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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第3章 家族になりたい
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秘密基地の面会

 柚希は音を立てずに服を着替えた。そして、コートを羽織って、マフラーを付けた。まだ外は寒いのだ。


 寮内は静まり返っていた。柚希はロビーで外出届を提出すると寮から出て歩き始めた。空には無数の星が瞬いていた。柚希はポケットに手を突っ込んでゆっくり歩き出す。




 羽澄神社はたとえ暗闇の中でも、相変わらず荘厳だった。


 鳥居の影で何か黒いものが動いた気がした。


「……紫苑?」


 柚希が声をかけるとその影は答えた。


「そうだよ」

「遅くなってごめん」

「いいよ。こっち来て」


 紫苑は社務所の裏の小さなドアに手を掛けた。懐中電灯をつける。ドアを押し開くと中には階段が続いていた。


 長い階段を一段ずつ下っていく。

 地面に付くと、紫苑は電気を付けた。ぱっと視界が澄み渡る。よく来ている羽澄神社の地下室へ向かう廊下だった。


「僕がここを使ったのは初めてだよ」

「もしかしてここが……」

「そう。恋人つれてきたとき用の入り口」

「紫苑もそのうち出会えるよ」

「そういう柚希はどうなんだ?」

「うふふん」

「もしかして……」


 柚希は頷いた。何も言っていないが紫苑には思考がもちろんばれている。


「やっとだ。いったい何年越し?」

「三年は経ってると思う」

「おめでとう」

「……ありがとう」


 柚希には疑問がある。今日は紫苑から『今日の夜神社来て』とメールがあっただけなのだ。紫苑が何をするのか、何をしたいのかさっぱり分からないのだ。それに柚希はまだ思考を読めるようにはなっていないのだ。


「……ねぇ、紫苑。今日はどしたの?」

「もうちょい待ってて」


 紫苑は詳しくは教えてくれない。


 しばらく二人は近況報告をしていた。パラリンピックから帰国した後にここにはすでに何度か来ているが、毎回それほど時間に余裕がなくあまり話せていなかったため、話題は山積している。

 柚希は何ヵ月かぶりに家に帰ったこと、三年越しの中学校に行って卒業してきたこと、丞からの届け物を開封したこと、丞と付き合うことになったことなどを話していた。

 一方の紫苑は流鏑馬と弓道の最近の上達具合についてと、最近の羽澄神社の祭礼について。


 そのうち外からコツコツと足音が聞こえてきた。

 柚希は思わず身体を固くした。ここには逃げ場がない。


「紫苑……」


 柚希の呟きに紫苑は頷いた。紫苑は全く緊張の欠片もなく、立っている。


「柚希、大丈夫だから」


 扉の前で足音は止まる。扉がぎぎぃと重い音を立てながら開く。

 階段を誰かが下りてきた。


「ここにいてね」


 紫苑はそういうと階段に向けて歩いていく。


「お、紫苑。まだいたのか」


 低い声が聞こえてきた。誰の声か分からずに柚希は首を傾げる。階段から紫苑ともう一人が下りてきた。その姿が眼に映った途端に柚希はその人が誰かを理解した。




 階段を下りてきた人はこの羽澄神社の宮司、羽澄梗平だった。そして、今なら断言できる。この人は柚希と紫苑の父親その人である。


「こんばんは」


 柚希に向かって梗平は優しい声で話しかけた。


「こ、こんばんは。お久しぶりです」

「……柚希。無理に敬語使うな」


 父の声に胸が熱くなった。涙が耐えられなかった。


「何で……何で最初に教えてくれなかったの?」

「ごめんな」

「……父さん、わたしずっと会いたかったんだよ」

「ごめんな」

「……最初に会ったときに教えて欲しかった」

「柚希……ごめんな」


 柚希は駆け出した。迷いをすべて捨て去って、幼いころのように父の胸の中に思い切り飛び込んだ。父は柚希のことを優しく抱き締めてくれた。


「……父さん、会いたかった」

「お帰り、柚希」


 声を押し殺してしとしとと涙している柚希の背を父の優しくて大きな手がさすってくれる。


「ごめんな。ずっと待たせててごめんな。辛いときに側にいてやられなくてごめんな」

「父さん、わたしね、別れも出会いも……再会も、たくさん経験したから強くなったよ。いろんなことがあったの。今のわたしは昔のわたしみたいに泣き虫で弱気じゃない。素敵な仲間たちに支えてもらってここまで連れてきてもらえたんだ」

「柚希…………いつの間にか泣いてばかりのかわいい箱入り娘だった柚希は大きく成長していたんだな」

「……父さん」

「改めてお帰りなさい、柚希」

「ただいま戻りました。今までご心配おかけしました」


 柚希の背中には相変わらず父の手が置かれていた。





 話すことは尽きなかった。窓のなく外の見えない地下室の中で時の経過を忘れ、柚希と紫苑と父は三人で机を囲みながら、昔話とお互いの今まで歩んできた軌跡を語り合っていた。


 壁に掛けられた時計が朝の四時を知らせてくる。父が時計の音で時間の存在を思い出したようにずっと優しく見つめていた柚希から目をそらす。


「もうそろそろ私は朝のお勤めがあるから行かなければな」

「私もお暇します」


 柚希も椅子から立ち上がる。父が柚希に話しかける。


「柚希。これからも柚希らしく歩み続けるんだぞ」

「え?」

「ずっと柚希のこと寂しくさせていた私が偉そうに語ってはいけないと思うが、言わせてほしい」

「……はい」

「柚希。昔に比べたらずっと成長しているけど、おそらく根っこは、昔の……あの頃の柚希と変わっていないんだろうな」

「……」

「柚希にとってはもう世界全体で活躍してるからなんとも思わないかもしれないけど、小さな幸せを大切にしなさい。絶対に感謝の気持ちは忘れずに、一歩ずつ大切にしていきなさい。夢に向かって全力で進みなさい。柚希ならできる。だって柚希は羽澄家の娘なのだから」

「ありがとう」


 父と再会したあと地下の羽澄家の秘密基地から外に出ると、昇り始めた太陽が空から優しく照りつけていた。

次回は『丞のラストラン』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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