J-181 ちょっとした嫌がらせ
飛空艇は、夕焼け空を南南東に低空で進んでいる。
尾根に広がる森の上空すれすれを飛ぶから、何時高い木にぶつかるかとひやひやしながら銃座に座っている。
たまに後ろを振り返るとファイネルさんが笑みを浮かべて頷いてくれるから、わざとやってるんじゃないかと思ってしまう。
「どうした? 低空だが十分に高さは確保しているつもりなんだが」
「そう言われても……」
「案外気が弱いにゃ。でも気にすることはないにゃ。良い狙撃兵は臆病で心配性が一番にゃ」
そんな人なら兵士になれないんじゃないかな?
とはいえ、無頓着過ぎてもねぇ……やはり兵種によって要求される性格というのがあるのかもしれないな。
「リーデルはそのままで十分よ。課題もあるようだけど、それは私達が補えば良いんだからね。とはいえリトネン。この方向では前線にかなり遠回りになると思うんだけど?」
「王女様に頼まれたにゃ。ちょっと遠回りだけど、届け物があるにゃ」
思わず後ろを振り返ってファイネルさんに顔を向けたんだけど、ファイネルさんも何のことかわからずに首を傾げているんだよなぁ。
なんだろう? 飛空艇に搭乗する時に小さなバッグを持ち込んでいたけど、あれってお菓子じゃなかったのかな?
アドレイ王国の政変によって王宮から追い出された連中へのささやかな補給物資ということなんだろうか?
「このまま進めばアドレイ王国の王都になるんだが……」
「用向きは王宮にゃ。王宮の上空を通過したら真直ぐに前線に向かうにゃ」
まさか、とは思うけど……。爆弾を落とすってことか?
それにしてはリトネンさんが両手で持てるぐらいなんだよなぁ。それほど威力があるようには思えないんだが……。
飛空艇は主機の回転数を上げているらしい。巡航速度ではあるけれど、これって高速巡航に違いない。
いつしか下の森から少し高度を上げたようだから、たまに尾根を越える際に少し高度が上がるぐらいの高さで進んでいる。地上200ユーデというところだろう。
今夜は新月だから、星明りの中を進んでいる。
出発時よりは下が見えにくくなっているから、なんとなく安心感が出てきた。
あまり地上ぎりぎりで飛ぶのは止めて欲しいんだけどなぁ……。
「前方に光が広がっています。王都でしょうか?」
「間違いない。リトネン、高度はこのままで良いのか?」
「200ユーデで王宮を飛び越えて欲しいにゃ。速度はこのままで十分にゃ。イオニア、ちょっと頼まれて欲しいにゃ」
ブリッジ後方のベンチで待機していたイオニアさんが席を立つ音が聞こえて来た。
2人で何やら相談しているようだけど、俺達には聞こえてこないんだよなぁ。
「了解です。それでは準備します!」
「後はイオニアに任せるにゃ。ちょっとした返礼にゃ。私達の分も入れといて欲しいにゃ」
返礼ねぇ……。となると、手榴弾でも落とすのかな?
特製の手榴弾ならもう少し高度を上げたほうが良いのだろうが、200ユーデなら通常の手榴弾ということになるのだろう。
確かにリトネンさんが好みそうだ。アドレイ王国に対するちょっとした嫌がらせに違いない。
前方にぼうっとした明りがどんどん広がっていく。やがて建物の形が分かりかけてきたころに、操縦席のブザーが鳴った。
「了解した。伝えておく! …リトネン。イオニアの準備ができたそうだ。このまま王宮上空を飛べば良いんだな?」
「それで良いにゃ。王宮を飛び越えたら、真直ぐ前線にゃ」
「進路330で進めば良いわ。時刻は20時だから、この速度なら到着は0時前になるはずよ」
「了解。それで、例の品は?」
「先ずは王宮を移してみるつもり。準備は出来てるわよ」
例のピクトグラフを使ってみるのかな?
攻撃後の様子は分らないけど、次にやって来た時に撮影してみれば被害規模が分かるかもしれない。
ちゃんと映れば良いんだけどね。
エミルさんが座席のすぐ下に移動してきた。
いよいよだな。前方に立派な城が見えてきた。あれが王宮なのだろう。
王宮を通過している途中、後方から閃光が走る。やはり手榴弾を落としたんだろう。炸裂弾と焼夷弾を混ぜて落としているようだ。
飛空艇の進路が変わり、イオニアさんがブリッジに戻ってくる。
「手榴弾10個を投下。その内3個は飛空艇に常備した大型手榴弾を混ぜたぞ」
「了解にゃ。また来たときにも同じように落とすにゃ。王宮は今頃大騒ぎにゃ」
大騒ぎだろうけど、その原因を探るのは難しいだろう。
それに、帝国なら爆弾を使うはずだ。手榴弾となれば王宮内に潜んだ反乱分子を疑うんじゃないかな?
その疑惑を持たせるために、あえて手榴弾を使ったのかもしれないけど、それにしては落とし過ぎにも思えるなぁ。
2、3個で済ませたほうが良かったかもしれない。
「次は自走砲だな。攻撃は爆弾を落とすだけか?」
「砲撃しても良いにゃ。リーデルも頑張るにゃ」
「自走砲はゴブリンでは装甲版を貫けないんですよね?」
「最低でも1イルム口径の銃弾でないとダメにゃ。ヒドラⅡの炸裂弾なら貫けるにゃ」
「舷側のヒドラを使っても何とかなりそうだな。私も参加しよう!」
爆弾が7発に砲撃と銃撃か……。上手く行けば4両以上破壊できそうだ。
前線の砲火が少しは減るんじゃないかな。
ファイネルさんが休憩に誘ってくれたので、銃座を下りる。
リトネンさんが直ぐに銃座に上がってくれたから、監視は問題ないだろう。
後方監視はライネルさんが行ってくれているけど、高速巡航で進むなら飛行船や空中軍艦が後方から迫ってくるようなことにはならないはずだ。
いつものように給湯室でカップにコーヒーを注いで倉庫に向かう。
壁から椅子を倒さずとも、3つ程木箱があるからそれに腰を下ろす。木箱の1つにカップを置いて、灰皿代わりのブリキの箱を取り出した。蓋が付いているから倉庫を去る前に蓋をしておけば転がっても中の吸い殻や灰が飛び散ることも無い。
「次はいよいよ砲撃ですね。爆撃の後に行うんでしょう?」
「地上500ユーデで爆撃し、反転攻撃で砲撃だ。少し距離が遠いが、ヒドラⅡなら自走砲の上部装甲を貫通するだろう。試してみたらどうだ?」
笑みを浮かべたファイネルさんが身を乗り出して俺の方をポンと叩く。
反転攻撃は1度だけだろう。本当の狙いは蒸機人だからなぁ。
腕が落ちていないことを自分で確かめるなら、自走砲の上部に着いたハッチを目標に狙ってみるのもおもしろそうだ。
自走砲のどこを狙うか2人で話し込んでいると、コーヒーカップを片手にイオニアさんがやって来た。
コーヒーカップを木箱に置くと、壁に折りたたまれた椅子を起こして濾しを下ろす。
「王宮には10個落としたぞ。扉から身を乗り出して屋根の一部が燃え出したことを確認した」
「あの大きな手榴弾だからなぁ。焼夷手榴弾の効果範囲も広いはずだ」
「とはいえ王宮が火事になるとも思えん。屋根は銅板のはずだ」
ちょっとした騒ぎで終わってしまうということなのかな?
まぁ、それだとしても攻撃手段が手榴弾だからなぁ。やはり王宮内の犯人捜しが始まるに違いない。
「次自走砲だ。上部装甲は1イルムも無いだろう。このヒドラを使ってみるつもりだ」
「リーディルも上手くやれよ。それだけ前線の連中が助かるんだからな」
「高速巡航で上空を飛ぶんでしょう? 3発は撃ち込みたいですね」
そうなると、炸裂弾の方が良いかもしれないな。
リトネンさんに確認してみるか。
もう1本タバコを楽しんだところでブリッジに戻る。今度はミザリー達が休憩をする番だ。
リトネンさんがブリッジから出る前に、自走砲の叩き方を確認すると、高速巡航で爆弾を投下して直ぐに蒸機人を倒しに向かうと教えてくれた。
ブリッジに残ったのは俺達3人だけだから、ファイネルさんに振り返って先ほどのリトネンさんの話を教えてあげた。
「まあ、自走砲攻撃は陽動ということなんだろうな。そうなると砲撃は無理だからリーディルが頼りになる。炸裂弾をセットしておいて、蒸機人相手には徹甲弾を使うんだな」
「そうですね。今の内に交換しときます」
自走砲内に砲弾が搭載しているなら、誘爆も期待できそうだ。
ヒドラⅡのマガジンを炸裂弾の入ったマガジンに交換しておく。マガジン交換は1分も掛からないから、銃架に交換した徹甲弾のマガジンを乗せておく。
さて、3時間程度で自走砲陣地付近に到達するとのことだが、王宮からまだ2時間も経っていないんだよなぁ。
夜間でも砲弾を撃ち合っているらしいから、砲弾の炸裂光を見ることが出来るはずだ。それが見えないということは、まだまだ距離があるということなんだろう。
ミザリー達が戻ってきた。ミザリーが飴玉を渡してくれたから、ありがたく口の中に放り込む。
少し酸味が強い飴玉だけど、眠気覚ましには丁度良さそうだ。
「リトネンさん。自動記録装置がアドレイ王国軍の通信を記録してました。内容は『偵察飛行船に注意せよ!』ですが、宛先が全アドレイ王国軍になってます」
「王宮への嫌がらせは偵察飛行船と思ってるみたいにゃ。帰りは別のコースで帰投するから、対空砲の心配は無いにゃ」
「被害報告は無いのよねぇ……。やはり手榴弾では威力不足ってことかしら」
「嫌がらせだから、それで良いにゃ。下手に爆弾を投下したら、前線が崩壊しかねないにゃ」
軍の統率が執れなくなるってことかな?
アデレイ王国軍に対する工作は案外難しそうだ。王宮への爆撃で上級貴族を葬ることも出来そうに思えるが、そうなると軍の混乱が起こりかねない。
アデレイ王国が帝国軍に蹂躙されるような事態になれば、次は俺達反乱軍への攻撃が一段と激しくなりそうだ。
「しばらくは嫌がらせに徹するにゃ。同盟が破棄されるまでは、それで我慢するにゃ」
リトネンさんの話では、アデレイ王国と反乱軍の間の同盟は対等関係を第一としているらしいが、その関係を見直そうという動きがあるらしい。
王国軍と反乱軍の戦力比は3倍以上とのことだ。そうなると対等ではアデレイ王国軍の上層部の不満も分かる気がする。
主と従の関係とすべく何度か話し合いを申し込んできたらしいが、それなら同盟関係を破棄すると反乱軍上層部が突っぱねたらしい。
「同盟の破棄は時間の問題にゃ。でも反乱軍に2方面の戦線を維持できる戦力は無いにゃ」
「同盟が破棄されたら敵同士ってことか? その一歩手前の関係なら良さそうに思えるんだけどなぁ」
「不可侵条約ってことかにゃ? 同盟を破棄したら、その関係になれないと困ってしまうにゃ」
国と国との関係は色々とあるようだな。
俺には一介の兵士が一番に思える。苦労はしているけど、それほど責任は無いからなぁ。




