J-029 雪の中での襲撃
拠点を出て3日目の朝は快晴だった。
食事をして直ぐに、西に向かって歩き出す。襲撃は今日の昼過ぎの筈だ。
何度か休憩を取って襲撃予定地に付いたのだが、線路がすっかり埋もれている。
「あれでは列車が来ないにゃ。除雪車が来てから急いで作業することになるにゃ。それまではお休みにゃ」
再び枝を切り取って小屋を作る。
中でロウソクコンロを使えばお茶ぐらいは飲めそうだし、夜は焚き火をすることもできるだろう。
夕暮れ近くに、先端に楔型の鉄板を取り付けた蒸気機関車がやってきた。貨車をいくつも曳いてきたのは、除雪をする兵士と蒸気機人を乗せてきたからだろう。吹き溜まり蒸気機人が数体で大きなスコップで除雪しているから、どんどん線路の雪が取り除かれていく。
1ミラル(1.6km)単位で作業をしているようだ。このままでは列車が通るのは明日になりそうだな。
夜になって焚き火を作る。線路の方向には厚く枝を重ねているから明かりは漏れていないようだ。線路から2kmほど離れているから、切通しに登って森に分け入らなければ発見することが難しいだろう。
1時間程交代で偵察隊を送っているが、まだ東に明かりが見えるということだから、除雪は余り芳しく無いようだ。
いつの間にか寝ていた俺を、起こしてくれたのはファイネルさんだった。
既に夜が明けている。雪が少し舞っているが、視界それほど悪くはない。
キョロキョロと辺りを見ている俺に、雪で顔を洗えと言ってくれたので、その通りにしていると少し頭がシャキッとする。
「ちゃんと起きたにゃ? さっき偵察の列車が通ったにゃ。ドワーフの若者が固定砲台の準備を始めたから、私達も準備するにゃ。直ぐに来るとは思えないから、射点を決めたら後ろに下がってツエルトを被っているにゃ。少しは寒さが和らぐにゃ」
俺達の射点は2つ仕掛ける固定砲台の真ん中だ。切通の頂点ではなくて、やや下がった位置になる。
藪はあるんだが、あまり前に出ると雪が落ちて目立ってしまいそうだ。
リトネンさんの指示に従って、2カ所に射点を決める。
「銃を手にする者を、片っ端からにゃ。そうしないと第2小隊に犠牲者が出てしまうにゃ」
簡単に思えるけど、戸惑ってはいけないんだろうな。
「リーディルは偉そうな人物を狙うにゃ。上官がいないと兵隊は案外もろくなってしまうにゃ」
怒鳴ってる人、太ってる人、それに兵士とは異なる姿をしている人物ってことだろう。
何となく区別できるようになってきたが、探し当てる方が難しそうだ。
射点が決まったところで後方に下がる。20mほどだが、森の外れになるから、俺達の姿を見付けるのは難しいだろう。
いつの間にかファイネルさんがタバコを咥えている。
森の中だし、昼だからタバコの火は見つからないということかな?
ファイネルさんが、雪の中に吸い殻を押し付けて消そうとしていた時だった。
遠くから汽笛の音が聞こえてきた。
「来るにゃ。列車が横倒しになってからでもだいじょうぶにゃ!」
そうは言ってもねぇ……。ミトンを外して外套の胸に押し込むと、薄手の革手袋をしてゴブリンを握る。
既にカバーを外して外気になじませているから、レンズが曇ることはないはずだ。
距離目盛は200にして、着弾点を見ながら補正すれば良いだろう。
150から250ほどの距離なら上下誤差は4イルム(10cm)程度だ。
列車の音がだんだんと近付いて、俺達の前を轟音を立てて通り過ぎたその時!
ドカァン! と言う轟音が立て続けに起きた。
ギィィ―とゴオォォが混じった大音響が周囲に木霊して、最後はシュゥゥゥと言う音だけがする。
「引っ繰り返ったにゃ。ここからが仕事にゃ!」
森から低い姿勢で射点に向かうと銃を構える。
横倒しになった客車や貨車から次々と兵士が姿を現してくる。
どう見ても数が2個小隊と言う感じには見えないな。その2倍は乗ってたんじゃないか?
東から銃を撃ちながら走ってくるのは第3小隊の連中だろう。敵兵はその場で銃を撃つと西へと少しずつ移動しているようだ。
そんな中、拳銃を握って周囲に怒鳴り散らしている人物の姿が見える。
偉い人で間違いは無さそうだ。
【……かの者に天国の門が開かれますよう……】
照準器のレティクルを耳に合わせてトリガーを引く。
パァン! と言う銃声と共に倒れたが、やや下に当たったようだ。あの距離ならもう少し上ということになる。
倒れた人物に数人が寄り添い担ぎ上げた。まだ息はあるということなんだろう。既に戦意は消失しているはずだし、担いでいる兵士も銃は持っていない。
次に移っても良さそうだな……。
客車から頭と片手を出して拳銃を撃っている人物を倒し、客者の接合部に陣取っている兵士を狙撃する。
だんだんと敵兵の銃声が西に変わっていくと、第3小隊の兵士が何やら客車に向かって叫んでいるようだ。
しばらくして手榴弾を投げ込んだのは、中に生存者がいないことを確認したのだろう。手榴弾は念のためと言うことなんだろうな。
「あれなら、問題はないにゃ。でも隠れてる兵士がいるかもしれないから、しばらくは子のままにゃ」
西の方では切通の上からロープが下ろされていた。
食料を奪い去るためなんだろうな。ロープに結ばれた食料の梱包が切通し上に次々と消えていくのが見える。
やがて、風の音だけになってしまった。
うめき声は、まだ死にきれない負傷者のものに違いない。
敵に与えた損害はかなりのものだが、こっちも無傷では済まなかったかもしれない。
線路付近にいた味方の兵士が少しずつ森に消えていく。今度は荷物を持っての逃走だ。帰り着くまでが作戦と、リトネンさんがいつも言ってたぐらいだからな。
「戻るにゃ。数時間後には敵兵が山になるはずにゃ」
後方の森に下がると、奪った食料が山済みにされていた。
銃弾まで奪って来たらしいが、さすがに銃は諦めたらしい。それでも何丁かのリボルバーを入れたホルスターがあった。
細めの木が倒され、即席のソリが作られると、その上に食料の梱包が積み重ねられる。ドワーフ族が5人でそれを引き始めた。次々とソリが森の中に消えていく。
やはり力はドワーフ族が一番だな。ソリに搭載できない少量梱包は、ばらされて背嚢や即席のハシゴに結わえられて背中に担がれていく。
ハシゴを使って担ぐのはトラ族の兵士達だった。他の兵士は背嚢に詰められるだけということらしいが、2人1組で荷を下げた棒を持って行く連中もいるようだ。
俺とファイネルさんで同じことを行えば良いだろう。
「リトネン、ここにいたのか。ごらんの始末だ。かなり足は遅くなるだろう。殿を頼むぞ。第一小隊からフェンリルを持つ連中を5人付ける。何とか敵を食い止めてくれ」
「手榴弾があったら分けて欲しいにゃ。後退しながら足止めするにゃ。あまり長くはできないけど、1日で良いのかにゃ?」
「1日半だ。明日の夕暮れまで何とかしてくれ」
リトネンさんが渋々ながら了承している。
命令に従うのは仕方がないけど、果たしてどれぐらいの部隊がやってくるんだろうか?
囲まれでもしたら脱出できなくなりそうだ。
とりあえず、食料を背嚢に詰める。肉類が中心になるのは仕方のないことだろう。
途中で食べようと、大きな燻製肉とハムを布で包んで棒を通しておく。今夜はご馳走だな。
やって来た兵士は人間族が1人にイヌ族とネコ族が2人ずつ。犬族の2人が男性だった。年代は俺より遥かに上みたいだな。
残った食料をポケットに詰め込んでいるのは俺達と同じ考えに違いない。
「手榴弾が4個に焼夷弾を2個頂いてきました。それと銃弾がフェンリル用カートリッジが12個にゴブリンのクリップが6つです」
「カートリッジは4つ持つにゃ。残れば欲しい人が持てば良いにゃ。手榴弾はイオニア達が持つにゃファネルたちは焼夷弾で良いにゃ」
「俺は2つ持ってるからいいや。クリップは3つ貰っても良いかな?」
「ええ、使ってください。俺はまだありますから」
10発しか銃弾を消費しなかったからね。35発あれば十分だろう。リボルバーも持ってることだし。
重い荷物を担いだ兵士達がどんどん森の中に消えていく。
残ったのは俺達だけだ。
「だいぶ残ってるにゃ。もう運べないかにゃ?」
「欲を出すと碌な事にはなりませんよ。とりあえずしばらくは肉を食べられますよ」
ファネルさんの言葉にリトネンさんが俺達に顔を向けたんだけど、俺達が棒を通して持っている荷物を見て笑みを浮かべている。
「まだ移動は早いにゃ。ここで食事をしてからでもだいじょうぶにゃ」
堂々と焚き火を作ってハムを炙りだしたのには驚いてしまった。
痕跡を残そうという事かもしれないけど周囲には食料の梱包が散らばってるんだよなぁ。
俺達も食べることは食べたんだけど、何時敵兵がやってくるかと冷や汗ものだ。
「逃げてった敵兵は西に向かったにゃ。ここから走っても町までは遠いにゃ。付いたとしても直ぐに兵は集まらないにゃ。列車に乗せてここに来るまでにかなりの時間が掛かってしまうにゃ」
列車の音が聞こえてからでも十分に間に合うということなのだろう。
殿だから、敵兵を上手く足止めしないといけないのは分かるんだけど……。
お茶を飲み終えたところで、場所を移動する。南へ伸びた線路が良く見える場所だ。少し場所を変えるだけで事故現場まで見通せる。
「やって来てから移動してもだいじょうぶにゃ。まだクラウス達は1ミラルも進んでないにゃ」
「ここから待ち伏せをするんですか?」
「もう少し西が良いにゃ。ここからは切通が続くから山に入るにはこの辺りになるにゃ。纏まるから適当に撃っても当たるにゃ」
こっちは戦力が少ないからなぁ。リトネンさんは現場対応に優れている気がするな。さすがは元義賊だけのことはあると感心してしまう。
少し後ろに下がったファイネルさんがタバコに火を点けると、イオニアさんまでタバコを取り出した。応援の2人の男性もつられて火を点けているけど、見られても問題ないという感じでリトネンさんが南をジッと眺めていた。
どれぐらい経っただろうか?
今日はやってこないんじゃないかと思っていると、突然リトネンさんが藪の中に入った。俺も急いで隣に潜りこむ。
「ファイネル、やって来たにゃ。覚悟を決めるにゃ!」
「班長と一緒だからいつでも覚悟はできてますよ。南からですか!」
「そうにゃ! あれから4時間……。クラウス達がかなり進んでいるとありがたいにゃ」
ゆっくり後退して、迎撃できる場所へと移動を始めた。俺達が用意に身を隠せて、追手は身を隠せない場所……。
そんな場所は無いと思うんだけどなぁ。