表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
60/143

お土産話とドライブに行きたい

 柚希が帰ってきたのは出発前最後に会ってから一週間半が経過した、朝から連続して弱い雨が降り続いた日だった。


 夕方にようやく雨が上がったばかりで、未だにけぶっている景色の中、小走りに歩いてきた柚希は羽澄神社の大きな鳥居をくぐった。


 またもや連絡を忘れていたことに気づきた柚希は紫苑にメールを入れる。





『今ついたよ! まだ外だよ』




 これで紫苑は気づいてくれるだろう。

 そして、社務所の裏へと何気なくを装いながらそっと回り周囲を確認すると鍵を開け、扉から身を滑り込ませた。

 鍵は父と再会したときにもらった。実際の表の門の鍵もあるのだが、そこを自分で開けるとたゑに本気で怒られるので裏口入門することが多い。

 音を立てずに素早く扉を閉めると、柚希は階段を下り始める。









 柚希から届いたメールに紫苑が気が付いたのは受信から二十分ほどが経過してからだった。

 手早く仕事を処理すると紫苑は秘密基地へと向かった。


 廊下から小さな扉をくぐり、階段を下りていくと、柚希がソファに寄りかかりながら寛いでいた。


「柚希」


 紫苑が声をかけると柚希はスマホを見ていた顔を上げた。


「お、紫苑。遅かったね」

「いや、待って。来るときには連絡してって言ってるよね?」

「え? したじゃん」

「いつもよりは早かったけどさ」

「ならいいじゃん」

「まぁ柚希にしては……ってよくないんだよ!」


 柚希は笑う。紫苑も笑いだした。二人の笑い声が交ざりひとつのハーモニーとなった。








 ひとしきり笑ったあと紫苑は尋ねる。


「柚希お帰り。楽しかった?」

「うん、もちろん。あんなに完璧な演技を二日間も見れたのは幸せだよ」

「よかったね」

「ほんっっとによかったよ!!」

「僕もテレビで見てたけどすごかったね」

「あっ、見てたんだ」

「そういえば柚希も映ってたね」

「そうなの。コーチに怒られちゃった」

「何で?」

「そんな話題になりそうなことするなって」

「あ~あ」

「ほんとだよ」

「それで? 生の九条選手、どうだった?」

「今までだって何回か会ってるし、話してるけどさ……やっぱり滑ってるときはオーラが違うよね。他にも滑りのうまい選手も感動する演技をしてくれる選手はたくさんいるけどね、丞くんにはだれも勝てないよね。だってさ、丞くんはリンクに現れるというよりリンクサイドに現れただけで思わず観客が叫んじゃうくらいかっこいいし、あの前髪の隙間から丞くんの目が見えただけでほんと大歓喜だし、六分間練習でジャージを脱ぐ姿だけでも国宝級のイケメンだし、演技は神様以上だし……もう、とにかく最高!!」


 柚希は一息ついた。そのわずかな合間を紫苑は見逃さなかった。


「おっけ。九条選手がかっこいいのは知ってるよ。ちょっとは満足できてたら、次は僕の話聞いてくれない?」

「……どうぞ」


 勢いを削がれて悔しげな顔をしながらも柚希は眉を軽くあげて紫苑に話を促した。


「僕とさ、出掛けてくれない?」

「わたしがオフの日なら別にいいけど……紫苑はいいの?」

「僕は父さんに許可をもらえればいつでも抜けられるから大丈夫」

「そっか。……んで何の用?」

「行きながら話す」


 紫苑は決めていた。柚希が日本にいる間に行っておきたい場所がある。

 柚希のスマホのカレンダーを見つめる。

 三日間連続でオフで予定のまだ入っていない期間があった。


「ここは……?」

「丞くんが帰ってくるかもしれないから一応、ね」

「そしたら、柚希んちの方面に行くから向こうで解散でどう? 三日のうちの一日だけ僕にくれない?」

「うん。いいよ、別に」










 そして、その日が来た。

 朝早く、柚希は外出届を受付に提出すると寮を出発した。


 二人で相談して集合場所は乗馬場にした。

 なるべく人目を避けようということで二人の意見が一致したのである。


 約束の時間より少し前に着いた柚希は待合室のドアをカラカラと開いた。中には人気がなかった。

 何か物音がしたような気がして、柚希は厩舎を覗き見する。


 そこには五頭の馬と紫苑の姿があった。

 紫苑は何をするでもなくただカナエの横に立ち、その首に手を置いて佇んでいた。まるで一枚の絵のようだった。一人と一頭の並んでいる姿は柚希の背後に昇り始めた朝日とよく合っていた。


「…………紫苑、お待たせ」

「あっ、柚希。おはよ」


 紫苑は声をかけられた途端に振り返った。

 柚希には慌てている紫苑の様子が、どこかいつもの紫苑と違う感じがした。


 紫苑が一度息を吸う。そして、息を吐いたらもういつも通りの紫苑の表情に戻っていた。


 柚希は気づいていない振りをした。


 ずっと離れていた自分達には相手に言えないこともそれぞれ抱えている。それを追及することはしたくない。隠したいことは隠させてあげる、その代わり秘密にしていることは自分も紫苑に言わない、と。


「行こっか」

「うん」


 てっきり公共機関を利用して行くのだと予想していた柚希は紫苑が手慣れた様子で側に停まっていた黒い自動車に乗り込んだのを見て驚いた。


「紫苑!?」

「え、何? 乗ってよ、置いてくよ?」

「えぇ!? 誰が運転するの?」

「僕だけど?」


 紫苑は当たり前のような顔をしている。


「僕、免許とったよ?」

「いつ!?」

「だいぶ前に」


 そういえば自家用車の免許は十八歳から取得できるのだった。





 素直に助手席に乗り込んだ柚希と、運転席でハンドルを握った紫苑を乗せて、軽快な音楽と共に車は走り出す。


 高速道路に乗ってから柚希は呟いた。


「なんか、焦るな……。わたしはずっとみんなに助けられてばっかり。なんだかんだ、紫苑はもう自立してる。免許なんて考えたこともなかったわ」

「……柚希はこのままでいいんじゃない?」


 思いがけない答えが返ってきた。「柚希も頑張れ」と言われると思った。


「そう?」

「うん。柚希はもう十分自立してるよ」

「免許もとってないのに?」

「免許とったら自立してるの? そんなことないでしょ。自立って僕は自分の行動に責任がとれることだと思ってるよ。柚希はすでに責任とってるじゃん。日本っていうおっきい看板背負って世界で戦ってるじゃん」

「……」

「もっと自信持ちなよ」

「……わたし、守られてばっかりじゃん。情けないな~って思うんだよね」

「その守られてるって思ってる人が何百、何千、何万っていう人の心を動かしてるんだよ。だから大丈夫。それにね、柚希守られてるだけじゃないよ。みんなが一歩進むための勇気を守ってる」

「どういうこと?」

「分かんなくていいよ。だけど僕はそう思ってる」





 柚希は静かに窓の外を見つめた。晴れた日になりそうだ。

次回は『紫苑が行きたかった場所』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ