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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第1章 待ち受ける転換点
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それぞれの道

 四月。明るい季節だ。

 自宅の庭には花が咲き乱れている。柚希は高校生になっていた。しかし、たとえ高校生になっていても柚希の生活に変化はなかった。


 一つ変わったことといえば柚希があまり部屋から出なくなったことだ。柚希は最近外出もせずに自室で朝から晩まで過ごしている。

 心配は無用だ。情報収集をしているだけだから。アルペンスキーについてと、義足についての。








「柚希、開けるぞ」


 久しぶりに凌久がやってくる。


「どうぞって言ってから開けろって何回言ったら分かるの……」


 それこそ何十回目か定かではない決まり文句のようになってきたことを柚希は「久しぶりなのにまたそれかよ」と呟く凌久に向けていった。


「凌久は結局、公立にしたんだね」

「私立だと金かかるからな」

「そうだね……」


 そういう凌久はずいぶんと痩せていた。

 それはダイエットなどではなく、ストレスによるものだった。

 母がいなくなった悲しみ、自分が捨てられたという実感は時が経つにつれ増す一方だった。


 柚希にはかける言葉は分からない。

 それでも、一つだけ言っておきたいことが――凌久の母の代わりに伝えたいことがあった。


「凌久、中学卒業と高校入学おめでとう」

「ああ、お前もな」

「わたしは中学卒業したって言っていいのか分からないけど」

「まぁな」


 柚希が自宅に戻る直前に凌久は自宅へ戻った。

 凌久の父はかつて自宅に連れてきた女性とは異なる人と正式にお付き合いしているそうで、いつ再婚すると言い出すかも分からない。


 それでも、凌久は誰の前でも弱音を吐かずに生活していた。


「ねぇ、凌久」

「ん?」

「凌久はこれからどうしたいの?」

「……父さん、再婚するって言ってきてさ」

「そうなんだ…………」

「だから一回合ってみてから決めようと思ってる」

「会うんだ……すごいね」

「んなわけあるか。逃げ道作ろうとしてるだけだ」


 褒められて照れて慌てて否定する凌久はたとえ少し痩せてしまっていてもやはり凌久だった。その点だけはほっとする。


 話題を変えたいのか突然凌久の目にからかうような光が若干浮かんだ。


「あのさ、丞兄ちゃんがゴールデンウィークにこっち帰ってくるって」

「そうなんだ」

「それで柚希に会いたいって言ってた」

「うぇい!?」


 思わず変な声が出た。次があるとは思っていたが、こんなに早くやってくるとは思っていなかった。


「れ、れ、練習は?」

「動揺し過ぎだろ」

「だって、世界の九条選手がこんな無名の人のところに何回も来るなんて怖いでしょ」

「そんなことはない」

「いや、あるって」


 凌久の目に浮かんでいた明るい色が消え、少し真剣な表情になる。


「なぁ、柚希」

「なに?」

「丞兄ちゃんのすることは丞兄ちゃんが決めることだぞ」

「え?」

「だから、柚希が心配しなくて大丈夫だ。今回も大学が登校日だから帰って来るだけだし」

「うーん、でもさこんなところに来てたって分かったら大変なことになるでしょ?」


 凌久がクスリと笑う。そして軽く唇の端を上げ。皮肉げな笑みを浮かべる。


「柚希、丞兄ちゃんをなんだと思ってるんだ? 世界の九条丞だぞ。自分のすることに責任を持ってないわけないだろ。考えた結果、柚希に会うことを選んだんだから喜べよ」

「そう?」

「そうだ」

「……じゃあ、丞くんを信じる」

「そうしとけ」

「ほんとに?」

「当たり前だろ」


 何事もないかのようにさらっと一蹴された。


「凌久はなんも心配してないの?」

「おお、欠片もしてないぞ?」

「なんで?」

「何でもかんでもねーだろ。俺は久しぶりに帰ってくる兄ちゃんに会えるのが嬉しいだけだ」


 そのあと、凌久の目が宙をさ迷う。


「……凌久?」


 柚希が声をかけても凌久は黙ったままだ。

 しばらくして凌久が話し出す。


「これはまだ決定事項ではないけどさ、俺そのうちカナダに行くかもしれない」

「カナダ?」

「兄ちゃんに言われたんだ。日本での生活が苦しいならこっち来てもいいって」

「……それで、なんて答えたの?」

「…………一回父さんの選んだ人に会ってからにするって」

「そっか」

「ああ」


 寂寥と言うのだろうか、慣れ親しんだ温もりが遠ざかる予感がし、寂しさが込み上げて来る。

 柚希は大袈裟にため息をつく。


「あーぁぁぁぁあ。寂しくなるなあ。姉ちゃんも、凌久もみんないなくなっちゃう」

「いや、まだ分かんないぞ」

「絶対行っちゃうじゃん」

「どうだろな」


 凌久はおそらくカナダに行くつもりなのだろう。そしてカナダでも逞しく生きていくのだろう。

 ふいに焦りが生まれた。自分は事故に遭ってから半年経っても何も変わっていない。通信制の学校でオンライン授業は受けているがそれ以外はリハビリや情報収集に打ち込んでいる。


「みんな速いね」

「ん?」

「だって、吹奏楽続けるために部長は大阪の、蒼依ちゃんは福岡の強豪校行ったでしょ? それで凌久はカナダ。海まで渡ってしまう」

「だからまだ決めてねーって」

「でも、行く気でしょ?」

「まぁ、考えてはいる」

「わたし、みんなに置いていかれてるな」

「そんなことねーよ」

「あるよ。凌久が一番私のこと知ってくれてるのに言いたくはないけど。でも、これは誰にも分からないと思う。どんなにリハビリ頑張っても回復はゆっくり。二度ともとには戻れない。努力しても報われないこと。それにやっぱりいつだってどんなに頑張っても必ず凌久が上にいる」

「まあ、テストはいつでも満点だもんな」

「そういうとこだよ」


 言いながら笑ってしまう。凌久には伝わらないだろう。それが凌久だから。


「もういいや」

「そうなのか?」

「うん」


 凌久が真剣な顔で言う。


「なあ、柚希。お前、さっき努力しても報われないって言ったよな。俺もそう思う」

「え?」

「俺の家族もどんなに俺が頑張っても壊れちまったから」

「……そうだったね」

「だから、柚希。お前の苦しみが分かるとは言えないけど、ちょっとなら分かるから。苦しいときにはちゃんと言えよ」

「……そんな感じのこと事故った日に凌久に言ったね」

「ああ。あれで俺は少し救われたからな」


 凌久は「そしたら兄ちゃんのことはまだ決定じゃないから内緒にしといてくれ」と言い残し帰っていった。









 凌久から「やっぱり日本に残ることにした」と連絡が来るのは一週間後のこと。

次回は今度こそ『再会』です。


誰視点で書こうか悩んでます。

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