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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 04 帝国の闇 【 派閥争い 】


 葡萄畑の一角に蒸気自動車が止まった。

 小さな広場になっているこの場所は、秋になれば農民達がカゴを背負って馬車に収穫した葡萄を積み込んでいたに違いない。


 そんな農民の為に設えてある小屋の煙突から煙が出ている。既に卿は到着しているようだな。

 夏に暖炉を焚くのは、人がいるということを知らせているのだろう。

 粗末な扉を叩くと、中で人が動く音がした。

 

「私だ。撃たんでくれよ」


「ケイランド卿か……。入ってくれ。私だけだ」


 扉を開けると粗末なテーブルにベンチのような椅子が2つ。

 私に席に付くようテーブルを指差す。


「こんな場所でしか話が出来なくなったとはなぁ……」


 そう言いながら、テーブルに置いたバッグからグラスを取り出すと、ワインを注いで私の前に置いてくれた。

 夏の盛りを過ぎたとはいえ、暑さが急に和らぐものではない。乾いた喉を潤そうと、軽く頭を下げてグラスを手にする。

 先ずは一口飲んでみた。中々良いワインを手に入れたものだ。


「あれほどひどくなるとは思わなかった。だが、来年には持ち越せないぞ」


「動き始めた、ということか?」


「ベテオル卿とグラハム卿が共闘し、ユリアス卿を倒して、派閥の切り取りを模索しているまでは卿に知らせたと思う。

 その決行日時を知ることが出来た。建国の大祭、その最中で始めるようだ」


 参内貴族が全て集まる祭日だ。白鳥宮殿前の広場にいくつもの篝火を作り、帝都の有名なコックが全て集まり料理を競う。

 帝都に暮らす中産階級や準爵達にも抽選で招待状を送ることになるから。総勢3千人を超える大宴会となる。


「王宮の近衛兵だけでは足りず、軍からも準爵達を小隊規模で派遣するのだ。そんな日に決行するなど……」


「軍から派遣する準爵達は既に決まっているだろう? 既に氏名は周知されているはずだ」


「裏切るなど……」


「裏切りは極刑だが、気が付かなかったなら処罰できん。他の騒ぎも起きるだろうからな」


 建国の大祭への参加となれば、準爵達にとっては名誉でもある。今更換えることはできないだろう。

 全く、こんな事には頭を働かせる輩達だ。


「事前に射撃訓練場に2個小隊を完全武装で待機させる。強化兵も一緒だ。指揮は私と副官で行えば問題あるまい。武官である私が宴会から離れても誰も気には留めないだろう。

 だが、卿はどうする? 向こうからすれば目障りな存在ではないのか?」


「妻が倒れたということを2月前に宰相達に伝えた。医者も良い顔をしないため、大祭は欠席することを伝えてある」


 クリンゲン卿が笑みを浮かべている。

 先月、私の屋敷にやって来て元気な姿を見ているからだろう。


「卿を敵にしたくはないな。いつまでも友であってほしい」


「当たり前だ。卿と私は幼少からの付き合いだからな」


 グラスにワインを注いで、グラスを合わせる。

 クリンゲン卿がグラスのワインを一口で飲み干し、私に顔を向ける。その顔には先ほどの笑みがない。


「1つ確認したい。我等は帝国の為に動いているのだな?」


「貴族の派閥争いで皇帝陛下を悩ませることが無いように努力するのが私の務めだ!」


「悪かった……。疑ったわけではない。派閥争いは過去にもあったが、全て王宮の外でのこと。さすがに皇帝陛下も臨席する大祭の場で、武器を持って争いごとが起こるとは信じられなかったのだ」


「私は現状で満足しているよ。これ以上に地位が上がることはないが、下がることはあり得る。その為に日々の勤めをしているつもりだ」


「卿は文官ではあるが、少し違うように思えてならない。私のように武官でないことは確かなのだが」


 卿に私の心は分かるまい。

 帝国の為に動く最高会議の事務局長そのものだ。

 どの派閥にも属さず、3人の宰相を上手く使うことで帝国の野望を継続しているのだ。

 その野望が果たされた時、果たして誰が皇帝であるかは誰も分からないだろう。

 

「出来れば、少し遅れて対応して欲しい。それで最高会議の人員を一新できるはずだ」


「可能なのか? だが、そうなると貴族会議の中から選ぶことになるぞ」


「皇帝陛下の命を受けることで対応した方が良いだろう。現在、12人の貴族は全て文官貴族だ。半数を武官貴族としたい」


 クリンゲン卿が、再びワインを注いでくれた。

 苦笑いを浮かべているのは、その結果が見えるのだろう。


「貴族会議が紛糾しそうだな?」


「皇帝陛下の聖断に逆らう貴族はおらんだろう。それこそ反逆罪を課すことができる」


「私は今のままで十分だからな」


「生憎だが、すでに役は決めてある。皇帝陛下の相談役だ」


 グラスが床に落ちた……。

 驚愕の表情を私に向けている。それほど驚くことだろうか?

 陛下の相談役は宰相達の派閥争いの産物だ。真に皇帝陛下の為を考えてはいない。

 クリンゲン卿であるなら、立派に皇帝陛下を導いてくれると思っているのだが……。


「私に、そんな大役は……」


「先代皇帝陛下の御意志に沿って帝国の繁栄を築き上げる。これは我等貴族の勤めではないか。それを顧みず、いたずらに派閥争いに明け暮れる佞臣達を一掃できるチャンスだと私は思っている。卿も先代皇帝陛下には色々と目を掛けて頂いたはず。現皇帝陛下への最大の御奉公であると思っているのだが」


「何度か助けて頂いた。あの頃は、まだ若かったからだろう。大敗北をしても笑って『次の戦に期待する』と言ってくれたのだ……。確かに、今回は大恩を返すことができる良い機会かもしれん。吉報が届くのを待っていてくれ」


 クリンゲン卿はこれで良いだろう。私との繋がりは長く続くし、子供達の代になってもその関係は変らぬだろう。


「だが、建国の大祭で動いてくれたなら、軍としても都合が良い。現状の戦線はあまり動いていない。貴族の内乱は方面軍にも届くはずだ。動揺するようであれば戦線が崩壊しかねない」


「年明けから強化兵を作り始めるよ。春には中隊規模で出来るだろう。それと、負傷者達への救済も可能かもしれん。腕や足、内臓の破損は移植ができそうだ」


「手足を失ったなら機械の四肢に変わる。それは今までも出来ていたはずだ」


「強化兵を作る過程で、手足や内臓が不要になる。焼却するよりは医療に使うべきだと考えている」


 笑みを浮かべているところを見ると、やはり生身が良いということなのだろう。

 全員に措置することは出来なくとも、永代貴族であるなら、それぐらいの役得は許されるはずだ。


「そんなことができるような世の中になっていたとはなぁ……。だが、そうなるとエンデリア地方は鬼門になる。

 鷹の目の話を以前したかと思うが、かなり活躍している。全く、帝国軍に迎えたいぐらいだ」


「対策を考えねばなるまい。何か良い案があるか調査してみよう」


「頼んだぞ。奴は頭を狙うのだ。さすがに頭が無くなっては移植も出来ん。代官ならいくらでも換えは効くが、軍の指揮官ともなるとそうもいかん」

 

 文官貴族にも切れ者はいるのだが、その多くは下級貴族だ。地方代官は貴族会議に参加できる中級貴族以上だからなぁ。

 戦況によって派閥からの貴族参加を渋るから、何時も会議が長引いてしまう。

 3年の任期を2年に短縮して、3宰相の派閥から順番に出すことにしているのだが……。


「そうそう、忘れるところだった。強化兵は単純な攻撃には向いているのだが、やはり応用が効かんな。制圧と掃討なら問題ない」


「思考能力を奪っている以上仕方のないことだ。まさか帝国兵を強化兵にすることは人道に反するからね」


「そこだが、志願するなら問題はないのではないか? 一応戦死扱いで家族に部分遺体を引き渡すことになるが、火葬にするなら問題あるまい。

 帝国に功労があったとして3階級特進しての遺族年金を与えるなら、身体欠損の激しい負傷者はサインをするだろうし、強化兵にしてくれと俺に縋りつく者もいるぐらいだ」


 本人の同意があれば問題は無いだろうし、残された家族も路頭に迷うことは無いだろう。

 それによって得られるのは、自ら考えることができる強化兵になる。

 一気に作戦の幅が広がるかもしれないな。


「教団が知ったら、少し問題が出るかもしれんな」


「寄付金次第というところだろう。大司教は高齢だ。その下に3人の枢機卿がいるのだが……」


「宗教界に手を出すことは貴族の戒めを破ることになるぞ」


「私は寄付を行うだけだ。その寄付と同時に卿の不安を確認してみるよ」


 まさかとは思うが、大司教を引退させようと企てていまいな。

 そんなことが明るみに出れば、我等も一切の地位を失いかねないぞ。


 私が顔を青ざめたのが分かったのだろう。苦笑いを浮かべながらコートのポケットを探ってタバコを取り出し火を点けた。


「私は枢機卿に会うだけだ。そんなに心配するな」


「ああ、たかが強化兵だ。身を亡ぼすことが無いように願いたい」


 私もコートからタバコを出したのだが、手先が震えて中々ライターで火を点けることが出来なかった。

 さすがにクリンゲン卿は武官貴族だけのことはある。

 心が太い男だと感心してしまう。


「卿がここまで準備してくれたのだ。後は私に任せて孫に顔を見せてこい。きっと私に似て勇敢な男に育つに違いない」


「いや、私に似て聡明になるだろう。目の色は卿とそっくりだが、口元は私に似ていると妻が言ってくれているよ」


 互いに笑みを浮かべて、しばし孫の話題に興じる。

 フリードが私の地位に着いた時には、帝国は更に発展しているに違いない。今より仕事は増えるだろうが、それは仕方あるまい。


 時計を見て、卿と握手をすると小屋話を先に出る。

 砂煙を上げているのは、私を乗せてきた蒸気自動車に違いない。

 車に乗り込むと、そのまま町に向かう。

 クリンゲン卿は、屯所に向かうそうだ。ここで私達が会ったことは知られてはならない。


               ・

               ・

               ・

「荷物は全て積み込みました」


「そうか。そうだ! フリードの土産は積み込んだであろうな?」


「3つとも積み込みました。帝都の食材も特上の物を2台目に積んでありますから、閣下が乗るだけでございます」


 さて乗り込むか。

 2週間後の大祭がどのような結末を迎えるかは、予測が難しくなってきた。

 知らせが来たなら、直ぐに戻らねばなるまい。

 その前に精々、体を休めよう。


 帝都の邸宅を出て、賑わう大通りを南へと車は進んでいく。

 既にサイは投げられた。後はクリンゲン卿に全てを託そう……。


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