J-074 敵を誘って来いと?
俺達の自動車は、回収されて改造が行われるらしい。
基本性能は良いらしいから、量産化も視野に入ったようだ。
10台ほどあった4輪駆動車もいつの間にか姿を消していると、ハンズさんが教えてくれた。
6輪駆動車も、4輪駆動車も先行試作品ということらしい。
あちこちの部隊で使って、性能試験を行っていたんだろう。
「案外、全く違う形になるかもしれんぞ。俺達の自動車も同じ物が帰って来るとは考えられないな」
「色々と注文を付けたからですかねぇ……。やはり歩くよりは楽ですから」
俺の言葉が面白かったのか、ハンズさんだけでなくテリーザさん達も笑い声を上げている。
「確かに楽ではあるけど、地雷が心配ね。それで踏破性を重視して6輪駆動にしたみたいよ」
「でもクッションがねぇ……。シートの厚みを増すか、もっと良いスプリングが欲しいわ」
その辺りは、ブランケットを畳んで敷いても良さそうに思えるんだけどなぁ。
少なくとも自動車の改造が終わらない内は、出撃することはないんだろう。
小銃の手入れも終えたし、たまには……と、リボルバーまで分解して手入れをしたぐらいだ。
射撃訓練は続けているが、1日数発だから直ぐに終わってしまう。
俺達部隊の部屋で燻る時間が、どうしても長くなるんだよなぁ。
年が明けると、いよいよ本格的な寒さが訪れる。
厳冬期の攻撃も何度か行ったけど、今年は無いのかもしれないな。
そんなある日のこと。
蒸気機関車が橋を渡ってすぐに停車した。
どうやら補給物資を送って来たらしい。様子を見に出掛けたリトネンさん達が帰ってくると、少し興奮した口調で状況を話してくれた。
「新しい自動車がやって来たにゃ。数は12両にゃ。私達のところにも届くかもしれないにゃ」
「皆同じ自動車なのですか?」
一番知りたいことをイオニアさんが訪ねると、どうやら3種類ということのようだ。
4輪駆動車と6輪駆動車があって、6輪駆動車が2種類あったらしい。
「側面に3本発射筒があったにゃ。2台だけだから私達の自動車にゃ」
他の6輪駆動車は上部に12本もの発射筒を背負っていたらしい。
それも凄いな。数台あったらしいから、1度に数十個の噴進弾を放てるということになるんだろう。
1個中隊の砲兵部隊の一斉射撃を越えているんじゃないか?
翌日。改造を終えた俺達の自動車を見ることになったのだが……。
これって、自動車なんだろうか?
全面が鋼鉄で覆われている。
話に聞く蒸気戦車に見えなくもない。もっとも、向こうは履帯と呼ばれる金属製のベルトを車輪が動かして動くということだが、目の前の自動車は大きな6個の車輪で動くんだから、機動性はこちらが上になるんだろうな。
「俺達の要望を全て叶えると、こうなるのか?」
俺と一緒で、かなり驚いた表情のハンズさんが呟いた。
「側面に噴進弾の発射機が3本。要所の防弾と寒さ対策……。確かに要求は通っているわね」
「馬力が120馬力に増加したようです。今度は速度も上げられるんじゃないですか?」
「どちらかというと、重量対策かもしれない。車輪も大きくて太くなってる」
ますます燃料消費が多くなるんじゃないか?
後部を見ると外付けの燃料缶が2個乗っているが、場合の酔ってはもう1本左の車輪カバーを利用して搭載できそうだ。
「武装は変りませんね。少し車高が低くなっていますし、発射装置も長さが切り詰められてますよ」
車高が低ければそれだけ投影面積が小さくなる。被弾の可能性が少なくなるということぐらいは理解できるんだが、砲身を切り詰めるのはそれだけ弾丸の直進性能が低くなるはずだ。
それを補うために3本ということなんだろうか?
同時に6個の噴進弾が飛んでいけば、有効弾も少しは望めるかもしれないな。
あまり気にしないでおこう。
翌日から女性達が、久しぶりに自動車の運転の練習を始めた。
寒くないのだろうか? と考えたいたんだが、自動車には暖房装置があるとのことだ。温度計で計ってみると、20度近くまで室内を上げることができるらしい。
あまり温かくすると、外に出た時の温度差がきついだろうな。
秋口ぐらいの室温で留めておくべきだろう。
厳しい冬が終わろうとしていたある日のこと。
1日の訓練を終えて、夕食の時間を待ちながらお茶を飲んでいる俺達の部屋にクラウスさんとオルバンが入ってきた。
いよいよ次の作戦が始まるということだろう。
テーブル越しに2人が座り、俺達の顔をながめるとオルバンが鞄から取り出した地図をテーブルに広げた。
「春を前に、少し帝国軍を脅しておきたい。春になれば西の大陸から増援が来るだろう。西の大陸は新たな政治体制が築かれつつあるようだ」
「大陸の統一で、余剰兵員をこちらに向けると!」
「そんなところだな。戦が無くなれば兵士は必要ないだろう。とはいえ、全く無くすことはできないだろうが、2個師団は確実だな」
思わず、俺達が互いの顔を見渡したのは仕方のないことだろう。それだけ帝国軍の人的資源が豊富だということになる。
「とんでもない新兵器が西の大陸で使われたそうだ。それがこの大陸にもたらされようとしている。
戦は兵士と兵士が向かい合ってするものだ。全く見えない場所から突然大型の砲弾が飛んでくるらしい。射程は600ミラルを越えているとも言われているぞ」
「もはや、兵士が必要ないんじゃないか? だが、それだと弾着観測ができないように思えるが」
「地図の座標で目標を定めるらしい。帝国には正確な地図があるようだが、生憎とこの大陸はそれほど正確な地図は存在しない。
だが、目標に対して数を撃つなら、その内のいくつかは着弾するだろう。
反乱軍に残った潜水艇は全て春先の輸送艦隊の攻撃に使われるはずだ。運が良ければ数隻は沈められるだろう。だが、それは輸送艦隊の半数にも満たないはずだ」
南東の戦線は現状維持で手一杯。
そこに更なる増援ともなると、西の王国も義勇軍の撤退を命じるに違いない。
ここは踏ん張りどころということになるんだろうな……。
「状況はクラウスに任せるにゃ。それで何をするにゃ?」
「敗走を演じて欲しい。砦の2個小隊はこの戦線を維持する集積所2カ所を奇襲する。
リトネン達は港の倉庫群を再度攻撃。その後北に向かって逃走しながら敵を誘導。
この辺りまで誘ってくれればありがたい」
地雷原だと俺達も危ないと思うんだが……。
「移動砲台12基と遠隔地雷を仕掛ける予定だ。リトネン達が通り過ぎたところを攻撃する」
「追っ手をあらかじめ、尾根の東に集める……。で、良いのかにゃ?」
「さすがに、2台では無理があるだろう。もう2台参加させる。4輪駆動車だが、屋根に4本の発射機を搭載している。
中古が1台混じっているが、これは途中で爆破して欲しい」
帝国軍の攻撃に合わせて1台を壊すってことか。乗っている仲間は別の車に乗せ換えることになるのかな?
上手く食い付いてくれれば良いんだけどね。
「それで何時出掛ければ良いにゃ?」
「輸送艦隊が到着して5日後だ。それぐらい間を置けば倉庫に荷が運び込まれるだろう。昨日、輸送艦隊は帝国の港を出港したらしい。10日ほど掛るだろう」
「今度は西回りで帰ることになりそうにゃ。地雷原の追加は無いにゃ?」
「それは無い。そうなると少し荒れ地を走行することになるな。燃料缶はしっかりと持って行くんだぞ」
王都の港に到着すれば、砦に連絡があるらしい。
その連絡を確認して出掛けるとリトネンさんが作戦を了承した。
クラウスさんが帰ると、再び地図を広げて状況を確認する。
完全に陽動だから上手く行けば銃撃戦にはならないだろう。だが、かなり王都に近付くことになる。
「前回同様にあの水門から攻撃するのは不味いのですか?」
「端に向かう街道に地雷原が2つあるにゃ。尾根の西側の街道は、この町の北に大規模な地雷原があるにゃ。 そうなると……」
この間と同様に砦から真っ直ぐに南に向かい荒れ地を進むことになるようだ。水門から距離はあるのだが、北門から少し東寄りの場所で噴進弾を発射して湿地帯を北に向かうことになるのかな?
「まだ湿地は凍っているはずにゃ。草も狩れているから6輪車は走れそうにゃ。クラウスに明日2台の内1台を6輪車にできないか確認するにゃ」
「6輪車は12連装の発射機が付いてますよ」
「砲弾が多いのは問題ないにゃ」
換えてくれるかなぁ。
場合によっては、4輪駆動車を1台チェーンで曳いて来ることになりそうだ。
「今回は銃撃戦の可能性も高そうですね」
「走りながら撃つことになりそうにゃ。フェンリルの方が良さそうにゃ」
「グレネードを放てるものを持って行きますよ。エミルも撃てるんだろう?」
ハンズさんの言葉に、エミルさんが小さく頷いた。
今度はミザリーも銃を撃つことになりそうだな。照準は適当に、後方に向かって撃てば十分だ。
「ヒドラⅡの砲弾は予備も持って行くにゃ。発射後1秒で炸裂する砲弾があるみたいにゃ」
おもしろい砲弾だ。飛行船用に作った砲弾かもしれないな。
余ってるんなら使わせて貰おう。
「今度は前みたいに寒くないにゃ。でも外は変らないから防寒服とスモックは必要にゃ」
「積む場所があるんですか?」
「前と同じように、後ろに大きなバケットが付いてるにゃ。今度は蓋つきにゃ」
なるべく室内に持ち込まないように、とのことなんだろう。
だけどシートの下は箱になっていると教えてくれたから、背嚢ぐらいは収容できるに違いない。
明日から少しずつ荷を積むことになるのかな?
夕食時に、母さんに次の作戦が決まったことを伝えた。
15日後ではあるけど、その前に出掛けることになるだろう。しかも輸送艦隊が到着してから5日後が攻撃決行日だからねぇ。
「狙いは帝国軍の輸送艦隊というところかしら。王都の港に到着する前に潜航艇が攻撃するようだけど、帝国軍は飛行船を使って広域監視をしているみたいなの……」
潜航艇は深くは潜れないと聞いている。
精々、20ユーデほどらしい。通常は数ユーデほど潜った状態で潜望鏡を使って周囲を監視したり、攻撃したりするそうだ。
電気の力でスクリューを回し、海面近くを進む砲弾が武器らしい。もっとも数百ユーデほどの距離で放っても中々当てられないらしい。
残った潜航艇が全て使われると聞いたけど、上空から見たら直ぐに分かってしまいそうだ。
一体、何隻が帰って来られるんだろうか……。




