Jー057 羽の付いた砲弾
拠点からの情報によると、埋め立て工事を行う工兵は1個中隊規模らしい。
工兵が4個小隊に機械の補修を行う修理小隊が1つ、その他に帝国軍は中隊ごとにフィールドキッチンを運用しているそうだ。最大250人分のスープを1回で作れる巨釜が馬車の荷台に乗せられてあるらしい。
「その外にも、王都や周辺で集めた住民がいるにゃ。住民達にも食事と給料は出すに違いないけど、あまり多くは無いにゃ」
「攻撃時に住民を巻き込むことはありませんか?」
「近くの村に集められてるにゃ。村と工事現場は1ミラル(1.6km)近く離れてるにゃ」
イオニアさんの質問に、リトネンさんが直ぐに答えたところを見ると、リトネンさんも気になって拠点に確認したに違いない。
最大射程近くで移動砲台を使うなら、村には飛んでいくことは無いだろう。
「攻撃してくるでしょうか?」
「4発発射して、射点が特定できないようなら、三流もいいところにゃ。来ると思って、リーディルに狙撃を頼むにゃ。
イオニアとハンズで移動砲台から、各自2発発射して撤退するにゃ。
エミルに砲撃諸元を計算して貰うにゃ。テリーザとミザリーは周辺監視。私とリーディルが追っ手を狙撃して戻るにゃ。
トンネル近くに戻ったら、笛を2回吹くにゃ」
「あまり長くいるのも問題ですよ?」
「日が登る前には戻るにゃ」
発射後1時間ほど監視をして、条件が良ければ狙撃ということなんだろう。
来ないかもしれないし、1個分隊ほどで来られたら最初の1発だけで撤退することになりそうだ。
なるべく荷を軽くということで、装備ベルトを着けただけの身支度だ。
それでも、羽付きの砲弾を2発運ぶことになってしまった。布に巻き込んで背中に背負ったが、結構重い。直ぐに2人に渡してしまおう。
既に夜なんだが、まだ24時を回ってはいない。
テリーザさんが作ってくれたコーヒーを頂きながら、ずっと咥えていたタバコに火を点けた。
「ところで、暗闇の中で砲台の目盛りが読めるんですか?」
気になったのでハンザさんに問いかけると、電灯で照らすらしい。
「このライトはスイッチが2つあるんだ。このボタンを押すと、明るさが半分以下になるし、ライトのガラスにこのフィルターを付ければ遠くからでは分からない筈だ」
ライトの前に赤いガラスが収められた筒をねじ込んである。
こんな感じだと点けて見せてくれたんだが、ロウソクの明かりの方が明るいんじゃないか?
それでも、無いよりはマシなんだろうけどね。
「準備は出来たかにゃ?」
リトネンさんが俺達に問い掛けたのは3時過ぎだった。
季節的には日の出が6時頃だから、1時間程歩けば薄明になるはずだ。
俺達が頷くのを見て、リトネンさんが腰を上げるとトンネルの出口を目指す。
ヒョイと外に出ると、俺達を手招きしているから回りに異常が無いということだ。
一度川岸に出ると、今度は葦を乱暴に掻き分けて土手に向かう。
土手から頭が出ないように少し屈んで歩くんだが……、これでは腰を痛めてしまいそうだ。
土手から下がって、腰を伸ばして歩く。
やはりこの方が疲れないな。
途中で10分ほどの休憩を取り、俺達は街道沿いに南へと進んでいく。
夜にぼんやりと南東に見えた明かりは、薄明の明かりで分からなくなってしまった。
さらに歩いたところで、リトネンさんが立ち止まる。
エミルさんと素早く土手に上がると、2人で何かを始めたようだ。
直ぐに下りてくると、エミルさんが背嚢から図番のようなものを取り出して、定規を使って鉛筆で線を引いている。
リトネンさんが確認しているから、あれがコンパスを使って砲撃の諸元を求めているということなんだろう。
「方位165度、距離1850ユーデ(1665m)にゃ!」
「方位165。距離1850ですね。了解です!」
20ユーデほど離れた土手の上に、移動砲台を設置している。
コンパスで方位を定め、砲身の仰角目盛りが、飛距離の目盛りになっているようだ。
運んできた砲弾を取り出して、2人の足元に置いておく。布は丸めてベルトに挟んでおく。
発射したらすぐに、次弾の装填を行うんだろう。
それにしても……、4枚の羽根が付いているのが面白いな。子供の花火みたいに見えてしまう。
「砲撃はイオニアに任せるにゃ。テリーザは、ミザリーと後方を見ていて欲しいにゃ。発射したら一目散にトンネルに戻るにゃ!
イオニア、後は頼んだにゃ!」
「了解です! 最初の砲撃を始めます」
ドォン!
音が少し変わったかな?
砲弾が後方に炎を吹きながら飛んでいく。
直ぐに装填作業を始めたから、俺達は100ユーデほど南に向かって、帝国軍の様子を見る。
土手に腹ばいになって双眼鏡を取り出していると、後方から砲撃の音が聞こえてきた。再び南南東に向かって炎の帯が2つ飛んでいく。
3イルム砲弾と聞いたけれど、炸裂音があまり大きくは無い。
数秒ほど過ぎたところで、2つの炸裂光が見えた。少し遅れて炸裂音が聞こえてくる。
果たして当たったのかな?
リトネンさんが言うには、工事の邪魔ができれば良いらしい。
だけど苦労して撃つんだから1発ぐらいは宿舎に当たって欲しいところだ。
「やって来るでしょうか?」
「1時間は様子を見ないといけないにゃ……」
本来なら、砲撃の効果を見たいところだが近付くのは危険だからなぁ。
飛行機なら容易に行えるんだろうけど、燃料を大事に使いたいらしい。
たまに潜望鏡を伸ばして、街道の様子を眺めてみる。
南から蒸気自動車ではない自動車がやって来た。前にイオニアさんが運転した車と同じなんだろう。
「このまま進めば地雷で吹き飛びそうですけど……」
「あのひっくり返った場所から北にはいかないにゃ。その前に……、準備は出来てるかにゃ?」
「いつでも行けます。200で狙撃しますよ」
俺の言葉に頷いてくれたから、ドラゴニルにフラッシュハイダーを装着して土手の上で低く構える。
頭が半フィール(15cm)ほど出てしまうけど、帽子に草や葦を括りつけているから早々気付かれることは無いはずだ。
タアァーン!
銃声はそれなりだな。消音ではなく発砲炎を小さくする代物だからなぁ。
天井の無い車だから、後部に乗っていた偉そうな人物を狙撃したんだが、前の2人は気が付かないようだ。
結構煩い車だったんだろう。そのまま俺達の前を通り過ぎて、300ユーデほど北のひっくり返った蒸気自動車の手前で停止した。
引き返そうと、車を小刻みに動かして方向を変えていたが、突然車が止まって前席の2人が小銃を手にして周囲を確認し始めた。
ようやく、後ろの人物が狙撃されたことに気が付いたのか……。
あれじゃあ、帰ったら叱責させるんじゃないかな。全く見当違いの場所を見てるんだからなぁ。
「次弾を装填して、しばらくじっとしてるにゃ。南に引き返す時に助手席の兵士を狙うにゃ」
「了解です。かなり煩い車なんでしょうね。発砲音を聞かれたかと思っていたんですが……」
便利なようで危ない車、ということになるんだろうな。
でも直ぐに動かせるんだから、軍用的には良い品だと思うけどね。
2人の帝国兵が、再び車に乗り込んだ。
少しずつ車の向きを変えているのは、大きくしか曲がれないのだろう。
助手席の兵士が、やたらと周囲を見回しているのがおもしろい。
どうにか向きを変えると、急加速して南に向かって一直線に走り始める。
ゆっくりと200ユーデ先に銃を向ける。
後は照準鏡の視野に自動車が入るのを待つだけだ。
じっとその時を待つ。
レティクルの『T』に助手席の兵士を捉えると、トリガーを引いた。
やはり発砲音に反応しないところを見ると、騒音が酷いということなんだろうな。
隣の兵士が仰け反ったが、運転手は前しか見ていないようだ。
あれでは、何時狙撃されたかも分からないんじゃないか?
「帰っていったにゃ。次は1個分隊以上がやって来るにゃ。そろそろ引き上げるにゃ」
「必要な情報は得られたということですか?」
立ち上がりながら俺に顏を向けると小さく頷いた。
4発撃って、偵察部隊がやって来たけど……。それで何が分かるのだろう?
とりあえず、疑問は後で聞いてみれば良い。今は、ミザリー達の待つトンネルへと向かおう。
葦原を河原に向かって歩き、そこから注意深く葦原に戻って北に向かう。
しっかりと河原の泥に足跡を残してきたけど、あんなんで敵を欺けるんだろうか?
トンネルに近付いたところで、笛を2回吹く。直ぐに笛の音が1回聞こえてきた。
これで撃たれることは無いだろう。
少人数だから、注意しない全滅しかねない。
「2度銃声が聞こえたと、テリーザが言ってましたが?」
「自動車で見に来た連中を2人倒したにゃ。1人は間違いなく士官にゃ」
「そうなると、我々に対する捜索隊が組織されそうですけど」
「工兵の仕事は工事にゃ。工事以外に手を出して、その上で部隊を損耗するなら、上が責任を取ることになるにゃ」
「やってこないと?」
「先ず、来ないにゃ。一番気掛かりなのは、飛行船にゃ。焼夷弾で葦原を焼かれたら直ぐに引き返さないといけないにゃ」
部隊を率いて俺達を見付けるよりも、不安材料の葦原を焼き払うなら確かに効果的だ。
焼け出される前に逃げることになるのかな?
そうなると、橋のたもと辺りが一番の鬼門になりそうだ。どうやって山裾の森の入るか、考えてしまう。
「そこまで帝国軍が動くでしょうか? 飛行船なら飛行機で落とされてしまうでしょう。そんなことが分からないようでは、帝国の指揮官の質を疑ってしまいます」
「夜なら可能にゃ。それとも飛行船でなく、野砲で焼夷弾を撃ち出すかもしれないにゃ。
とりあえず、4発がどこに落ちたか分からないけど、向こうは無視できないということになるにゃ。次は6発撃ってみるにゃ」
「目的は果たしていると?」
「いつ飛んでくるか分からないにゃ。沢山撃つ前に、2発だけ昼に撃ち込んでもおもしろそうにゃ」
だけど、工事に駆りだされた住民に当たらないとも限らない。
リトネンさんが、そこまでするとは思えないな。
食事を取ると、交代で体を休める。
まだ眠気が来ないから、最初の見張りに名乗りを上げる。
トンネルの出入口から少しだけ出たところで、身を屈めて潜望鏡で周囲を探る。
葦原の中だから、土手から眺めたぐらいでは分からないだろう。
それに、土手にジッと立っているようでは的になるだけだ。やって来るとしたら自動車なんだろうな。1個分隊ぐらいで偵察に来るかもしれない。
口の中で飴玉を転がしながら昼近くまで監視していると、隣にハンズさんがやって来た。
「少し眠らせて貰った。今度はリーディルの番だぞ」
「後をお願いします。今のところは変化なしです」
俺の言葉に頷いて潜望鏡を受け取ると、上に伸ばして素早く周囲を眺める。
「まったくだな。やはり工兵ということになるのだろうな……」
工兵は攻撃せずに防衛のみ、ということか?
さすがにそれではねぇ……。
案外縦割り組織で、横の連携が取れてないのかもしれないな。




