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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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世界選手権、そして栞奈がうちに来た

「柚希ちゃん!」


 二月の初旬。柚希は世界選手権で栞奈と再開する。

 全日本選手権後に一度オーストラリアに行った柚希だが、その後はもう一度新潟に帰国して練習していた。さすがに三月のオーストラリアでは雪上練習ができない。


「栞奈ちゃん、久しぶり」

「今回は負けないわよ」


 ここしばらくは幸せオーラ全開だった栞奈の顔に、かつてのような自信に満ち溢れた笑みが戻ってきた。


「……それを言いに来たの?」

「ふふふ、当たり前じゃないの」

「栞奈ちゃんっぽい。じゃあ、わたしも言うけど……ふふっ、勝たせるわけないでしょ」

「はっきり言うようになったわね」

「だってわたしの方がランキング上でしょ? 負けてられないよ」

「見てなさいよ」

「お互い頑張ろうね」

「ね!」


 栞奈は笑うと軽く手を振って柚希の元から去り、コーチのところへ向かった。

 普段美郷がいる栞奈の横には、かつてのオリンピック王者、ウラディミール・オシェプコフの姿がある。期間限定の臨時コーチだ。


 カメラが一台栞奈を追っていく。密着取材のテレビ局のカメラだ。


「ユキ、行くわよ」


 スーザンの声に一つ頷くと柚希もホテルに向かった。









 後から知ったことだが、この試合が栞奈と戦う最後の試合だった。










 会場入りした柚希はいつもと同じように淡々と練習していく。

 コースを下る度に顔に冷たい雪の粒がパチパチと当たる。


 柚希は滑りながら昔に戻った気分だった。


(何でだろ。最近、スキー始めた頃の気持ちを思い出しやすい)


 スーザンが眉をひそめる。


「ユキ、本気じゃないわよね?」

「ん?」

「どう見ても本気には見えないのよ」

「……ちょっと上の空だったかも」

「そうよね」

「はい」

「最後に一本、しっかり滑っておいで」

「はぁーい」


 柚希はもう一度滑る。今度はコースの状況をしっかりと確かめながら。


「まぁ、いいんじゃない」

「別にたいした問題はなさそう」

「もう戻って大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、明日から期待してますよ?」

「お任せください」

「こんなところでおどけるの止めましょう」


 スーザンが顔を引き締め気持ち小さな声になる。

 柚希が周りを見ると、気づけば遠巻きに多くのカメラに囲まれていた。


「じゃ戻りましょ」

「はい」


 柚希たちが歩きだしたときだった。後ろから一人の記者が叫んだ。


「羽澄選手と九条丞さんの関係は!?」


 柚希が一瞬止まる。その背をスーザンが優しく前に押し出した。


「気にしないで歩いて」

「答えないんですか!? こちらには多くの情報が入っていますので記事ならいくらでも書けますが!!!」


 後ろの声はまだ続く。


「試合前の選手に聞くことか!」


 怒鳴り声が聞こえてきた。聞いたことのある声だ。普段であればもっと温厚な人で怒鳴っている姿など微塵も想像できないが。


「はぁ!? ただのインタビューだろ!」

「試合前にインタビューできるのは会見か特別に許可されたテレビ局だけだ。それに、試合前に聞くような内容じゃないだろ。よく考えてから物を言え。それでも記者か! 記者であればその場に何が最も適切な質問か考えられて当然ではないのか!!」


 本藤だった。


「ユキ、私があの人にお願いしたの。何かあったときにはよろしくって」

「スーザンが?」

「モトフジは密着取材してるでしょ? 密着取材って他の人を牽制する目的もあると私は思ってる」

「……」

「だから、大丈夫。あなたの味方のほうが多いから」

「……ありがとう」

「いいのよ」

「わたしまだまだ子どもだな」

「どうして?」

「二十歳になって大人になっても、こんなに支えてもらわなくちゃ生きていけないもん」

「あなたはそれでいいじゃない」

「だけど……他の人たちは同級生もみんな夢をもって自立してる」

「ユキは大きな子どものままでいいじゃない。助けを求められるユキは立派よ。自分でできるって抱え込んでる人よりもよっぽど輝いてる」

「……」

「それにね、ユキはもうちゃんと自立してるわよ。安心しなさい」




 突然あの日の紫苑の声が蘇ってきた。


『自立って僕は自分の行動に責任がとれることだと思ってるよ。柚希はすでに責任とってるじゃん。日本っていう看板背負って世界で戦ってるじゃん』

『その守られてる人が何百、何千、何万っていう人の心を動かしてるんだよ。だから大丈夫。それにね、柚希守られてるだけじゃないよ。みんなが一歩進むための勇気を守ってる』




(あのときのわたしはどういうことか分からなかった。だけどね、紫苑。あんたは「分かんなくていいけど、僕はそう思ってる」って言ってくれたよね)





「自信もっていいのよ」


 そう言ってくれるスーザンの声が温かい。

 柚希は一つ頷く。


「スーザン、帰ろう」


 スーザンが柚希の手をとる。

 二人は手を繋ぎながら今度こそホテルに戻る。


 部屋の窓から明るい空を眺めながら柚希は紫苑に語りかける。


「紫苑、聞こえる? あのときの言葉今でもよく分からない。だけどね、やっと思えた。わたしは紫苑とか凌久みたいに自立してるかって聞かれたらしてないし、迷惑かけてばかりだけど、今のわたしを好きでいてくれる人がいるならそのままでいたい」





 そして、世界選手権では柚希は金メダルが三つ、栞奈は金メダルを二つ獲得した。


「お疲れさま」

「いや、悔しいわ」

「だから負けないって言ったじゃん」

「そうじゃないわよ!」

「……?」

「だから! 二人で金メダル独占したかったのに、できなかったじゃん」

「そうだね……」 


 一番最期の種目だったスーパーコンバインドだけはノルウェーの選手に金メダルを取られてしまった。


「何か意外だな」

「何が?」

「栞奈が自分が負けたことよりもわたしたち二人が負けたことを悔しがるなんて」

「だって、私たちはライバルだけど日本代表じゃん。柚希に負けたのは悔しいけど、日本勢が頑張ってるのは嬉しいもん」

「栞奈、変わったね」

「もう! 柚希はすぐにそう言うんだから」

「次は羽澄神社で会おうね。結婚式楽しみにしてるよ」

「うん!」

「弾丸結婚式ね」

「弾丸言わないで」


 栞奈と軽口を言いあいながらその日は別れる。










 それから柚希は一度日本に帰国した。

 栞奈の結婚準備のためである。


「お帰り、柚希」


 優しい笑顔で迎えてくれた紫苑に柚希は深く礼をした。たゑに日本にいる期間に叩き込まれた美しい礼だ。


「ご結婚おめでとうございます」


 紫苑も柚希に言われるであろうことは分かっていたのだろう。少し照れながらも自然な動作で礼を返してきた。


「ありがとうございます」


 柚希は笑った。何度も言われているだろうに紫苑の耳は僅かに赤くなっていた。。


「あれ? 照れてる?」

「……そりゃ、家族に言われるのと他人に言われるのとでは照れ具合は違います」

「紫苑が結婚とか信じられないや」

「信じて」

「はいはい。ほんとおめでとね」

「ありがとう。それと柚希、改めて……お帰りなさい」

「ただいま」

「それと、世界選手権お疲れさま。おめでとう。今回も大活躍だったね」

「ありがとう」


 柚希は巫女が持ってきてくれたお茶を一口飲む。


「柚希、せっかくオーストラリア行ってたのに帰ってこさせてごめんね」

「いいんだよ、人生で一度の弟の結婚式だもん」

「ありがとう」

「紫苑、幸せにね」

「柚希もな」

「うん」

「そういや丞くんも来てくれるって」

「えっ!? 丞くんが?」

「僕もまだ結婚してないけど未来の義兄でしょ? それに、美郷さんと栞奈とも古い仲だから」

「……そうだね」

「少しデートでもしてきたらどうだ?」

「時間があればね」

「しばらく会ってないでしょ?」

「うん。会うのは一年以上ぶりだよ」

「新潟案内してあげたら?」

「そうね」


 柚希はぽつりと呟いた。


「……今までさ、姉ちゃんがカナダに行ってからは母さんと麻緒さんと三人で暮らしてたのに、気が付けば新潟で紫苑も父さんも巫女さんたちも一緒に暮らしてるでしょ? それでついには栞奈ちゃんもここに来る」

「……」

「家族が増えるっていいね」


 柚希がそう言ったときだった。玄関がざわめいた。

 紫苑が少し緊張した表情になる。


「旦那様。奥様のご到着ですよ」


 柚希のからかうようなそれでいてその奥には愛情の籠った言葉に紫苑の表情が柔らかくなる。


「何か柚希にそんなこと言われるの慣れなくて怖い。それにまだ旦那じゃない。ただの跡継ぎです」

「……いいから迎えに行きなよ」

「じゃあ、また後で」


 柚希は廊下で紫苑の背を見送る。まっすぐ伸びていて迷いなく歩く紫苑は神社の跡取りとして申し分なかった。

三章が終わりを迎えました。

次話より四章が始まります


次回は『旦那様と奥方様』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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