J-044 手榴弾を投げ込め!
朝靄がふもとを覆っているが、尾根の上は見通しが良い。
リトネンさんとテリーザさんが先行して、その後ろを俺達が進む。
ネコ族とイヌ族だからなぁ。周辺監視なら2人の右に出る種族はイオニアさんぐらいだろう。
そのイオニアさんは俺達の後方を、後ろを確認しながら歩いている。
昼前には、敵のブンカー付近に到着すると言っていた。
歩き出して2時間も経つと、頻繁にリトネンさん達の歩みが止まる。
その都度、身を屈めて周囲に視線を向けるのだが、今のところ敵兵の姿を見ることは無かった。
昼近くになった時だった。
前を行く2人が突然身を伏せる。慌てて俺達も身を伏せる。どうやら何かを見付けたようだ。
やがて、ゆっくりとリトネンさん達が尾根の西側に移動して行く。俺達もこの場から西に移動してリトネンさんの後を追うことにした。
リトネンさん達が、移動を止めて俺達を手招きする。ゆっくりと物音を立てないように足を進めた。
リトネンさん達が休んでいたのは、大木が倒れた窪地だった。
数人が座れるほど大きく斜面がえぐれている。倒木の根が屋根になっているから、この中にいるなら、ちょっと見付け難いに違いない。
「ミザリー、クラウスに連絡して襲撃時間を確認するにゃ」
「ブンカーが近くにあるんですか?」
「直ぐ上にあるにゃ。銃眼の開口部がかなりあるにゃ。これを使って覗いてみるにゃ」
リトネンさんが黒い筒をイオニアさんに手渡している。
俺も持ってるんだった。筒を取り出して、イオニアさんの後を追う。
尾根を越さずに、直ぐ下で筒を伸ばして辺りを確認する。
ブンカーはコンクリート造りだ。低い筒のような形で作られている。銃眼は切通しを見下ろすような形で作られているから、切通し近くに接近する連中を狙撃するぐらいは容易なのだろう。
「銃眼の方向は全周ではない。南には何も無いようだ」
「かなり開口部が広いですね。それだけ監視を重視してるんでしょうか?」
「だろうな……。ここで待機してくれ。尾根を越えて、東を見てくる」
筒を仕舞うとごついリボルバーを手に、イオニアさんが匍匐前進で尾根を越えて行った。
俺もリボルバーを手にして、筒を使ってイオニアさんの周囲を確認する。
長い時間が過ぎたようにも思えるけど、それだけ緊張しているのかもしれない。やがて、イオニアさんが転がり込むように俺の隣に戻ってきた。
ポンポンと俺の肩を叩くと、皆のいる場所を指差す。
さて、どんな状況だったんだろう?
「ブンカーの南東部に扉が1つ。鉄製に見えました。その扉からつづら折りの階段が東に続いています。階段の手すりを使って電線が延びているのは通信機の為でしょう。明かりは見えましたが、電灯ではなくランプのようです」
「偵察までしてくれたにゃ。助かるにゃ。攻撃は日が傾いてからやってくる、列車が通った後になるにゃ。列車の通過が確認できたなら切通の両側のブンカーの連中も少し油断してくれそうにゃ」
ブンカーへの攻撃方法は、銃眼から手榴弾を投げ込むらしい。
イオニアさんと俺で担当することになったけど、手榴弾を使うのは初めてだな。
リトネンさんはエメルさんと一緒に階段に手榴弾を仕掛けるようだ。いくつか仕掛ければ、敵も階段を上るのを躊躇してくれると話してくれた。
「紐付きが6個あるにゃ。ブンカーは、イオニアに任せるにゃ」
「砦に適当に投げれば良いですね?」
「十分にゃ。撤退指示までリーディルは狙撃。私達は登ってくる敵兵の排除にゃ」
背嚢を下ろして、手榴弾を3個取り出した。
イオニアさんが使うのは2個と言ってくれたから、1個をリトネンさんに手渡す。
「これは帝国軍の手榴弾だ。このレバーを握って、ここにあるリングに指を入れて引き抜く。後は、そのまま銃眼から投げ込めばいい。投げ込むまでレバーは握ったままにするんだぞ。レバーが 手榴弾から離れてから5つ数えたところで爆発する」
「投げ返されないでしょうか?」
「その前に爆発するだろう。手榴弾を確認して、拾い上げ、外に放り出すまで5秒で出来るとは思えない」
なるほどね。それなら安心だ。
でもその後で、投げ返されたら足で蹴飛ばせと言われたんだよなぁ。
一遍で不安になってきた。
「エミルとミザリーは、手榴弾が爆発したら、ブンカーのこの辺りまで移動するにゃ。2人で南東方向の監視と射撃をして欲しいにゃ」
万が一敵兵が階段を使わなかった時の措置、ということになるんだろう。
ミザリーが真剣な表情で頷いているけど、銃を撃つ事態にはならないんじゃないかな。
イオニアさんが革製のバッグを背嚢から取り出して肩に掛けている。中にたっぷりと手榴弾を入れてるんだけど、かなり重いように思えるんだよなぁ。
本人は笑みを浮かべて、紐付きと呼ぶ手榴弾も紐を引っ張って感触を確かめている。
「監視班から連絡です。列車が南からやって来たそうです」
ミザリーの言葉にリトネンさんが俺達を眺める。
「いよいよにゃ。直ぐに逃げ出せるようにしておくにゃ。攻撃終了後は、この下に向かって一目散にゃ!」
夜だからなぁ。ミザリーをしっかりと連れて帰らないと……。
皆が頷いたところで、リトネンさんがフェンリルを肩に掛ける。ベルトに付いた革袋が膨らんでいるのは手榴弾ということになるんだろう。エミルさんもポケットが膨らんでいる。
やがて西から蒸気機関車の煙が見えてきた。
いよいよだな。リトネンさんがゆっくりと尾根に登り、周囲を確認したところで俺達を手招きする。
尾根に上がったところで、イオニアさんと一緒にブンカーに向かう。
ブンカーに背を預けているんだが、銃眼からは全く見えないんだよなぁ。
列車が直ぐ下を通過したところで、イオニアさんがリトネンさんに合図を送る。
イオニアさんが背を屈めて銃眼の東に移動して行くのに合わせて、俺も少し北に位置を変えた。
イオニアさんが手榴弾を手にした。
同じように手榴弾を手にすると、レバーを握り、リングを引き抜く。
イオニアさんの動作に合わせて、銃眼の中に投げ込むと銃眼の下に身を屈める。
ドオォン! と音がして、ブンカーの壁の振動が背中に伝わってきた。
さらに1個手榴弾を投げ込むと、急いで立ち去る。
リトネンさんの方はどうなってるんだろう? ブンカーの扉近くに移動すると、階段の途中で何やら作業をしている2人の姿が見えた。
例の仕掛けということかな?
まだ敵兵は登ってこないようだ。まだ異変に気が付かないのだろうか?
何時敵兵が階段を登って来てもいいように狙撃姿勢で待機していると、北の方から炸裂音が聞こえてきた。
「たぶん北のブンカーだろう。まだ動かないというのも問題だな」
上から声が聞こえてきたから、見上げてみるとイオニアさんがブンカーの屋根の上に立っている。
危なくないのかな?
「移動砲台を並べ始めたようだ。いよいよ砲撃が始まるぞ。……ようやく動き出したな。どれ……」
俺の隣に、飛び降りてきた。
「敵兵の数が多いが、線路に向かっているようだ。ここなら線路方向にも攻撃できるだろう」
「となると、そろそろ階段を登ってくるかもしれませんね?」
突然、爆発音が聞こえてきた。少し遅れて南から炸裂音が聞こえてくる。
「移動砲台の攻撃だ。かなり運んできたようだから、いくつかは砦内で炸裂したに違いない」
「命中率は高くないんですよね」
「最大飛距離が2ミラル(3.2km)に満たない。それで散布界が300ユーデ(270m)以上ということだから、数で補わないといけないんだろうな」
普段使うのは、20ユーデ(18m)にも満たないからなぁ……。
それでも数を撃てば、何発かは目標付近に当たるらしい。
再び北から発射音が聞こえてきた。命中率が悪くとも、砦はそれなりの広さがあるから、被害は受けているに違いない。
「やって来たにゃ! イオニア頼んだにゃ」
「了解です!」
イオニアさんが手榴弾のリングを引き抜くと、2度ほど紐を手にクルクルと回して手榴弾を投擲する。
50ユーデ(45m)以上飛んでるんじゃないか? その上ここは高台だから、更に飛距離は伸びているはずだ。
下の方から手榴弾の炸裂音が聞こえてきた。
既に次の手榴弾が投げられている。これでは階段を上がって来られないだろう。
最後の1発を手に、イオニアさんが切通しの下を覗いている。
そういえば、線路にも敵兵が移動していたようだから、状況次第では手に持った手榴弾を投げるのかもしれない。
小さく頷くと手榴弾をポケットに仕舞いこみ、肩からゴブリンを下ろして俺の隣にやって来た。
「砦の奇襲を知って戻ったみたいだ。こっちは?」
「イオニアさんの攻撃で、下の方から動きません。つづら折りを登ってくるなら狙撃できるんですが……」
「この上からなら、どうだ? 結構眺めが良いぞ。砦まで、およそ500ユーデというところだ」
ゴブリンの照準器の最大目盛りじゃなかったか?
だが、射程内なら当たるかもしれない。
イオニアさんに手伝ってもらいブンカーの屋根に上ると、東端に伏せ射ちの姿勢でゴブリンを構えた。
最大射程だから、外れる方が確率は高いだろう。だけど、敵兵は動きを制約されるに違いない。
1個小隊ほどの兵士を前に、何やら訓示をしている士官に狙いを定める。
少し南からの風があるな。補正目盛りを調節して再度狙いを定める。
パァン!
軽い発射音がすると、照準器の先の仕官がその場に崩れ落ちた。
集まってくる兵士の中から、次の士官を選び出し、照準器のレティクルの中に捕える。
再び、士官が崩れ落ちた。
砦の中で、兵士達があちこち探し始めたところに移動砲台から発射された3インチ砲弾が炸裂する。
あちこちに砲弾が落ちて炸裂している。
何発かは兵舎に当たったんだろう。屋根の一部が吹き飛んで煙が上がっていた。
続いて撃ち込まれた砲弾のほとんどが兵舎前の広場に着弾した。舞い上がる土煙で、砦内の照準ができなくなってしまった。
そろそろ潮時だろうと、ブンカーの屋根を下りた。
「どうだ?」
「士官2人を倒しました。3回目の砲撃で、砦を狙えなくなったんで下りてきたんです」
「なら、次はこっちだな」
うんうんとイオニアさんが頷いて、俺の射点を教えてくれた。
だいぶ日が落ちている。あまり長居すると撤退に苦労しそうだが、手榴弾の投擲が終わったと思っているんだろう。次々と兵士が階段を上がってくる。
フェンリルの弾幕を潜り抜けて、階段を登ってくるのは容易ではない。
つづら折りを利用して兵士達が身を潜めている。
たまに顔を出す兵士を狙撃することで、更に兵士達の動きが止まってしまった。
「そろそろ引き上げ時かもしれないにゃ。南東の方は何も無いのかにゃ?」
「こっちは全く動きがありません。手榴弾が2個余ってますけど使いますか?」
「頂こう。これを投げたところで、西に向かえばどうでしょう?」
「そうするにゃ。ミザリー、こっちに来るにゃ。私と一緒に西に下りるにゃ!」
リトネンさんがミザリーと共に尾根を西に下りて行く。
直ぐ後にエメルさん達が続いたから、最後は俺とイオニアさんになってしまった。
「1個投げたところで、西に下りるぞ!」
「了解です。逃げ出す準備は出来てますよ」
イオニアさんがゴブリンを背中に担いで、手榴弾を階段に投げた。
爆発する前に、エメルさんが手を振っている藪に向かって尾根を駆け降りる。
後ろから手榴弾の炸裂音が聞こえてきたが、気にすることは無いだろう。
ひたすら西に向かって、斜面を滑り下りながらその場を離れていく。




