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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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スーザンと過ごした四年間

 それは年が変わり、オーストラリアでの筋力トレーニングが続いていたある日の練習後のことだった。

 練習を終えた柚希が寮に戻ると、ポストに手紙が入っていた。


 差出人はスーザン・ストーリー。

 柚希は首をかしげる。先ほどまで一緒に練習していたはずだ。そもそも同じ屋根の下で過ごしているのだから、何かあるなら直接話せばよいのだ。

 それでも、この流れるような筆記体は間違いなくスーザンの字だ。





 柚希は部屋に入り手早く着替えて、机の前に座ると手紙の封を開いた。


 中には二枚の紙が入っていた。


 カサリと音を立てて柚希は手紙を開く。

 スーザンの字でぎっしりと文字がつまっていた。









 愛するユキへ


 なぜ手紙を書いているのか、それは簡単なこと。私は生徒たちに対して四年目に手紙を送ることにしてるの。四年目は決断の年だから。


 今年はいつもより早くオーストラリアに来たわね。暖冬になりそうだから早めに滑っておきたかったの。

 もう一つの理由は滑り始める前に、しっかりこっちでトレーニングを積んで欲しかったから。新潟よりこっちのほうが標高も高いし、機材も整ってるもの。


 まだ暑いけど、冬が始まればきっと分かってくれるわよ。

 世界選手権ではもう一度寒い地域に行くけどね。





 雑談はここまでにして……


 ユキ、共に四年間練習できていることを嬉しく思います。

 いろいろあったわね。


 初めて出会ったときにはユキはまだ中学生だった。今思い返せば懐かしい。私が日本語を話せたことに安心したような表情をしていたわね。


 気が付けば、英語も流暢に話せるようになっている。時の流れは本当に早いわね。


 あなたは本当に強くなった。二年目でベテランもライバルも抜いて、日本一、世界一になる選手を私はあなた以外知らない。


 パラリンピックでの金メダル、銀メダル、銅メダル。ユキにとっては嬉しさより悔しさの方が勝っていたかもしれない。

 だけどね、私はパラリンピックという大舞台でユキの笑顔が見れたことが何よりも嬉しかったわ。





 ありがとう。





 あなたがこれからどんな道へ進むのか、私には想像も出来ない。ただ言えるのは、たとえユキが全く異なる道に進んでも私はあなたを応援するってこと。


 ユキ、あなたがここから旅立ちたくなったら自信を持って出ていきなさい。

 それが他のコーチの元でも、スキーとは全く違う世界に行くにしても……。

 四年間ここで歯を食い縛って頑張ったのだから、どこに行っても大丈夫。

 もっと強くなった姿を私に見せてちょうだいね。


 これからもここに残ってくれるのなら、共にまた頑張りましょう。


 私は四年目は決断の年だと思ってるの。新しい環境に身を投じるのか、再び四年後をここで目指すのか……

 世界選手権までにこれからのことを決めなさいね。


 コーチとして、世界一の選手とレッスンできるのは最高の幸せ、私よりもすごいコーチに誘われて移籍していくのも最高の幸せ。もちろん最高に寂しいけどね。





 あなたはどうする?




 私の欲をいうならまだ一緒にいたい。

 あなたと四年後また金メダルが取りたいわ。





 ユキのことが大好きです。


 スーザン・ストーリー









 柚希は手紙を二度読みかえした。

 そして、迷いなくスーザンのところへ歩いていった。


「スーザン」

「ユキ? どうした?」

「手紙読みました」

「そう」

「わたし、もちろん残りますよ?」

「それであなたはいいの?」

「当たり前じゃないですか! わたしがここを選んだんです。手放されるまで自分から辞めるつもりなんてないですよ」

「ふふふ。ユキらしい」

「えっ?」

「まぁいいわ。おいでなさい」


 スーザンは一番奥の自分の書斎に入っていく。柚希も後ろから部屋に入る。


「座って」


 スーザンに促され椅子に座るとスーザンは一枚の紙を手渡してきた。


「……これは?」


 そこには世界中の名だたるコーチの名が記載されていた。

 歴代のオリンピックやパラリンピックの王者たち、かつてレジェンドと呼ばれた者たちの名前がズラリと整列している。


「あなたのコーチになりたいと誘ってくれてる人たちよ」

「こんなにいらっしゃるんですか」

「そりゃそうでしょ。パラリンピック女王よ? 今季も絶好調。コーチをやらない手はないわよ」

「だけど、わたしは残ります」

「なんで?」

「スーザンはわたしを追い出したい?」

「そんなわけないでしょ」

「だから」 

「え、?」

「パラリンピックの金メダルに目が眩んでコーチの誘いをしてくる他の人たちとは違うんです。スーザンはわたしが本当はそんなに強くないことも知ってる」

「……」

「世界女王としてのわたしを作りあげてくれた、わたしにスキーの素晴らしさを教えてくれたスーザンのところでまた四年間頑張りたい」


 スーザンの目から涙が流れる。


「ちょっと待って……泣かせないでよ」

「うふふん」


 スーザンが涙を拭いて立ち上がる。そして紅茶をいれると手渡してきた。


「ユキ、またよろしくね」

「こちらこそお世話になります」


 スーザンがいれてくれた紅茶を口にする。


「そういえば、カンナ選手は一ヶ月だけ他のコーチにつくらしいわよ?」

「それでも、わたしはスーザンがいい」

「そこまで言ってくれるならわたしも教え甲斐があるわ」

「次も絶対金メダルとります!」

「当たり前よね。頑張りましょう」

「はい!」





 スーザンが椅子に深く腰かける。


「それにしても四年間は早かったわね」

「ほんとに」

「ユキが来たときは少し怖かった」

「え?」

「今まで何人ものパラスキーヤーを見てきたけどみんな他のコーチのところに行ってしまう。わたしにはオリンピック王者に育てる力はあるけど、パラリンピック王者に育てる力はないんじゃないかなって」

「そんなこと、ないですよ」

「だけどね、あのとき迷ってた私にナターシャが言ってくれたの。みんな自分の意思でスーザンのところを選んでる。だからスーザンはスーザンの思うがままに練習すればいい。結果なんてあとから付いてくるものなんだからって」

「本当にその通りですね」

「今思えばね。あのときはその言葉が決断させてくれたのよ」

「ナターシャがいなかったら、今ここにわたしはいないかもしれませんね」

「ふふ、そういうことになるわね」


 スーザンが紅茶を入れ直す。


「はい」

「ありがとう」

「ユキ、本当のこと教えてちょうだい」

「はい?」

「ユキとクジョウ選手、あぁもう選手じゃないのね……タスクさんはお付き合いしているの?」

「えっ?」

「いろいろ情報探ってくる輩が増えてきたから、ちゃんと知っておきたいの」

「探ってくる人が、いるんですか……」

「パラリンピックにタスクさんが来ていたことを知ってる人が適当な情報を広めているそうよ」


 スーザンの目は真剣だ。何があったのかは分からないが、おそらく柚希にとって不利益となることがスーザンの耳に入ったのだろう。

 嘘は付けない。いつかは知られてしまうことだ。

 柚希は一つ息を吐く。


「……お付き合いさせてもらってます」

「そう。それで、あなたはどうしたい? 公表する? 隠すなら協力するわよ」

「まだ言いたくないです。神社とのことも言ってないのに、丞くんのことは知られたくない」

「分かったわ」

「……」


 丞に迷惑をかけるのではないかと、心配する柚希の肩にスーザンの手が乗る。


「そんな心配そうな顔しないの! 私に任せておきなさい」

「……お願いします」

「おめでとう」

「えっ!?」

「おめでたい話じゃないの」


 スーザンはいつも通り微笑んだ。


「ありがとうございます」

「幸せを掴み取りなさい」

「はい!」


 スーザンの書斎から退出した柚希はまっすぐ自分の部屋へと歩いていった。

 再びスーザンとタッグを組み、世界の頂点を目指し始めた柚希は堂々とした足取りだった。









 なんだかんだとせわしない毎日を送るうちに一年は飛ぶように過ぎてしまった。今年もたくさんの試合で活躍し栞奈とともに世界を飛び回った。丞とは会えない一年だった。柚希も年下の選手から追われる立場となり、丞もコーチ業に勤しんでいたため二人の時間が取れなかった。それでも週に一回は電話はしている。

 クリスマスイブに二十歳になり、柚希と紫苑は成人した。


 部屋でスマホを取り出すと栞奈からメールが来ていた。


 〖結婚式は来年の二月二十五日に実施します!〗


 柚希はあわてて返信する。


「夏じゃないの?」

『気が変わった』

「どういうこと?」

『お義母さんがくれた着物を見て、待ちきれなくなって笑』

「いや、笑じゃないよ」

『柚希ちゃんも来てね!』

「その前に世界選手権」

『安心して。負けないから』

「楽しみにしてるね」


 柚希は笑う。


(二人らしいな……)





柚希は丞に電話をかける。

次回は『世界選手権、そして栞奈がうちに来た』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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