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魔女の企み

ファビオは1人教室で佇んでいた。

昼を告げる鐘は随分前に鳴った。

女生徒に食堂へと誘われたが、応じる気持ちにはなれなかった。

ぼんやりと窓の外を見る。

季節は夏に差し掛かっていた。

明るい日差しが中庭の木々に降り注ぎ、微風に揺らぐ葉に反射してキラキラと光っている。

いつもなら、あの隅のガゼボでビオラと昼食を取っている時間だ。

ファビオは、あの幸せな時間を思い返す。

ビオラの手製の温かい料理と、穏やかな空気。

ビオラの笑い声、触れる指先。

すべてがファビオにとっては初めてで、宝物のようなひとときだった。


ファビオは身寄りのない孤児だった。

幼い頃から不思議な力を持つファビオは、気味悪がられ、実の親から教会の前に捨てられたのだ。

教会の運営する孤児院で過ごしていたところを、噂を聞き付けた王宮からの使者によって保護された。

ジョルダーノ公爵家と養子縁組を行い、それからは貴族の嫡男としての教育を受けた。

同時に魔力を国の為に使うことを課せられた。

養子先のジョルダーノ家は良くしてくれたし、王宮から無理を強いられることは無かった。

しかし、ファビオはいつまでも自分の存在に自信が持てずにいた。

魔女の子孫としての誇りなど無かったし、このまま、望まれるまま、生きていければ良いと思っていた。

だから、ビオラを強く欲する気持ちはファビオを戸惑わせた。

決して望んではいけないものだと思った。


「中庭に行かないのか?」


掛けられた声に、ファビオは顔を向けた。

エミルが教室の入口に凭れてこちらを見ていた。


「この期に及んでまだグダグダ悩んでいるの?せっかくチャンスをあげたのに」


ファビオは無視をして、視線を窓の外に戻した。


「君さ、いい加減に逃げるのは止めろよ」

「放っておいてくれよ。王宮には迷惑は掛けない。何とかする」


エミルはつかつかとファビオの元に近付いてきた。


「馬鹿なの?君って本当に自分のことに無頓着だよね。君が魔女の子孫だという以前に善良で優しい男だってことは、関係者なら皆わかってるんだよ。だから、心配してるんだろ?」


ファビオはエミルの言葉に振り返った。


「なあ、ファビオ。何故、君が歴代の魔女達と違うのか考えたことがあるか?」


ファビオは戸惑いつつ首を振った。


「君は自分のことを出来損ないだと思っているみたいだけど、それは違うと思う。確かに君は自然界から気が吸収できないから行使できる魔力も少ない、恐らく寿命も僕らと変わらないだろう」


ファビオはおずおずと俯く。


「これまでの魔女たちは、寿命が人間の二倍から三倍だと言われているが、実際はわからない。天寿を全うした者がいないからだ。例え、結婚して子を授かっても、皆、年老いて彼女らより先にこの世から消える。

自分の周りの人間を何人も看取った魔女は、結局、孤独に堪えきれなくなって自ら命を絶つんだよ。その際に行き場のなくなった魔力の残り火が引き起こす自然災害を厄災と呼んだんだ」


ファビオは黙ってエミルの話を聞いていた。


「孤独は心を蝕む恐ろしい敵だ。強大で万能な力を持ち、永遠と呼ばれるほどの命と若さを手に入れた魔女さえ、勝てない」


ファビオはふとビオラに出会う前の自分を思い出した。

心を殺して過ごす毎日は、最早当たり前すぎて苦痛など感じなくなっていた。

命に対する執着もまるで無かった。


「君の抱える不完全さはね、君が孤独に耐えかねて命を絶たないように、前任の魔女が仕組んだ事なんじゃないかと僕は思う。人の手を借りなければ生きられないようにしたんじゃないか」


ファビオは知らずに頬を涙が伝っていたことに気付いた。

エミルはファビオの肩に手を置いた。


「君はもっと貪欲になって良い。自分が幸せになることから逃げるな。これは、君の上司ではなくて友人としてのお願いだ」

「でも、僕は、ビオラを巻き込むのが怖い。失うのも。それなら手を放してしまった方が良いと…」


ファビオは子供のようにポロポロと涙を落としている。

机の上にぽたぽた落ちた水滴は、黒い染みを作っている。

エミルは肩に置いた手に力を込めた。


「ファビオ、今、君がしなければいけないことはひとつ。ビオラの心を全力で手にいれることだ。後の面倒な事情は、全部僕が引き受けてやる」


ファビオは、濡れた瞳でエミルを見上げた。


「ビオラはいつも通りあの場所で待っているぞ。…早く行け」


ファビオは制服の袖で涙を拭うと立ち上がり、教室を飛び出していった。

エミルは、その後ろ姿を見送った。


「…全く、このタイミングでドラゴのお姫様と出会うなんてさ、僕だったら運命としか思えないけどね。…まさか、これも仕組まれてたりして…」


エミルは自分の漏らした言葉に背筋がゾッと粟立つのを感じた。



ビオラはランチボックスを膝に置いてファビオを待っていた。

昨日のファビオの告白を思い出して頬を染める。色恋にはとんと疎いと自覚しているビオラには、正直、ファビオの言っていることを完全には理解出来ていない。

けど、ファビオのことは大好きだし、ずっと一緒にいたいし、触りたいし…

ファビオの事を考えると、胸がドキドキと高鳴るのはそういう事なんだろう。

ヤバい。

顔がにやける。

ファビオが来るまで落ち着こう。

それにしても遅いな。

ファビオが悶々と悩んでいることなど思いもよらず舞い上がっているビオラであった。


「ビオラ!」


声が聞こえて、ビオラは顔を上げた。

息を切らしたファビオがガゼボに足をかけてこちらに向かってくる。

ほら、姿を見ただけでこんなに胸が苦しくなる。

ビオラは胸を押さえた。


「お、遅かっただな」


ファビオは、ビオラの前に立った。


「ごめん。昨日あんなことを言ってビオラを困らせたから、今日は来てくれないと思った」


ビオラはファビオを見上げた。

目が赤く充血している事に気付く。

ビオラはランチボックスを膝から下ろして立ち上がった。

手を伸ばしてそっと目の下に触れた。


「泣いたべか?」


ファビオはその手を握り、真っ直ぐビオラを見つめて問い掛けた。


「何で、今日来てくれたの」


ビオラは首をかしげた。


「来ないって選択肢は無かったんだけど」


ファビオは力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。


「君が寛大なのは判ってるけど…僕は友達じゃあもう我慢できないんだ。それでも良いの?」


ビオラは全身の血液が波打つような気がした。

どうやって伝えたら良いのだろう。

ビオラはファビオの前に屈んだ。


「おらもファビオの事が好きだ。と、友達じゃなく」


結局ストレートな言葉が口からついて出た。

ファビオは、ガバッと顔を上げた。

至近距離で顔が向き合うことになり、ビオラは真っ赤になって俯いた。


「近い…」

「本当に?」


ファビオが顔を覗き込むので、ビオラは頷いてから、横を向いた。

更に追いかけて覗き込むので、反対側を向く。


「ほ、ほんとだべ!」


痺れを切らしたファビオが、ビオラの両頬を手で挟み、正面を向かせた。


「ビオラを好きになって良いの?」


ファビオは目を瞑ってビオラのおでこに自分のおでこをくっ付けた。


「なんで許可がいるだ?ずっと好きでいてくれないと困る」


ビオラは眉をひそめた。


「うん。ずっと好きでいる」


ビオラはファビオの手に自分の手を重ねた。


「ご飯食べようよ。冷めちまう」


おでこを離して、ファビオはじっとビオラを見つめた。

ビオラもファビオのエメラルドグリーンの瞳をみつめた。


「ねぇ、ビオラ、キスして良いかな?」


ファビオがうっとりとした瞳で囁いた。

ビオラは、きっと自分も同じ目をしているんだろうな、と思う。


「うん。それは、精気の補給?それとも恋人のキス?」


ファビオは鼻先をビオラの鼻に擦りあわせる。


「勿論、恋人のキスだよ」


ファビオの柔らかい唇が、ビオラの唇に重なった。

ビオラはファビオの肩に手を回した。

一度離れて、目を合わせ笑い合い、再び唇を合わせた。

柔らかな風が2人を取り巻くように頬を撫で、青空に映える樹木の若葉を揺らし、芝生の広場を渡る。


まるで二人を祝福しているようじゃないか、と、木々の陰からこっそり様子をうかがっていたエミルは思う。


孤独な魔女の子孫は、タフで逞しい伴侶を得た。

若くしてドラゴンを操るほどの力を持つ彼女は、その瑞々しく澄んだ心で、彼を充たし続けるだろう。

長く続いた悲しき魔女の歴史に、終焉をもたらす女神となるのだ。


魔女の厄災は二度と起こらない。

先代の魔女が、命と引き替えに仕掛けたトリック。

それは、大きすぎる力に翻弄されながらも、人を愛すことを諦められなかった彼女の、理への精一杯の抵抗。

未来への大いなる愛だ。


「君はとても愛されている。少々羨ましいくらいにね」


なにはともあれ、ドラゴとの繋がりも出来たし、魔女の子孫による厄災も未然に防げた。


「僕って本当に有能だなぁ」


自画自賛の言葉を呟いて、エミルはそっとその場を離れた。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました!


このお話に関しては、元々第二部も予定しておりまして、

そちらは、ちょっと大人めの内容になりそうです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読みたかったので、保留していました。 大満足です。第二部期待して待ちます。 ムーン、バッチこいです!エロ多めで笑わせてください
[良い点] ビオラが可愛い。 ファビオも可愛い。 ほっこり。 [一言] 本日発見して楽しく読ませていただきました。 何て可愛らしいお話なのでしょう。 第二部もあるということで、楽しみにしたいと思いま…
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