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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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本藤の単独インタビュー

 本藤の単独インタビューは優勝した次の日だった。


 空港近くのホテルの指定された部屋では本藤が待っていた。

 柚希は所属先の黒のジャージを着ている。本藤はいつも通り、スーツ姿だ。温かみのある黄色……山吹色だろうか――のネクタイには柚子のモチーフのタイピンが留められていた。本藤のさりげないセンスに柚希は心の中で拍手する。


「本日はお忙しいなかこのようなお時間をいただき、ありがとうございます」


 本藤が恐縮しきってお礼を言ってくる。柚希は思わず笑ってしまった。


「わたしが言い出したんですからお気になさらず」

「ありがたいです」

「あのときのお礼ですから」

「あれは丞がお願いしてきたから引き受けただけなんで」

「それでも嬉しかったです」


 本藤はもちろん丞と柚希の関係に気がついているだろう。それでも、そのことには一切触れない本藤のことが柚希は好きだった。彼は仕事と私事を区別している。





 お互いが一度息を吐く。





「それでは、始めさせてもらいますね」

「はい」


 柚希が頷くと、カメラがオンになった。





「羽澄柚希選手です! 本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 柚希はソファに腰を下ろした。


「全日本選手権初めての完全制覇、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「一夜明けましたがどのようなお気持ちでしょうか?」

「嬉しいですし、頑張ってきて良かったなと思ってます」


 本藤が手元のバインダーを軽く見つめる。


「今大会、羽澄選手の応援バナーが数多く見られました。ご自身でも見られていますか?」

「もちろんです。みなさん、とても素敵に作ってくださって……。もっとじっくり見たかったなと思ってます。何しろ、こうやってバナーを作っていただけるような選手になれたことが、本当に嬉しいです」

「確かに、手の込んだものが多かったですよね」

「驚くようなレベルのものばかりで、驚いたし、とても嬉しかったです」


 本藤が頷く。


「今大会、ご自身で振り返っていかがでしたか」

「自分なりに毎日、大会を意識した練習法を取り入れて練習していました。試合でこれだけの結果を取れたので、今までの自分が間違っていなかったという大きな自信になりました。これはわたしにとっては大きな収穫です」





 ここまではどのテレビ局でも同じようなことを話している。

 本藤にもそれは伝わっているのだろう。少し挑むような笑みが浮かんだ。





「それでは、少し競技から離れたこともお伺いしてみましょう」

「……はい」

「羽澄選手のマイブームは何ですか?」

「うーん……なんだろな。マイブームね。…………やっぱり今は四六時中スキーのこと考えてるんで、そんなに一つのことに没入する時間はないんですよね」

「競技一筋ということですか」

「他にも好きなことはいろいろありますが、やっぱり自分にとっての軸はスキーなんで……あ、だけど、一つありますね」

「マイブームが、ですか?」

「はい。乗馬です」

「!?」

「ご縁があって、乗馬させてもらって、めっちゃ楽しくてはまりました。まぁ、義足が馬を傷つけるといけないんで、あんまり乗ったことはないんですけどね。見るのは楽しいです」

「競技ってことですか?」

「あ、いやそっちじゃなくて……流鏑馬です」

「なるほど。伝統的なことにも興味が向いてきたと」

「はい。ブームと言えるかは分からないですが」


  本藤が再度手元のバインダーに目を落とす。


「……では次に、羽澄選手にとってスキーとはどのような存在でしょうか」

「んーーーーーー難しい。そうですね…………一言で言えば新しい世界を見せてくれたものですかね。新しい出会いがあって、新しい夢ができて、新しい景色と出会えた。スキーをしている間だけは心の底から自由で、自分が事故にあったということも……障がい者だということもすべて忘れていられる、素の自分でいさせてくれる、そんな存在です」


 質問は続く。

 オーストラリアでおすすめの場所はどこか、スーザンコーチへの想い、注目している選手は誰か、理想の滑りとはどのような滑りか、世界選手権への意気込み…………


「それでは、最後の質問です。羽澄選手は以前吹奏楽でフルートを吹かれていたとお伺いしています」

「はい」

「今の羽澄選手にとって吹奏楽とはどのような存在ですか?」

「あの頃は本当に不自由なく、小さな世界の中で幸せに暮らしていました。全国で金賞取りに行くぞ! っていうところで一人離脱することになり、申し訳なかったですね。ただ、そのおかげで……おかげっていうのはおかしいかもしれないけど、ここまで頑張れました」

「原動力になったということですか?」

「はい。仲間達にこれだけの心配と迷惑をかけておきながら負けるわけにはいかない、結果を取らなければ、と自分に言い聞かせてました」

「そして、結果を残している今は……?」

「吹奏楽からはすごく遠い場所に来てしまったけど、せっかくここまで広い世界に来れたのだからもっと高いところまで上り詰めてみたいなと。わたしにとって吹奏楽とは、自分のやりたいことを思い出させてくれる、大切な人たちの顔を思い出させてくれる存在です」

「もし、今フルートを吹かれていた頃のご自分に声をかけるなら何と言いたいですか?」


 柚希は少し黙って考える。大切な人たちの顔が、部活の仲間たちの顔が、凌久の顔が、次々と浮かぶ。皆、柚希のことを笑顔で見つめてくる。彼らはいつだって柚希の選択を応援してくれた。


「そうですね。事故にあってからは正直考えないようにしていたところもありました。戻ることのできない日々なので。でも今伝えるなら『一日一日を大切に、楽しく過ごして』って伝えたいですね。やはり、あの頃が今のわたしの原点であるわけですし。……あのとき周りにいた人たちはずっと私のことを信じて応援して支えてくれています。だから、そのときに周りにいる人とその過ごしている環境を大切に何も取りこぼすことなく過ごしてほしいし、その環境に感謝できる自分でいて欲しいですね。まあ、かつての自分で戻ることはできないし、戻ろうとも思いませんけど」

「戻りたくないですか?」

「はい」


 柚希は笑顔で答える。最近気づいたことだが、柚希は今の生活が楽しくてならない。あの頃のフルート向き合っていた日々は柚希の中で大切な記憶として保管されている。決して破くことのできない青春の一ページとして。

 本藤が遠慮がちに聞いてくる。


「……それは?」

「確かに、やり残した夢も伝えられなかったこともたくさんあります。でも、あの頃のままだったら出会わなかった人とたくさん出会えたし、こうして日の丸を背負って戦うこともなかったと思います。今の生活は今の生活で楽しいんです。神様にあの頃に戻してやるって言われても、今なら全力で心の底から断ると思うんです。笑顔で」





 本藤が何度か頷く。


「……それではこれで終わらせていただきます。本日はありがとうございました!」

「こちらこそありがとうございました」

「世界選手権も応援しています」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。チームジャパンの一員として、全力で挑みます」




 最後に誕生日ケーキまでもらい、柚希は幸せな気分で部屋から退出した。


 ホテルに戻り、部屋でスマホを見ると不在着信が届いていた。









 柚希はその人に電話をかける。

 平日の昼間だ。今なら電話をしても大丈夫だろう。


「柚希ちゃん、優勝おめでとう!」

「丞くん!」

「今大丈夫?」

「丞くんの方こそ大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「お電話もらったのに、すみません」

「気にしないで。僕も忙しいの分かってて電話かけてみただけだから」

「本藤さんのインタビュー受けてたんですよね」

「あ、本藤さん来てるんだ」

「丞くんも顔馴染みですもんね」

「僕がシニアにあがった頃から実況してくださってるからね」

「それで……なんで電話くれたんですか?」

「優勝おめでとう、と何か話したくなったから、かな?」

「うふふ。嬉しい」

「めっちゃかっこよかったよ」

「えっ!? 観ててくれたんですか?」

「彼女の試合だよ? 観るに決まってるでしょ」  

「嬉しいです」

「柚希ちゃん、世界選手権も頑張ってね」

「もちろん、金メダル持って帰ってきます!」

「楽しみにしてるね。そういえば今日オーストラリアに帰るんだっけ?」

「そうなんですよ。本藤さんのインタビューが最後の予定だったんで、これから空港向かうって感じです。ほんとは丞くんとか紫苑たちにも会いたかったんですけどね……」

「仕方ないよね」

「そうですね。次会えるのが余計に楽しみになりました。でも栞奈は新潟行くらしいですけど」


 柚希は栞奈の話を付け足すとふふっと笑う。

 そのときだった。扉がノックされて開き、スーザンが入ってきた。


「ユキ? まだ?」


 スーザンは電話をしているのに気付き、口をつぐんだが、丞もスーザンの声に気が付いたようだ。


「忙しいと思うから、またゆっくり話せるときに電話しよ」

「ごめんなさい」

「気にしないで。僕ももう少しで教室始まるから」

「頑張って」

「お互いね」

「はい!」


 柚希は電話を切るとスーザンと荷物の支度をする。今日は新潟に帰る時間はない。荷物はすでに送ってあるため、柚希は身一つでそのままオーストラリアに戻ることになっている。





 空港へ歩いている途中、スーザンが話しかけてきた。


「ユキ、お疲れさま」

「えっ!?」

「こんなに好調を維持するのは大変だったでしょう?」

「……うん」

「よくやったわ」

「ありがとう」

「また頑張りましょうね」

「もちろん!」


 二人は空港に向かって並んで歩いていく。









 その様子を物陰からじっと見つめていた一人の人物がいた。

 その人は声をかけるか悩んだ末、柚希の後姿をもう一度じっと見つめるとひとつ頷いて踵を返して去っていった。

次回は『スーザンと過ごした四年間』、明後日の更新予定です。

お楽しみに♪

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