て悟った。スーザンは目を見開き、少しだけ口を開いて硬直していた。


「……ユキ」

「ごめんなさい」


 柚希は慌てて謝る。

 スーザンは少しの間目を瞑るとゆっくりと目を開き、そっと微笑んだ。


「出会ってからこんなに経って始めてユキの心からの声を聞いたかもしれないわ」

「……スーザン」

「少しの嬉しさと少しの寂しさが私の中を駆け巡ってる」

「ごめん……」

「いいのよ、ユキ。あなたがやっと本当の気持ちを話してくれたことは嬉しいの。いつもあなたは周りをよく見てその場に最適なことを言うから」

「そんなことは……」

「私にはずっとそう見えていたわよ」

「そう言われるとそうかもしれない」

「だけどね、ユキも人間だものね。好きな人、一生の愛を誓える相手ができたことは素直に嬉しいの。それでも……これは私の我が儘かもしれないけどユキにはもう少しスキー選手でいて欲しいのよ」

「スキーはやめませんよ?」

「そう?」

「はい。だって栞奈と約束したから。次のパラリンピックでも金メダル取るって。約束破るようなことはしたくないです」


 柚希はスーザンの言葉をハッキリと否定した。

 スーザンには結構本音で話すことが多かったと思っている。

 それでも彼女に僅かでも周りを伺って話していたことが知られていて、それを心配させていたことは柚希は申し訳なく思っている。





 それでも、本音を言ってしまったがスーザンは普段と変わらなかった。スーザンは本当の自分のコーチだ。他のコーチの打診が来ても全て断っているのはスーザンに圧倒的な信頼を柚希が抱いているからだ。


 本音をもうひとつ漏らしてみよう。そう思った。


「……私、丞くんと電話してから無性にみんなに会いたくなってしまったんです」

「みんな、とは?」

「もちろん丞くんもだけど……新潟の家族たちです。丞くんとの電話で、あぁ丞くんと家族になるんだなって思ったら会いたくなっちゃって……ごめんなさい」

「いいのよ」

「丞くんとのことも本当はすぐに二人で報告を行きたかったし、家族と話したかったけど……今わたしたちは海を隔てちゃってるから行けなくて、それが寂しかったけどそれを無視して練習してたんです。出会ってからも付き合ってからもいつも離れてたのになんででしょうね」

「そう。どうする? どうせ暖冬だから早めに練習切り上げるけど、あなたがもしすぐに帰りたいと言うのであれば帰ってもいいのよ」

「……」

「わたしはユキに任せるわ。気持ちの整理つかないのであればすぐに帰るのも手だとは思う」


 柚希は悩む。

 スーザンはオーストラリアで練習するのはあと一週間と言っていた。


(一週間か……。長いけど、今帰っても後の自分は後悔しそうだな……。もう少しこっちで頑張ろうかな)


「……あと一週間ですよね」

「そうよ」

「それなら、こっちに残ります」

「いいの?」

「丞くんも練習をサボってまで会いに来られても困るだろうし、丞くんの方もたぶんレッスン詰まってるんで」

「じゃあ、一週間頑張りましょう」

「はい」

「何かあったら何でもいいから相談しなさいよ?」


 スーザンの笑みは柚希への愛情でいっぱいだった。


「スーザン。丞くんと結婚しても、仮にいつかスキーを引退してもわたしはスーザンのこと大好きだから」

「うふふ。ありがとう」


 スーザンがソファから立ち上がる。柚希も立ち上がった。

 二人は自然とお互いをふわりと抱き締める。





 日本に戻るまであと一週間と少しだ。

次回は『栞奈の様子』、明後日の更新予定です。

お楽しみに♪

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