J-191 対戦車砲を搭載してみよう
「要するに、対戦車砲並みの高速弾でプロペラシャフト、もしくはプロペラを狙うということか……」
アドレイ王国そして帝国の空中軍艦に対する攻撃方法を説明したんだけど、俺のとりとめもない話をファイネルさんが簡単に要約してくれた。
「言葉で言うのは簡単にゃ。だけど戦場でそれが出来るのかにゃ?」
ライネルさんの言葉に、全員の視線が俺に集まる。
「反乱軍で出来る男が1人だけいるな……。そうなると、前部銃座を改良する必要がありそうだ。対戦車砲は5人1組で運用しているが、それは砲の移動や砲弾の運搬もあるからだ。3発程度なら、飛空艇の大砲と同じ方法が取れるに違いない。ちょっと出かけて来るぞ!」
誰に言うわけでもなく一人で呟いていたファイネルさんが急に大声を上げて部屋を出て行った。
残された俺達はしばらく乱暴に閉じられた扉を見ていたけど、ため息を漏らしながらテーブルの上の空中軍艦の柄を眺める。
「何か閃いたなら、一直線だからなぁ。ファイネルもまだ子供と同じってことだな」
「彼女が出来たと聞きましたけど?」
「子供の心を今でも持っているところに曳かれたに違いない。良い嫁さんになるんじゃないか」
なるほど、子供の心を大事にしないといけないってことなんだろう?
それなら俺にだって、良い相手が出来るかもしれないな。
「しかし厄介な相手が出てきたことは間違いない。アドレイ王国であれば再び隠匿格納庫を破壊することも可能だろうが、帝国ともなるとそうもいかん」
アドレイ王国との同盟関係は、今後も続くんだろうか?
続くとしても、俺達が再び海を渡って帝国本国領に向かうことはないだろう。
そうなると、やはり最初の話に戻るんだよなぁ。
「リーディルは、銃弾をプロペラシャフトに当てる自信があるのか?」
確認するように、俺の顔を見つめるとイオニアさんが呟くような小声で問いかけて来た。
「ヒドラⅡなら300ユーデ程に近づけば可能だと思っています。あの巨体ですからね。プロペラシャフトの太さは3イルム以上はあるはずです。頭部狙撃時とそれほど変わりません。それともう一か所、この船尾の舵もねらい目ですよ。左右に2つあるというのは1つでは動きが緩慢になるからだと思っています。この舵を動かすのは油圧でしょうけど、そのリンク機構を破壊すれば翼に取り付けたプロペラの動きでしか進路を定めることが出来なくなるはずです」
「破壊は無理だが制御不能には出来るということか……。アドレイ王国と帝国の空中軍艦が対峙した時に、片方の空中軍艦を攻撃すればその後はどちらかの空中軍艦が優位に立てることになる。止めを刺すことは出来ずとも結果的には片方の空中軍艦を落とせるかもしれんな」
かなり希望が入るんだけど、そうなればありがたいな。
問題は正確にプロペラシャフトを狙撃できるかということになる。
前部銃座のヒドラⅡは、銃弾の口径が1イルム半だ。5発の連射ができるんだが、あれでは威力不足だろうなぁ。
「あにゃ? 皆揃ってるにゃ。しばらく作戦は無いにゃ。のんびりすれば良いにゃ」
部屋に入ってくるなり、リトネンさんが俺達に休養を続けるように言ってくれたけど、リトネンさんがやって来たということはもうすぐお昼ということになるんだろう。
「例の空中軍艦対策を皆で考えていたんだ。どう考えても帝国はそれ以上の軍艦を持ち出してくるはずだからな」
「あれにゃ! クラウスも気にしていたにゃ。とりあえずしばらく出撃することはないだろうと言っていたにゃ。私らで対処できるとも思えないから、落とすように言われたら断るにゃ」
リトネンさんの言葉に俺達が顔を見合わせる。
そんな考えはしなかったな。だけど断れるんだろうか?
「クラウスの事だから、きっと私達に厳命してくるわよ。断ることは出来ないと思うんだけど……」
「あの船殻を撃ち抜ける大砲があるとも思えないにゃ。あったとしても飛空艇に搭載出来ないにゃ。爆弾1発では上部甲板とその下の甲板を破壊できる位にゃ。あの大きな爆弾を3つほど搭載して、同じ場所に落とすような器用な動きをファイネルに期待するのも酷な話にゃ」
確かにその手もあるんだよなぁ。
どれぐらい難しいか、後でファイネルさんに聞いてみよう。
「方法は異なるけど、リーディルとファイネルは諦めていないわよ。ここが弱点だと気づいたところで、ファイネルが飛び出してったの」
エミルさんがテーブルの上の絵を指差しながらリトネンさんに説明している。
ふんふんと呟きながら熱心に聞いているところを見ると、食指が動いてる感じがするんだよなぁ。
しばらく続きそうだから、火のついていない薪ストーブ傍のベンチに腰を下ろして一服を楽しむことにした。
うとうとしていた俺の肩を叩いて起こしてくれたのは、ミザリーだった。
どうやら皆で昼食を取ろうということになったらしい。母さんのところでアドレイ王国の暗号解読を手伝っていたのだろう。
昼食は母さん達と一緒ではなく、俺達と一緒に取ることにしたらしい。
野菜スープにバター付きのパン。それに干し杏が数個という昼食だけど、あたたかなスープが飲めるだけ前線の兵士よりは好待遇ということになるんだろう。
戦時も良いところだからね。贅沢は言っていられないんだよなぁ。
「ファイネルさんも昼食には戻ると思ったんですけど……」
「この拠点にいるなら問題ないにゃ。何かあれば放送で呼び出すにゃ」
それも考えてしまうなぁ。
だけど、あの話をしたところで飛び出して行ったところを見ると、前部銃座に大砲を据え付ける感じに思えてならないんだけどねぇ……。
ファイネルさんが戻ってきたのは、俺達が部屋に戻って銃の手入れをしている時だった。
ニコニコと笑みを浮かべているところを見ると、上手くいったってことかな?
「彼女が頷いてくれたのか? だいぶ嬉しそうだが」
「将来はと思ってるが、向こうにだって都合はあるだろうからなぁ……。いや、そうじゃなくて、例の話だ」
顔を赤くして呟いていたけど、急に両手をぶんぶん振りながら花すぃを変えているんだよなぁ。イオニアさんも人が悪いと思ってしまうけど、それなりに進展を期待しているみたいだ。
「出来るのかにゃ?」
「なんの話にゃ?」
ライネルさんの問いに、リトネンさんが首を傾げる。
リトネンさんがいない時の話だからね。だけどイオニアさんから昼食前に聞いたんじゃなかったか?
「飛空艇の前部銃座を撤去して、そこに2イルム対戦車砲を取り着ける。砲弾の重さは5割増し、弾速はヒドラⅡよりも高速だ。標準装甲版2イルムを貫通する。さすがに3イルムは無理らしいが30ユーデ先の3イルム装甲を持つ蒸気戦車をとん挫させた実績もあるらしい」
「狙撃銃並みに使えるということですか?」
「そういうことだ。対戦車砲の砲手は普段から狙撃練習をしていると教えてくれたよ」
テーブルに着くと、簡単な絵を描いてどんな形に取り付けるかを説明してくれた。
大きさは現在のヒドラⅡよりかなり大きいが、1人で操作することが出来るらしい。
課題は砲の操作角が狭いこと、連続発射可能な砲弾が3発だということだ。
「上下左右に10度しか砲身を動かせん。これは我慢するしかないな。砲弾は3発だが、足元に砲弾箱を置けば一撃離脱の際に砲弾の補給は可能だろう」
「現在のヒドラⅡより操作角が狭くなるということは、一直線に突っ込んでいくしかありませんよ」
「飛空艇の装甲版なら銃弾を受けても問題は無いぞ。さすがに大砲の直撃は受けたくないが、その場で爆発なんてことにはならないはずだ」
空中軍艦の船殻ではなく、そこから突き出したプロペラシャフトなら攻撃時の突入角度が少し変わるには違いないが、それほど変わらないと思うんだけどなぁ……。
「飛空艇の下部の設けた大砲の装薬をもう少し増やせるらしい。もっとも1割程度になるということだが、それで弾速を上げることが出来そうだ」
「貫通力が上がるということか?」
「そうだ。さすがに空中軍艦の下部、側面は二重装甲を採用しているだろうが、上部甲板やブリッジはそうではないだろう。狙う場所が限定されてはいるが攻撃できないことはない」
攻撃は出来るけど、それによって大破させることは難しそうだ。
やはり空中軍艦同士の戦い時に介入して、片方の空中軍艦を落としてもらうことになるのかな?
「面白そうにゃ。帝国にはこの勲章のお返しをしてないにゃ」
リトネンさんが胸に着けた勲章を、指でパチンと弾きながら呟いた。
全く困ったお姉さんだよなぁ。
エミリさんが、そんなリトネンさんを見て苦笑いを浮かべている。
「上手くいけば手負いの獣にゃ。最後までし止めるのが本来の狩りになるけど、相手が頑丈で大きすぎるにゃ。それなら最強同士で決着を付けさせた方が面白いにゃ」
「そうなるよなぁ……。やはり俺達で落とすのは無理があり過ぎる」
「どちらの空中軍艦も落ちてくれれば都合が良いんだけど、そうもいかないでしょうね。アドレイ王国の隠匿格納庫の攻撃と同じことをするしかないんじゃないかしら」
「次は対空砲をたくさん並べると思いますよ。簡単に近付けなくなるんじゃないですか?」
俺の言葉に、リトネンさんまで腕を組んで考えている。
前回は隠匿格納庫の西側だけだったけど、次は4方向に陣を構えているだろう。場合によっては二重に作られているかもしれない。地上に降りた空中軍艦は爆弾の良い目標になるからなぁ。
「作戦はクラウスに任せるしかないにゃ。その指令を受けて出来ることをすれば十分にゃ。まだまだ戦は続くにゃ。死に急ぐようなことはさせないにゃ」
初めて聞く人なら感銘を受けるんだろうけど、リトネンさんのこれまでの行動は俺達が一番良く知っている。
話を聞いて、全員がため息を漏らしたぐらいだからなぁ。




