表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第4章 必要なのは愛と夢
74/143

雑貨屋なう

 柚希はアーケードに向かった。

 雑貨屋に用があったのだ。


「こんにちは~」

「いらっしゃい」


 おばさんはいつものように顔を上げなかった。普段ならばそのままお目当ての品を物色し始める柚希だったが今日はおばさんに話しかけた。


「万年筆ってありますか?」

「万年筆? 若いお嬢さんが、珍しい」


 おばさんは手を動かしたまま答える。


「あ……わたしのではなく、コーチに向けて…………」

「コーチ? いくつなんだい?」

「四十過ぎになります」

「あぁ、分かった。あんたスーザンのとこの子かい?」

「はい、羽澄柚希と申します」

「ハズミユキ……もしかしてパラリンピックのユキ?」

「そうです」


 おばさんが手を止め、顔をあげる。


「あらあら、そんな大物がここにいるなんて」

「結構前から利用してますけど」


 少し語調を強めて柚希が言ってもおばさんに変化はなかった。


「それはそれはご贔屓ありがとうね」


 柚希はこのおばさんがことが嫌いではない。それどころかこの適当な感じを好んでもいる。


「それで? 万年筆?」

「はい。シンプルだけど高級感あるものを探してて」

「スーザンに?」

「ええ」

「そんなら……ちょいとこっちにおいで」


 そう言っておばさんは店の奥へと案内した。


「店番いなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫。そんなのいなくてもここのもの取るやつなんて誰もいないよ」

「そうですか……」


 おばさんは廊下の奥の部屋へ入る。

 柚希はそのあとに続いて入り、固まった。





(この部屋……見覚えがある)





 おばさんは息をのんでいる柚希の様子に気づいてないかのように話し始めた。この人とは何の疑問もなく日本語で話していたがようやくこの明らかに外国人の彼女が日本語を話せることを不思議に思った。


「ここはねぇ、昔交流があったフルート奏者の部屋だったの」

「……」

「あの人は明るくて優しくて笑顔が似合う人だった。だけど、自分にも他人にも厳しくて真面目だったわ。よく言っていた。いつかは自分と同じようにフルートを好きになってくれた孫と、あなたの前でデュエットがしたいの、って」

「……!」

「でも、それが叶う前にあの人はいなくなってしまった。でもね、あの人は言っていた。フルートが嫌いな娘と孫がいる。フルートが好きな孫がいる。自然と教えることが多いフルートをやっている方の孫と過ごすことが多い。だけど、どちらの孫も私の大切な娘が生んでくれた大切な孫なんだ。二人が、そして二人の母である娘が幸せなことが私の幸せだ、ってね」

「そうだったのですか……」

「そして、その人の名は、サヨコ・ミヤカワ」


 祖母の名だった。

 嫌でも分かった。ここは祖母がオーストラリアの拠点としていた場所だったのだと。


 おばさんが笑う。


「そしてね、ユキさん。あなたはあの方の大事な孫。だから大丈夫。例えフルートをやめてしまってもあの人は決してあなたを嫌いにはならない」

「え……」

「私の母はある程度有名なピアニストだったの。サヨコは母を慕ってくれていた。私もサヨコとは友達のような関係だった。ある日ね、サヨコに言われたの。『私は孫二人に公平に接することができなかった。ユキにだけ愛情を注ぎすぎた。サクラに謝りたいがいまさら何を言えばよいのか分からない』って。その言葉を聞いて二年後に私は大切な友を失った」

「……」

「それでも、まさか彼女が愛した孫がここで、それも生まれたころから知っているスーザンのところで、練習するなんて信じられないこともあるものね」


 まるで柚希のことを昔から認識してかのような口調でおばさんが語る。


「あの、わたしのことをご存じだったのですか?」

「当たり前よ」

「え?」

「あなたが初めてここにやってきたのは初めてオーストラリアにやってきた年の、雪がパラパラと降っていた日だった。私は目を疑ったわ。サヨコとよく似ていたから」

「わたしが? おばあちゃんと?」

「ええ。若い頃のサヨコはあなたと瓜二つ。あなたより少し背丈が低いだけよ」

「……初めて知りました」


 柚希は思う。

 今まで祖母は咲来のことを嫌っていると思っていた。しかし、そうではないようだ。

 本当の祖母はどのような人だったのか。それを知りたい、と。柚希の好奇心があふれ出す。


「あの……」

「なんだい?」

「おばあちゃんについて教えていただけませんか?」





 おばさんはしばらく宙を見つめていたがやがてソファに腰を下ろした。柚希も向かいのソファに座る。このソファだけは記憶にある祖母の部屋には置かれていなかったものである。そもそも祖母の部屋にある本棚には日記、フルート関連の本が詰まっていた。この部屋の棚にも誰かの日記と、ピアノを主とした音楽関連の本のみが所狭しと背伸びして立っている。祖母の部屋にあったガラス扉の付いた棚はこの部屋には存在していない。


 部屋の観察をする柚希をちらりと見ながら、おばさんは悩んでいた。しかし、一つ嘆息すると一度部屋から出ていき、紅茶を両手に返ってきた。

 片方を柚希に手渡し、「長い話になるわよ」という彼女の言葉に柚希がひとつ頷くとおばさんがようやく重かった口を開いた。









 サヨコに会ったのは雪が吹雪いてた日のことだったわ。私は日本から来る若くて才能溢れるフルート奏者を一目みたくて、チケットを握りしめて会場へ向かった。

 素晴らしい演奏だったわ。皆、感動していた。もちろん私も涙が流れた。


 その時にね、私はファンレターを生まれて初めて書いたのよ。何とかあの人に届けばって。

 そしたら……今でも忘れない。演奏会の一週間後、唐突に辺りが騒がしくなったと思ったら我が家のドアがノックされた。


 扉を開けると、そこにはサヨコが立っていたの。目を疑ったわ。だけど、何回見てもサヨコだった。人形のように大きな目と明るい笑顔を浮かべたサヨコは一言言ったの。


『よい店だわね』


 その言葉はこの店を続けるきっかけになった。実はあまり人気でなかったこの店はそろそろ閉店しようかと考えていたのだけれど……サヨコの言葉で続ける決意が固まったわ。


 サヨコは次の年も、また次の年もここに通ってくれた。そんなときに私の母が言ったの。


『あなた……うちに泊まればいいじゃない。そうしたら常に一緒に練習できるし、ちょうどいいわ』


 サヨコは戸惑っていたけど、その年からこの部屋で暮らすようになった。

 サヨコは本当に天真爛漫で明るい子だった。サヨコと一緒にいて笑わない人などどこにもいないと思ったわ。

 だけど、フルートに関しては本当に厳しかった。決して甘えを許さなかった。

 そこが私が少しだけ年上のサヨコを今でも尊敬している理由よ。


 サヨコが子を生んだ年は、母が亡くなった年だった。

 そしてその後も交友関係は続いた。今思えば私はとても恵まれていたわね。母のおかげでサヨコとも出会えた。

 ある年、ここに来たサヨコが言ったの。


『私の部屋もここと同じようにしたのよ』


 その理由は教えてもらえなかったけど……嬉しかったわ。





 あの人が亡くなった知らせを聞いて残念だったけど、あの人のフルートはこれからもずっと残るから安心してた。

 そしたら、こんな素晴らしい出会いが待ってるなんて……。


 今更ながらサヨコに感謝だわね。









 そう言うとおばさんは窓際に置かれた机の中からひとつの箱を取り出した。


「これを持っていきなさい」


 手渡された小さな箱には素敵な髪飾りが入っていた。一目見ただけで手の込んだ作りなことがわかる。小さな宝石がたくさん編み込まれた繊細な透明感のある簪だった。


「これは……?」

「サヨコが結婚したときに旦那さんにいただいたものよ」

「おじいちゃんに……」

「あの人には会ったことないわよね? 私の幼馴染みだった作曲家よ。だけど……二人は早くに離婚しちゃったから、サヨコは一人で娘を立派に育てたわ。海外公演の時は彼女の母に預けたりもしてたみたいだけど」

「そうだったんですか」

「ええ。あの二人はよくお似合いだったわ。だけどね、離婚したって二人の絆は変わらなかった。お互いの記念日には一緒にシャンパンを飲んでるのをよく見てたし、誕生日にプレゼントし合ってたのも知ってる」

「え……」

「だから、彼女は本当に愛される人なんだなって思ったわよ」


 おばさんはそっと微笑んだ。


「それで? スーザンに万年筆でしたわね」

「はい」

「ちょっと待っててちょうだい」


 おばさんはそう言うと部屋から出ていく。

 柚希は本棚に向かった。ピアノ関連の本が詰まっている本棚の上から三段目には古びた手帳がずらりと並んでいた。


(今思えば、全てはあの時手帳を開いたことから始まったのかもしれないわ……)


 柚希はそう思う。あの手帳がなければ、羽澄家はひとつにならなかった。今の柚希の幸せはなかった。

 そして、祖母の想いを知った。柚希は思う。咲来にこの事を教えたいと。

 祖母の愛情を受けなかったと思っている咲来に、何でもできるようで実は少し不器用な祖母がどれだけ後悔していて、愛情を持っていたのか教えたい。





「お待たせ」


 おばさんが戻ってくる。


「これがスーザンにはいいと思うわ」


 それは柚希の注文通りシンプルながら高級感のある万年筆だった。


「おいくらですか?」


 柚希の質問におばさんは笑って言う。


「お客様をこんなに待たせておいて金なんぞ要りませんよ」

「それは……」

「サヨコの想いを伝えられたことが私にとってはお金よりよほど大切だわ」

「……」

「スーザンにもあなたの想いを伝えてこれを渡しなさいね」

「……ありがとうございます」









 柚希は寮に戻るとスーザンのところへ向かった。


「スーザン」

「ユキ? どうしたの?」

「ハッピーバースデー!」

「あら、そういえばそうだわ」

「これ……いつもありがとう」

「まぁ、素敵な万年筆」

「気に入ってもらえたら嬉しい」

「うふふ。嬉しすぎて使えないかも」

「使ってください」

「ありがとうね、ユキ。嬉しいわ」


 結局、肝心なところで少しはにかみ屋な柚希がスーザンに伝えられたのは『いつもありがとう』だけだった。

次回は『丞からの電話と愛の言葉』、明後日の更新予定です。

お楽しみに♪


ワクチン三回目接種してきました。熱出てます( ;∀;)

もしかしたら更新遅れるかもしれません。ご了承下さい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ