J-060 兵器の試験は実戦で
拠点に帰ったのは森に入ってから4日目の事だった。
小隊室に荷物を下ろして、洗濯物を持って部屋に向かう。
先ずはシャワーを浴びよう。食事はそれからでいい。
熱いシャワーを浴びると、体の疲れも抜ける気がする。
十分に体を洗ったところで部屋に戻ったんだが、まだミザリーは戻っていなかった。
小隊室で受け取ったお弁当をテーブルに置いたところで、ストーブに火を起こしてポットを乗せる。
お茶の葉がどこにあるか分からないから、ミザリーが来るまでお預けだ。
ミザリーが戻って来たところで2人での食事が始まる。まだ15時だから、母さんが戻るまでには時間がたっぷりあるんだよなぁ。
「やはり長期の作戦は疲れるね。水場があったからたまにシャワーを使えたけど、冷たかったからなぁ……」
「冷たくても、あるだけ幸せだと思うよ。東の方だと、それも難しいときいたことがあるもの」
たぶん数人ずつで、交代しながら水場に向かうんだろうな。そうなると水場近くに風呂を作っても良さそうに思えるんだけどねぇ。ハンズさんの話では、サウナと呼ぶ蒸気風呂があるらしい。たっぷりと汗を流して水のシャワーを浴びるのが健康に良いと教えてくれたんだが、この拠点には作らないようだ。
「次の作戦も同じなのかな? あの工事を邪魔するのが目的何でしょう?」
「直ぐということは無いと思うよ。少なくとも1週間は休みたいね」
どうなんだろう? 確かにミザリーの言う通りなんだよなぁ。
作戦目的は新たな耕作地作りの邪魔をすることだ。工事自体はかつて王国でも計画していたらしいから、工事自体は進めさせようとしているのだろう。
それを邪魔するということは……。計画の遅延というより開発費の増加を目論んでいるのかもしれない。
駆り出された住民には食事と賃金を払うことになるはずだから、住民にとってはわずかな賃金でも現金が手に入るんだから長く工事が掛かった方がありがたいんじゃないか?
それだけ、税収から工事に予算が転用されることになる。
帝国の計画に沿って工事が進まないなら担当者は罷免されそうだ。
真綿で首を絞める作戦かもしれないな。
ということは、再度の攻撃があるということになる。
「クラウスさん達が色々と考えているんだろうから、俺達はそれに従うことになる。でも、攻撃の度毎に作戦は難しくなりそうだ。
せめて3イルム砲弾の飛距離が、もう少しあれば良いんだけどねぇ。それに狙いはかなりいい加減みたいだよ」
飛んでいく途中でズレて行くのが見えるんだもの。私も驚いちゃった」
ミザリーに驚かれるようでは問題だな。
狙いよりは飛距離だろうけど、それにしてもかなりいい加減な砲弾だよなぁ。
お茶を入れて貰って、戸棚にあったビスケットを頂く。
部屋の中では一服できないのが辛いところだ。
先に食堂で待っていると言って、部屋を出るとダミーの村の外れでタバコに火を点けた。
肩をポンっと叩かれたので、後ろを振り返るとファイネルさんが立っていた。
2人でベンチに座ってタバコを楽しむ。
「中々の成果だと、クラウスさんが言ってたぞ」
「頑張ってきましたけど、ほとんどイオニアさんとハンズさんの仕事でした。最後に駐屯地を襲ってきたんですけど……」
「お前達がいたから2人が移動砲台を使えたんだ。あまり卑下するのも問題だぞ」
「それはそうなんでしょうけど……。話は変りますけど、あの新兵器は少し問題ですよ。確かに飛距離はそれなりなんですけど……。狙いがかなりズレて行きますし、何と言っても飛んでる最中にも炎を引くんです。ここで撃ってると知らせているようなものです」
「砲弾を撃ち出す火薬が、大砲の装薬と異なるらしい。だから2イルム砲弾用の移動砲台で発射できるということだな。
たぶん試作ということなんだろう。その実験成果を踏まえてどのように改良していくかを決めるはずだ。案外、次もあるんじゃないか?」
新兵器を実戦で試すということかな?
そう考えれば、帝国の開拓事業の遅延を図る作戦には都合が良い。
「足がだいぶ良くなりましたね?」
「機械の義足だからなぁ……。とりあえずは動けるんだが、故障したらどうしようも無い。リーディルと一緒にあちこちに出掛けたいが、こればっかりはどうしようもない。新入りの訓練と、いざとなった時の狙撃要員に徹しているよ。ヒドラは良い銃だぞ。三脚を付ければ俺にも撃てるからな」
俺を迎えにミザリーがやって来た。
ファイネルさんに挨拶したところで、ベンチから腰を上げる。
頑張れよ! との声にもう1度軽く頭を下げて食堂へと向かった。
食事を取りながら、ミザリーが母さんに1カ月半の出来事を話している。
母さんが笑みを浮かべて聞いているのは、無事に帰ってくれたことが何よりも嬉しいのだろう。
たまに俺に同意を求めるんだが、よくも食事をしながら話ができると感心してしまう。
「そうなの! でもシャワーを浴びることができたんだから良かったんじゃない?」
「けっこう冷たかったのよ。でも直ぐに慣れたわ」
あれに慣れるとはねぇ……。出来ればその前に帰ってきたかったな。
先に食事が終わったので売店でお菓子を買い込んだ。
帰ったら、再びミザリーの独演が始まるに違いない。お茶請けは必要になるだろう。
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1晩ぐっすり眠ると、さすがに疲れが遠のいた。
今日は休んで良いと言われたけど、別にすることも無いんだよなぁ。
ミザリーと一緒に小隊室で暇を潰そう。
小銃の手入れも、早くやっておいた方が良いに決まっている。
何時ものテーブルでドラゴニルを分解して手入れをしていると、リトネンさんとクラウスさんがやって来た。オルバンも一緒のようだ。
急いで小銃を組み立てて棚に戻すと、ミザリーがお茶を運んでいる。
席に着いた俺の前にもカップを置いて、隣にミザリーがカップを持って座る。
「だいぶ長居作戦だったが、御苦労だった。結果は町から報告があったよ。住民の被害は全く無かったそうだ」
「エミルがいたから何とかなったにゃ。でもかなり見当違いの場所に飛んで行ったにゃ」
うんうんとクラウスさんが頷いている。オルバンがメモに何か記載しているのは、簡単な会話のメモなんだろう。
「飛距離も足りないにゃ。出来れば2倍は欲しいにゃ。それでいて狙いがもう少し正確なら、結構使えるにゃ」
「なるほどなあ……。リーディルは何か気が付いたか?」
「火炎を引いて飛ぶのが問題です。あれでは射点が直ぐに分かってしまうでしょう。射点が分かっても直ぐに対処できないだけの飛距離が必要だと俺も感じました。
それと……、もう少し移動砲台の重さを軽くできませんか? イオニアさん達なら問題ないでしょけど、俺には担ぐには重すぎます。
素早く射点に運び、一斉射撃を行った後に、素早く撤退する……。そんな使い方ができないものでしょうか?」
「なるほどなぁ……。最大の課題は飛距離だな。リーディルの言うことも理解できるつもりだ。砲兵隊の意見とも異なるところがあるが、それはリトネン達の用兵の違いということになるのだろう。
リーディルの最後の要望は、案外形にできるかもしれんぞ。直ぐにではないが、再び邪魔しに行ってくれ」
ご苦労だった、最後に言うと俺達のテーブルを離れて行った。
リトネンさんが、俺に顏を向けると笑みを浮かべる。
「今度は移動砲台が増えるのかにゃ?」
「軽くなればそれだけ砲弾も運べますし、砲台も増やせます。1度に2発ずつと3発ずつでは相手に対する影響が大きく違いますからね」
「どんなのができるか楽しみにゃ」
あまり変わった物でも困るけどね。なるべくシンプルにしてほしいところだ。それだけ構成部品の数が少なくなるだろうから、故障も減るだろう。
やがてイオニアさん達も集まってくる。
暇つぶしに、テーブルの上にスゴロク盤を乗せて、皆でゲームを楽しむことになってしまった。
同じ戦いでも、こんなゲームなら命を取られることも無い。まあ、それなりに喜怒哀楽はあるんだけど……。
10日程、装備品の手入れと射撃訓練を繰り返す。
ミザリーは、それら以外に通信機の点検と送受信の訓練もしているようだ。
これまで使っていた通信機より一回り小型の通信機を貰ったようだから、少しは負担が減ると言っていた。
通信技術はどんどん進化しているらしい。だが、母さん達の使う通信機は余り変化していないらしい。
大出力の通信機を再設計して組み立てるのは大変だと母さんが言ってたけど、小型の通信機ができるんだから拠点の通信機も更新できるんじゃないかな。
「エミルさんもフェンリル改を使うんですか?」
「通常型じゃなくて、改良型を改良してるのよ。元の銃はミザリーと同じものだけど、銃床にグレードランチャーが付いてるの」
嬉しそうに話しをしてくれたけど、案外物騒な話だ。
銃身が短いから接近戦特化ということかな? 使うグレネード弾は弱装薬らしい。有効飛距離は100ユーデと言っていたけど、イオニアさんの投げる手榴弾より遠くまで飛ぶし、何と言っても狙いが正確だ。
何度も練習しているようだから、頼りにさせてもらおう。
工兵隊を襲撃してから1か月も過ぎると、だいぶ暑くなってきた。
夏なら携行する衣服が少なくなるから、それだけ身軽に動ける。
次の作戦を待つ日々が続いているある日のこと。リトネンさんがクラウスさん達を連れて俺達のテーブルにやって来た。
いよいよ次の作戦だ。また同じように工兵部隊を狙うんだろうか?
「次の作戦だが……。案外短い期間になる。狙いは王都の貴族街……」
テーブルに地図を広げて、作戦の説明が始まった。
貴族街と言っても、港近くになるようだ。地図を見ると倉庫がたくさん並んでいる。
王都を取り巻く城壁の外から砲弾を発射するとのことだが、あの砲弾を使うとなればかなり狙いが怪しくなる。
着弾点の散布界は最大飛距離で500ユーデ近くあるんじゃないかな?
「前にリーディルが言っていた軽量化を試す絶好の作戦になる。これが発射機になる」
オルバンが持参した包みをテーブルの上に広げた。
中に入っていたのは、鉄パイプで作った簡単な三脚のような代物だ。
オルバンが直ぐに組み立てを行ったんだが、やはり三脚だよなぁ。砲身は別に乗せるのかな?
上部に3イルムほどの、雨どいのような形になった部分が付いているからね。
「これは砲台の一部なんでしょうか?」
おずおずとイオニアさんが問い掛けているけど、やはり俺と同じ思いのようだ。
「いや、これはカタパルトという代物だ。これが砲弾を発射する砲台そのものになる。使う砲弾は……」
オルバンが革製のバッグから重そうな砲弾を取り出した。
片手で掴んでいるところを見ると、それ程重くは無いのかもしれない。
砲弾の大きさは通常の3イルム榴弾ほどだが、長さがかなりある。16イルム(40cm)はあるんじゃないかな。
「飛距離はカタパルトの角度で決まる。これで調節する。方位角はカタパルトの中心線を使って磁石で決めることになるな。カタパルトの重さが24パイン(12kg)で砲弾が12パイン(6kg)だ。弾頭部が赤が焼夷弾。青が榴弾になる。飛距離は最大で3ミラル(4.8km)散布界は400ユーデほどになる」
「倉庫を狙っても、貴族街に落ちる可能性があるにゃ。でもあそこなら落ちても王都の住民なら喜んでくれるにゃ」
「発射は簡単な激発装置で行う。ボルトを引いて、この紐を引けば発射するぞ。
かなり火炎と煙を残して飛んでいくから射点は直ぐに分かってしまうだろう。素早く2発発射して逃げ帰れ」
「一番の問題は王都への行軍にゃ。これだと担いで行くのは3発ぐらいになるにゃ」
「抜かりない……。船を用意したぞ。内燃機関で動く船だから、川を伝って王都に接近できる。さすがに水門が破壊されているから王都の中には入れないが、飛距離を考えれば十分に可能なはずだ」
川の水門から貴族街までの距離はおよそ2ミラル(3.2km)十分に射程範囲になる。
水門まで近付かなくても十分に届くから、この作戦はやるだけの価値はありそうだ。
飛行機を使えば簡単なんだろうけど、作戦行動範囲ギリギリだということだし。敵の空中戦艦が出てくると厄介だからね。




