J-005 クラウス少尉と俺達の仕事
村のようには見えるけど、少し違和感があるのはなぜだろう?
男達に付いて踏み固められた道を歩いている内に、その理由が分かってきた。
村のあちこちに地面から突き出た高い煙突があるのだ。
その煙突から、もくもくと煙が上がっている。別の煙突からは蒸気が白く立ち上っている。遠くから、金属音の軋むような音が小さく聞こえてくる。
ここは山村に偽装しているようだ。
地下深くに何かが隠されているに違いない。
「とりあえず、あの建物に入りますよ。村の役場のような場所ですから、御心配はいりません」
一際大きなログハウスが建っている。他の建物は平屋だけど、これから向かう建物は2階建てだから、村の重要な建物に違いない。
案内されるままに建物に入ると、玄関から直ぐ左手にある部屋に案内された。
大きなテーブルの両側に、ベンチが置かれてあった。後ろに荷物を置いてベンチに座ると、案内してくれた男がテーブル越しのベンチに座る。
「身元確認と、ここでの衣食住を保証するための仕事の中で、何ができるかを確認させていただきます。
無理な仕事を与えることはありませんし、仕事がないからとこの場所から追い出すことはしませんからご安心ください」
とりあえず俺達は頷くことしかできないんだよなぁ。
それほど待つことなく、2人の男女が部屋に入ってきた。俺達に一礼してベンチに腰を下ろすと、カバンから何冊かの本を取り出した。
「クラウス少尉の知り合いのようですので、彼を呼んできます」
「お願いするよ。たまにそんな人が来ることがあるからね」
詐称をしていないか確認するためだろう。相手が母さんを覚えているなら良いのだけれど……。
「元王国軍第一師団第一大隊付き少尉、バルツ・バウエルの妻、アイネ・バウエルと言うことですね。かつての所属は夫であるバルツ少尉と同じ大隊の第一中隊野戦通信部隊所属と言うことですか……。曹長であったと」
初めて聞く両親の話だ。そこまで詳しくは教えて貰えなかった。
王国の降伏を知って、2人は除隊する前に軍を去ったらしい。母さんが昔住んでいたあの町に逃れて、2人は出会ったということか。
「体を壊すのも無理はないでしょうな。2人の子供を抱えての暮らしは大変でしたでしょう。お子さんは?」
「長男が、リーヴェル。見習い猟師で私達を助けてくれます。長女がミザリー、薬屋の手伝いをしてくれています」
薬屋の手伝いと聞いて、テーブルの向こうで俺達の話を聞いていた女性がピクリと顔を上げた。
薬が足りないのかもしれないけど、ミザリーが作れるのは安物の傷薬ぐらいの筈だ。あまり役立たないんじゃないかな。
ノックの音が聞こえたと思ったら、壮年の男が入ってきた。
母さんの顔を見ると、近寄って来て母さんの手を両手で握る。やはり知り合いだったんだな。
「良かった……。あの町でだいぶ焼け出されたと聞いたから心配してたんだが、無事にここまで来れたんだな。
ここなら安全だ。あいつはあんなことになってしまったが、ここなら安全だ……」
「クラウス少尉。一応確認したいのですが、こちらのご婦人はアイネ・バウエルで間違いありませんね」
「間違いない。こいつがリーヴェルだな。大きくなったなぁ。お前の名は俺が付けたんだぞ」
頭をごつい手の平でグリグリされてしまった。
俺を知っているということは、何度か家にやって来たことがあるってことなんだろう。母さんがこの場所を知っていたのも、何となく分かる気がしてきた。
「アイネは、この拠点の通信士に丁度良い。2人しかいないんでは、色々と不便だからなぁ。襲撃に同行させることも出来ん」
クラウスさんの言葉に、女性が頷いている。男性は苦笑いで応じているということは、クラウスさんの古参としての意見は、かなりここで尊重されているのかもしれないな。
「やはりそうなりますよねぇ……。となると、リーヴェル君は?」
「銃の腕があるんだ。襲撃部隊に加えても良いんじゃないか?」
帝国軍への破壊工作ということか……。一番危険な部隊に違いないが、反乱軍と言うことだから、主役ではあるんだろうな。
「この銃を使ってたのか?」
クラウスさんが後ろの背負いカゴに立て掛けた銃を手に取って、色々と調べている。
大人用ではないからね。それを使って襲撃はできないだろう。
「精々電気鼠が良いところだ。銃は余ってたな? リーヴェルに1丁出してくれ。先ずは銃の訓練をさせねばなるまい」
「銃は持ってきました。バルツの形見ですから、リーヴェルも大事に使ってくれるでしょう」
母さんが背負いカゴに丸めた毛布と一緒に置いてあった布包みを取り出して、テーブルの上で解き始めた。
だいぶ厳重に包んであるようだ。布の中から、更に変わった布に包まれた包みが出てくる。
その包みを解いて現れたのは、太い銃身のライフル銃だった。
照準が無くて、変わった筒が銃身の上に付いている。
「ドラゴニル2型……、あいつが使っていた銃か。だが、こっちに来てからはそれを使わなかったようだが?」
「さすがにこれを持っていると出所が分かるだろうと……。こちらで使っていたのはグレムリンでした。この子が猟師を始めた時に渡そうかと思いましたが、さすがに子供では撃てないだろうと今の猟銃に換えたのです」
「単発で、拳銃弾からなぁ……。だが、今歳はいくつだ?」
「今年の冬に16歳です!」
俺の答えに、クラウスさんが笑みを浮かべる。
「グレムリンで良いだろう。俺が指導してやる。ドラゴニルはアイネがそのまま持っていれば良い。リーヴェルに素質があれば使わせてやるんだな」
俺の前の男女もクラウスさんの言葉に頷いているから、俺はクラウスさんの班で活動することになるらしい。
「それでは、配属は奥さんが通信局に所属して貰います。リーヴェル君はクラウス少尉の下で鍛えて貰いなさい。猟よりもきついかもしれないが、帝国を追い出すために頑張ってほしい。ミザリー嬢は医務局と言うことにしたい。医務局は人手がいつも足りないから、必ずしも調薬班に配属とはならないかもしれないが、我等の活動を続けるうえで重要な部署だからね。忙しい部署だが頑張ってほしい」
「それじゃあ、明日に迎えを出すが、どこに住まわせてくれるんだ?」
「家族ですから、A区画の402を使ってもらいましょう」
「A402だな。なら俺はこれで良いだろう。部屋で待っていてくれよ」
俺の肩をポンと叩いて、クラウスさんが部屋を出て行った。忙しい人なのかな?
後で母さんに詳しく聞いてみよう。
「奥さんと、ミザリー嬢にも迎えを出すように伝えておきましょう。地上は見ての通りですが、私達の主要な部分は地下に作ってあるんです。
慣れない内は、迷子になりますから注意してください。迷子になった場合は、直ぐに近くの人に聞けば、住居まで案内してくれるはずです」
まるでアリの巣のような感じに思えてきた。
勝手に出歩いて迷子にならないように、迎えが来るってことか。
「以上で面談は終了です。クラウス少尉の同意があれば全く問題はありません。エイリル、住居までの案内を頼むよ。それと、住居近くの設備の説明をしておいて欲しい」
「了解しました。それでは私に付いてきてください」
荷物を背負って、女性の後について部屋を出る。部屋を出る際に、残った2人の男性に軽く頭を下げた。
どこでも礼儀は必要だと、父さんが言っていた。確かに、悪い印象を残すことは無いだろう。
「地上にいくつも建物がありますが、暮らしている者はおりません。どちらかと言うと作業小屋と言って良いでしょう」
村を囲むように丸太の柵が作られている。南側に門が作られているが、その先にあるのは段々畑だと教えてくれた。
自給自足が基本らしいけど、不足する品は遥か遠くの北西の町から運んでくるそうだ。
「いくつも煙突があるのは地下の工場や住居からの煙突です。当初は小屋の煙突を使っていたんですが、規模が大きくなって、それだけでは対処できなくなってしまいました」
人口を聞いたところ3千人を超えていると教えてくれた。
村の人口を越えていそうだな。だが、遠くから見る限りでは山村と見えるように努力しているようだ。
「ここから地下に入ります。住居区画に一番近い出入り口なんです」
ログハウスの裏に積み上げた薪の隠れるように石作の出入り口が作られていた。
これは場所を見つけるのに苦労しそうだ。言われなければ分からないように巧妙に隠されている。
出入り口の扉の表にも、薪を切って作った丸太を張り合わせているぐらいだ。
女性がバッグから電池式ランプを取り出して、明かりを点ける。
そのランプの明かりを頼りに階段を下りて行く。
地下は全くの闇ではなく、途中途中にランプがある。
それほど明るくないから、ランプは必需品になるのかもしれないな。
階段を下っていくと、小さな踊り場があった。踊り場から左右に通路が延びている。
「ここが地下1階の居住区になります。この階に、食糧庫と調理場、それに食堂があります。食堂は、今日から利用できますよ。朝と夕方は食堂を利用して、昼食は各部署に運んでくれます」
食堂まで戻るのが大変だということなのかな。
食堂の食事は誰もが同じものらしい。「大盛り!」と言えばそれなりに盛ってくれるらしいから腹が空いたら頼んでみよう。その反対は「小盛りで!」と言うらしい。
再び階段を下りると同じような踊り場がある。ここが地下2階ということになるんだろう。
「右手がA区画で家族での入居者が利用しています。左手がB区画で独身者ですが、伴侶を無くした人達が暮らしています」
階段を下りた正面に、A区画とB区画と書かれた矢印が描かれている。これなら間違えることは無いだろう。
A区画を歩いて行くと401、402と番号の付いた扉があった。402の扉の前で立ち止まり、カギを使って扉を開ける。
中は、俺達が住んでいたリビングほどの広さがある。小さなストーブまで備えられているのには驚いてしまった。煙突が付いているけど、あの先はいくつかの煙突が集まって外に出ている煙突に繋がっているんだろう。
「ここになります。食器はカップだけですが、売店で買う事ともできます。売店は食堂にありますから、夕食の際に覗いてみてください。
給与は働きに応じて各部署から支払われます。とは言っても、それ程多くはありません」
「布団などは?」
「あの奥に向かう通路に沿って2部屋があります。部屋にベッドが2つありますから、すでに用意されています。地下ですから真冬でも毛布で眠ることができますよ」
リビングにはテーブルセットの外に食器棚まである。
その食器棚の上に、時計があったのには驚いた。
町で時計を持っている家は裕福な家だけだったからなぁ。
「時計があるんですね?」
「目覚まし時計なんです。労働時間は9時から18時ですから。時計が止まっても問題ないように、就業1時間前にベルを鳴らしながら通路を歩く役目の人がいるんですけどね」
規則正しい生活が出来そうだ。
後はこれを読んでおいてくださいと、テーブルの上のパンフレットを指差して、女性は帰っていった。
急いで戻った感じだな。
「ありがとう!」という言葉を出すことも出来なかった。
荷物をリビングの端に置いてテーブル席に着くと、ミザリーがお茶を作ろうとストーブの口を開けているのが見えた。
「お兄ちゃん。これって、炭を使うみたいだよ!」
「ちょっと待ってくれ、今点けてあげるから」
さすがに、直接炭に火を点けることはできないだろう。
木切れが1束置いてあるから、これで焚きつけるのだろう。
ストーブの中に、木切れを井形に組んで、細めの木を数本集めておく。
パンの包が身を残し立ったから、それを丸めて火を点ける。
井型の真ん中に燃え始めた紙を入れて、その上細い木を乗せると勢いよく燃え出した。炭箱から炭を取り出して火の上に乗せる。焚き木が消える頃には炭に着火してくれるだろう。
「しばらく掛かるぞ。お茶は直ぐには飲めないよ」
うんと小さく頷いたミザリーだったが、一応ストーブの上にポットを乗せている。
さて何時頃湧くのかな? 少なくとも1時間は掛からないと思うけどね。