第一期 プロローグ 中央にいる者として
「みんな、おはよう!」
羽澄柚希が教室に入ると、瞬く間にクラスメイトの輪ができる。
柚希は中学三年生。容姿端麗、成績優秀、教師からの信頼もすこぶる厚い生徒である。
本来、物語の主人公というものは、陽キャと呼ばれる人類を端から眺め、悪態をつくような陰キャであってほしいものだ。そうでなければ、本を閉じたときにスカッとできないではないか。
初めから完璧人間なんて本当につまらない。
しかし、ありえないことにこの物語の最初の主人公には陽キャの中でもトップに君臨する、全てにおいて周りから頭一つ抜きんでたこの女が選ばれてしまったのだ。
諦める他あるまい。
柚希を囲む華やかなクラスメイトたちは時間の流れとともに増加していく。
まとまって登校する男子生徒の後ろから、彼らを押しのけるようにして一人の小柄で目が大きく、可愛らしい女子が全力で駆け込んできた。
「柚希ちゃん、お願いっ! 今日の課題見せて!!!」
「もーー、またやってないの?」
「今回はいつもとは違うよ! ちゃんと今朝思い出したもん。だけど諦めちゃっただけ!」
「諦めんなよ~」
柚希が笑いながら課題のプリントを見せる。当たり前のようにその紙には柚希が昨夜のうちにパパっと片付けた答えが記載されている。
「いつもほんとにありがとう、柚希ちゃん! 恩に着るよ」
「すぐそうやって言うんだから。次は見せないからね」
「え、たぶん見せてもらう」
「ふふふ」
「柚希ちゃん!?」
「まずは自力で頑張ってみて」
「それって結局は見せてくれる流れでしょ? ほんと愛してるよ柚希ちゃん!!!」
容姿が整っていて女子力も高い柚希は当たり前のようにクラスの人気者だ。もちろんスクールカーストの最上位に居座っている。
それでも柚希はクラス全員に常に目を配ることを忘れていない。それは一年のときから任されている学級委員長としての責任だ。
柚希の周りに引き寄せられるのは女子だけではない。相方の学級委員も何かと理由を探しては柚希を頼ってくる。
「羽澄。この書類半分やってくれないか?」
「提出いつまでだっけ?」
「悪い。今日中なんだ。ちょっと面倒だなって思って溜めてたらまさかの当日って訳」
「オッケー。いいよー」
「いい? 頼んでも」
「うん任せて」
そして、愛想も良い柚希は男子たちにも人気者だ。もちろん他学年にも注目している。学年一の美人は学校中の注目の的である。
今は最高学年だからまだ良いが、昨年までは何かと大変だった。
「羽澄、今度さ遊びに行かないか?」
「どこに?」
「……ボウリングとかどう?」
「えっ、めっちゃ楽しそう!! 行きたい!」
「えっ、いいのか!? そしたら……いつにする」
そわそわとする話しかけてきたクラスのお調子者・西沢の姿を見て、柚希は後ろで話している女子を振り返る。
「ねぇ、みんな? 西沢くんが、ボウリング行こって!」
「えっ、ほんと?」
「行きたい~」
「いつにする?」
あっという間にみんなノッてきた。
「俺は羽澄を誘ったんだ……」
ぼやく西沢に柚希は笑う。
「せっかく行くなら、みんなで楽しみたくない?」
「……それもそうだけど」
学力も社交性も高い柚希はオールマイティーと呼ばれている。それを鼻にかける素振りがまるでないのが柚希が人気の理由だろう。
柚希に言い寄る男子も数多いるが柚希は誰とも付き合わない。それでも高嶺の花のような存在ではなくフレンドリーだ。柚希に告白し、玉砕した男子も星の数ほど存在するが、柚希の断り方が上手いからか、その後の関係が悪化するようなこともない。
そして、柚希のことを皆が好きな理由。もうひとつは懸命に努力している姿を知っているからだ。吹奏楽部の一員として鬼のように練習に励む姿を知らない人はいないだろう。
お金持ちで見目も良くて、学力も高い柚希だが、ひとつだけ手にしていないものがある。それは、父親の存在である。
幼い頃になくなった父は記憶すらもほぼない。父はたくさんの資産を残していったのでお金に困ることはない。それでも家族三人、それを驕ることもなく、慎ましく生活している。
新聞記者として遅くまで毎日働く母、希望していた第一志望の大学の観光学部に見事合格し、通学しながらカフェと旅行会社のバイトを掛け持ちしている姉の咲来、そして家事をこなす柚希。
ぼんやりしながら眉を寄せている柚希に声がかかる。
「何してんの、柚希ちゃん?」
「今夜のメニュー考えてる~」
「今日は柚希ちゃんが作る日?」
「うん。お手伝いさん今日はお休みの日だから」
柚希の豪邸には家族三人の他、お手伝いさんが一人いるだけだ。基本的に自分のことは自分でしなくてはならない。漫画のお嬢様たちのように澄ました顔で座っていたら食事が出てくるなんてことはあり得ないのだ。
そのおかげで柚希の料理の腕前は結構高い。
柚希は吹奏楽部のエースだ。世界中を演奏会で飛び回っていた祖母からの影響を受け、幼いときからフルートを吹いていた柚希は無事に才能が開花し、その音色は今では周囲を圧倒している。もちろんそれは才能だけでなく、柚希の努力の証だ。
姉はフルートには興味を示さなかった。その代わりに言語や文化に興味を持った。祖母が訪れた国について学び、様々な国の言語を学んだ。
しかし、祖母が可愛がったのは柚希だけだった。そのため咲来は祖母と仲が悪かった。
「羽澄、悪いけどこれ音楽室に運んでくれないか?」
「もちろんです!」
顧問が箱を抱えて教室の入り口にやって来た。
そこには新しいフルートが入っていることを柚希は知っている。
柚希は祖母から受け継いだフルートがあるが、新しい楽器が届くのは自分が吹くかに関わらずワクワクする。
好かれる点しか存在しない人間なんてこの世に存在しないと信じていた。
しかし、ここに存在してしまったようだ。
ぐずぐず言っているのも時間の無駄というもの。
さぁ、そろそろ諦めて物語を始めよう。
ついに投稿始めてしまいました。
初心者なので内容がおかしいところなどありましたら教えてくださると幸いです。
ゆっくりと投稿進めていきたいと思ってます




