★ 012 帝国の闇 【 改革 】
クリンゲン卿と最高会議の終わった会議室で溜息を吐く。
あれほど入念に準備した東大陸の進撃が頓挫してしまったのだ。大陸の南岸沿いにはかなり進んでいるが、いまだにエンデリア地方の北部を占領できないらしい。
このまま東進することも可能だが、補給線を断たれかねない。
補給線の防衛だけで1個大隊というのだから、問題だな……。
「空中軍艦が落とされたと聞いた時には驚いたが、やはり向こうにもそれなりの技術者がいたらしい」
「とはいえ、現状では戦力の損耗がそれほどではないことも確かだ。被害の多くがかつての王国軍だからね」
「それはそうだが……。やはり東は鬼門だな。卿の素案を読ませてもらったよ。まさか武官の2人が推薦に上がっていたと思わなかったぞ」
「功績に応じるのは当然だと思うがね。場所についてもわかってくれたと思う。文官貴族の重しとして周辺王国の監視を含めた統治して欲しいところだ」
クリンゲン卿が笑みを浮かべる。
やはり王として統治する場所を理解してくれたようだ。
「とはいえ、軍を2倍とするのは問題にならないかね?」
「皇帝陛下の派遣する駐留軍になる。士気は国王に任せるが、名目は立つはずだ」
「ワシが行っても良さそうな気もするのだが?」
「それでは私の酒の相手がいなくなってしまう。2割増しの給与で帝都に留まって欲しい」
苦笑いを浮かべながら、ワインを飲んでいる。
所領の収入があるから、王宮から供与される報酬はそのまま寄付しても問題ないはずだ。現に私は三分の一を寄付しているぐらいだ。
神殿を通しての貧民救済は、貴族としての務めのように思える。
貴族は財産を貯めこむことはせずに、いかに民衆に還元するかを考えうべきだと思っている。
神殿に寄付した額の一部は間違いなく貧民救済に使われるだろう。
半分以上は神官達の懐に入ってしまうだろうが、総務の記録に寄付金額がきちんと書かれているのであれば問題は無い。
「卿は信心深いからなぁ……。私は、軍病院に寄付しているよ。少しは良い物が食べられれば良いのだが……」
「文官貴族は全くそんなことには無関心だ。いかに自分達が相手より良い暮らしをしているかを自慢しているぐらいだからな」
「それで、文官貴族はあの通りの人選になったわけだな? 任期は5年としているようだが、民衆の反乱がおこりかねないぞ?」
「その時に国王がどう動くかも楽しみだな。国庫を開放して鎮めるなら少しは使えそうだ。武官貴族に泣きつくなら降格でも仕方ないだろうし、皇帝陛下に助力を頼むようなら、始末しても問題はあるまい」
「賢王であってほしいところだ。案外帝都に駐屯する軍は忙しくなりそうだが、同時に2カ所は問題だぞ」
「同時に2カ所はあり得る話だ。それに対応できる組織を作ってほしい。当然、飛行船と空中軍艦の優先配備は行うつもりでいる」
悩み始めたが、直ぐに顔を上げた。
やはりクリンゲン卿は武官貴族だけのことはある。
「軍費が増えてすまんな……」
「それだけの貢献をしてくれれば誰も文句は出ないだろう。それに1度痛い目を貴族会議の連中に見せればしばらくはおとなしくなるに違いない」
「再び水面下で動き出したようだな。口先だけの派閥争いなら、こちらの被害が少ないのだが……。奴等、懲りるということを知らんのかもしれんな。卿の素案を読ませてもらったが、所領を没収しないのであれば2代貴族という大改正は正しいのかもしれん。
だが、もう少し待ってくれんか。水面下の動きを少しかき混ぜてみるつもりだ」
まさか個族の派閥争いを煽るということか?
クリンゲン卿に顔を向けた私は、きっと驚きに目を見開いていたに違いない。
「それを上手く利用して欲しい。それは卿が得意なはずだ。私達で対応しても良いのだが、それでは再び同じことが起こるだろう」
「一体貴族というのは、どのように現れたのだろうな。私は父上から帝国建国時に初代皇帝陛下と共に戦った将軍の子孫だと聞かされてきた。たぶん卿も同じではないか?」
「確かにそうだな。皇帝陛下の私室のリビングに飾られた15人の将軍の1人が我々の祖先になる。……なるほど、そういうことか。確かに貴族が多すぎるな」
「建国時でさえ15人の貴族で帝国を動かしていたのだ。その後に領土が増えたとは言っても、先代皇帝時代でさえ2倍にはなっていないぞ。だが、参内貴族は2千人を超えていたのだからなぁ。領地が2倍なら、貴族の数も2倍で良いはずだと若いころに良く考えたものだったよ」
帝国の功績があったというが、帝国建国時の功績から比べれば小さなものだ。
クリンゲン卿が煽ってくれるなら、これを機会に永代貴族を一気に削減できるのではないか?
派閥争いに明け暮れる貴族なら、官僚の方がよほど信頼できる。
彼等は水からの才覚で現在の地位を築いているぐらいだからな。官僚の子供が必ず親の後継になれないのも良いところだ。
暗愚な者が地位に付くという危険がなくなる。
それを考えると世襲制貴族ということ自体が、帝国をの没落に向かう原動力になっているようにも思えてならない。
「……皇帝陛下の近くで事件だけは起こして欲しくないぞ」
「無論だ。次は無いからな。たぶん、ちょっとした争いが起こるのは東の地だろう。軍は我等が統括しているが、代官連中は派閥がそれぞれ推薦している。この間の会議で決まったのは卿も知っているだろうに?」
征服地の治政を行うように派遣した3人はそういうことだったのか……。
1人では蓄財に走るだろうから、それを相互監視するためだと思っていたんだが、クリンゲン卿も中々の人物だな。
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秋分を過ぎて。取り入れの季節がやって来た。
今年の作物は豊作らしい。
徴税官も、仕事がしやすいに違いない。
帝国内の畑の収穫量を無作為に10カ所選定し、その平均値を元に税を取り立てる。
それでも、帝国初期に決めた税が基本であって、豊作時でも最大でも1割程度上乗せするだけだ。
農家と商人は喜んでいるに違いない。
超税額が決まると、いよいよ貴族制度の改革を発表する。
最高会議でかなりの修正が入ったが、先の皇帝陛下の内諾を得ているということが私を後押ししてくれる。
賛成に伴う修正であれば最高会議の調整が必要だが、反対を示すことは先代皇帝陛下の意志に反することになる。
皇帝あるが故の貴族であることは、どうにか理解しているようだ、
おかげで、永代貴族は3代までに伸びてしまったし、現在の当主が60歳を過ぎている場合は4代を認めることになってしまった。
所領の返却は必要とせずとしたことで、貴族の地位を無くしても大地主としての地位は補償されることになる。
「まあ、これぐらいなら許容すべきじゃないか? 永代貴族が無くなれば貴族の派閥争いは沈静化するだろう」
「だいぶ譲歩してしまった気がするよ。準爵達の待遇も、子供に対しては半額を保証することで何とかなるだろう。子供がいなければ夫が先立っても妻には半額が保証されれば路頭に迷うことは無いはずだ」
「100年後の我が家はどうなっているだろうな……」
クリンゲン卿が、グラスを回しながらワインを見つめている。
さすがに私にも分からないが、互いの家の関係は子供の世代になっても変わらんだろう。
互いに秘密を共有する関係だ。
その秘密を我等が閉じて、皇帝陛下に充てた遺書でのみ。皇帝陛下だけが知ることになる。
握り潰せば、全て今まで通りということになるだろう。
果たして皇帝陛下は、出生の秘密を公表するだろうか?
案外、中を見ずに暖炉に投げ込むかもしれない。
遺書の中に、遺書を別に封じている。読む時には覚悟をして欲しいと記したぐらいだ。
「さて、そろそろ出掛けるか。だいぶ顔ぶれが変ったが、国王と共に帝国を去ったということか?」
「そんなところだ。5年後に戻れば今まで通り、果たして新たな王国で善政を敷くことができるか楽しみだよ」
「人が悪いぞ。だが、3年目を迎える国王が何人いるかも楽しみだな。援助はしないということ皇帝陛下の前ではっきりと告げている以上、向こうも期待はしていないと思うが……」
「派閥間の争いで、それなりに危機管理能力は持っているだろう。2個大隊を送ってくれたことに感謝するよ。状況変化は教えてくれよ」
クリンゲン卿が苦笑いを浮かべながら頷いてくれた。
やはり王国の施政を監視するための人選だったようだ。
派遣軍にだいぶ移動があったと聞いていたんだが……。
「さて、いよいよ貴族会議だ。念の為に1個小隊を待機させてはいるが、必要は無いだろうな」
「自分達の生活が懸かっているのだ。所領を持たぬ貴族はかなり手強いぞ。もっとも、反対する貴族なら粛清を考えねばならんがね」
「まったくだ。貴族としての役目をきちんとこなしているなら、何も問題は無いのだがな……」
卿と一緒に貴族会議の席に着く。議長の左側が宰相の席だ。クリンゲン卿は反対の右手に席がある。帝国軍の最高指揮官の席だ。副官は既に席に着いているようだな。
私の後ろにも、新たな秘書が2人座っている。
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予定時間を2時間も超過して、貴族会議が終了した。
私とクリンゲン卿は、議場に備えられた会議室の1つに移動して、とりあえずワインを飲む。
「全く、反対ばかりしおって……。エーデル、反対した貴族の特定は済んでいるな?」
「全て完了しています」
「出来れば、私のところにコピーをくれないか? あれほど反対するとなれば、何かあるやもしれん。派閥闘争ではなさそうだが気になるところだ」
政治犯であるなら私の所轄だ。少し裏を探らせてみよう。
「とりあえずは、先代皇帝陛下の遺書を示して大人しくなってくれたが、そうなると卿が心配になる。私のところから1個分隊を派遣するが、卿も注意して欲しい。私では帝国の施政を動かせんからな」
「闇討ちされかねないということか?」
ちょっと吃驚して大声を上げてしまった。
「そういうことだ。前の貴族の大粛清を恨みに思っている輩もいるようだ。表立っては動いておらぬが……」
「そうなると、私にもしもの事があった時の相談相手を紹介しておかねばなるまい。後ろのオルザン卿であるなら、ある程度纏めることができるだろう。息子と協力すれば国政を進められるに違いない」
「万が一の時には頼らせてもらうよ。私の場合息子は頼りにならんな……、後ろのレズナン大佐を使ってくれ。とはいえ、息子もよろしく頼んだぞ」
この段階で、暗殺の危険性が出て来るとは思わなかった。
だが、大きな改革はここまでになる。1年を無事に過ごせれば貴族達の動きも沈静化するに違いない。




