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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
63/143

全員集合

「丞くん、おかえりなさい」

「うん。ただいま」


 丞に思い切り抱きつくと、丞も優しく柚希の背に腕を回してくれた。


「柚希ちゃん、引退したよ」

「……長い間、お疲れさまでした」


 丞から離れると柚希はふわっと微笑んだ。花のような笑顔だった。


「四月になって、柚希ちゃん大学生だね」

「はい。明後日入学式にいってきます」


 柚希は高校から付属の通信制大学へと進学する。学力的には柚希の実力があれば高い学校を狙えたが、柚希は試合などを優先できる通信を再び選択した。


「通信はいいよね」

「あ……そうか、丞くんは先輩ですもんね」


 丞が通っていた大学へと進学することになった柚希は偉大な先輩に向けて言った。


「通信に行くのに反対する人は三年前も今回もたくさんいました。毎回言われるんですよ。『ずっと選手でいるわけじゃないんでしょ?』って。みんなわたしのことを考えてくれてるんですけどね」

「柚希ちゃんはどう思ってる?」

「丞くんのように選手からコーチになることだってできるしこれでいいのかなって。もちろん、他の仕事に将来就くことになるなら、不利かもしれないけど……」

「……だけど?」

「わたしは今を大切にしたい。通信だって成績落とさずに勉強できるって高校三年間で証明できました。だから、大学では通っている人たちに負けないくらいたくさん学んで、しっかり四年で卒業できるようにスキーと共に勉学にも励みます」

「それでこそ柚希ちゃん」

「……?」

「他人の意見は参考にはするけど、それに屈して自分の意志を曲げたりはしない。柚希ちゃんのそういうとこに僕は惹かれたんだよ」


 丞の言葉はいつも柚希の背中を押してくれる。「間違ってない。真っ直ぐ行け」。たとえ会えなくとも、そばにいれなくとも、丞の存在は柚希に勇気を与え続けてくれるのだ。






 そして、最後と思われる客が到着した。その人の周りには丞のようなオーラが若干漂っていた。


「え……誰!?」


 その人はどこか見覚えありながらも別人だった。


「は? 俺のこと忘れるとかお前の目腐ってんか」


 しかし自慢げな微笑みとその美貌を無駄にするような、暴言を息を吐くように吐くことのできる人物は柚希の周りに一人しかいない。


「凌久!?」

「今ごろかよ」

「待って……なんでこんな短期間でそんなかっこよくなってんの」

「いや、昔からイケメンだったぞ」

「自分で言わないで」

「いや、訂正は自分の口で言わなきゃダメだろ」

「訂正しないでって」


 ひとしきり笑うと凌久は真剣な表情になる。


「……柚希、久しぶりだな」

「あれ? でも二ヶ月ぶりくらい?」

「……そうだな。そう考えたら案外久しぶりでもないのかもな」

「今までは一年ぶりとかばっかりだったもんね」

「それな」

「まぁ、久しぶりなことには変わんないよ」

「柚希は変わんないな」

「褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」

「もう、絶対褒めてないじゃん。いいもん。別に凌久が褒めてくれなくても今日は丞くんがいるし」

「…………兄ちゃん?」


 凌久が柚希の後ろにいた丞に気がつく。


「気づくの遅いよ、凌久」

「兄ちゃん、なんか柚希と同化してた」

「ま、カレカノって似るのかもね」


「丞くん!?」

「兄ちゃん!?」


 柚希と凌久の言葉が被る。

 紫苑と丞がにやっと笑い、母がそっと微笑んだ。


「もうそろ言ってもいいんじゃない? 家族くらいには」

「柚希、わたしは勘づいていましたけどね」


 紫苑に目をやる。紫苑の目が【声】を聞けと言ってくる。柚希は心の耳を澄ませた。


 〖柚希、まだ言ってなかったの?〗

 〖だから、紫苑以外は知らないんだって〗

 〖そんなのありかよ〗

 〖え?〗

 〖母さんとか廣瀨さん? だっけ、あの人の方が柚希にとっては家族だろ。なんで僕だけなの〗

 〖いや、紫苑には何隠しててもばれるからさ、自分から言った方がいいと思って〗


 柚希は軽く紫苑を睨んで【声】を聞くのをやめた。

 柚希が紫苑と会話している間に丞も凌久と話していた。


「凌久は知ってるだろ?」

「え、俺? ……そういえば、あの時…………あぁ、そういうことか」

「そういうことだよ」

「そっか……おめでと。やっとお互い自分の気持ち伝えられたんだな」

「なんでそんなに上から目線なの」

「だって二人のことほ何年知ってると思ってんだ。ずっとお互い想い合ってるのに口にはしないことも。本当にやっとなんだよなぁ」


 柚希と丞は苦笑する。









「そしたら、支度するわよ」


 みんなでお茶を飲みながら団欒していたらすでに夕方が近くなっていた。時計を見て「もういいわね」と呟いた咲来が手を叩きながら話し出す。


「何の支度?」

「はいっ!? なんのためにあんた帰ってきたの」

「みんなに会うため……?」


 アランがそっと咲来の腕をつつく。


「もしかしてサクラ、ユキちゃんに言ってないんじゃないかな?」

「えっ!?」

「……姉ちゃん、何も聞いてないよ?」

「えっ!? ごめ~ん、柚希」


 咲来は一度咳払いする。


「そしたら改めて……今日は『丞くん、お疲れさま会』を開催します!」

「僕!?」


 丞が裏返った声を出しながら自分を指差す。


「もちろん。だって、引退したんでしょ? 妹の彼氏の今までの活躍を労うのは当然のことでしょう?」

「当然……ですか?」

「当然なの!」

「だけど……いろんな所でやってもらってるから大丈夫ですよ?」

「私たちがやりたいんだからあんたはありがとうって受け入れとけばいいのよ。遠慮しないで」


 咲来の方が一枚上手だったようだ。丞が「そしたら……ありがとうございます」と口にした。


「それじゃあ、準備するわよ。二時間後スタートだから、料理の支度を母さんと私とアラン、会場設営を柚希と紫苑と凌久くん、オッケー?」

「いいわよ」

「「オッケー」」

「……あの、僕は?」

「主役は部屋で待ってればいいの!」


 仕事がふられなかった丞があまりにも落ち込んだ顔をしている。可愛いその姿に思わず笑った柚希は提案してみる。


「じゃあ、わたしたちと一緒にやります?」

「いいの?」


 柚希に問いかけてるようでありながら目は咲来の方を見ている。


「…………いいわよ」





 凌久が居間と広間を繋ぐ扉を開け放つ。紫苑と凌久がテーブルや椅子の準備をしてくれているので、柚希は丞と共に飾りの支度をしていた。


「……咲来さんってイメージと違った」

「どんなイメージ持ってたんですか?」

「清楚でおとなしくて、常に優しさに溢れてるような感じ」

「あぁ、完全に違いますね」

「妹から見た咲来さんはどんな人?」

「優しいけど厳しい人で、自分がやりたいことに突き進む人です。あと、猫被るのがうまい」

「姉妹って似るのかもね」

「え?」

「柚希ちゃんも自分のやりたいことには全力で突き進む人でしょ?」

「……そうかも」

「二人とも顔だけじゃなくてそういうとこも似てるよ」


 二人は話しながらもバランスを考えながら壁に飾りつけをしていく。


「姉ちゃんは丞くんのこと、よっぽど好きなんですね」

「ん?」

「あ、恋愛的意味じゃなくて。あんなに楽しそうな姉ちゃん珍しいなって」

「咲来さんはいつも笑顔だけど?」

「姉ちゃんは猫被るのがうまいんですよ。だから騙される。だけど、姉ちゃんって心から楽しんでるときは口調が少し乱暴になるんです。今日は丞くんにまで乱暴な口調だったから楽しそうだなって」

「そう? 僕には分からなかった」

「たとえ何年も会えなくてもやっぱり家族なことには変わらないんで」

「いいね」

「丞くんだって凌久のことわたしより知ってるじゃないですか?」

「それはどうだろね」





 準備はあと少しだ。最後に柚希から話しておきたいことがある。


「今日、わたしの後ろに男の子がいましたよね? あれはわたしの双子の弟で、羽澄紫苑っていいます。幼い頃に生き別れて、わたしが練習で新潟に行っていたときにたまたま再会しました」

「あ、なるほど……」

「えっ?」

「いや、纏っている雰囲気がそっくりだったから血縁関係にあるんだろうなとは思ってたけど……双子だったんだね」

「丞くんになんと説明したらいいか分かんなくて……あのときは紫苑のことは無視してもらえて助かりました」

「僕も触れていいのか分からなかったから、口にはしなかっただけだから、大丈夫だよ」





 凌久と紫苑が広間の飾りつけを終え居間に入ってくる。


「終わったぞ」

「こっちもあと少し」

「俺たちも手伝うぜ。紫苑、一緒にやろーぜ」

「もちろん」

「ねえちょっと! 凌久と紫苑、めっちゃ仲良くなってない? 二人とも今日初めて会ったんだよね?」

「同い年だろ、話合うに気まってんじゃん」

「凌久っておもしろいね」

「おもしろいってなんだよ」


 笑顔でじゃれあっている二人は柚希が大切な二人だ。

 二人とも立派な学生だ。凌久は京都大学という日本屈指のエリート校へ入学し、紫苑は三年前に入学した六年制の神主育成学校の四年生となる。

 道は違えど夢のために全力な二人だ。気が合うのは当然なのかもしれない。


 そして、最後に大きな横断幕を壁に掛けて飾りつけも無事終了する。


「姉ちゃん、終わったよ~」


 柚希の声に咲来がキッチンから出てくる。


「そしたら、着替えちゃって」

「ん?」

「柚希、衣装部屋分かるよね?」

「……うん」

「あそこにみんなの分の服置いてあるからそれ着ておいて。予備のも置いてたんだけど紫苑来たならちょうどいいわ。柚希は自分のとこから好きなの着て。あの人たちほとんど新品でしょ? どれも可愛いし」

「分かった。よし、みんな行こう」 


 柚希は凌久と紫苑と丞を連れ、階段を上る。

 柚希の部屋とは逆の角部屋が衣装部屋だ。


「おおぉ! すげーな」


 凌久が感嘆のため息を吐く。その隣で丞も驚いている。目を丸くしている二人はさすがは従兄弟というべきか。そっくりである。


「あれ? 凌久来たことなかったっけ」

「昔一回入った気もするけど、こんなきらびやかな感じじゃなかったよな?」

「そういえば、こんなになったのはわたしがスキー初めていろんなとこに来賓とかで招かれるようになってからだから、知らないのかも」

「毎回違う服着るのか?」

「向こうで用意してくれることもあるけど、基本わたしは家で用意するようにしてる」


 そう言いながら柚希は部屋を見回す。三つあるハンガーラックの一番手前にそれぞれスーツがかけられていた。咲来が言っていたのはおそらくこれらのことだろう。

 黒と紺と灰色が一つずつ。


「じゃんけんで勝った人から決めていこう」


 丞の言葉に凌久が拳を出す。

 紫苑の目が挙動になっていることに気がついた柚希は尋ねる。


「紫苑?」

「……今日ってフォーマルな場だよな? スーツも素敵なものだし」

「まぁ、そうだね」

「それなら俺は袴で出る」

「袴!?」

「うちのしきたりだから」

「……そっか。姉ちゃんのことを説き伏せれたらいいと思う。わたしも紫苑にはスーツより似合うと思うし」

「姉ちゃんに話してくる。じゃんけんしてていいよ」


 紫苑が部屋を出る。その途端、従兄弟同士の激しいじゃんけん大会が始まった。


「じゃあ、後はご自由に」


 柚希は自分用のラックから紺のフォーマルドレスを取り出した。

 繊細な刺繍が施されたレーストップスと細かなプリーツのロングスカートを合わせた紺のロングドレスだ。この服は初めて全日本選手権で金メダルを獲得した時にその後の祝勝パーティーで着たものである。


 それを持ち、自室で着替える。

 ヘアアレンジやメイクを終えると下からもよい匂いが上がってきた。

 いよいよパーティーの始まる頃だ。

次回は『丞くん、お疲れさま会』、明後日の更新予定です。

お楽しみに♪

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