★ 32 帝国の闇 【 使えぬ貴族の始末 】
「やはり文官貴族は使い物にならんか……。数百人の中で15人だとはなぁ」
「一代貴族の準爵が13人、永代貴族が2人でした。領地持ちの貴族は1人もおりません」
「想定していた通りというか、酷いものだな。領地持ちについては特に問題はあるまい。それなりの収入があるのだからな。問題は土地を持たぬ永代貴族だ。彼らの仕事を考えてやらねばならん」
能力がないにも関わらず、やたらと気位が高いと来ている。そんな連中に務まる仕事があるのだろうか?
「葡萄農園を作らせてはどうでしょうか? 南の荒地は広大ですが、線路が引かれています。植えて数年で収穫が出来そうですから、収穫に目途が立った頃に給付金を停止できそうです」
「なるほど……。将来はワインの醸造所があちこちにできそうだ。家族と家人を合わせれば20人近くになるだろう。だが、それでも100家族程だろうな。残りも考えねばならん。メリンダの方で少し考えてくれんか。さすがに元貴族を帝都に残すのは危険だろう」
不満を1人で嘆くなら問題は無いのだが、群れると何を始めるか分からないのが文官貴族達だ。
なるべく離しておきたいところだな。
メリンダが執務室を下がったところで、メグの報告書を取り出した。
こちらは商会ギルドとの打ち合わせ結果を基に、流通組織の改編に関わるものだ。
現在帝国が行っている鉄道管理の一部を商会ギルドに任せるものだが、軍事利用もあるから全てをゆだねることが出来ないのが問題ではある。
帝国軍の兵站部局と商会ギルドが、鉄道輸送及び鉄道に関わる管理運営を行うことで合意が出来たようだ。
互いに5人ずつ役員を出して帝国内の物流を統括することになる。将来は船舶もこの中に取り入れることになるだろう。
新たな線路計画も流通管理機構に任せると言った時のギルドの役員たちの驚き様といったら……、今思い出しても笑ってしまう。
後は彼らの好きに行わせればよい。貨物料金設定や運行する車列構成も彼らの自由だ。唯一注文を付けたのは、帝国民の運賃については低額にすること。利用者の少ない路線を廃止する際には統括する部署に申請し、元老院の許可を得ることの2つを守って貰うことにした。
帝国民であっても、帝都と寒村では住民の収入に差が出るのは仕方のないことだ。新たな村が出来ても、ある程度発展すると停滞が起こってしまう。
若者が町や都市に流れていくためだ。住民の収入格差が小さくなれば、ある程度防止することが出来そうに思えるが直ぐに格差を小さくすることは出来そうにもない。
寒村から町や都市部に出稼ぎに行く者達が多いと聞いたことがある。格差是正を自らが行っているようなものだ。その流れは継続させてあげたいからなぁ。
「病院や薬局も、ある程度組織化するべきかもしれんな。ギルドにはなるまいが、学院との繋がりを持たせることで可能かもしれん」
暖炉の傍で独り言を言うようになった自分に、苦笑いを浮かべる。
歳を取ったということかもしれん。だが、まだ隠居するには早すぎる。少なくとも新たな帝国が動き出して一人歩きをするまでは何としても頑張らねばなるまい。
トントンと小さく扉が叩かれた。
「失礼します!」と言って入って来た若い事務員がケイランド卿を伴って入って来た。
暖炉傍のソファーに座るよう声を掛け、事務員にワインを頼む。
「たまに元気な姿を見ておきたくてな」
「激務というわけでもない。皆が頑張ってくれているよ。それにかなり仕上がって来たことは確かだ。そろそろ新たな帝国の誕生を帝国全土に知らせる時期を考えなくてはならんぞ」
笑みを浮かべて頷いているところを見ると、どうやらその相談ということに違いない。
卿は軍部を束ねるとともに、戒厳令下の軍政の最高指揮官でもある。私のところにやって来たのは、激務の合間を縫っての気晴らしでもあるのだろうが……。
「今年中に出来ないか? さすがに戒厳令を長く続けると市民生活に影響が出るだろう。表立って軍を批判することは今のところはないようだが、声が大きくなる前に何とかしたいところだ」
内調の結果ということか。表だっての批判は無くとも、それなりの不満が募っているということになるのだろう。さすがに徒党を組むような事態が起きない前になんとかせねばなるまい。それを防ぐには……。
「現時点で8割方は形になっている。今年中に戒厳令の解除は出来そうだが、その時期となると……。やはり、誰もが知っている日付ということが一番だろうな」
「初代皇帝の即位日ということか? 半年後になるが……、確かにそれなら問題なさそうだ。戒厳令の解除と新たな統治について夏の終わりを告げても良いだろうか?」
「2度に分けるということだな。となると、2度目は初夏ということか。さすがに2度目の告示では新帝国の概要と発足日を明確にせねばならんぞ」
私の言葉にケイランド卿が笑みを浮かべて「出来るだろう?」とつぶやいた。
私が小さく頷くと、さらに笑みを深めて私のグラスにワインを注いでくれる。
「これで、少しは肩の荷が軽くなる。卿の方には大きな問題が出ているのか?」
さすがに幼馴染だけのことはある。どうやら顔に出ていたようだ。
「文官貴族達の処遇だ。貴族制度を廃止することを告げて、彼らの能力を評価してみたのだが……。全く使い物にならん。開拓者になれば少しは生活できるかと思っていたのだが、何せ数が多すぎる。そのままにしておくとろくなことにならんと思ってな」
「開拓者として使えそうな連中と、そうでない者を分けてくれれば、私の方で少しは協力できるかもしれんぞ。そんな連中を帝国に飼っておくと何れは帝国の害になる。放逐先は例の王国と東の大陸が使えそうだ」
追い出すということか……。新たな王国の国王は帝国の貴族だ。今でも援助要請をしてくるから援助金と一緒に貴族を送ることは可能だろう。
だが、東の大陸となると……。占領地の経営をさせるということか?
「占領地の反発を食らうのではないか?」
「このまま戦を続けるのは下策だろう。東の大陸については我が帝国の侵出がいつでも可能なように確固たる帝国の飛び地を確保すれば十分に思える。新たな帝国の国力が満ちた時点で、再度大規模な侵攻を行えば良いと考えている」
「一方的な停戦状態ということか?」
「敵対王国が応ずるなら文書を交わしても構わないと思っている。最低3年でどうだ?」
願ってもないことではあるが、相手側が応じるだろうか?
だが現在の状況を聞くと戦線は膠着状態に近いらしい。状況を変えるなら大規模な戦力の投入が必要だろう。
「今は戦力を貯める時……。そういうことだな?」
「そうだ。それにアドレイ王国は東の大陸の覇権を望んでいるらしいぞ。国王が変わった途端に反攻が激しくなったようだ。アドレイ王国の王都や工房への爆撃を何度か繰り返してどうにか小康状態に戻してはいるが、偵察飛行船による調査では、次々と工房を建設しているらしい」
「場合によっては、大規模な帝国本土への侵攻も考えねばならないと?」
「さすがにそれには時間が掛るだろうし、それだけの戦力を得るには国土が小さい。その為の覇権ということだろうな。アドレイ王国と同盟関係を結んでいる勢力を取り込もうとしているようだが、我等が手を緩めた途端に実力行使が始まると考えている」
確固たる拠点の確保だけで十分なわけだな。
我等は見守っているだけで勝手に消耗してくれそうだ。
「東に派遣する貴族は捨て駒ということか。あまり露骨な対処では後に問題になりそうではあるが……」
「さすがに前線近くには送らんよ。大陸北部なそれほど問題はあるまい。軍の拠点も作る以上、彼らも少しは安心できるだろう。そんな地域だから治安部隊はあまりいないのだがな」
善政を敷くならそれなりに暮らせそうだが、占領地であるとの思いで住民を虐げれば直ぐに反乱が起きそうだ。慌てて治安部隊を要請しても治安部隊が到着するころにはその報いを受けているということになるのだろう。
交代する貴族はいくらでもいる。前任者の不手際ということを告げれば、我先に次の任官に応じてくれるというわけか。
「一応、彼らにチャンスを与えたことになるわけだな」
「そういうことだ。貴族という立場を十分に理解しているなら、それなりにやっていけるだろうし、それができる人物なら帝国領に戻して別の任を与えることも出来るだろう。案外手腕を発揮する貴族がいるやもしれん。それは評価すべきだろうな」
貴族達の選考はある意味書類審査でもある。書類では分らない能力もあるということなんだろう。
新たな帝国は人材不足でもある。そんな人物であるならいくらでも仕事を与えられそうだ。
「卿の弾いた文官貴族のリストを送って欲しい。私の方で直ぐにでも対処しよう」
「助かる。卿が来る前はそれで悩んでいたところだからな。これで一番大きな悩みが無くなったよ」
次に考えなくてはならないのが私兵達の処遇だ。私兵の希望によっては軍に組み入れるということだが、残った私兵が問題だ。
治安維持は元兵士達の組織が担当することになっているが、徒党を組んでの無頼者になりかねない。
「大陸の南に大河があるのは知っているだろう?」
「唐突だな。確かオルデニア河だったと思うが……」
「兵士に出来ぬような私兵をそのままには出来ん。オルデニア河の上流部は金鉱山に銀鉱山がある。誰も試しておらんが砂金が取れると噂を流すつもりだ」
私の言葉に卿が笑みを浮かべる。
「私兵だけとはいかぬかもしれんな。あの地は鉄道すらないぞ。行くとすれば、荷馬車を使って食料を運ばねばなるまい。軍の中古品を安く放出してみるか。昔は荷馬車を多用していたが、今では蒸気自走車もあるし、内燃機関を搭載した自走車も出てきている。とはいえ、また使う機会もあるだろうと古い倉庫に山積み状態だ」
卿の話に、今度は私が笑みを浮かべる番になった。
都合が良いことこの上無い。
そうなると、なるべく早くに噂を流した方が良さそうだな。




