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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第2章 世界一へ
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世界女王の姉妹

 柚希のパラリンピックが近づいてきていた。

 テレビ局からインタビューの申し込みが相次いでいる。


 そのなかで気になる名前を見つけた。


 結城美郷さん。栞奈の姉だ。ライバルの姉が自分に何を聞いてくるのだろう。柚希は不安というよりも楽しみにしていた。


 そして、当日。美郷は暖かそうな素敵な衣装で登場した。白いニットのセーターにジーンズを合わせている。ラフな格好なのにスーツのように着こなしているところがすごい。

 一方柚希は所属企業の黒いジャージ姿である。


(落差がひどいな……)


 柚希は苦笑を浮かべながら椅子に腰かけた。







「本日は冬季パラリンピック、パラアルペンスキー日本代表の羽澄柚希選手にお越しいただきました。本日はよろしくお願いいたします」


 カメラと美郷に向けて一礼する。


「よろしくお願いします」


 いくつか質問が用意されていたので事前に考えていた通りに受け答えをする。吹奏楽からスキーに移った理由や、事故から立ち上がれたきっかけ、背中を押してくれた言葉……いつものインタビューで質問されている内容と何ら変わりはない。柚希はいつも通り受け答えをしていた。


「次が最後の質問です」と断った上で美郷は尋ねてきた。


「栞奈のコーチもしている私に言うのは嫌かもしれませんが、本心でお答えくださって構いません。パラリンピックではどんな滑りをしたいですか?」


 美郷の遠慮がちな言葉に驚いた。インタビューを受けると決めたからにはパラリンピックについても聞かれて当然だと思っていたのだ。柚希は笑顔で答える。


「自分に、家族に、友だちに、ライバルに、コーチに、ファンの皆様に……世界中でわたしを応援してくださっている皆さんに心から誇れる滑りをしたいです」

「それは具体的には?」

「ミスをしないことも大切だと思うし、メダルを取ることも大切だと思います。だけど、わたしはメダルよりも自分に勝てたと思う滑りがしたいです。満足できない金メダルよりも満足できたメダル無しの方が胸を張って帰ってこられると思っているので」

「なるほど……自分に勝つということですね」

「はい」


 美郷は少し何か考えていたが、ひとつ頷くと「本日はありがとうございました」と言ってきた。柚希も「こちらこそありがとうございました」と答えた。


 カメラがオフになり、収録が終わると柚希は立ち上がって帰ろうとした。


「ありがとうございました!」

「「お疲れさまでした!!」」


 柚希が挨拶して部屋から出て、廊下を歩いていると「柚希ちゃん!」という声が聞こえた。


「美郷さん!?」


 先ほどインタビューを終えたはずの美郷が声をかけてきた。


「柚希ちゃん、パラリンピック頑張ってね」

「えっ!?」


 再び美郷に驚かされた。


「柚希ちゃんは日本のエースなんだから」

「いや……栞奈ちゃんの方が…………」


「わかってないわね」と美郷は笑う。


「今は柚希ちゃんが日本のエースよ。栞奈よりも勢いがある。栞奈は今までずっと一番上に君臨してたから突然出てきた柚希ちゃんに驚いているの。今は抜かしてやるって猛烈に練習してるわ」


 美郷は優しい目で窓の外を見つめた。そこに練習中の栞奈がいるかのように。今はただ吹雪いている雪しか見えないのだけれど。


「栞奈ちゃんにも負けたくはないですよ。やるからにはもちろん金メダル取りにいきますから」

「当たり前じゃないの。柚希ちゃんは柚希ちゃんらしく戦えばいいのよ。栞奈は栞奈らしく頑張ってるから。二人の激闘楽しみにしてるわ」


 柚希は不思議だった。美郷にとって自分は妹のライバルだ。それなのに美郷は優しく柚希のことも励ましてくれる。


「なんで、ライバルなのに応援してくれるのですか?」


 美郷がふふっと笑った。優しく見つめてくる目には笑みが宿っていた。


「懐かしいのよ」

「懐かしい?」

「そう。私とフローラのことを思い出してね。もちろんナターシャも含めて。スーザンスキークラブの皆は本当に強かった。でもだからこそ負けたくないって心から素直に思えたの」

「それとどんな関係が……」

「栞奈と柚希ちゃんはわたしとフローラのように良いライバルで、良い友達になれそうだなって」


 美郷は「柚希ちゃんにも栞奈にも頑張って欲しいのよ。私はどっちも応援してるし、好きだから」と言うと軽く手を振り「それじゃあ」と笑顔でいいながら、コツコツというヒールの音と共に去っていった。


 『良いライバルで、良い友達』という言葉は魔法のように柚希の胸に響いた。








 柚希が帰ると柚希のポストから一枚の封筒がはみ出していた。雪が一段と強くなっている。柚希は慌ててその封筒を取り出すと、寮のなかに駆け込んだ。

 柚希は談話室に入り、暖炉の前で暖まる。


 封筒に軽く積もっている雪はその熱で跡形もなく溶けていた。


 濡れていたが字は滲んでいないようだ。柚希はほっとすると封筒を裏返し、目を見張った。

 差出人の欄に書いてあったのは『結城栞奈』という名前だった。

次回は『手紙』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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