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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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丞のラストラン 一時休憩

 ショートプログラムの結果は一位が丞、二位がヴォルフガング、三位がエマニュエルとオリンピック王者を引退試合の二人が上回る結果となった。

 これがオリンピック銀メダリストと六位だったヴォルフガングの王者としての意地でもあった。



 ショートプログラムとフリープログラムまでには一日休みがある。

 大抵の大会では部屋でゲームをしたり、自分の滑りの動画を見ている丞だが、今回はあるメールが届いたことにより観光に出かけることにした。


『タスク~ちょっと会わせたい人がいるんだ。おいで!!』


 ショートプログラムで世界最高得点を更新した丞の直後にも関わらず同じようにミスなく滑りきり、英雄という肩書きに相応しい演技をしたヴォルフガングからのメールだった。





 丞は手早く荷物を準備すると部屋から出発した。

 通りには人がたくさんいた。歩きながら丞は思う。

 世界選手権が行われているここ、フィンランドはなぜか懐かしさを覚える場所だ、と。


 最後にここを大会で訪れたのはいつだったか忘れてしまったけれど、これ程寒いのに何故か暖かく感じる。それは人々の優しさなのか自然現象なのか、は分からないが。

 ヴォルフガングと約束した公園もこじんまりとしていて居心地がよさそうな場所だった。









 そこにいたのはヴォルフガングではなかった。





「丞くん」


 誰かが日本語で丞の名を呼び歩いてくる。丞はその人を信じられない思いで見つめていた。




「…………柚希ちゃん!?」


 間違いなくそこには――人前で言うのは恥ずかしいし、躊躇ってしまうが、間違いなく丞の彼女である柚希が立っていた。


「丞くん。かっこよかったです」


 何を言われているのか丞には理解ができなかった。


「ん?」

「ショートプログラム、わたし会場で見てたんてす。すごくかっこよくて感動しました」

「会場で見てたの!?」

「はい」

「なんで?」

「……約束守りたかったから」


 丞が尋ねると柚希は少しばかり口を尖らせながら答えた。


「約束?」

「はい。だって昔約束しましたよね? いつかわたしのスキーを見せる代わりに丞くんのスケートも見てもらっうって。わたしは見てもらったので、次はわたしの番だって思ってチケット頑張りました! まさかこれが最後とは申し込んだときには想像もしてませんでしたけど」


 拳を握って柚希はうふふんと自慢気に笑った。

 現在、フィギュアスケートの人気は史上最高だ。柚希がもし三日間全てのチケットに当選したのならば、ものすごく運が強いのだろう。


「……残念ながら本当に最後の演技だけは見れないんですけど」

「エキシビ?」

「はい。ショートはわたしが当ててフリーは姉ちゃんが当ててくれたんだけど、エキシビは二人とも外れてしまって……残念です」

「柚希ちゃん、大丈夫。テレビ越しでも柚希ちゃんを感動させてみせる。見てもらえないのは残念だけど」

「丞くん……」


 柚希はそっと微笑んで付け加えた。


「……いつだって感動させられてますよ」


 柚希には丞の目に何か光るものが見えたような気がした。


「柚希ちゃん、ありがとう。選手生活最後の試合、一緒に戦えるなんて思ってなかった」

「わたしだって試合中に会えるなんて思ってなかったですよ」

「そういやなんでヴォルフガングと?」

「スーザンコーチがヴォルフガング選手とは知り合いだったみたいで、伝えてたんですよ。わたしがこの大会観戦するって。そしたら今朝『時間あるか?』って連絡くださって……ご自分も最後の大会なのにお人好しというか、ありがたいんですけどね。ちょっと申し訳ないです」

「大丈夫。あの人、ほんとにお節介なだけだから。ありがとうの一言で全て解決するから心配しないで」





 「少し歩こっか」と言いながら丞は歩きだす。柚希が躊躇いがちに声をかけてくる。


「……いいんですか? こんな堂々と歩いちゃっても」

「大丈夫。ほらみんな観光してるから」


 丞が指を指した方ではアメリカのアイスダンスのカップルと、ペアのカップルが共に写真を撮っていた。


 それでも丞の纏っているオーラは他とは異なる。それを丞が自覚していないことに柚希は焦った。


「……丞くん、やっぱりどこかお店に入りましょう」


 ついに柚希は口を開く。




 丞の存在に気がついた周囲の女性たちが柚希にも気がついたようだ。驚いた顔になる。近寄るか相談しているのかもしれない。チラチラとこちらを見ながら話している。

 柚希の視線を追った丞はその状況にようやく気づいたのか頷いた。


「柚希ちゃんがそこまで心配してくれるんなら、じゃあ、入るか」


 丞はしばらく裏通りを歩くとひとつの店の戸を開けた。そこにはこの国で生まれた某有名小説の世界観が壁に忠実に再現されていた。


「わぁ!!」


 思わず柚希は歓声を上げる。


「なんですかここ!?」

「いいとこでしょ?」


 丞はどや顔だ。


「ここ、ご存じだったんですか?」

「ううん。シンシアがね、おすすめしてくれたんだよ。もし良ければ行ってみればって」

「コーチが……」

「柚希ちゃんいること知ってたのかな、デートしてくれば? ってことじゃない?」

「デ、デート!?」

「何驚いてんの? 今まさにデートしてるじゃん」


 柚希は顔が赤くなるのを感じた。その状態で二人は食事をとる。





 食後のまったりとした居心地のなか、丞が話し始めた。


「柚希ちゃん、見にきてくれて来てくれてありがとう。この大事な試合のとき柚希ちゃんもここにいるんだって思えるなんて、すごく心強い。柚希ちゃんのためにもフリー全力で演じるから」

「丞くん……」

「楽しみにしててね」

「はい」

「柚希ちゃんが来てくれてよかった」


 丞の笑みは満足した顔をしながらも僅かに寂しげだった。


「丞くん、パラリンピックのとき言ってくれましたよね? 人のために滑らなくていいって。自分のために滑ろって言ってもらって、最初は疑問しか湧かなかったけど今なら理解できます。だから、丞くんも明日は自分のために滑ってください。今まできっとわたしたちには想像もつかないほど過酷な練習に打ち込んできた自分に、海外に行ってまでスケートを極めた自分に、シニアデビューからたった二年でオリンピック王者となった自分に、今まで幾度となく勝利してきた自分に、最後のショートで世界最高得点を叩き出した自分に……世界中に何年もの間感動を届けてきた自分に」

「待って柚希ちゃん。泣かせに来ないで」

「待ちません」

「……」

「今までずっと他の人に笑顔も涙も、感動も勇気も与えてきてくれたんです。丞くんのおかげで今のわたしがいるんです。きっとそんな人が世界のいたるところにいるんです。だから……本当に最後の演技ぐらいは自分のためだけに滑ってください。大丈夫。丞くんが笑顔ならみんな笑うから」

「柚希ちゃん……」


 丞の目から堪えきることのできなかった涙がこぼれる。





 しばらくうつむいていた丞はやがてふっと空が描かれた天井を見上げてから曇りない目で笑った。


「もう大丈夫」

「そうですか?」

「うん。明日楽しみにしてて」


 柚希も笑った。


「世界一の滑り、待ってます」





 柚希は信じている。丞は約束を守ってくれると。









 決着の日は明日だった。

次回は『丞のラストラン ゴールテープを切るとき』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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