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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第2章 世界一へ
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新潟にようきなさった

 日本に帰国して四日目の昼。柚希は新幹線のホームに立っていた。


 母と咲来は心配そうな顔である。それはそうだ。次に会うことができるのはパラリンピックの後なのだから。何ヵ月もまた家族ばらばらに生活することになる。


「柚希、身体に気をつけてね」

「無理だけはしないでね」

「絶対に金メダル取って笑顔で戻ってきなさいね」

「もちろん」

「あら、自信ありそうね」


 母が意外そうな声を出す。柚希は笑った。

 正直前日の祖母の日記を読んでから精神的に余裕がないのだが、それを顔に出すなんてことはしない。柚希もだてにこれ程長くスキーを続けてきたわけではない。メディアに勘づかれないよう表情を誤魔化すことなどお手の物だ。


「自信はあるよ」

「まぁ」

「だって、わたしのことは今までもこれからも一番好きな人が一番応援してくれているから」


 にこりと笑いかけると最後に柚希は凌久の方を見た。


「それじゃあ……行ってくるね」

「ああ、行ってこい」


 凌久とはそれ以上の言葉は必要ない。辛いときも苦しいときも何も聞かずにただ側にいてくれた凌久は柚希にとって心強い存在だった。





 新幹線が到着する。柚希はスーツケースを両手に列車に乗り込んだ。列車の中と外で最後の別れをする。


「柚希、元気でね」

「また会いに来てね」

「俺も新潟行くからな」

「うん。……母さん、姉ちゃん、凌久、行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 ドアが閉まる。窓越しに手を振り合う。新幹線は音を立てずに出発した。









 柚希は自分の席に座るとスーツケースを荷物棚に乗せた。持ち上げるとずっしりとしていて意外に重かった。

 座席に座ってイヤホンをつけると柚希は肩掛けのバッグから福岡の消印の押された封筒を取り出した。福岡の吹奏楽強豪校に通っている蒼依から昨日届いたのである。忙しくて読めずにいたので、長い電車の間に読もうと思ったのだ。


 封筒には一枚の便箋が入っているだけだった。


 柚希はその手紙を読み始める。









 柚希ちゃんへ


 お元気ですか? あれからもう三年も経ってしまったね……

 いつの間にか柚希ちゃんは世界で戦っていて、外国人の友達も多いだろうし、もう私のことなんか忘れてるかもしれないけど、それでも伝えておきたくて。


 柚希ちゃん、これから書くこと忘れないでね。

 この先、どんなに柚希ちゃんが有名になろうと、どんなに結果をとろうと、わたしはずっと柚希ちゃんのことが大好きだからね。

 困ったときには絶対に手を差しのべるから、助けてってちゃんと言ってね!


 柚希ちゃん、パラリンピックの金メダル、待ってるよ

 凱旋したときにまた会おうね


 大和蒼依









 蒼依は何も変わらない。中学生の頃からそうだった。いつも周囲から一歩引いたところにいた。そして、困ったときにすっと優しく手を差しのべてくれていた。

 あの時――中学一年のときに先輩から守ってくれたときから何も変わらない。

 蒼依の字からは優しさがにじみ出ていた。

 そして、同じようなことを事故に遭った後にも言ってくれた。何があっても蒼依と凌久と家族は支えてくれる。そう思ったとたん言葉にできない感情が腹の底から上がってきた。それはおそらく安心感と名付けることのできるものだった。

 そして、金メダルを取りたいという今までの気持ちが段々と取らなくてはいけないという気持ちへと変化していくのを実感した。

 これ程大勢のファンに応援していただけているのだから、結果で応えねば。






『二度とあの顔を見たくない。二度と新潟なんて訪ねるもんですか』


 不意に脳内で祖母の声が聞こえた。

 そして、柚希は思考の海に沈んでいく。


 何故両親は分かれてしまったのか。そして、何故祖母はそこまで新潟に行きたくなかったのだろうか。あの字は憎悪の感情が溢れだしていた。

 柚希は思う。


 自分は今、祖母の教えてくれた、祖母の愛したフルートを止めてスキーをしている。祖母が嫌いだった新潟に向かっている。きっと祖母が生きていたら父と同じように『二度と顔を見たくない』とあの日記に書かれていただろう。






 真実を知りたかった。幸い新潟に向かえば手がかりが少しはあるような気がした。

 とは言え新潟もとても広い。そんなに簡単に会えることなどないだろう。それでもいつか会いたい。父と双子の兄弟に。兄だか弟だかは分からないが双子なのだからどっちでもいいだろう。

 ぼんやりと思い出してきた記憶にはやはりまた栗毛色の髪の男の子がいた。きっとその子が自分の兄弟だろうと見当をつける。


(あぁ、会いたいなぁ)


 新潟はもうすぐだ。





 ―――――







 柚希は新潟駅のホームに降り立った。とても寒い。思わず柚希は首のマフラーをぎゅっと締め直した。



 改札を出るとスーザンコーチが待っていた。


「ユキ!!! いらっしゃい」

「コーチ! お久しぶりです」


 コーチが柚希の顔を覗き込む。


「ユキ、何かあったの?」

「何もないですよ?」

「何もなかったと言える顔じゃないわよ」


 流石だ。家族には誤魔化せても、常に選手の微妙な変化を感じ取っているスーザンコーチに隠し通せるわけないのだ。


「幼いときに生き別れた父と兄弟が新潟にいるんです」


 柚希の寂しげな笑顔に何を思ったのか。スーザンコーチは柚希の頭を優しく撫でると「じゃあ、行きましょうか」と笑った。








「柚希~!!!!!」


 車から降りた瞬間、紬の声が聞こえた。そちらを見ると紬が寮の入り口で大きく手を振っていた。柚希も軽く手を振る。


「久しぶり」

「会いたかったよ、柚希。柚希がいないと練習に身が入らないの」

「ちょっとツムギ。自分の不調を人のせいにしないでちょうだい」


 スーザンコーチが笑う。紬も、柚希も笑った。


「今日からまた頑張りましょうね」

「はい!!!」













 次の日、柚希は紬に町を案内してもらった。


「全部が全部白すぎて何がなんだか分かんないよね」

「全ては自分の野生の勘に任せるといいよ」


 紬はそうからかってくる。



 二人で歩いていると不意に目の前に大きな鳥居が雪で覆われた世界から高くそびえ立っていた。


「ここは?」

「ここは羽澄神社。なんか柚希と苗字同じだしスポーツの神様の神社で私たちもよく参拝するし、教えようと思って」


 羽澄神社。なぜ今自分はここにいるのだろう。ここはあのお守りの神社である。祖母から柚希、柚希から丞、丞から柚希へと巡った大切なお守りは、今は柚希のメダルを入れている巾着に結んである。



 一礼して境内に入る。空気がすんと澄みきった。今までと空気が違う。


「ここの神社はね、ご利益めっちゃあるの。それに、本当に神様いそうな感じしない? シャキッと背筋が伸びる感じあるでしょ」

「ほんとだね」

「あとね、ここの神社には魔物が住んでるって言われてんの。もちろん本当にご利益あるから誰も信じてないけどね、ずっと広がってる噂。ここの宮司さんの息子には魔物が取りついていて人の記憶を読めるとか、死んだ後に戻ってこれるとか……この神社のこと知っている地元の人こそ信じてないけど、ちょっと信じたくなる感覚はあるよね」

「そうだね」







 柚希は一度境内を見回す。

 社殿は白に埋もれた世界の中でも存在感があった。

次回は『練習初日と羽澄神社』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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