J-043 規模の大きな威力偵察
「部隊内の役割は、今までのリエランとオルバンの役目をそのままということですか?」
「そうにゃ。エミルも私と似た部隊にいたにゃ。勘がネコ族以上に鋭いにゃ。負傷して軍を止めたけど、基礎は出来てるにゃ。ミザリーはリーディルの妹にゃ。母親と一緒に通信士の仕事をしてたから、部隊間の通信に問題はないにゃ」
「装備の補充を早々に、後はフェンリルの射撃訓練ということになりますか……」
「イオニアに任せるにゃ。ミザリーは通信機を持って来たかにゃ?」
「受け取ってきました。帝国製通信機の改良版です」
うんうんとリトネンさんが頷いている。オルバンが使っていた小型の奴なんだろう。最初は背嚢の半分以上が通信機で占められていたからなぁ。
「私はフェンリルで良いけど、ミザリーだと重すぎないかしら?」
「フェアリーを頂いてきました。小さいですけど……」
ミザリーが背中に担いできた銃をテーブルに置いた。
小さいというよりも、拳銃の銃身を伸ばして銃床を付けたように見える品だ。
「帝国軍のオートマチックをベースにしているようだな。マガジンはグリップ内で8発……。38口径だから拳銃弾と同じ何だろう。それに尖頭弾なら戦場でも十分に使えそうだ」
イオニアさんが、銃を手にあちこち確認している。イオニアさん的には問題ないみたいだ。
「銃弾が変っているにゃ。銃弾の補給は問題ないのかにゃ?」
「200発受け取ってきました。クラウスさんが作戦前に100発は撃つようにと……」
それぐらい撃てば銃の扱いも慣れるだろうし、何回かは手入れも行うことになるだろう。
直ぐにイオニアさんが2人を射撃場に連れて行ったのは、2人の腕を確認したいんだろうな。
後方確認の2人だけど、銃の腕が下手だったなら、それなりの対応を考えないといけないだろう。
「イオニアに任せておけば、安心にゃ。エミルの過去の腕はそれなりだったから、腕が鈍っていなければ直ぐに作戦に参加できるにゃ」
「狙撃もできると?」
「一応、照準器を付けられる小銃を持ってきたはずにゃ。そうにゃ! これをあげるにゃ。案外使えるにゃ」
直径1イルム、長さ1フィールの黒い棒にしか見えないんだけどなぁ。
「こうするにゃ」と言って、両先端をクルリと半回転させると穴が空いていた。更に棒をグイッと引くと半フィールほど伸びる。
「鏡が両端に付いているから、この穴から覗くと高い位置から見ることができるにゃ。先端を回せば鏡の向きが変わるから、応用が効くにゃ。
岩陰に隠れても、これなら顔を出さずに見ることができるにゃ」
「おもしろそうですね。これなら安心して観察ができます」
できれば、もう少し早く欲しかったな。土手の斜面に隠れた時にこれがあれば、やってくる蒸気自動車の車列を見ることが出来たに違いない。
「ところで、次の作戦は?」
「今のところ指示がないみたいにゃ。何も無ければ車列を襲撃に向かうにゃ」
南西の橋に向かうのかな?
トラ族の2人がいなくなってしまったから、移動砲台を使うことはできないだろうけど、嫌がらせぐらいの襲撃はできそうだ。
ミザリーの初陣だからなぁ。あまり危険がない襲撃を考えて欲しいところだ。
3人が昼食前に帰ってきた。
イオニアさんの話では、200ユーデ(180m)でエミルさんは全ての銃弾を腹の円内に撃ち込んだらしい。
ミザリーの方は、100ユーデ(90m)で銃弾の半分を円内に撃ち込めたらしいから、イオニアさんはかなり嬉しそうだ。
「フェアリーを使うのは近距離だけでしょうから問題はないでしょう。フェンリルよりも発射速度が速いですから、十分に牽制できます」
「しばらく練習を続けて欲しいにゃ。ついでに手入れの仕方も教えてやって欲しいにゃ」
「了解です。3日程続けて、その後は、毎日1マガジンほどの射撃訓練で十分でしょう」
ミザリーも、今度は外での仕事だと言って嬉しそうだ。
それだけリスクが高くなるんだけど、何時までも穴倉暮らしでもねぇ……。
訓練場でオルバンと出会ったらしい。
一生懸命に、フェンリルで射撃をしていたと話してくれた。
夕食を母さんと一緒に食堂で食べた時に、ミザリーが俺と一緒の部隊に入ったと母さんに話をしている。
兄と妹が一緒だと聞いて少し笑みを浮かべていたけど、やはり心配なんだろうな。
「通信士だから、売店にいたエミルさんと一緒に後方警戒だよ。直接交戦する機会はあまりないんじゃないかな」
「エミルさんと一緒なら、あまり心配はないでしょうね。エミルさんの言うことを良く聞くのよ」
「私の後ろにいなさい、って言われたの。隣に居たいんだけど……」
母さんと目を合わせて笑みを浮かべる。
エミルさんに任せておけば問題ないってことだな。
数日が直ぐに過ぎていく。
夏は過ぎたということだけど、まだしばらく暑さは続くようだ。普段は上着を着ずに過ごしているんだが、リトネンさんの部隊は俺以外は全て女性になってしまった。ちょっと目のやり場に困ることが度々だ。
正面にイオニアさんが座ると、豊かな胸にどうしても目が行ってしまう。
下を向いてお茶を飲んでいると、クラウスさんとリトネンさんが一緒になってやって来た。クラウスさんの隣にオルバンがいるのは通信士と従兵を兼ねているんだろう。
「おもしろそうな依頼があるにゃ。橋のたもとで蒸気自動車をひっくり返すよりもおもしろいかもしれないにゃ」
「おもしろいかは別だぞ。一応作戦になるんだからな。作戦はこのようになる……」
地図をテーブルに開くと、皆が地図を覗き込む。
狙いは峡谷の途中にある橋を守る砦のようだ。
常時1個中隊以上の帝国兵が駐屯している砦だから、さすがに砦を落とすことまでは想定していないが、数年ぶりの攻撃らしいから、敵も油断しているに違いない。
「攻撃の失敗を装うということでしょうか?」
「端的にはそうなるな。そう考えてくれることを期待しているんだが、果たしてどうなるかは向こう次第だ」
どうも帝国軍がこの頃消極的になっていると、拠点の上層部が判断したかららしい。
見掛けだけでも大掛かりな攻撃を加えることで、相手の出方を見るということらしいから、リトネンさんが教えてくれた威力偵察を大掛かりに行うということなんだろう。
「攻撃の主体を小隊で行うなら、私達の出番は無いように思えますけど?」
イオニアさんの素朴な質問に、クラウスさんが小隊の攻撃する切通しの反対側の尾根を指差した。
「この尾根からなら、砦の様子が良く分かるんじゃないか? 当然、敵兵もいるだろう。そいつらを排除して欲しい。敵兵の人数にもよるが、1個分隊程度なら俺達の攻撃時に排除して欲しいところだ。1個分隊以上なら、状況報告で構わんぞ」
「いない時には、砦内を狙撃しても良いのかにゃ?」
「リトネンに任せる」
クラウスさんの言葉に笑みを浮かべたところを見ると、やる気だな?
クラウスさんが去ったところで、リトネンさんがもう1度地図を広げた。
砦の直ぐ西は南へと続く尾根が走っている。
砦そのものが、尾根の東を削り取って作られた感じだ。
砦の北には尾根が続いているから、切通しの上からグレネード弾を放っても、砦に届く気がするな。
「尾根の北に移動砲台を並べるはずにゃ。その前に、北の監視所を制圧することになりそうにゃ」
「一応、帝国軍の事ですから、ブンカーを作ってあるのでしょうね」
「武器はフェンリル並みの小銃にゃ。グレネードランチャーぐらいはあるかもしれないにゃ。でも、油断してるなら落とすのは難しくないにゃ」
石を固めたようなブンカーを攻略するのは、至難の業に思えるんだけどなぁ。
その辺りはクラウスさん達が上手くやるんだろうけど、後でオルバンに教えて貰おう。
「問題は、私達の方にゃ。たぶんブンカーはあるに違いないにゃ。ブンカー対策として手榴弾を10発は容易して欲しいにゃ。
ブンカー周辺の木々は切り倒されてるかもしれないけど、季節的には下草がかなり茂っているはずにゃ」
隠れるには都合が良いということになるんだろう。
敵の監視所に接近する前に見つかっては元も子もないからね。
「線路を渡ったら、一旦、南に向かって尾根に上がるにゃ。南から監視所に近付けば良いにゃ」
うんうんとイオニアさんが納得しているところを見ると作戦的には問題ないということになるんだろう。
「手榴弾10個は多すぎでしょうけど、敵の移動経路に何発か仕掛けておくのも良さそうですね」
「帝国軍の手榴弾を貰ってあるにゃ。こっちの手榴弾は紐付きにゃ」
今度はエミルさんまで一緒になって笑っている。
紐付きの意味が分からないから、なぜ笑みが浮かぶのか首を傾げてしまう。
最後になって、決行日を教えてくれた。5日後になるらしいから、俺達は明日にも出発しないといけないらしい。
大急ぎで装備を確認したり、銃弾や食料を貰いに向かうことになってしまった。
俺達の暮らす部屋に戻って、母さんに作戦が出来たことを伝えると、ちょっと驚いていた。
「怪我をしないように!」と言われたけど、リトネンさんと一緒なら問題は無いんじゃないかな。
翌日、着替えを終えると母さんと一緒に食堂に向かう。
少し混んでいるのは、クラウスさん達と一緒に出掛ける連中のようだ。オルバンを探したんだが見つからない。
既に食事を終えたんだろうな。
小隊の部屋に向かうと、イオニアさん達が既に装備をテーブルに乗せてお茶を飲んでいた。
俺達の背嚢を引き出して、小銃を専用の棚から持って来る。
ゴブリンの照準器付きの奴だ。俺とイオニアさんだけだけど、200ユーデ先なら十分に狙撃ができる。
タバコに火を点けて待っていると、直ぐに仲間がやってくる。最後は何時もの通りリトネンさんだった。
「皆、揃ってるにゃ? それじゃあ、出掛けるにゃ。切通しまでドワーフ族が荷を背負ってくれるにゃ」
ちょっと嬉しくなる知らせだ。
背嚢を担いでくれるだけでなく、水と食料も運んでくれるからね。水筒は2つ持ったけれど、どこかで給水しないと作戦期間中持ちそうもない。
上着の腕をまくって、前を開けながら山裾に向かって歩いて行く。
ふもとまで2日掛けて下りると荷物を受け取り、夜半に線路の反対側の切通を上る。
尾根に直接向かわずに、尾根の西側を南に歩きながら尾根を目指す。
夜になったところで、ツエルトを使ってロウソクコンロの火を隠しながらスープを作る。
今日で4日目の夜だ。
明日は尾根を北に向かって進みながら、砦の西の尾根にある監視所を強襲することになる。
「明日は敵の監視線にも気を付けないといけないにゃ。エミルと私が先行して、殿はイオニアにお願いするにゃ」
「了解です。さすがに地雷は無いと思いますが、トラップには気を付けてください」
地雷は防衛手段として使われているらしい。攻撃側が使うというのは滅多にないそうだ。
ある意味、守りに入ったと思われるのが嫌みたいだな。
2人ずつ交代しながら、ゆっくりと寝ることにした。明日は忙しそうだから少しは長く眠れるだろう。




