J-009 訓練から実戦へ
旧王国軍の歩兵が使っていたボルト式の小銃、通称『ゴブリン』は1万丁近く製造されたらしい。現在でも反乱軍で作られているらしいから、よほどうまく設計された小銃なんだろう。
王国軍はその中でもしっかりした造りで銃身の成型加工が極めて上手くいった100丁を選び出し、小隊に1、2丁を配布したらしい。
小隊付き狙撃兵の誕生がそこから始まったとクラウスさんが教えてくれた。
「その中でも特に優れた狙撃手がリーヴェルの父親だった。襲撃時に真っ先に指揮官を倒してくれたから、俺達の部隊の損害は他の部隊と比べてかなり少ない。
降伏した際に真っ先に相手が言い出したのは、『狙撃兵を全て引き渡せ!』の一言だったからな。無事に逃げ出せたのは数人程だったろう。引き渡した狙撃兵の消息は全く分からん」
なるほど、それ程恐れられていたということか……。
父さんは、その後あの小銃を使わなかったらしい。腕の良い猟師と思われても、最後まで狙撃兵だとは分からなかったんだろうな。
「でも、父さんの銃はゴブリンではありませんよね?」
「ああ、あれは試作銃なんだ。さすがにゴブリンでは性能上の制約があったんだろうな。狙撃を目的として試作された、数丁の内の1つだ。
あいつも気に入っていたんだが、少し重いのが玉に瑕だと言っていたな」
俺が持っていて良いものだろうか?
だが、ゴブリンでさえ重く感じるぐらいだから、少し鍛えないといけないのは間違いない。
そんなことを考えて、午前中は腕立て伏せと腹筋を行うことにした。
今は成長期だからね、直ぐに筋肉が付いてくれるに違いない。
そして午後。屋外で250ユーデ(225m)近い的を狙って、全て頭部に集弾させることができた。照準器を覗くと大きく的が見えるんだから外しようがないように思える。
風が吹くと少し弾丸がズレるらしいから、それを風のある日に確認したいが、今日は無風だからなぁ。しばらくは試すことができないかもしれない。
母さんとミザリーは、相変わらず電信コードの練習をしている。
中々ミザリーには飲み込めないようだけど、母さんの言うことには、慣れるしかないらしい。
気長にやっていれば覚えられるってことかな?
そんな拠点暮らしが2週間ほど続いた時だった。
食事を終えて第一小隊の部屋に集まった俺達に向かって、クラウスさんが攻撃の作戦が下りたと大声で告げる。
部屋の端に居た兵士達も、急いでクラウスさんの近くに集まって来た。
俺達の顔を眺めて小さく頷いたクラウスさんが、黒板に簡単な状況図を描き始めた。
描き終えると手のチョークの粉を叩いて落としながら、再度俺達の顔を見渡す。
「場所は、ここから東の峡谷だ。10日後に大規模な兵員輸送が行われるらしい。東は旧王国屈指の穀倉地帯だ。現在は峡谷の出口で仲間達がくい止めているらしいが、大隊規模で兵力が増員されるとなると、かなり後退せねばなるまい。俺達への食料供給にも影響が出そうだ……」
ここから40ミラル(約64km)ほど東には、いくつもの尾根を削った切通がある。切通が延々と続きから峡谷と呼ばれているようだ。
数十年前その切通に線路を敷いて鉄道を通したらしい。
山の尾根を大きく南を迂回した道路もあるけど、大量輸送となれば機関車の方が遥かに優れているということだ。
帝国軍と戦っている反乱軍の戦いは、当初は峡谷の入り口辺りが激戦区だったらしいけど、だんだんと東に追いやられて、現在は出口付近になっているらしい。
帝国軍が占領地区拡大と穀倉地帯の入手を目的に、ここで一気に峡谷を手にしようとするのも理解できる。
「帝国軍は峡谷の中間にある開けた土地に砦を築いている。ここが前線の兵站を支えていることになるが、さすがにこの砦を攻略することは困難だ。
だが、この砦で以前暮らしていた俺達にはこの砦の弱点を知っている。
1つは、水だ。砦は扇状地の真上だから、谷筋の水はこの辺りで地下に潜ってしまう。深井戸を掘らねば水は得られない。その為に俺達はここに貯水池を作って地下に水路を埋設して水を確保していた。
帝国の奴らが、深井戸を掘るとは思えない。砦にはちゃんと水が流れているんだからな。この貯水池は小さなものだし半ば隠されている。あれからだいぶ月日が経っているから落ち葉で埋まっているかもしれん。
先ずはこれを破壊することになるが、面白味が無いからこれは第2小隊の仕事になる。
次に増援の遮断だ。
真ん中の砦までに、切通が4カ所あるのは知っている者もいるだろう。2つ目の切通しを通過する時を見計らって切通の崖を破壊する。
兵員輸送は18両の貨車と2両の客車を使うようだ。機関車が通過した時を見計らって爆破しろ。これは第3分隊に任せるぞ。
爆破を確認して状況を見た後、山を登って引き上げてこい。
これで後続の貨車は転覆するだろう、怪我人が続出するはずだ。西に戻るしかない状況で、残った第1分隊と第2分隊が攻撃を加える。
リトネン達3人は、俺達の攻撃に合わせて側面より攻撃だ。
狙うは指揮官、下士官のみ。欲を出すなよ。流れ弾に当たったと奴等には思わせられる場所を選んでおくんだぞ。
攻撃と言っても兵力差は数十倍近くありそうだ。切通の上からだから、こちらが有利ではあるんだが、かなりの数が西に逃げ出すんじゃないかな。
とはいえ、列車が転覆したら、しばらくは増員が出来ないだろうし、砦も水不足で士気はがた落ちしそうだ。
上手く行けば、解放軍の勢力を東の砦付近にまで伸ばすことができるかもしれない。
敵の兵員輸送情報が漏れただけで、これだけの痛手を負わせることができるんだな。
「襲撃場所が結構離れているから、明後日の朝に出発するぞ。今日はゆっくり体を休めておけ、それとブランケットにツエルトは各自持つんだぞ。食料はドワーフ族の若者達が運んでくれる」
リトネンさんがおいでおいでと手を振っている。傍に行ってファイネルさんと一緒にベンチに座ると、リトネンさんが背負いバッグを取り出した。
「これが背嚢にゃ。中に飯盒が入ってるにゃ。取り出してみるにゃ」
飯盒を取りだして蓋を開けると中に布に包んだビスケットが入っていた。
「それで2日分にゃ。小さな袋には干しアンズが入ってるにゃ」
その他に入っていたのは、布に包まれた先割れスプーンと真鍮製のカップだった。
だいぶ隙間が空いているから、ここに食料の予備を詰め込むにかな?
「下着を上下1揃い入れておくにゃ。タオルもあった方が良いにゃ。上に隙間ができる時には適当にシャツでも入れておくにゃ」
中でガタガタ動かないようにとのことかな?その他にも何か入っているから、今夜にでも確認しておこう。
「ブランケットはこれにゃ。薄いけど戦争だから諦めるにゃ。雨が降ったらこのツエルトを使うにゃ」
これは大荷物になりそうだぞ。収納をよくよく考えないといけないみたいだ。
この日は、1日中次の襲撃の話をしたり、体力作りの運動をしたりして過ごすことになった。
その夜。いよいよ襲撃に参加することを母さんに告げると、狙撃銃を包んでいたツエルトを畳んで渡してくれた。
それにしても不思議な色だよなぁ。緑色なんだが、色違いのように3種の緑が開けで塗られている布地だ。その裏側は茶色と灰色が入り混じっている。
「迷彩と言うの。これを被って藪や岩陰に潜むと、よくよく見ないと見つからないのよ」
「ありがたく使わせてもらうよ。でも使わないで良い場所を探したいけどね」
リトネンさんの話では、通常の交戦距離は100~150ユーデ(90~135m)ほどの距離らしい。
互いに小銃を打ち合うらしいが、それ程当たることはないようだ。
正確に狙いを付けたりしていたら、命がいくつあっても足りないと言っていたな。
だけど俺達は、そんな戦闘区域から少し離れた場所で相手を倒すことになる。
一番厄介なのは流れ弾になるらしいが、交戦区域との高度差を持たせることで回避できそうだ。
藪に隠れて発砲炎を見られなければ、どこから撃って来たか分からないだろう。
交戦中に隣にいた人物が急に倒れたら、銃撃を繰り返している相手に撃たれたと思うに違いない。
できる限り見つからないようにするのは、猟師が獲物を待つ仕草に似通ったところもある。
銃を撃つまで、そして撃った後も存在を知られてはならないのだ。
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いよいよ出掛ける当日になった。
母さんとミザリーを抱きしめて無事に帰ってくると約束すると、ミザリーからは傷薬、母さんからは古いメダルをお守りに受け取った。父さんの形見の1つらしい。射撃大会で優勝した時にもらったものだと教えて貰った。
胸のポケットに入れておこう。他には何も入っていないから、ボタンを留めれば落とすことも無いだろう。
背嚢を背負ってゆっくりと通路を歩いて外に出た。
持ってきた水筒にお茶を入れて背嚢に入れてあるんだけど、重さはそれほど感じない。
第1小隊の部屋に入ると、皆が背嚢をテーブルや椅子に置いて集まっている。どうやら久しぶりの攻撃にテンションが上がっているようだ。
「最初だからな。前に出ようとしないで、リトネンの後ろから銃撃するんだぞ」
「最初から前に向かって撃てるのは中々いないからなぁ。俺は最初の攻撃を今でも覚えてるぞ。それはな……、いつの間にか終わっていたんだ。分隊長に引き起こされて『ああ、生きてる!』と実感したんだよなぁ」
「ハハハ、それはお前だけだ! だが、俺も似たような物だったかもしれんな。撃ち続けてると思ったんだが、弾が1発しか消費してなかったからな」
そんな話で再び笑い声が起こる。
やはり緊張するんだろうな。俺はどうなんだろう?
相手を人として見なければ良いのだろうが、母さんは相手にも暮らしがあるのだと教えてくれた。
トリガーを引くたびに、神に祈りを捧げようか……。
「やってるな。実弾を受け取って準備を進めろ。準備が終わり次第出発するぞ」
クラウスさんと一緒に入ってきた2人の男が、運んできた木箱を床に置いて蓋を開ける。クリップで止められた実弾がずらりと並んでいた。
「5個くれ!」
「俺は3個だ」
隊員が次々と実弾ポーチを満杯にしていく。それだけではなくポケットに1個余分に入れていく者もいるようだ。
俺は8個受け取る。これでポーチが満杯になるし、今回は相手の数が多いからなぁ。あまり戦闘時間を取るとも思えない。
装備を整えてリトネンさんのところに行くと、俺の周りを一回りして忘れ物が無いことを確認している。
「水筒に水は入れてあるにゃ?」
「今朝入れ替えてきました」
「なら問題ないにゃ。ファイネルは準備出来たかにゃ?」
「全て終えました。俺達は3人ですから簡単ですね」
「でもこれを持って行かないといけないにゃ。リーヴェルと一緒に担いで行くにゃ」
テーブルの上に棒に結んだ大きな包みが乗っていた。
食糧かな? それだと途中で放り出すことも出来そうにない。最後まで運んでいくことになりそうだ。
ファイネルさんと棒の両端を持って持ち上げてみた。
思ったよりも軽そうだ。これならそれほど苦にはならないだろう。
「全員準備出来たな。第3分隊、爆薬と起爆装置は持ったんだろうな?」
「2式持ちました。かなり大きく崩せますよ!」
「よし、出掛けるぞ!」
クラウスさんを先頭に部屋を出る。俺達はクラウスさんの直ぐ後ろだ。
村を横切り東の方に向かったということは、俺達がここを訪れた時に使った通路を使って出撃するということなんだろう。
通路のランプがだんだんと少なくなり、何人かが足元をランプで周囲を照らしてくれた。
たぶん分隊ごとに持っているのだろう。リトネンさんも小さなランプを取り出して俺達の足元を照らしてくれた。




