J-004 反乱軍の拠点
空が白んできたところで、ミザリーを起こして横になる。
ミザリー1人では少し心配だけど、何かあれば直ぐに起こせと言ってあるからだいじょうぶだろう。
日が昇るまでの間は、眠らせてもらおう……。
ミザリーに体を揺すられて起きた時には、すっかり周囲が明るくなっていた。
パンに野菜を挟んだだけの朝食を取ると、直ぐに出発する。
今日は最初の尾根を越えたいところだ。
昼前に森が切れて荒れ地に出た。町の近くと違って、背丈の高い雑草があちこちに藪を作っている。方向を見失わないように、たまに立ち止まって遠くの山を確認しながら進んでいく。
「まだ登っていくの?」
「そうだよ。あの尾根を越えなくちゃならないから、低い場所を探しながら登るんだ」
休憩を度々取って体力を温存する。
とは言っても、あまり進んでいないんだよなぁ。
母さんが病弱だから無理は禁物だ。どうしても母さんの歩調に合わせて進むことになってしまう。
昼頃に、ようやく尾根が低くなっている場所を見付けた。
そこに向かって歩いている途中で泉を見付けたので、休憩を取りながら空になった水筒を満たしておく。
ついでに1枚のパンを3人で分けて頂いた。
ゴクゴクと泉の水を飲んだけど、あまり飲むと疲れると聞いたことがある。何事もほどほどってことらしい。
「尾根を今日中に越えるのは無理だな。途中で野営できる場所を見付けないと」
「昨夜泊ったような場所だね。見付けるよ!」
まだまだミザリーは元気なようだ。
母さんもそんなミザリーを見て笑みを浮かべている。母さんの方も、まだだいじょうぶに見える。
再び尾根を目指して歩き出した。
途中で大きな木があるのを見付けて、その根元で野営をすることにした。
昨日と同じように近くの藪から枝を切り出して寝床と左右の目隠しを作る。
逆茂木のように左右に枝を積んだから、野犬が潜り込もうとしても苦労するだろう。その間に拳銃を打つぐらいはミザリーに期待したいところだ。
集めた薪を使って、焚き火を作りスープパンを頂いた。
さすがに山の奥へと入ってきたから、夜になると夜行性の獣が動き出したのが分かる。虫の音が急に途絶えたり、遠くの方で藪の中でガサリと音がしたりと緊張の連続だ。
銃を膝に置いて、左手にはいつでも持てるように杖を置いておく。
数打ちの刀身30cmほどの鉈も使えるんだろうが、刃物を獣に使うのは下策だと猟師仲間が教えてくれた。
打ち込んだ刃物を引き出す力が無いとダメらしい。どうしても使う場合は峰の方で打ち込めと教えてくれた。
そうなると、刃物ではなく打撃武器になってしまうと思うんだが、獣相手の正しい鉈の使い方だと言っていたんだよなぁ。
同じ打撃武器なら、杖の方が長いからね。鉈は背負いカゴに入れておいた。
緊張し通しの夜が明けたところで、ミザリーと見張りを交代する。
横になった途端、眠気が襲ってくる……。
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3日目にどうにか尾根を1つ越えて、2つ目の尾根を越えたのは6日目になってしまった。
2つ目の尾根の上で北を眺めると、北東方向に薄く煙が出ているのに気が付いた。
たぶんあそこが目的地に違いない。
かなり距離がありそうだが、煙の存在を2人に教えると、ホッとした表情で頷いている。
「反乱軍の拠点は父さんの言った通りね」
「俺達を迎えてくれるのかな?」
「分からないわ。でも、その時には近くに小屋を建てて暮らしましょう」
猟師として暮らしていけるかな?
ミザリーも薬草探しができるだろうから、無理をしなければ親子で暮らしていけるかもしれない。
今度は一旦尾根を下ることになる。その後で再び北東方向に進んでいくことになるが、ここからの眺めではそれほど急な斜面でもなさそうだ。
今日は、尾根を下ったところで野営をしよう。
日暮れ前に尾根を下り、谷筋に沿って進みながら野営地を探す。
先頭を進むミザリーが、「ここなら良いわ!」と言った場所は、誰かが野営した跡だった。
焚き火の後がまだ新しい。
どう見ても数日前に誰かがここを利用した感じだ。
「追手ではないようだけど?」
母さんが、山の斜面を掘った痕跡を見て呟いた。
やや急な斜面に横穴を掘ったような場所が焚き火の直ぐ近くにあった。
壁面にはスコップで掘り進んだ跡が残っているから、間違いなく人の手で掘られたものに間違いない。
誰が作ったかが問題になるけど、母さんの言うように追手と言うことにはならないだろう。
追手なら、こんな手の込んだことはしないだろう。
どちらかと言うと、この場所をある程度の頻度で使う連中が作ったんじゃないかな。利用者は反乱軍と言うことになりそうだ。
「ここで野営をしよう。焚き火は同じところですれば良いし、あまり深くない横穴だけど、そこなら安心して寝られるよ」
焚き火作りをミザリーたちに任せて、薪を集めに藪を回る。
薪取りの跡が枝に残っている。やはり何度もあの場所は使われているみたいだ。
その理由が、直ぐに分かった。雑木で囲んだ泉が近くにあったからだ。
通り過ぎるだけなら見落とししそうだが、俺があちこちの藪を巡って薪を集めていたからに違いない。
直ぐに焚き火に引き返して、ポットに一杯の水を汲んだ。
少なくとも明日か明後日には、反乱軍の拠点に到着できるだろう。
パンの残りを食べて、新たにパンを数枚焼いて貰ことにした。
「5枚も焼けば十分でしょう。スープも水があるなら、何時もの2倍の分量を作れそうね」
「お茶も沸かそうよ。でもその前にお湯を沸かして水筒に補充しておかないと」
やはり暮らしで一番大事なのは飲料水の確保だろうな。
山を歩くと、飲料水の大事さが良く分かる。
薪を沢山集めてきたから、今夜のんびりとお茶を飲みながら焚き火の番ができそうだ。
食事が終わってお茶を飲んでいる時だった。遠くに明かりが見える。
揺れながら少しずつこちらに近付いてくるようだ。
「ミザリー、母さんと一緒に後ろに隠れてろ。それと拳銃は持ってても、俺が撃たれるまでは絶対に撃つんじゃないぞ。手に持つだけでトリガーには指を掛けないでいるんだ!」
小声できつく指示すると、泣きそうな顔で頷いてくれた。2人が穴ではなく、直ぐ近くの藪に入るのを見て、荷物を背にすると銃を抱えて明かりが近付くのをジッと待つことにした。
後ろから聞こえていた虫の音が止んだ。
どうやら、俺を取り囲んでいるらしい。逃げることはできないが、タダでやられるつもりはないぞ。
「撃つんじゃないぞ! 俺達は兵隊じゃない」
そう言って、手に持つ明かりを大きく掲げた。
銃を背負った男が2人が見えた。ゆっくりとこっちに近付いてくる。
「驚いたな、少年じゃないか! 少年が銃を持つのは余り穏やかではないが、親から逸れたのか? それとも……、家出か?」
俺の前に現れた2人が、焚き火越しに腰を下ろしてランプを傍に置く。
じっと俺を観察しているようだが、果たして何者なんだろう。
「麓の町で猟師をしていたんですが、領主が撃たれたということで町は大騒ぎです。俺の父親は既に亡くなりましたが、元は王国の兵士。帝国への無条件降伏で軍を止めて町で猟師をしてたんですが……」
「亡くなったのか。それで猟師をしてたってことか。電気ネズミを数匹狩れれば、日々の暮らしは立つだろうからなぁ。だが、そういうことなら、銃を持っている連中は厳しく詮議されるに違いない。
お前の選択は間違ってなかったぞ。小銃を持つ連中の大半が腕を折られたそうだ。その上に銃の供出と言うことになったらしい。
暮らしていけない町人がたくさんできるだろうな。上手く仕事を見付けられれば良いんだが……」
「何もありませんが、お茶でもどうです? 生憎とカップはありませんが」
「だいじょうぶだ。俺達も持っている。サンダー! 下りてきても良いぞ。どうやら避難民だ」
「避難民だと! あれからだいぶ経ってるが、まだいたのか?」
「そうだな。どうして今頃ここに居るんだ?」
「それは、私がいたからです!」
母さんとミザリーが藪から姿を現した。目の前の男達がちょっと吃驚している。
やがて後ろから斜面を下りてきた数人の男女と一緒になって焚き火を囲むと、母さんの説明に耳を傾け始めた。
ミザリーがポットのお茶を皆のカップに注ぎ終わると、俺のカップにも注いでくれた。
「そういうことですか。了解です。 砦には奥さんの話してくれたクラウス少尉がいるはずですから、身元を確認できるでしょう。それにしても、よくここまで歩いてこれましたな」
「私も元は王国の野戦通信兵。長らく患っていますが、足腰はまだだいじょうぶのようです」
通信兵と聞いて、男達が顔を見合わせる。
不味いことなんだろうか?
「野戦通信兵であれば、電信は今でも打てるのでしょうか?」
「まだ覚えていますとも、聞くことも打つこともできると思います」
おずおずと問い掛けてきた男に、母さんが答えるとやって来た男女に安堵の顔が浮かぶ。
「クラウス少尉に覚えがなくとも、我等の仲間に加えたいですね。通信機を操作できる兵士が少ないのです」
人的欠乏と言うことなんだろうか?
とりあえず追い返されることはないようだ。人数が多いから、今夜は安心して眠れそうだな。
翌朝は、残りの野菜を使って具沢山の野菜スープを作る。
パンは5枚しかなかったが、俺達は2枚で十分だろう。3枚を与えると嬉しそうに食べていたからね。
普段は何を食べているのか気になってしまう。
ミザリーと母さんの荷物を持ってもらったから、少しは行軍の速度が上がった感じだ。
このまま進めば今夜には到着すると言ってくれたけど、谷筋を登っていくだけで斜面を登ろうとしないんだよなぁ。
その理由が分かったのは昼過ぎだった。行く手に、大きな洞窟が現れたのだ。
洞窟は2人が並んで通れるぐらいの大きさがあるし、天井は俺の背の2倍はありそうだ。足元は少し凸起こしているけど、濡れてはいないから滑ることもない。
途中の枝道を入ると、階段がある。岩を砕いたり積んだりして作った階段だ。
途中の踊り場で何度も休憩したんだが、町の教会の鐘櫓よりも階段が多い気がするなぁ。
どうにか登り切ったと思ったら、緩やかな道がまだまだ洞窟内に続いていた。
こんな洞窟を一体誰が作ったんだろうかと感心してしまう。
先方に明かりが見えた時には、正直ほっとした気分だった。
洞窟の出口には扉が作られ、俺達を案内してくれた男性の1人が、番人と話をすることで扉が開かれた。
夕暮れに染まった小さな村が、俺達の前に現れた。