J-025 王都の夜はリトネンさんのもの
貨車の中には炭を詰めた租作りのカゴが並んでいた。20個ほどあるのだが、リトネンさんはそれを動かして後ろに隙間を作ろうとしている。
俺達も一緒になって3ユーデ(2.7m)四方の場所を空けた。周囲には2段になって炭のカゴが積み上げられているから、扉を開けても俺達がここに潜んでいるとは気が付かないだろう。まして夜だからね。
板の隙間から周囲を伺っていたリトネンさんが、改めて俺達に顔を向ける。
「これで王都の木材置き場に行けるにゃ。まだ出発しないけど3時間も掛からないにゃ」
「誰か近付いてきます!」
イオニアさんの言葉に、リトネンさんが隙間を覗く。
「積み込みにゃ。ここにも荷が運び込まれるかもしれないにゃ。ジッとしてれば良いにゃ」
しばらくすると、荷車の音が聞こえてきた。
続いてこの貨物車の扉がガラガラと音を立てると、乱暴に炭を入れたカゴや、薪が積み込まれる。
扉が閉まり、周囲が急に静かになった。
ピィー! と鋭い笛のような響きが聞こえてきたと思ったら、ガタン! と貨物車が動き出す。
ガタンガタンと言う音の間隔がどんどん短くなっていく。かなり速度が上がって来たのだろう。
「夜だからわかないけど、昼なら左手の尾根は禿山にゃ。切った後に苗木を植えないにゃ」
「どうなるんでしょうか?」
「獣も棲まない山になるにゃ。再び森を作るには時間が掛かるにゃ。場合によっては岩山になってしまうにゃ」
一方的な伐採と言うことなんだろうな。町に住んでいたころ聞いた話では、樵は大木を1本切ると、苗木を1本植えるらしい。それだけ山に木がなくなることを恐れていたのかもしれない。
町の中の停車場で停まった時にはちょっとびくびくしていたが、何事もなく蒸気機関車は出発した。蒸気機関車の直ぐ後ろに客車が何台か連結しているらしいから、乗降客があったのだろう。
不定期な運航らしいけど、長距離移動の手段はこれしかないからね。
2時間程乗っていると、周囲の景色が少し変わってきた。
今までは何もない荒野だったんだが、畑や人家が見える。満月を過ぎた辺りだから、結構遠くまで見通せる感じだな。
家並みが急に増えたと思ったら突然真っ暗になり、また見えるようになったのだが、板の隙間から見える光景がまるで違っている。
「王都の城壁の中にゃ。この辺りは下町だけど、あの川の向こうは明るいにゃ。あっちは金持ち連中が住んでるにゃ」
帝国にひいきされた連中、ということなんだろうか?
速度がゆっくりになって蒸気機関車が停車する。すると後ろに機関車がやって来た。
速度を緩めながら近付いてくると、最後にガシャリと大きな音がする。
「ここから別の蒸気機関車が丸太を運ぶにゃ。もう直ぐ到着にゃ」
リトネンさんの言葉に、ホッとすると同時に腹が減ってきた。
夕食の時間はとっくに過ぎてるからね。
俺のお腹が鳴る音に気が付いたリトネンさんが、呆れた顔をしているのが辛いところだ。
「もうちょっと待つにゃ。アジトに向かえばだいじょうぶにゃ」
アジト? その言葉を聞いて互いに顔を見合わせる。
「アジトがあるんですか?」
「反乱軍のアジトじゃないにゃ。昔この辺りを騒がしていたころのアジトにゃ」
再び俺達は顔を見合わせる。
それって、悪者のアジトじゃないのか?
「行けば分かるにゃ!」
ここまで来たからには、リトネンさんに従うしかないだろうな。
機関車の速度がだんだんと遅くなった。
どうやらこの貨車の終点と言うことらしい。
「まだ中にいるにゃ。朝までは安全にゃ」
暗がりにだんだん目が慣れてくると、月明かりに照らされた木材の集荷場の姿が見えてくる。
あちこちに巨木が横たわって積み重ねられている。
本当に、この国から木材を根こそぎにするんじゃないか、と思わないではいられない。
新兵器も大事だが、こっちの対応だって待ったなしに思えるんだけどなぁ。
「王都にも反乱軍がいるにゃ。あまり活動することがないのは、派手に動くと住民が巻き添えになるからにゃ」
俺の心を読まれた感じだけど、それなら仕方がないのかな……。
「たまに船火事起こすにゃ。おかげで集積場には木材が溜まる一方にゃ」
それでこんなにあるのか。でも船火事を起こすなんて難しいと思うんだけどねぇ。
どうやるのか教えてほしいところだけど、色々とやり方を研究してるんだろうな。変にまねをされることでそのやり方が分かってしまうと、活動が出来なくなるのかもしれない。
結構拠点ごとに、帝国軍に対しての妨害工作を考えているのかもしれないな。
「そろそろ出掛けるにゃ。まだ薄暗いけど、もう直ぐ夜が明けるにゃ」
貨物車の床の蓋を外して下に出る。最後に、荷物を適当に散らかして隠蔽工作もやっておくようだ。
蓋を締めたリトネンさんが俺達を先導する。丸太の山を縫うようにして向かった先にあったのは、排水路だった。
木材だから雨が降っても集荷場に水が溜まらないようにしているのだろう。
ほとんど俺の背丈ほどもあるU字溝が川の方に向かっている。
幸い雨は降っていないし、山で振っていた雪はこの辺りにはあまり降らなかったようだ。足元が乾いている。
U字溝に沿って歩いていると、今度は大きな排水路に出た。
少し下がっているし、天井は塞がれている。
ポケットからライトを取り出してリトネンさんがどんどん続いて行くと、遠くが明るいことに気が付いた。川の護岸に出るのかな?
はっきりと川面が見えてきた時だった。リトネンさんの姿が突然消えた。
「こっちにゃ! ここは少し湾曲してるから見えないにゃ」
分岐があったようだ。排水路の壁が崩れているところを見ると、ここは分岐ではないんじゃないかな?
さらに進むと階段があった。木箱を重ねたような代物だけど、上に向かって登っていける。
リトネンさんが登って周囲を見ていたけど、やおら蓋を開けて上に登っていった。
手で合図を俺達にしているから安全なんだろう。
ゆっくり上った先は、屈まないと歩けないような大きな部屋だった。
「上は廃墟ですか?」
「完全に崩れてるにゃ。壁がまだ残っていて危ないからこの上で野宿する者もいないにゃ。見通しはそれなりに良いから警邏隊も通り過ぎてしまうにゃ」
完全に泥棒のアジトってことじゃないか。
よくもリトネンさんが軍隊に入れた、と感心してしまう。
「ここならロウソクコンロを使ってもだいじょうぶにゃ。それに四方に風通しの穴が開いてるから見張るのも都合が良いにゃ」
四方には空いているけど、中心部には5m四方の壁がある。川の方向に穴が開いているだけだ。この中なら風も入ってこないし温かいんじゃないか?
とりあえずおお茶とスープを作る。
さすがにタバコは無理だろうな。ファイネルさんも飴玉で我慢しているようだ。
すっかり冷え切った体にスープの温かさが染み入る感じだ。
干し肉と乾燥野菜の即席スープだけど、美味しく頂ける。ビスケットをスープに浸すと良い味に変わるんだよなぁ。
腹ごしらえが終わったところで、お茶を頂く。
これからの予定をリトネンさんが話してくれたけど、夕暮れまではここにいるとのことだ。
新兵器を昼間堂々と見るわけにはいかないだろうからね。
夜に見れない場合は、そのまま粘るのかな?
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日が落ちる前に夕食を終えた。
たっぷり2食分のビスケットを食べたのは、今夜は長期戦になるということなのだろう。
「ここからはそれぞれの板を持って行くにゃ。そのままだと目立つから用意してある布に包んで背負うか手に持つにゃ。装備ベルトを付けて上着を着れば誰も気付かないにゃ。バッグはまとめてイオニア達のバッグに詰めるにゃ」
俺達のバッグは邪魔になるってことだな。
装備ベルトをセーターの上に付けると、その上にジャンパーを羽織る。
用意が出来たところで、テリーザさんにライトを持つように指示している。取り出したライトはリトネンさんと同じようにライトの前に色ガラスを移動することができる品だった。
「赤なら目立たないにゃ。使う時は手元を確かめる時だけにゃ。さあて、出掛けるにゃ。結構歩くことになるにゃ」
リトネンさんの後に付いて排水路に戻る。川面スレスレの護岸は1ユーデほどの横幅がある。そこを堂々と歩いて行くんだけど、5人なんだよねぇ。目立つと思うんだけど、誰も気に留めないようだ。
たまに向こうからやってくる同じような服装の人達に出会うと、リトネンさんが軽く手を上げる。
向こうも手を上げているからこの辺りの挨拶なんだろうか?
俺達もたまに手を上げて挨拶を交わしていると、上に上がる階段をリトネンさんが上がり始めた。
今度は大きな通りだ。たまに警邏の人達が立ち止まって俺達を見てるんだけど、不審に思わないのかな?
途中にあったベンチで腰を下ろして休憩していると、その訳をリトネンさんが教えてくれた。
「木材の集荷場だから木工職人が多いにゃ。凝った彫刻を依頼する貴族もいるから、誰も不審に思わないにゃ」
そういうことかと、通りを眺めると、俺達と同じように板を担いでいる連中がいた。中には3人で長いのを担いでいる。どんな作品なのか見てみたい気するが、そんな時間もないし知り合いもいないんだよなぁ。
「さて、一休み出来たかにゃ? 次は暗いからちゃんと付いてくるにゃ」
そのまま通りを歩いて行くと公園のような場所に出た。街灯の明かりを避けるようにリトネンさんが動くと、その姿が消える。
「こっちにゃ!」という声の方向に歩くと、細い道があった。
確かに前が良く見えない。かろうじてひょこひょこと動いているリトネンさんの尻尾が見えるだけだ。
付いて行くだけでやっとだ。周囲は暗がりで何も見えないんだよなぁ。
やがて前方が明るくなってきた。
また町中に出たのかと思っていたら林の中だった。
左手に低い尾根がある。明かりはその尾根の向こう側からだ。
尾根から少し離れた位置でリトネンさんが立ち止まり、姿勢を低くした。
慌てて俺達もそれに倣う。
ゆっくりとリトネンさんが下りたのは排水路に違いない。ここにも大きな排水路があるみたいだ。
皆が下りたのを確認したリトネンさんが、武器を取りだすように指示を下した。
「この排水路は演習場の林側に作られてるにゃ。ここからなら中に入れるにゃ」
「先ほどの尾根から監視した方が良いのでは?」
「こっちの方が近くから見られるにゃ。尾根には監視の目が向くけど、排水路が大きいのは余り知られていないにゃ」
それを知っているリトネンさんの存在が、俺にとっては不思議に思えるんだよなぁ。
布を解いて板を取り出し、2つに開いて愛用のゴブリンを取り出した。
板は、ここに置いておけば良いらしい。既に役目は終わったと言ってたけど、あの通りを通るために必要だったということなんだろうか?
「この先は2つに分かれてるにゃ。右手は私とリーディル、左手はファイネルにテリーザにゃ。分岐でイオニアは待機。何かあれば知らせてほしいにゃ」
「見つかった場合は発砲してもよろしいですね?」
「見回りは、2人1組にゃ。サプレッサーを付けていれば3発までは音がそれほどしないにゃ」
うんうんとイオニアさんが頷いている。監視兵が来たら撃ち殺す気でいるみたいだ。巡視の終了時間に帰ってこないと、不味いんじゃないか。




