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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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女王のシーズン

「ユキ、サインちょうだい!!」

「ねぇ、見て! 羽澄選手よ」

「試合頑張ってね~」


 オーストラリアでは歩いているだけで声をかけられる。日本人観光客にさえも。


 試合に出る度に記者とファンに囲まれる。


 かつての丞と同じようなことが現実として我が身に降りかかっていた。

 パラリンピックで優勝するとはこういうことなのだと身に染みた。

 注目度が昨年とはまるで違っていた。


 それでも柚希は嫌な顔ひとつせずに笑顔でサインするし、写真だって撮る。

 例え試合直前に声をかけられたとしても。


 柚希が大切にしているのは『僕たちは応援してもらえることが幸せだ』と言っていた丞の言葉だから。


「柚希、今日買い物行かない?」


 紬に話しかけられる。


「何買うの?」

「ナターシャに何か」


 チームアメリカとしてフローラと共に戦ってきたナターシャは今年限りで引退する。


「最後のシーズン頑張ってねってこと?」

「うん」

「いいよ、わたしも欲しいものあるし」


 二人がのんびりと歩きながらやってきたのはスキー場から車で十分ほどのアーケードだ。

 そのなかのひとつが柚希たちが目指している雑貨屋だ。


「いらっしゃい」

「こんにちは」


 一人のおばさんがカウンターで座りながら編み物をしている。おばさんは顔を上げずに挨拶をした。


 ここは雑貨屋といいながら食べ物だって、装飾品だって、なんでもある。

 置き方も雑多である。食品の横に文房具があったり、ペンの棚から髪飾りが出てくることもある。


 一期一会とはこういうものなのだ。


 柚希と紬はこの整然と並んでいない品物のなかから宝物を見つけるのが好きだった。


「あ、これは?」


 紬が指差したのは一つのピアスだった。


「え、おしゃれ」


 そんなに高価ではないものの二人の想いが籠ったピアスをナターシャはとても喜んでくれ、それからは寮の中で見かける度にそのピアスが揺れていた。





 もちろん練習も毎日ある。より強くなるために、柚希は自分の意思で筋力トレーニングを始めた。


「ユキ、そろそろ終わりよ」

「待って、あと一本だけ」

「本当に最後にするって誓う?」

「はい」

「じゃあ行ってらっしゃい」


 誰よりも早くから誰よりも遅くまで柚希はスキー場にいた。

 スキーを滑るのが楽しかった、パラスポーツを始めた頃に戻ったようだった。






 季節はあっという間にシーズンに突入した。

 パラリンピック女王としての自覚と責任を柚希は感じていた。

 柚希は出場した大会で変わらず頂点に立ち続ける。





 気が付けば誰よりも強くなっていた。






 そして、柚希にとっては最大のライバルとの戦い、全日本選手権も迫ってきていた。





 ホテルの部屋に届けられた一通の手紙。

 そこにはペアネックレスの片側が入っていた。そして、小さなメッセージカードには『いつも隣にいる』と書かれていた。





 大会では久方振りの再会も待っていた。


「柚希ちゃん!」

「栞奈ちゃん、久しぶり!」

「誕生日おめでとう!」

「ありがと!」

「あ、紫苑くんも誕生日だね」

「そうだねー」

「しばらく羽澄神社にも行けてないから、そろそろ会いたいし、行こっかなぁ」

「紫苑と仲良さそうで何よりです」

「ふふふ、仲良いわよ?」

「自分でいうんだ」

「当たり前でしょ」

「自信あるね」

「あるもん」


 柚希は栞奈と軽口を言い合える関係になれたことを嬉しく思う。


「お互い二十歳過ぎたら結婚するんだ」

「え?」

「だから……再来年の夏ごろ結婚式挙げる」

「そうなの?」

「もう決めたから」

「お互いがそれに納得してて、親が許可してるならいいと思う……紫苑のことお願いね」

「まだしばらくはしないから大丈夫だよ?」





 栞奈からは幸せそうなオーラが溢れている。

 そのためか、結果は今一つというようなものばかりだ。


 柚希と栞奈が試合で揃うことはほとんどない。世界ランキングも柚希は一位だし、栞奈も今までは実績から現在は七位をキープしている。


 今シーズン二人が揃うのは、全日本選手権が始めてだった。

 六種目全てで柚希が一位、栞奈が二位となった。


「悔しい」

「今回はいただいたよ」

「次こそ見てなさいよ」

「わたしだって世界ランク一位なんだから勝たなきゃいけないんですけどね」


 この敗北が栞奈の心に火をつけたらしい。また強気な栞奈が戻ってきた。





 全日本選手権のメダリスト会見で、栞奈の口からとんでもない言葉が飛び出した。


「結城選手に質問です。普段より緊張していなかったのでしょうか、試合前に笑顔が多かった理由をお聞かせください」

「……まぁ、そうですね。普段よりは緊張していませんでした。その理由は…………もう言っちゃっていいかな。私、結婚するんですよ」

「えっ!?」


 会見場がざわざわとした空気になる。


「まだ十九歳ですよね……?」


 遠慮がちな声に栞奈は笑顔で答えた。


「だから、まだ婚約中です。結婚式は再来年を予定しています」

「お相手を伺ってもよろしいでしょうか?」

「相手方に迷惑がかかるので今は控えさせていただきます」


 柚希が一番心配していた質問は栞奈は一刀両断した。

 ほっとしていた柚希にも質問がとんでくる。


「羽澄選手に質問です。今大会、すべての金メダルを独占されました。今の率直なお気持ち、そしてメダルを取り続けられた秘訣を教えてください」

「もちろんとても嬉しく思っています。感謝の気持ちでいっぱいです」


 柚希は一度考える。


「うーん、秘訣なんてないですけど…………一つ言えるのは毎日の練習が身を結んだのかな、とは。毎日試合と同じような緊張感のなかで練習することを大切にしていたので、大会期間中にピークを落とすことがなかったんだとは思います」


 柚希の目に微笑みながら頷いている、一人の男性の姿が写った。

 以前、パラリンピックのときに丞と再会させてくれた本藤であった。


(あとで、インタビューの依頼来たら本藤さんのはちゃんと受けよう)


 本藤が当てられる。彼はゆっくりとマイクの前に立った。


「羽澄選手に質問です。パラリンピック女王、今シーズンは出場した大会全てでメダル獲得、全日本完全制覇、これほどの結果を残し、これからどのような記録を残したいですか? どのような選手でありたいですか? 羽澄選手の思いをお聞かせください」


 本藤の質問は考えさせられるものが多い。柚希が悩む素振りをする間、本藤は微笑んで柚希を見つめていた。


「……そうですね、もちろん勝とうと思って試合に臨んでますし、それで今シーズンのような結果を残せていることは本当に嬉しく思っています。これからについては……うーん、なんだろな。パラリンピックで金メダルという夢を叶えられて、今シーズン始まったときは目標を失っていたところはあったんですけど、今は全ての試合で勝つこと、そしてわたしの滑りで励まされる人が一人でもいたらいいなと思っています」

「応援してます」

「ありがとうございます」






 そして、そのあとの空いていた時間に柚希は本藤に挨拶に言った。


「本藤さん」

「……羽澄選手!」

「あのときはありがとうございました」


 柚希が周囲の目を気にして少し声を小さくすると、本藤は笑っていった。


「あいつは、私がスケートの中継をする度にすごい演技をしてくれたし、私もあいつのファンなんですよ。だから、あいつから頼まれることがあるなんて思っていなかったけど、頼まれたからにはしっかり二人を会わせようとは思ってました。まさか羽澄選手に直接インタビューできるとは思っていなかったので良い誤算でした」

「本藤さんには本当にお世話になったので……もしよかったら今回限りで単独インタビュー受けますよ?」


 柚希の言葉に本藤は一瞬目を見張る。


「本当ですか?」

「ええ。スーザンにも許可は取っていますし。まぁ、全局から依頼は来ているので、一通り受けますが、そのあとで良ければ一時間弱くらいのインタ受けますよ?」

「それは……お願いします」

「あとで正式に依頼くださいね」

「了解しました」

「それじゃあ」

「優勝おめでとう」

「ありがとうございます」


 柚希が笑顔でそこから去って、角を曲がる前で振り替えると本藤が笑顔で拳を握っていた。

 思わず柚希が笑うと、本藤は慌てて携帯を取り出し、電話をかけ始めている。





「ユキ、こんなところにいたのね」

「スーザン!」

「何してたの」

「本藤さんにインタビューのこと伝えてた」


 素直に柚希が答えるとスーザンはため息をつく。


「誰か他の人に行かせなさい」

「あのときのお礼が言いたかったんだよ」

「それは、インタビューのときで良くない?」

「あ……」

「それに、自覚ないかもしれないけどユキにはもうオーラがある。柚希が気づかれてないと思っていてもみんな気づいてる。だから、言動には今以上に気を付けなさい」

「……はい」


 スーザンはにこりと微笑む。


「ユキ、おめでとう」

「ありがとう」


 差し出されたスーザンの手を握ると二人はホテルに向かって歩きだした。

次回は『本藤のインタビューと思い出話』、明後日の更新予定です。

お楽しみに♪

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