J-046 西の大陸の動き
夏が過ぎて秋が訪れた。
たまに北口から出て、狩りをするんだが帝国軍の動きはまるでないのが気になるところだ。
軍用列車や蒸気自動車の車列も、たまにしか拠点の近くを通らない。
さすがに軍用列車を攻撃することは今の戦力では無理があるとのことで車列を狙っているようだが、俺達を使うことは無いんだよなぁ。
このまま冬になったら、食糧事情が苦しくなるのではと考えている俺に、リトネンさんが補給部隊の話をしてくれた。
「東の王国から補給部隊が食料や銃弾を運んできてくれるにゃ。王国時代は敵対してたけど、今は反乱軍の味方をしてくれるにゃ」
補給部隊はノルム族が、ラグードと呼ばれる6本足のラバに6ブロス(120kg)の荷を乗せて運んでくるらしい。
身長5フィールほどの小人族だからラグードも鹿程度の大きさらしいのだが、そんな部隊がいるとは初めて知ったな。
「ノルム族もドワーフ族と同じで戦には直接関わらないにゃ。東の大きな山脈のすそ野で畑作りをしてる連中にゃ」
「武装もせずに、この山の北を回ってくるのですか?」
「その方が帝国軍に見つからないにゃ。野犬やオオカミはいるけど、ノルム族の連中も銃は持っているにゃ。20人程で移動しているから、それなりに対処はできるにゃ」
ラグードを50頭近く引き連れてやって来るらしい。
10回も運んできてくれたなら、今年の冬は越せそうだな。
棚から外套を引き出す時期がやって来る頃になって、俺達の1つの情報が伝わってきた。
どうやら、西の大陸から亡命してきた連中が全く新しい兵器を開発したらしい。
空中軍艦に対する切り札と言っていたけど、空中軍艦というのは飛行船のことだろう。
それなら、対抗できる兵器がこの拠点にもあるのだが……。
「来春に、この拠点が賑わいそうだ。北の出口の先に反乱軍の駐屯地を作るらしい。この拠点の部屋を開放すると言ったのだが、どうやら広い敷地が必要なようだ」
「目立ったら、飛行船で爆撃されるにゃ。ヒドラの数は10丁ぐらいにゃ」
「ヒドラは10丁だが、その改良兵器が出来てるぞ。ヒドラの射程よりも長いし、銃弾ではなく砲弾だ。当たれば爆発するし、当たらなくとも発射後2秒もしくは3秒でで爆発する」
詳しく話を聞くと、どうやら大砲のようだ。
口径がグレネード弾程だけど、発射速度が通常の大砲の3倍近くになるらしい。徹甲弾を使うなら帝国軍の蒸気戦車や蒸気機人も倒せるだろう。
「ヒドラⅢと名付けたが、運用できる兵が足りん。イオニアは元砲兵部隊所属だったな。運用を任せたいのだが……」
クラウスさんの突然の話に、俺達葉イオニアさんに顔を向けてしまったのは仕方のないことだろう。
イオニアさんはしばらく考えていたが、小さく頷いた。
「イオニアの後任は残念ながらいない。人数が減ってしまうが何とかしてほしい」
「仕方がないにゃ。イオニアなら上手く部隊を運用できるに違いないにゃ」
元軍人だから色々と勉強させてもらったんだけどなぁ。
となると、俺達の部隊の狙撃手は俺だけになるんだろうか?
イオニアさんが荷物を纏めると、クラウスさんと共に去っていく。
全員席を立って見送ったけど、再び腰を下ろした俺達が全員溜息を漏らしたのは仕方のないことだろう。
ネコ族のリトネンさんにイヌ族のテリーザさん、人間族のエミルさんにミザリーと俺の5人になってしまった。
「リーディルは一人前にゃ。私はテリーザと組むにゃ。エミルは今まで通りミザリーを頼むにゃ」
「今度は1人ですか……。何とか頑張ってみます」
「フェンリルとドラゴニアを上手く使うにゃ。テリーザはゴブリンに換えた方が良いにゃ」
狙撃に特化した部隊に戻る感じだな。
次は何時出掛けることになるか分からないけど、射撃の練習をして2種類の銃の特性を良く見極めておこう。
初雪が根雪に替わり、年が明ける。
この拠点にやって来て4年が過ぎた。俺は19歳になり、ミザリーは16歳になる。
ミザリーも銃をいつの間にかフェンリルに換えたけど、銃身が短く銃床にはストックが付いてない。少しでも軽くということなんだろうが、銃弾の威力はフェンリルと同じだからね。
有効射程200ユーデ(180m)での成績は10発中6発が的に当たっている。リトネンさんは将来が楽しみだと言っているけど、通信兵だからなぁ。
まぁ、後方での射撃援助なら十分だということになるんだろう。
「おもしろい兵器を貰ったにゃ。エメルと私で使うにゃ」
そう言ってテーブルの上に乗せたのは丸い筒だった。筒の片方の真ん中に短い筒が付いている。
「これって、兵器なんですか? サプレッサーとしては使い物にならない気がするんですが?」
「サプレッサーじゃないにゃ。これでグレネードランチャーになるにゃ。撃つのはこれにゃ」
リトネンさんが取り出したのは手榴弾だった。
テーブルの上にちゃんと立ったのは、手榴弾の下に薄い金属の円盤が付いているからなんだけど……。
「新型の手榴弾にゃ。従来品より少し軽いけど、威力は上がったと言ってたにゃ。これをこのまま筒の中に入れて銃を撃てば手榴弾が飛んでいくにゃ!」
「どれほど飛ぶんでしょうか?」
エメルさんの素朴な問いだけど、一番大事な事じゃないかな。
「100ユーデ(90m)ほど飛ぶにゃ。これはダミーの手榴弾だから、外で何度も練習して欲しいにゃ」
100ユーデなら、案外使えそうだ。
俺が投げる距離の3倍以上だからね。もっとも、グレネードランチャーのように正確には狙えないんだろうけど、それは数で補えば良い。
だけど、これを装備するとなると再び攻撃に参加することになりそうだ。
どちらかというと、待ち伏せ特化になりたい気がするんだするんだけどなぁ。
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根雪が少しずつ解けて、ダミーの村にも地面が見えてきた。
まだ草の芽吹きには早そうだが、春の薬草採取が始まるのはもう直ぐになるんじゃないかな。
そんなある日の事。拠点に新たな陣地を作るための先行部隊がやって来た。
ドワーフ族の若者達50人とその家族が120人程だ。
土砂で埋めた通路が掘り返されて、彼等の住居が形を現す。
クラウスさんの話では攻撃部隊が1個小隊とのことだが、陣地の防衛部隊が2個小隊になるとのことだ。
攻撃部隊の倍が陣地防衛とはねぇ……。
「反乱軍の新兵器を使う部隊みたいにゃ。でも1個小隊だから、あまり期待はできないにゃ」
「早速始めたようです。友人に聞いたら、幅100ユーデ(90m)長さ600ユーデ(540m)ほどの立木を伐採しているらしいですよ」
思わすどんな陣地になるかを頭に描いてしまった。
まるで長城のようになるんじゃないかな? それならこの拠点と繋げても良さそうだけど、拠点近くの立木はそのままらしい。
位置的には尾根になるんだろうが、北に向かう敵軍を阻止することに主眼を置くってことかな?
テリーザさんも興味があるみたいだから、その内にまた教えてくれるに違いない。
山麓の雪がほとんど融けるころに、1個中隊規模の兵士と家族がやって来た。
先に来たドワーフ族と一緒になって、陣地作りを頑張っているらしい。
「どうやら平らな土地を作ろうとしているようですね。小さな蒸気自動車まで分解して運んできたようですよ」
「車輪が鉄でできていたよ。あれで平らにならすんだろうな。だいぶ広場に拘っているようだけど、石壁を作ろうともしないようだ」
「変わった倉庫をいくつか作ってるようです。入り口を大きく広げてあるんですけど、あれでは雨天時の訓練場にしかならないでしょうね」
とにかく首を傾げたくなる陣地だ。ひょっとして大掛かりなダミー陣地ということになるんだろうか?
あれだけ大きいなら、飛行船での爆撃も容易に行えるに違いない。
話によると、イオニアさんの部隊が北の出口付近に砲台を設置したそうだ。
爆撃にやって来る飛行船を狙おうというのだろう。目の付け所はさすがイオニアさんだと感心してしまう。
夏の終わりに陣地作りが終わったらしく、半分ほどが引き上げて行った。残ったのは3個小隊のようだから、あの平らな陣地が完成品ということになる。
拠点の皆で駆けっこが出来そうな陣地だけど、真ん中の片隅に3階建ての石作りの建物が作られていた。その屋上が見張り台らしいのだが、なぜ山裾を見下ろす位置に作らないのかと考えてしまう。その傍らにある吹き流しも、違和感がぬぐえないんだよなぁ……。
「リトネンさん。あの陣地の話を聞いてますか?」
ひょっとして、リトネンさんなら詳しいことが分かるかもしれないと聞いてみたんだけど、腕を組んで考えているだけだった。
「あれなら、飛行船の来るのが直ぐに分かるし、陣地には何も無いにゃ。爆弾を落とすのも、もったいないと思うに違いないにゃ」
とはいえ、あの陣地がこの拠点の目安になることは間違いないだろう。
まさかとは思うけど、この拠点に誘導するために作ったわけじゃないだろうな?
そろそろ秋も中盤だ。
今年は出撃もほとんどなかったから、のんびりできた。
変な基地が隣に出来たが、帝国軍の攻撃も無かったようだから麓からは見えないのかもしれないな。
分隊ごとに偵察に出ているようだけど、今のところは敵と遭遇することも無いようだ。
たまに列車や車列に移動砲台で砲弾を撃ち込んでいるらしいけど、反撃はその場限りで追撃部隊は出してこないとの話だ。
「やはり、何かを待ってるみたいにゃ。その為に部隊の温存を図ってるに違いないにゃ」
リトネンさんが、そんなことをしきりに言い出したけど、何を待っているというのだろう?
考えられるのは大規模な増援になるのだろうが、その兵をどこから連れてくるのだろう?
待ちや村から兵士を募れば、そのたびごとに国力は衰えていくはずだ。
帝国の領土がどれだけ広いか分からないけど、おのずと戦力の最大値は決まってしまう。
大幅な増援部隊を作れるとは思えないんだけどなぁ……。
数日後、クラウスさんが俺達を集めて状況説明を行なってくれた。
とうとう、西の大陸に存在した王国が全て倒されたらしい。
「西の大陸は1つの巨大な帝国になった。不思議なことに、せっかく征服した王国に新たな王国が生まれる動きがあるようだ。ちょっと俺達には理解しかねる統治をおこなうようだな。
当然、新たな王国の軍備は制限されるようだから、西の大陸には大幅な戦力が余ってしまう。
いよいよやって来るぞ。
銃弾、砲弾共に大量に準備はしてある。東の王国も義勇兵を派遣してくる動きがあるが、これは向こうの腹積もりもあるだろう。南の平野部に送ると聞いているから、俺達には関係ない。
俺達には、新たに東の町から1個中隊と1個小隊の援軍がやって来る。
1個中隊は南西の森を拠点化するそうだ。残った1個小隊はこの拠点にやって来るが、かつて我等と共に銃を取った連中だと聞いている。
隣の小隊部屋を掃除しておかねばなるまい。俺からは以上だが、質問はあるか?」
「どの程度の増援と聞いているのでしょうか?」
「3個師団だ。正面での戦は無理だが、少人数での奇襲で少しずつ戦力を削ぐしかない」
1個小隊は4個分隊で、1個分隊の人数は10人になるから40人になるんだよね。実際は指揮官や通信兵、それに俺達がいるから50人を越えそうだ。
その小隊が4つ集まると、中隊になる。中隊には支援砲兵部隊が1個小隊付くし、中隊付きで通信部隊や輜重兵それに給食部隊等もいるから、人数は300人程度になる。
大隊は、中隊が4つと砲兵隊のような特殊な中隊が1つ。大隊付きの部隊がいるので、2千人程になるらしい。
その上に師団があるそうだ。およそ5つの大隊を指揮下に納め、重砲や軽砲の部隊も大隊規模で持つらしい。
総人数は2万人近くになるそうだ。
3個師団ということは、総勢6万人を超える戦力ということになる。
火砲も、600門を越える数になるだろう。その上に蒸気戦車や蒸気機人の部隊もいるのだ。
こんな相手にどうやって戦をしようというのだろう?
「我等の王国は3個大隊の相手に降伏した。今回はその10倍近い数が新たにやって来ることになる。今後の戦は、かなり厳しい戦になるぞ。
王都から増援の到着があり次第、拠点の何カ所かに地雷を仕掛ける。
力任せの拠点攻撃を避けるために、地雷原はいくつかの段を設けるつもりだ」
地雷か……。かなり有効らしい。
地雷を仕掛けた場所を介してなら帝国軍と銃撃戦に持ち込んでも良いだろうが、それ以外での攻撃は、全て返り討ちされそうだな。




