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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-020 雪が降ってきた


 ツエルトでロウソクコンロを覆って、カップ半分ほどのスープとお茶を作る。

 昼食と夕食が兼用になってしまうが、だいぶ冷えてきたから暖かな食事はありがたい。


「空がだいぶ曇ってるにゃ。まだ雪は早い気がするけど、場合によっては雪が降りそうにゃ」


「確かに底冷えしてきてます。とりあえず冬季の装備はしてますが、雪靴までは用意してませんよ」


「簡単に作れるにゃ。その為に紐も用意してあるにゃ。私達より敵の方が気の毒にゃ」


 リトネンさんの話では、軽装備とのことだ。

 背嚢を背負わずに、装備ベルトだけで俺達を追い掛けてきたようだ。

 季節がら外套は着ているようだけど、腰に付けたバッグだけで追撃するのは1日程度になるらしい。


 食事を終えると見張りに出る。

 確かに風が冷たいな。だいぶ暗くなってきたが、まだ600フィール(540m)先ぐらいは何とか見通せる。

 

 辺りがどんどん暗くなって、見通しは200フィール(180m)ほどになってきた。様子を見に来たリトネンさんが17時を過ぎていると教えてくれたから、すでに日は落ちているのだろう。

 

「夜は耳を上手く使うにゃ。目に頼ってばかりでは駄目にゃ」


「そうします」と答えたけれど、俺の耳はリトネンさんのように良くは無いと思うんだよなぁ。


 ファイネルさんはイヌ族だし、イオニアさんはトラ族だから、この舞台で一番耳が悪いのは俺になるんじゃないか?


 しばらくしてファイネルさんと見張りを交代する。

 尾根の向こうの見張りを止めたのは、枯れ草を踏む音で気が付くということなんだけど、それが聞こえる時にはかなり近付いているってことなるんじゃないか?

 小銃を近くに置いてはいるけど、念の為にリボルバーを引き抜いて装備ベルトに差し込んでおいた。ハンマー部分のシリンダーには弾丸が入っていないから、居眠りして転がったとしても暴発の危険は無い。


「私とイオニアのどちらかが気が付くにゃ。そこまですることは無いにゃ」


 呆れた表情でリトネンさん達が俺を見てるけど、何かあってからでは遅いからね。

 ツエルトの真ん中に空いている穴に頭を通して外套の上に羽織る。

 これだけでもだいぶ寒さが和らぐんだが、目の前をひらひらと雪が舞い落ちてきた。


「降ってきましたね……。さて、敵はどうするのでしょう?」


「動いたみたいにゃ……。見て来るにゃ」


 ネコ族だからねぇ。夜間視力はかなりあるんだろう。

 後ろ手に俺達に合図を送っているファイネルさんのところに、身を屈めて近付いていく。


 直ぐに、リトネンさんが後ろ手に俺達に合図を送ってきた。

 ゆっくりと手を上下に動かしているから、静かにして潜んでいろという指示だ。

 岩の下に張り付くようにして身を屈め、リボルバーを手にする。


 リトネンさん達が体を丸めるようにして藪に溶け込んでいる。

 あれならかなり近付かないと分からないだろうな。それにこの暗さだ。

 

 しばらくすると、ライトの光が遠方の森の中で踊っているのが見えた。

 この辺りは窪んだ土地になっているから低木が茂っている。さすがに入るのは危険だと判断したに違いない。

 ライトの明かりで動く物がないかを確認しているみたいだ。


 ライトの光で、更に雪が降って来たことが分かる。明日までには積もってしまうかもしれないな。

 ライトの光が遠ざかっていくと、リトネンさんが戻ってきた。


「あれじゃぁ、早く戻らないと凍死するかも知れないにゃ。手袋さえしてなかったにゃ。橋の陣地から駆り出された連中に違いないにゃ」


 取りえず脱線現場に駆け付けた部隊ってことかな?

 北の峰に向かって俺達を捜索している部隊が、皆そうなら良いんだけどねぇ。


「現状待機で移動は明日の明け方、はそのままですね?」


「それが一番にゃ。月明かりも無いと、場所を見失うにゃ」


 イオニアさんがリトネンさんの言葉に頷いて、ファイネルさんと見張りを交代しに向かった。

 今の内に一眠りしておこう。明日はかなり歩くみたいだからなぁ……。


 翌日。ファイネルさんに体を揺すられて目が覚めた。

 目を開けた途端、吃驚して体を起こしたからツアルトの上に積もった雪が辺りに舞い上がる。


「そんなに驚いたのか? ご覧の通りの雪景色だ。スープを恩で体を温めるんだな。食事が済んだら出発だ」


 どうやら、ゆっくりと眠らせてくれたらしい。

 それにしても、これほど降るとは思わなかった。辺り一面銀世界になっている。


「起きたにゃ? カップを出すにゃ」


 リトネンさんに言われるままにカップを差し出すとたっぷりとスープを飯盒から入れてくれた。

 凍えた手でスプーンを握り、先ずは具を頂く。

 やはり暖かなスープはありがたいな。いつもより香辛料が効いているのは体の芯から温めようということなんだろう。

 ビスケットをスープに付けながら数枚を食べる。

 食べないと体力が持たないとイオニアさんが教えてくれた。

 最後に熱々のお茶を頂く頃には、だいぶ体が温まって来たのが分かる。


「このまま登って、あの杉の森に入るにゃ。下草が少ないから、少しは歩くのが楽になるにゃ。日が傾きはじめたら西に向かうにゃ。夜は焚き火ができるかもしれないにゃ」


 杉の森に雪が積もっているからスクリーン代わりになるってことかな?

 とはいえ大きなものは作れないだろうし、夜の見張りも必要になる。今夜は俺が頑張る板になりそうだ。


 杖を持ってイオニアさんが先を行く。イオニアさんの足跡をたどって俺達は進んでいった。

 殿のリトネンさんは、小銃を手に周囲を警戒しているようだ。

 まだ油断は出来ない、ということなんだろう。


 ゆっくりと窪地を歩いて、昼前には杉の森に入ることができた。

 なるほど地面に積もった雪は、それほど多くは無い。杉の枝が互いに広がっているから、大きな傘のようになっているのだろう。

 小休止を繰り替えして、更に上に登る。登ればそれだけ追手との遭遇率は下がるはずだ。

 昨夜引き返す部隊を見たが、中には冬季の装備をしてきた兵士達もいるのだろう。リトネンさんは、そんな部隊との遭遇を気にしているに違いない。


 杉の森から抜け出す手前で、今度は西に進む方向を変えた。

 森の北はゴツゴツした岩が転がっているし、その先は急峻な岩山だ。あの岩は岩山から転がって来たんだろう。

 岩を避けながら歩くのは森の中よりは良いように思えるが、雪原にしっかりと足跡が残ってしまうだろう。追跡者に利する行為は、さすがに避けねばなるまい。


 今日の野営地は、大木の洞の中だった。

 4人が寝そべられるほどの大きさがある。10mほどの高さで幹がなくなっているのは、風か雷にあったのだろう。上に大きな穴が開いているんだよなぁ。


 周囲から枯枝を集め、最後に繁みから枝を切り出して洞の入り口を塞いだ。内側にツエルトを張ったから、焚き火の炎を外から見ることはできないだろう。

 

 周囲が壁になっているから、小さな焚き火を作るだけで中は温かい。イオニアさんがお湯を沸かしてスキットルのワインをお湯に入れて俺達に飲ませてくれた。お茶より確かに温まるな。これぐらいなら酔うこともないだろう。


「明日はこのまま西ですね?」


「そうにゃ。明日1日頑張れば、追手の心配はほとんどなくなるにゃ」


「帝国としては、かなり計画が狂ってしまうでしょうね。さすがに次は鉄道は使わないでしょう」

 

「我々も限度にゃ。今度はかなりの部隊が周辺を監視するはずにゃ。でも、それなら別の場所が手薄になるにゃ」


 次はどこに向かうんだろうな?

 リトネンさんの話では、東の連中が襲撃を継続するだろうということだ。

 ほとぼりが冷めた頃に、再度鉄道を狙うんだろうが、同じ場所と言うことにはならないだろう。

 案外平地の方が、向こうも安心しているかもしれないな。


 昨夜とは段違いに温かいから、夜の見張りも楽になる。たまにツエルトの隙間から周囲を眺めるだけで済む。

 やはり、追手は引き上げたに違いない。

 

 逃走を開始して3日目。

 杉の大木を避けながら西へと進む。たまにイオニアさんが立ち止まる時があるんだが、敵ではなくて鹿やウサギを目にしたらしい。

 野生の動物がいるということは、近くに敵兵がいないという証でもある。


 リトネンさんの張りつめたような表情が、少しずつ解けてきたようにも見えるのは気のせいだけではないだろう。


 そろそろ日が傾きかけてきた時だった。

 イオニアさんが立ち止まったから、急いでリトネンさんが前に向かう。

 しばらくすると、俺に顏を向けておいでおいでと手を振り始めた。


「群れから離れた若い鹿にゃ。サプレッサーを付けて狩って欲しいにゃ」


 距離は230と言うところだろうか。

 猟銃と違ってゴブリンの弾頭は小さいんだよね。体ではなく頭に当てないと面倒なことになりそうだ。


「狩れるとは思いますけど……、解体をしたことがありませんよ」


「私ができる。狩れば今夜はご馳走だぞ!」


 イオニアさんが舌なめずりをしながら俺に迫ってきた。狩られるのは嫌だから狩ることにしよう。首を何度も振って了承を伝える。


 そんな俺達を面白そうにファイネルさんが見ているけど、第3者を決めているつもりなのかな。だけど狩る間の周辺監視は行って欲しいところだ。


 カバーを外してしばらく外気と馴染ませる。

 銃身にサプレッサーを取り付けると、手袋を薄手の皮手袋に換えて銃を膝射ちの姿勢で構える。

 杉の幹に押し付けるようにして保持すると、照準器のレティクルの揺れがほとんど消えてくれた。

 ゆっくりと上下するのは俺の呼吸によるものだ。

 呼吸を整え、鹿の冥福を祈りながらトリガーを引いた。

 

 プュシュン! という音が聞こえると同時に鹿が倒れる。

 直ぐに鹿に走っていくイオニアさんが照準器の中に入ってくる。


「相変わらず、良い腕だな。鹿の頭をヘッドショットするとはなぁ……」


「元が猟師ですからね。でも電気ネズミ専門でしたから」


「戦が終わっても、猟師で食っていけるよ!」


 今夜はご馳走と言うことで、皆の顔が明るい。

 それにしても、イオニアさんは簡単に捌いているなぁ。30分も掛からないで終わりそうだ。


 先頭を歩くイオニアさんが鹿を担いでいる。

 皮まで剥ぎ取りが終わったようだけど、その皮の上に肉の塊になった鹿を乗せている。


 今夜の野営は、大きな岩が重なった場所だった。家の軒下のように岩が張り出しているから、その下で小さな焚き火を作ると、早速イオニアさんが肉を焼き始めた。

 岩塩と胡椒だけの味付けだけど、今夜は腹いっぱい食べられそうだ。

 それでも余るだろうと、燻製を作ろうと準備をしている。

 サバイバル知識が豊富なんだけど、旧王国軍では砲兵隊に所属していたらしい。

 実家が肉屋かと思ったら、町の役人だと教えてくれた。

 兄さんと一緒に載山を掛け回ってる内に、色々と覚えたようだ。


「兄さんは、蒸気機人の部隊と交戦して戦死してしまった。両親は捕えられたまま帰ってこないところを見ると、粛清されたのだろう……」


 大きな骨付き肉を片手に持って過去を語ってくれたけど、話を終えると肉にむしゃぶりついていた。

 この姿を見たら、恋人ができても退散しそうだな。

 肉食系女子という言葉をミザリーから聞いたことがあるけど、たぶんイオニアさんのような女性に違いない。


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