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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第2章 世界一へ
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練習初日と羽澄神社

「さぁ、今日から練習するわよ!」


 柚希がスキー場へと向かうと明るいスーザンコーチの声に迎えられた。

 凌久が言ったようにしばらく休息したからこそ身体がスッキリとしている。しかし、心は全くスッキリとしていない。モヤモヤが厚く立ち込めている。


 そのためか、タイムが全く上がらない。休み前よりも落ちている。


 柚希が焦り何度も滑り込んでいるうちにスーザンコーチに呼ばれた。


「あと、一本滑りなさい。それで、うまくいかなかったら練習は終わりよ」

「えっ!? でも……」


 柚希の反論はスーザンコーチの怒声でシャットアウトされた。


「お黙りなさい!! ラスト一本でミスするなら試合で良いタイムなんか出ないに決まっているでしょう! 何に悩んでいるのかは知らないけど、そろそろ本気出してもらえないかしら」

「……コーチ」

「私の目には何か他のこと考えていて練習に全く集中していないようにしか見えないのですけど」


(仰る通りです。練習に身が入っていませんでした)


 はぁ、とため息をついたスーザンコーチは柚希の背を押した。


「何があったのか分からないけれど、ここぞってときのユキは絶対に失敗しないし、心配しないで大丈夫だっていう絶対的な自信があるから、こうやって怒っているのよ。そんなに気になるならさっさと練習終わらせて行けばいいじゃないの、羽澄神社に」

「え?」

「羽澄神社じゃないの?」

「……そうですけど」

「とりあえずなんでもいいから試合だと思って滑っておいで」

「はい」


 もう一度柚希の背を強く押したその手は優しくて大きかった。

 柚希はひとつ頷いてリフトに乗った。






 柚希が滑走してくる。文句無しの滑りだ。最初からこう滑ってくれたら良いのに……とスーザンは思う。

 なんとなく、ユキと羽澄神社には関係があるような気がしていたけど、あそこの宮司さんも否定していたし、実際のところは不明である。

 それでも、つい先程のユキの驚き具合からは自分の予想は正しいのではないかとスーザンは思っている。


 スーザンは柚希の滑りを再び見つめる。

 ユキの滑りには華がある。周囲の目をパッと集めてしまう。丁寧な滑りではないかもしれないが、その華こそがユキの魅力だとスーザンは思っている。正確さならやはりカンナ選手の方が上だ。

 それでも、ユキには馬鹿みたいに度胸がある。やはり、今までフルートを吹いていて観客からの視線が集まることに慣れていたというのが大きいのだろうか。

 華に加えて正確さも加えてくれたら満点である。


 滑り終わったユキが近づいてくる。


「合格よ」

「もう一本だけやらせてください」


 いつも通りユキはもう一本だけ滑りたいと言ってくる。


「いいわよ。だけど本当に最後ね」

「はい!」


 また滑っていくユキを眺めながらスーザンは思う。


(早めにユキが今悩んでることを乗り越えて試合に挑んで欲しい。そのために私ができるのはただユキを支えることだけ)










 今日はコーチに練習を早めに切上げされられた。それに関しては納得している。

 しかしスーザンコーチは羽澄神社と口にした。コーチは何か知っているのだろうか。それとも、ただ名前が同じだったから言っただけだろうか。


 着替えながら柚希は考える。

 あそこに父と兄弟がいるとは完全に信用できない。あの境内は祖母の部屋に掛かっていた写真とはどこか違うのだ。そもそもあの写真が父たちのいるところだと繋げたのは少々強引だったのではないだろうか。


(とりあえず行ってみるか)


 柚希はひとつ息を吐くと部屋を出た。

 間違いなく羽澄神社のものとわかるあのお守りを持って。



 神社の鳥居に一礼して参道をゆっくりと歩き始める。

 時々周囲からの視線を感じるが、地元の人たちはスーザンスキークラブの存在を知っているので、無駄に話しかけてきたりはしない。「あ、来てるのね」「冬だものね」みたいな顔をするだけだ。

 小さい子が大きく手を振ってくる。柚希も微笑んで控えめに手を振った。その笑顔を見ているだけで心がじんわりと暖かくなった。



 拝殿にお参りしたあと、柚希は雪かきされている道に沿って境内を散策してみた。社務所でもらった案内図には何故か境内に弓道場がある。少し興味をもった柚希はそこに行くことにした。



 弓道場は境内の右奥にあった。周りを木で囲まれていて覗き込むことはできない。それでも中には人がいるようで時々パン、という心地よい音が響いている。


 何分そのまま突っ立っていたのだろう。柚希は突然後ろから聞こえてきた声に飛び上がった。


「なにか、ご用でしょうか?」

「うぇ!? な、なんでもありません!! ちょっと気になっただけで……申し訳ありません!!!」


 声をかけてきた男性は袴姿だった。少し白髪交じりの髪は威厳のようなものを感じさせ、それでいて素敵紳士だった。


「失礼しますっ!」


 柚希が慌てて帰ろうとするとその男性は微笑んだ。


「せっかくお越しくださったのです。お時間に余裕があるのでしたら少々見学なさいませんか?」

「えっ!? いいんですか?」

「もちろんですよ」

「そしたら、少しお願いします」

「では、こちらへ」


 連れていかれたのは弓道場の入り口だった。


「あの……」

「はい?」

「なぜ、ここに弓道場があるんですか?」


 その男性は少し微笑んだ。


「この神社はスポーツの神様を奉っております故」

「弓道と関係が?」

「毎年神事で流鏑馬(やぶさめ)の奉納がありますので」

「流鏑馬……」

「流鏑馬には乗馬の技術と弓道の技術を持ち合わせてなければできないのです。私も幼い頃より弓道を習っておりましたよ」

「弓道……かっこいいですね」

「もし、その頃こちらにいらっしゃるのであれば、是非ご覧いただきたいものです」

「……」


 柚希が答えないでいるとその人はそっと笑った。


「スーザンさんのところの方ですとその頃はオーストラリアにいらっしゃるのでご覧いただけないのは残念ですね」

「えっ」

「羽澄柚希選手でいらっしゃいますよね」

「………はい」

「ご挨拶遅れまして申し訳ございません。私は羽澄神社の宮司を勤めております、羽澄梗平(はずみこうへい)と申します。この度はようこそ羽澄神社へお参りくださいました。苗字が同じということでお会いできることを楽しみにしておりました」


 もしかしたらこの人が自分の父なのかもしれない。それでも聞くことはできなかった。


「射場内には(せがれ)が一人おりますが、他には誰もおりません。どうぞ飽きるまでご覧くださいね」


 そう言うと男性――宮司さんは去っていった。

 柚希はそっと一礼すると足を踏み入れる。「部屋に入るときは必ず左足からよ」という母の教えを思い出す。


「失礼します」


 そのとき、パンと良い音を響かせて矢を的に()てた人が振り向いた。微かに一礼してくる。


「はじめまして。先程外で父と話していらっしゃった方ですか?」

「はい。羽澄柚希と申します」

「僕は羽澄紫苑(はずみしおん)です。現在高校三年生で受験を控えてます。羽澄選手とは同い年ですよね。よろしくお願いします」

「わたしは通信制の大学に行くのですけど……」

「どっちにしろ大学なことには変わりませんよ」

「うふふ、そうですね」


 その子は宮司さんとよく似た笑みを浮かべた。


「どうぞ、わたしのことはお気になさらず練習してください」

「ありがとうございます。見学してくださってて構いませんから」

「はい」


 ふと太陽の光に照らされた彼の髪が目に留まる。彼の髪型は栗毛色だった。

次回は『紫苑の昔話』、明日の更新予定です。お楽しみに♪

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