J-021 16歳は大人の仲間入り
寒さと戦いながら9日間歩いて、どうにか拠点の戻ることができた。
クラウスさんにリトネンさんが報告を行い、1日の休暇を貰う。
俺とファイネルさんは着替えを持ってシャワー室に向かい、イオニアさんは燻製の残りを持って食堂に向かった。
すっかり冷え切った体に熱いシャワーが心地よい。
この後は、皆で早めの夕食を取ってベッドに入るだけだ。
「ちょっと付き合えよ」
着替えをまとめてファイネルさんの後に付いていくと、食堂を通り過ぎて通路を奥に進んでいく。
扉を開けた途端、タバコの煙が鼻を付く。
「ここは、バーなんだ。リーディルも今年で16歳なんだろう? 16才なら成人だからな。ここに来ても文句は言われないし、友人もできるぞ」
俺達の前にやって来た化粧の濃いお姉さんが俺に目を向ける。思わず首をすくめていると、笑みを浮かべてファイネルさんに話しを始めた。
「可愛い坊やを連れてきたわね。両親に怒られるわよ?」
「俺達の部隊のエースさ。リーディルっていうんだが、リーディルの目からは誰も逃れられないからね、東の攻略部隊の指揮官を2人続けて葬ってくれた。帝国の計画は白紙に戻るんじゃないかな?」
くるりと俺達に背を向けたお姉さんが磨きあげたグラスを俺達の前に置いた。
片方には琥珀色の酒が注がれ、俺の前のグラスには泡の立つ酒が注がれる。最後にお姉さんの前のグラスにも琥珀色の酒を注ぐと、店内に向かって大声を上げた。
「聞いて! 新しい総指揮官もこの世を去ったらしいわよ。ファイネル達に乾杯しましょう!」
「何だと! 俺が葬ってやろうと思ってたのに先を越されたのか」
「お前さんじゃ、返り討ちだな。俺の部隊なら……」
「俺達の拠点でやったことには変わらんだろう! 乾杯だ!!」
一気ににぎやかになって「乾杯!」の大声がしばらく続く。
「クラウスが良い兵士が入ってくれたと言ってたのは、この坊やの事ね?」
「そういうことだ。トリティが可愛がってるから、虫は付かんだろうけどね」
「たまにいらっしゃい。そして、今日はそれを飲んで帰るのよ」
子供扱いされてしまった。
まだこんな場所に来るのは早いってことなんだろう。
母さんとミザリーには黙っておこう。こんな場所に来たことが分かると怒られそうだからね。
早々に退散して汚れた衣服を部屋に置くと、食堂に向かった。
既にリトネンさん達がテーブルに付いている。一緒にいるのはクラウスさんじゃないか? ここで状況を再度確認するのだろうか。
「遅かったにゃ。ファイネルは一緒じゃなかったのかにゃ?」
「隣で飲んでます。1杯ご馳走になってからここに来たんです」
「あんまり飲むなよ。俺が怒られそうだからな。状況はリトネンから聞いたが、作戦通りと言うことになる。雪は気の毒だったが、考えようによってはありがたかったかもしれんな」
「これで東の攻略は頓挫と言うことなのでしょうか?」
「そうも、いくまい。向こうにだって面子がある。征服地で軍の指揮官が2人も同じ年で失うとなれば由々しき事態になるはずだ。帝国内の貴族の勢力が変化することも考えられる。
旧海軍の連中も動き始めるようだ。冬季は旧海軍の連中の活躍に期待することになるだろう。
ところで、2人を預けるぞ。トラ族と犬族、どちらも女性だ」
リトネンさんが溜息を漏らしている。
俺だけでも大変なのに、また荷物が増えたと感じてるのかな?
「トラ族の方は元分隊を率いたが、腕に銃弾を受けてゴブリンを持つのがどうにかだ。フェンリルなら問題あるまい。犬族の方は元偵察部隊に所属していた兵士だが、逃走中に背中を撃たれて1年以上ベッドから動けなかったらしい。今は普通に動けると言っている」
「とりあえず使ってみるにゃ。でもダメな時は返すにゃ」
「ああ、それで良い」
トリティさんの頭をポン! と軽く叩いてクラウスさんは離れて行った。
「一応、増員と言うことになるんでしょうね?」
「イオニアぐらいの能力があれば良いにゃ。ダメなら2人で後方監視にゃ」
俺としては、増えた方が心強いと思うんだけどなぁ。
用兵はリトネンさん任せだから、仲間が増えたと思えば良いだろう。
ファイネルさんが来ないから、2人で夕食を取る。
食後にワインで、無事を祝って乾杯する。
まだ終業の時間ではないから、母さん達は帰ってこないようだ。汚れ物をカゴに入れて、疲れた体をベッドに投げ出す。
地下だから地上より何倍も温かい。
明日の朝食は母さん達と一緒に取れるはずだ。体の奥からやってくる睡魔に身を任せて目を閉じた。
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通路を走る鐘の音で目が覚める。
かなり寝た気がするな。体を起こして大きく伸びをしたところでベッドを抜け出した。衣服を整えてリビングに行くと、母さん達が俺に目を向ける。
「もっと寝てたら良いのに。今日はお休みなんでしょう?」
「夕食を早めに食べて寝ちゃったからだよ。あんまり寝ていると、朝食を食べそこなってしまうよ」
「出掛ける前にお茶にしましょう。でもその前に、顔を洗っていらっしゃい」
タオルを首に掛けて、共同の洗面所に向かう。蛇口をひねって出てくる水は、想像したよりも温かく感じる。
地下水を汲み上げてるのかもしれないな。
顏を洗って部屋に戻ると、テーブルに俺のカップが乗せられていた。
ミザリーがお茶を注いでくれたから、少し冷めるのを待つことにしよう。
「クラウスから、無事に帰ったと聞いてほっとしたわ。同行したドワーフ族と4日も到着が遅れるんですもの」
「蒸気機関車を転覆させるのが彼等の役目だったからね。その後に俺達の仕事があったんだ。逃走ルートも異なるし、体力がそもそも違ってる」
途中で鹿を倒して食べたことを話してあげたら、近くで狩りをするようミザリーから頼まれてしまった。
たまにたっぷりと肉を食べたいんだろうな。とりあえず頷いておいた。
「16歳の誕生日を祝って上げられなかったわね。これが母さんからよ。父さんが使ってたものだけど、貴方が成人した時に渡すんだといつも言ってたの」
薄い紙包だ。開いてみると、黒ずんだシガレットケースが出てきた。
「まだ、タバコは吸わないんだけど……。ありがとう、貰っておくよ」
「私はこれにしたの。我が家の守り神だと母さんが教えてくれたのよ」
鷹の頭を彫りこんだ銀の指輪だった。
これならいつもしていられそうだ。右手の薬指に差してみると、すっぽりと納まった。俺の指のサイズなんて、俺ですら分からないんだけどなぁ。
「目立たないと思ってたけど、やはり光るわね。夏でも手袋をした方が良いわ。さすがに、手の甲と指先は切った方が良いんでしょうけど……。私が作ってあげましょう」
ミザリーの頭を撫でると、嫌がる素振りをする。既に少女としての自覚が出来てしまったのだろう。だけど俺にとっては何時までも小さな妹のままだ。
3人で朝食を終えると、売店を覗いてみる。
たまにドワーフ族の人達が手作り品を出品しているから、見てるだけでもおもしろい。
「あら? リーディルじゃない。今日は生憎と無いわよ。凝ったものがその内見られると思うわ」
「そうですか……。残念です。それじゃあ、タバコを1箱頂けませんか?」
ん? と言う感じでお姉さんが首を傾げた。
やはりまだ早いよなぁ。だけどせっかく貰ったんだから入れときたい気がする。
「タバコを吸うのはさすがに早いと思うけど?」
「これを貰ったんで、何本か入れとこうかと……」
ポケットからシガレットケースを取り出して見せると、お姉さんがヒョイッと手にしてしげしげと眺めている。
「ずっと使ってなかったみたいね。品はとても良いものよ。ちょっと待ってね」
手に持たまま、奥に消えたかと思ったら、直ぐに戻ってきた。
「5本あれば、開けても見栄えがするわ。私からのプレゼントよ」
お姉さんがタバコを吸うとは思わなかったな。
ちょっと細めのタバコが中に入ると、なるほど見栄えがする。ありがとうと礼を言ってポケットに納めた。
「ところで、バルツ・バウエルとあるんだけど……」
「父さんの遺品なんです。16歳の日に渡すように言われたと、母さんが言ってました」
「鷹の目は遺伝なんでしょうね。頑張るのよ」
売店のお姉さんも父さんに会ったことがあるんだろうか?
じっと俺の事を見てるんだよなぁ。
軽く頭を下げて、小隊の部屋へと足を運ぶ。
村を通り過ぎようとして、外套を着てこなかったことに気が付いたが、このまま走って行こう。
小隊の部屋は何時もストーブが焚かれているから、暖かに過ごせるはずだ。
村を横切るだけなのにすっかり体が冷えてしまった。
急いで小隊の部屋に入りストーブの傍に行こうとしたら、リトネンさんが何時ものテーブルで2人の女性の相手をしていた。
「リーディルにゃ! 今日は休みにゃ」
「部屋ですることもありませんから、こっちに来たんです。ここなら昼食が食べられますからね」
「丁度良いにゃ。お茶を持ってこっちに来るにゃ」
来たのは失敗だったかな。
とりあえずストーブの傍で体を温めながらカップ4つをトレイに乗せると、ストーブの上のポットからお茶を注ぐ。
テーブルに運んで3人の前にお茶のカップを置くと、空いている席に座って最後のカップを手に取った。
「彼がリーディルにゃ。もう1人、犬族のファイネルと一緒にゴブリンを使うにゃ」
2人が俺に軽く頭を下げると、リトネンさんに顔を向けた。
「まだ少年に見えます。それにゴブリンを持たせるよりは、このフェンリルを持たせた方が良いのでは?」
「リーディルはゴブリンでだいじょうぶにゃ。リーディルを守るのが私達の仕事にゃ」
リトネンさんの言葉に、2人が俺を蔑むような顔で見るんだよなぁ。
確かにそんな感じもするから、反論が出来ないんだけど……。
「大尉の御子息? それとも……」
「元は猟師にゃ。だけど、凄腕の狙撃手にゃ。たぶん反乱軍で一番にゃ」
今度は、ちょっと表情が変化した。
少し評価してくれたようだけど、ちょっと疑っているようにも思える。
そりゃぁ、反乱軍一番なんて言い方をすればそうなるよなぁ。俺は今でも、たまたま運が良かっただけだと思ってるぐらいだからね。
 




