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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第2章 世界一へ
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電話の向こう

 スイスで過ごす最後の日。本当にあっという間の日々だった。

 柚希はスキーを始めてから夢見てきたパラリンピックの金メダルを二つ獲得することができた。


 柚希は約一か月過ごした選手村の自分の部屋を掃除していた。日本人として、帰るときには『来たときよりも美しく』することはマナーである。もともときれい好きな柚希は部屋を満足するまで掃除すると、席に着いた。


 そして、ペンと日本の風景画が描かれたカードをバックから取り出す。一度息を吸うと一気に横に一応翻訳アプリの画面を開いたスマホを置きながらも暗記した文を書き始めた。





『Danke für die Unterstützung. Vielen Dank für Ihre Unterstützung. Auf Wiedersehen!!! Ich werde weiterhin mein Bestes geben.』

 〖支えてくれてありがとう。応援してくれてありがとう。また会いましょう!!! これからも頑張ります。〗





 ドイツ語で感謝のメッセージを書きたくて、柚希はスイスに来る前に少し学んだ。


 国内外、大小問わずどの試合もそうだが、当たり前のようにこの大会もたくさんのボランティアが運営を支えてくれた。試合前に全選手に『頑張れ』と言ってくれていた。


 選手を全力で支えてくれたボランティアに感謝しているという気持ちを紙に書き記すと、柚希はそのカードと前日のうちに折っていた鶴を机の上にそっと置き、荷物を纏め部屋から出ようとした。





 …………その時、柚希のバックが震えだした。柚希がスマホを取り出すと、電話がかかってきていた。


 まだスーザンとの待ち合わせの時間には余裕がある。柚希はなり続けているスマホに目をやった。

 そこには、大和蒼依と表示されていた。


 柚希は電話を取ると耳に当てた。


「蒼依ちゃん!?」

「柚希ちゃん! 久しぶり! 今電話してても大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、柚希ちゃんにおめでとうが言いたくて電話したに決まってるでしょ」

「えっ、ありがとう!」

「柚希ちゃん、本当に本当におめでとう。すごいかっこよかった」

「見ててくれてたの??」

「当たり前よ! 同輩の友達がパラリンピックに出場したんだよ。見るに決まってるでしょ」

「ありがとう」


 微かに蒼依が笑った気がした。


「ちなみに応援してたの、もちろん私だけじゃないけどね」

「え?」

「吹部時代の同級生のほとんどが凌久くんの家に応援に駆けつけたんだよ」

「何それ、嘘でしょ!?」

「ほんとだよ」

「嘘…………」

「だから、ほんとだよ。柚希ちゃん、私たちみんな柚希ちゃんのこと忘れてないよ。凌久くんが企画してくれてみんなで久しぶりに再会して、応援してたんだよ」


 蒼依の言葉に自然に目頭が熱くなる。


「もう、忘れられてるかなって…………」

「テレビで見るようなすごい選手になっちゃって、やっぱ気後れしてあまり連絡は気軽にできないけど、忘れるわけないでしょ」

「みんな、いたの?」

「受験の合否関係なく、みんなが気軽に応じてくれたよ。私たちも結構疎遠になっちゃってたから同窓会みたいで楽しかったし。私はたまたま実家に帰ってたから行けたけど、部長だけは無理だったからリモート参加だったけどね」

「部長も…………」


 懐かしい顔が柚希の脳内に浮かんでいく。中学三年生のコンクールで金賞が発表された瞬間の仲間たちの笑顔を思い出す。


(三年も疎遠になっちゃってたけど、みんな覚えてくれてたんだ…………)


「柚希ちゃん、泣いてるの?」


 蒼依がからかってくる。


「泣くに決まってるでしょ!!!」

「ふふっ。伝えておくね。……ほんとにほんとに柚希ちゃん、おめでとうね」


 蒼依の優しさが柚希の胸にぬくもりとなり、じんわりと広がる。


「蒼依ちゃん、わたし今日日本に帰るから。明日の午後会えない??」

「…………私は、受験終わったから大丈夫だよ。あと、凌久くん誘っておくね」

「凌久………どうだった?」


 柚希はこっそりと質問する。パラリンピック期間中に国公立試験の発表があったのだ。凌久は柚希に気を遣っていたのか連絡はしてこなかったし、柚希からも詮索するのは控えていた。


「凌久くん? 合格したに決まってるでしょ」

「…………!」

「………柚希ちゃん?」

「はぁぁぁぁぁ。良かった~」


 柚希は大きく息を吐いた。自分の試合の最中は自分のことに集中していたが試合が終わってからは凌久のことが心配だった。


「……もぅ、ほんとに柚希ちゃんも凌久くんもお互いのこと心配しすぎだよ」

「どういうこと?」

「うふふ。だってさ、凌久くんも柚希ちゃんが金メダルって決まったときはすごく慌てて『ほんとか?』って質問してきてさ、テレビで金メダルって流れても『柚希は笑ってるか?』って。笑顔で手振ってるの見えてるのに」


 初めての全日本選手権の金メダルを渡したときも異常なほど緊張していた。焦っている凌久の姿を容易に想像できて柚希は笑った。





「ユキ? 行くわよ? 支度できてる?」


 スーザンの声がした。


「ごめん、蒼依ちゃん。今から出発しなくちゃ」

「いいの。私こそ忙しいときにごめんね」

「久しぶりに話せて楽しかった」

「また明日ね!」

「なんか昔に戻ったみたい」

「うふふ。じゃ、また」

「うん」





 柚希は蒼依との電話を切って、スイスに到着したときと同じように荷物をもって出発した。

 帰国は閉会式まで残っていた選手がまとめて一斉に帰るため、栞奈とも再会する。



「あ、柚希ちゃん」

「栞奈ちゃん!!」

「今回は危なかったわ。柚希ちゃんに負けるかと思った」


 栞奈は笑顔だ。日本代表スーツに勝ち気な顔つきと薄めの化粧がよく似合っていてかっこいい。試合の緊張から解き放たれたからかいつになくテンション高く話しかけてくる。


「結局、栞奈ちゃんが三つ持ってったからね」

「二人で金メダル独占できたもんね」

「お疲れ様!!」




 飛行機に乗り込むと、柚希は自分の席に着く。


 そして、行きと同じように丞からの手紙を読んだ。








 羽澄柚希様


 柚希ちゃん、お久しぶりです。


 手紙送ったのが遅くなっちゃったから出発に間に合ってないかもしれない………。

 間に合った前提で書きます。


 柚希ちゃん、ごめんなさい。約束果たせなかった。銀で終わっちゃったよ。二人で金取るのを夢見てたけど、夢で終わってしまったね。

 言い出したの僕なのに、自分で言いながら自分が約束破っちゃった。ごめんね。


 約束も守れない僕が偉そうに柚希ちゃんに言えることなんて何もないけど、ひとつだけ。


 僕のことは気にしないで滑って欲しい。

 金を取れなかった悔しさはもちろんある。一番のライバルだったエマニュエルに金を取られたんだからね。たけど、すっきりしてるのも事実なんだ。


 僕は結果に満足はしてないけど納得はできてる。

 だから、だからね、柚希ちゃんは柚希ちゃんが納得できる滑りをして欲しい。

 これは逃げとか、言い訳なのかもしれないけど僕の本心です。


 柚希ちゃんなら金メダル取れる。だから、思いっきりパラリンピックという舞台を楽しんできて。今まで辛いこととか苦しいこととか乗り越えてきたでしょ? その今まで頑張ってきた自分を信じて、誇って全力で戦い抜いてください。僕も全力で応援しています。


 また日本で会いましょう!!


 九条丞









 行きに読んでいたときとは全く心境が異なっていた。


 これを書いていたときにはもうスイスに戻っていたのだろうか。

 丞はさらりと腰を怪我したと言っていた。柚希も深くは尋ねなかったがきっと結構重症なのではないだろうか。


 それでも、丞との約束を果たせた。金メダルを取れた。滑りをみてもらえた。自分に勝てると思えた滑りができた。

 次は丞の番だ。丞のことだから今月終わりの世界選手権までに維持で怪我を治して、丞らしい演技を見せてくれるだろう。






 なんだかんだパラリンピック期間中は気を張っていたらしい。終わった安堵からか唐突に眠気が襲ってくる。

 柚希は眠りについた。





 夢の中で柚希は丞の演技を永遠に見続けていた。丞はいつも楽しそうだが真剣な顔で演技していた。そして、その表情は丞に一番よく似合っていた。

次回は『我が家』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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