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ともだちと勉強

武道場の練習試合で優勝してから、にわかにビオラの周りは騒がしくなった。

遠巻きに見られるのは変わらないが、以前と違い、目が合うと悲鳴を上げてきゃあきゃあ跳び跳ねる女生徒が現れるようになった。

対して男子生徒は、目が合うとビクッと震え、目を逸らす。

結局、未だに友達と呼べるのはファビオだけなのだが……


「おう、ビオラ、隣良いか」


返事も待たずにドサッと横の席に腰を下ろした巨体を見て、ビオラはうんざりとした。

彼の名前はダントン。

練習試合の決勝戦でビオラが負かした相手だ。

あれ以来、何かと纏わりついてくる。

彼の目的はひとつだ。


「で、再試合はいつにする?」

「…次回の校内戦で良いだろ」

「そんな先まで待ちきれないのだが」


なんでも、今まで向かうところ敵なしだったこの筋肉マッチョは、初めて敗北を喫したビオラが気になってしょうがないらしい。


「来月の試験に向けて勉強したいから、今は無理」


訛りが出ないように気を付けて話すと、どうしても素っ気なくなってしまう。

それがまた、一部の女生徒を萌えさせていることをビオラ本人は知らない。


「ふむ。それは良い心掛けだが、頭ばかり使っていては身体が鈍るぞ。剣を振ると頭もすっきりする。俺は休み時間毎に素振りをしている。ビオラも一緒にどうだ?」

「…やめておく」


講師が教室に入ってきて授業が始まった。

開始5秒で隣の席からイビキが聞こえてきた。

ビオラは横目でダントンを睨む。

奴は太い腕を組んだまま姿勢良く寝ていた。

いつもの事だ。

何が頭がすっきりするだ。

休み時間に身体を酷使して授業中に休憩してちゃアカンだろ。

どうやらダントンは高い身分の出らしいので講師も注意をしない。

お陰でビオラは授業に集中出来ない。


(全く迷惑なゴリラだべ)


ビオラは、ため息をついた。



ファビオの教え方は、とても解りやすかった。

お陰で数学と語学の授業にはなんとかついていけるようになった。

しかし、例のゴリラに付きまとわれているせいで、専攻が同じになる教科に支障が出ている。


「どれだけ断っても隣に来て同じことを毎日言うだよ。しつこいんだべよ」

「ふぅん。よほどビオラが気に入ったんだね。友達が出来て良かったじゃないか」


ファビオが教科書をテーブルの上でトントンと揃えて素っ気なく答えた。


「えっ?友達じゃないだよ。話が通じねぇもの」


ビオラは反論した。

ファビオは頬杖を突いてこちらを見ない。

どうやら機嫌が悪いようだ。

ビオラは原因を思い付いて、ファビオに手を伸ばした。


「何だ、ファビオ焼きもちか?可愛いべな」


その柔らかいブルネットの髪を撫でると、ファビオはぎょっとしてビオラを振り返った。


「な、何を言ってるの?!」

「拗ねなくても大丈夫だべよ。おらの一番の友達はファビオだもの」


ファビオは顔を赤くしてビオラの手首を掴んで押し戻そうとしている。


「マリオも良くそんな顔をしたから、わかるべ」


ファビオは、ビオラの手首を握ったまま静止した。

そして、睨むようにビオラを見た。


「へえ、それで、マリオにもこうやって頭を撫でてたわけ?他には?」


ビオラはマリオを思い出す。

あの子はファビオとは比べようもなく大きいし、手触りも違う。

でも、ビオラはいつも全力で触れて、抱き締めた。

ビオラはファビオに掴まれている手首を引っ張って、倒れこんできたファビオを抱き締めた。


「よしよし…」


背中を掌でトントンと叩く。

ファビオは固まって動かない。

あれ?何か間違えたかな?


「…これで終わり?」


胸元からファビオの声が聞こえて、ビオラは妙な気分になった。

やっぱりマリオとは違う。


「まあ、こうすると大抵機嫌が直って、擦り寄ってきて顔を舐めるんだ」

「へぇ…」


ファビオはビオラの腰に手を回してぐっと引き寄せ、胸元に顔を擦りつけた。

ファビオの柔らかい髪が、首筋と顎に触れ、何故か胸がざわつく。

顔を上げたファビオは、至近距離でビオラを見た。

ビオラはファビオの顔を間近にして、改めてその美貌に見惚れた。

ブルネットの髪から覗く大きな瞳は澄んだエメラルドグリーンで、長い睫に縁取られている。

通った鼻筋、口角の上がった唇は薄桃色だ。

加えて、ファビオは物腰も言葉も柔らかい。

女生徒が群がるのもわかる。

ファビオは首を伸ばし、更にビオラに近付く。

鼻先が触れた瞬間、書庫の扉が開く音がした。ファビオはビオラから離れて、書棚に阻まれて見えない扉の方向をうかがった。

パタパタと足音がして、複数の女生徒の声が聞こえてきた。


「本当にこんな埃っぽいところにいるんですの?」

「間違いないわ。あれは絶対、ファビオ様よ」


ビオラとファビオは顔を見合わせた。

ファビオの取り巻きの女生徒達だ。


「どうすべ」


ファビオは眉間を押さえながら答えた。


「面倒だけど、別に隠す事でもないだろう。…疚しいことをしてる訳でもあるまいし」

「そうだべな。まあ、初めて会った時は、ファビオはここでやらしいことをしてたけどな」


ファビオはビオラに首を向けてからかうように言った。


「へぇ、見てたんだ」


ビオラは鼻をつんと上げて言い返す。


「ギリギリ見てねぇべ。おらはそんなに野暮でねえもの」



「いたわ!」


書棚の隙間から二人の姿を見付けた女生徒が叫んだ。

ドタドタと駆けつけた女生徒達が、書棚に挟まれた狭い通路を一列に並んでこちらへ向かって歩いてきた。

ファビオはその様子を肘を突いて眺めている。

ビオラはドキドキしながら身構えた。


「ファビオ様、最近お見掛けしないと思ったら、このような所にいらっしゃいましたのね」

「ああ、良く見つけたね」

「何をしていらっしゃいましたの?」


ブロンド巻き毛の美女が、ビオラをじろじろと見下ろした。

他の女生徒達も後ろから扇のように顔を出してビオラを睨んでいる。


「ランチの時間も食堂においでにならないし、サロンにも随分顔を出していらっしゃらないでしょ?皆、寂しがっておりますのよ?」

「それは申し訳なかったね。来春から公職に就くことが内定したものだから、エミル殿下からの命が集中していてね。暇がないんだ」


美女は、まぁ、そうでしたの…と憂い顔をして見せたあと一寸黙ると、チラリとビオラを見た。


「それで、この方は?」

「わたくし知ってますわ!この方、魔女と噂されている一年生です」


女生徒の1人が声をあげると、残りの女生徒らはどよめいた。


「確かにそれとなく不気味ですわ」

「あのような髪色見たことがありませんわ」

「目付きが胡乱ですわ」


口々にビオラの容姿について発言しはじめた。

ビオラはもう慣れっこだし、反論する気もないので無表情で対峙した。


「そんな噂のある方とご一緒されて大丈夫ですの?ファビオ様の評判も下がってしまいますわ」


バンッと大きな音をたてて机を叩き、ファビオが立ち上がった。

女生徒達は固まってファビオを見上げた。

ビオラも隣のファビオを見上げたまま静止した。

ファビオは、いつも温厚な笑みを浮かべているその顔に、明らかに怒りを湛えている。

ビオラはマズイと思い、ファビオの袖を引っ張ったが、ファビオは堪えきれないというように口を開いた。


「僕の友人を貶める発言は止めてもらおう」


聞いたことのないファビオの低い声に、女生徒達は縮み上がった。


「ビオラ、行くよ!」


ファビオは教科書を抱え、片方の手でビオラの手首を掴んだ。

ビオラは慌てて立ち上がる。

女生徒らは青い顔をしてこちらを見ている。

ファビオは憮然として女生徒らを見回した。


「君たちには失望したよ。根拠のない噂に踊らされて上辺でしか人を見ない。挙げ句の果てに何の落ち度もない相手に失礼な言葉を浴びせるなんて、それが淑女といえるだろうか」


女生徒らは気まずそうに視線を下げた。

ただ、先頭のブロンド巻き毛美女だけは、唇を噛んで悔しそうにファビオを見ている。


「ファビオ様は知っておいでですわよね?私と縁談のお話があるのを」


ビオラはファビオを見上げた。

ファビオは表情を変えずに答えた。


「確かにギョーム家より申し出があったと聞いているけど、それが何?僕は当分はフィアンセを作るつもりはない。父上にもそう申し上げている」

「私の父は現国防大臣であるのはご存知でしょう?公職に内定されているなら無下に断るのは得策ではございませんわ」


ファビオは鼻で笑った。


「心外だね。僕が権力に頼らなければ公務もこなせない男だと?断ったら何だというんだい?君のお父上が出世を妨害するとでも?」


ギョーム嬢はハッとして視線を逸らした。


「発言には気を付けた方が良いね。これで僕に何かあれば、お父上が疑われることになっても致し方ない」


ファビオはビオラの腕を引いて扉に向かった。ビオラは後ろを振り返る。

女生徒達が寄り添って所在無げにしている中で、ギョーム嬢が1人、恨みの籠った目でビオラを睨んでいた。

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