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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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紫苑の目的地

 紫苑は車を運転し続けていた。

 高速道路を走っているうちに柚希が不思議そうな顔をしだした。


「んん? これ、うちに向かう道だね」 


 気が付かれただろうかと紫苑は軽く身体を固くする。


「紫苑の言う通り、結構近くに向かってるんだね」


 柚希は紫苑の【声】に気が付いているのだろうか。紫苑は柚希の【声】を聞こうと意識を集中させる。


 ぼんやりとした靄の中、柚希の【声】が聞こえてくる。


 〖紫苑……どこ行こうとしてるんだろう。でもなんか楽しそうだから、いっか〗


 柚希は【声】を紫苑に聞かれているのが、紫苑には聞こえることが分かっているのに、その【声】を隠そうとはしていない。

 柚希も【声】が聞こえる能力を持っているのだから、【声】を隠す能力も持っているはずだ。

 いや、無意識なのかもしないが柚希はずっと【声】を隠してきていた。今まで柚希から聞こえることはほとんどなかったから。

 わざと聞かせているのだろうか。








 柚希の地元の近くで高速道路から下りる。


「真面目に近くじゃん」


 柚希が笑った。それでもまだ気が付いていないらしい。それとも気づいてない振りをしているのか。





 紫苑は静かに車を運転していた。軽快な音楽が空気から浮いている。

 柚希も何も話さず、窓の外を眺めていた。

 紫苑はあるひとつの大きな邸宅の前で車を停めた。そこは柚希の家だった。


「…………やっぱりここだったんだね」

「気づいてた?」

「当たり前じゃん。どんだけ【声】流れてたと思ってんの」


 柚希の【声】が聞こえていると思っていたが、自分も気が付かぬうちに漏れていたらしい。


「紫苑、ようこそ羽澄家に」


 柚希が笑いかける。その目が軽く光っている気がする。


「柚希?」

「いつか紫苑と来たいなって思ってたの。だけど、紫苑が来たがらないかなって思って躊躇ってた。別に来たいって言ってくれたら喜んで案内するつもりだったのにまさか、紫苑が自分で場所まで特定して連れてきてくれるとは思わなかった」

「……」

「いらっしゃい、紫苑」

「お邪魔します」





 突然扉が開く。中からお手伝いさんが駆け足で出てくる。

 柚希は紫苑を連れて扉を入った。


「予想よりも早いお帰りでしたね。お帰りなさいませ。出迎えることができず申し訳ありません」

「いいんですよ。ただいま戻りました」

「そちらは……!?」


 お手伝いさんの顔が分かりやすい凍りつく。


「只今この家の主は外出中です。柚希さんのお客様に向けてこのようなことを問うのは大変失礼ですが主に代わり問わせていただきます。あなたは、もしや…………羽澄紫苑様でいらっしゃいますか?」

「…………はい。そうですが、私のことご存じですか?」

「もちろんでございます。わたくし、須野原麻緒と申します。ご存じないでしょうか?」





 紫苑が考え始めたとき、柚希が「あっ!」と声を上げた。


「須野原さんのところの!」

「あぁ」


 柚希の声と紫苑の納得の呟きと須野原の笑みが同時に起こった。


「……ずっとお手伝いさんと呼んでいたから知りませんでした」

「いいんですよ」

「そしたら、お手伝いさん……麻緒さんは、たゑさんのご親戚ですか?」

「ふふ。お手伝いさんでいいんですよ。」



「立ち話もなんですから」と言われ、柚希と紫苑は席に着く。麻緒が奥からお茶菓子を持ってきた。柚希の前に紅茶を置く。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「紫苑様はどちらをお飲みになりますか?」

「お任せします」

「紅茶とコーヒー、どちらがお好みで?」

「……紅茶で」

「畏まりました」





 〖須野原さんたちとはあんまり似てないよな……少し遠い親戚なのかな〗


 紫苑の【声】が聞こえてくる。【声】が聞こえるときは必ずどこか靄の中にいる気持ちになる。

 行きの車の中では柚希は紫苑の【声】を聞いていた。だから途中からぼんやりとしていたのだ。


 運転中にも関わらず紫苑も柚希の【声】を聞こうとしていた。事故りそうで怖いからやめてほしい。



 柚希がそんなことを考えているうちに足音がしてきた。


「お待たせしました」


 麻緒が紫苑の前に丁寧な手つきで紅茶を置く。





「今は私も席を共にさせていただいてもよろしくて?」と麻緒が尋ねる。

 二人が頷いたのを確認して麻緒は席に腰かけた。





「少し、昔話をさせてください。私は須野原麻緒、羽澄神社で巫女代表を務めております須野原たゑの娘です。弟は旦那様と奥様が結婚なさったときに使用人として雇っていただき、お二人が離別されてからも厩舎の管理ということで働かせていただいています。私は奥様の側仕えでした。我が家は羽澄家なしには成り立たないのです」  

「ほんとにめっちゃ関わってますね」

「私も弟も物覚えついた時から羽澄神社にはお世話になってますから」

「両親が離婚してなぜ母に付いてきてくださったのですか?」


 〖そりゃぁね、あんだけお母さんに言われれば来るしかないけど〗


 麻緒の苦笑に近い【声】とは裏腹に実際の麻緒は微笑んでいた。


「わたしが旦那様に無理を言ったのです。旦那様には弟がついているから、わたしは奥様と共にいたいと」


 〖今はそう思っているから嘘じゃないけど、あのときは私も驚いたわ。家を去るものに付いていけだなんてお母さんもすごいこと言うなと思ってた〗


 麻緒の口から発された言葉を信じていたかった。

 最近、【声】を聞くのに慣れてきた。そして思う。再会した頃の紫苑の苦しみが分かると。


 インタビューを受けていながら、〖なんで栞奈選手よりこの人が有名になってるのよ〗という【声】が聞こえてくる。

 それでも笑顔で受け答えしなければならないのなだから、しんどい。





 だけどその分、本当に心から自分を好きでいてくれる人のことも分かった。【声】が全く聞こえてこない人たちだ。

 もしかしたら柚希や紫苑のように隠しているのかもしれない。それでも【声】が聞こえない人がいると嬉しく思う。


 それに、たとえ多くの人が柚希に批判的でも柚希の周りには信じるに値する人たちがいる。

 柚希は一人ではないのだ。


 それに、もともとの柚希のポジティブ思考がそのことを重く受け止めさせないでいた。 









 車が停まる音がする。「奥様のお帰りですね」と言いながら麻緒が慌てて立つ。

 車のドアが閉まる頃には麻緒は玄関を開いていた。


「お帰りなさいませ、奥様。柚希さんがお帰りですよ。お連れ様と共に居間でお待ちいただいています」

「戻ったわ。あら、柚希もういるのね? 今日の夜か明日って言ってたけどはやくなったのかしら」

「今日はどちらをお飲みになりますか?」 

「自分でやるっていつも言ってるのに」

「使用人としての役目を奪われてしまったら私の居場所がなくなってしまいます」

「あら、それだけは決してないわ。あなたがいなければ私は仕事に行けないもの」


 そういいながら足音は柚希たちがいる居間の方に向かってくる。





 扉が開く。スーツでビシッと決めた母が立っていた。


「柚希、お帰りなさい」

「ただいま」

「もうすぐオーストラリアに行くのよね」

「うん」

「来シーズンも活躍、期待してるわよ。怪我にだけは気をつけて」

「ありがとう、母さん。またいい結果持って帰ってくるね」

「うふふ。楽しみにしているわ」



 母の視線が柚希の後ろへと移動した。おそらく紫苑が立ち上がったのだろう。


「ようこそ、羽澄家に。……? あなた……!」

「お久しぶりです。羽澄紫苑です。」


 紫苑が美しく礼をする。神社の跡取りとして申し分ない礼だった。





 母の顔が青ざめていく。


「なぜ……ここに……」

次回は『全員集合』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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