J-177 炸裂孔に砲弾を撃ち込め!
3隻の空中軍艦を上空から追尾して1時間ほど経過した。
片舷に2基設置されている推進用のエンジンが停止した空中軍艦は、やはりファイネルさんの言う通り先を行く2隻から少しずつ遅れ始めたのが見て取れる。
当初は三分の一ミラルほどの距離を置いて進んでいたのだが、今では3ミラル程距離が開いてしまっている。
「やはり遅れているな。リトネン、あれに止めを刺すんだろう?」
「もう少し間が開くのを待つにゃ。距離は現状維持にゃ」
とは言っても、あまり遅いと空が白み始めるからなぁ。もう少しとは、1時間も無いに違いない。
休憩を取らずに、皆がブリッジに詰めている。イオニアさんとライネルさんだけが交代で上部の観測窓から周囲の監視をしているんだが、残った1人は俺のすぐ下で前方を進む空中軍艦を監視している。俺が見過ごしてもしっかりと確認してくれるに違いない。
30分ほど過ぎた時だった。ますます先行する空中軍艦と手負いの空中軍艦の距離が開いている。既に5ミラル近くになるんじゃないかな。
「空中軍艦を襲撃するにゃ。戦闘機動で近づき大型爆弾を投下、その後急上昇して左旋回。再び空中軍艦の後部に位置を取って再び突入にゃ。2度目は砲撃と銃撃をするにゃ」
「「「了解!」」」
「テレーザ、軸線を上手く合わせておいてくれ。イオニア爆弾の安全装置を解除して欲しい!」
「了解だ!」
座席の下からイオニアさんが声を出してブリッジを後にする。
投下スイッチは操縦席にあるんだが爆弾が投下金具の誤作動で落ちることが無いように、爆弾をしっかりと爆弾の装架筒に押しつけているのが安全装置だとファイネルさんが教えてくれた。
重巡の砲弾程もあるらしいからなぁ。万が一にも艇内で誤爆したなら飛空艇は形も残らないらしい。
3分も経過しない内に、操縦席でブザーが鳴る。
伝声管を通して作業が終了したことをイオニアさんが知らせてくれたのだろう。
「リトネン、イオニアは倉庫に残ると言ってるぞ。場合によっては扉を開けて手榴弾を投下するんじゃないかな」
「爆弾で大穴が開けば、それも面白そうにゃ。……さて、ファイネル。爆撃にゃ!」
「了解……。テレーザ、戦闘機動で空中軍艦に接近。上空200ユーデで爆弾を投下する。その後は急上昇、高度2000で左回頭を行い再び空中軍艦の後ろに着く」
「了解。皆、少し揺れるわよ。しっかりとベルトを締めときなさい!」
補機が動き出し、更に降下を始めたから体が座席に押しつけられる。
どんどん空中軍艦が近付いてきた。
空中軍艦のブリッジ後方窓から漏れる明りで上部甲板がはっきりと見える。監視兵の姿は全く見えない。
飛行機の攻撃を凌いだということで、休憩に入ったのかもしれないな。
「投下!」
ファイネルさんの大声と同時に、飛空艇が急上昇を始める。ますます座席に体が押し付けられる……。
後方から閃光と同時に大きな爆発音が聞こえて来た。命中したってことだ。思わず笑みが零れるんだけど、上昇はまだ終わらないからかなりひきつった笑顔になっているに違いない。
突然飛空艇が上昇を止めて水平飛行に移る。銃座の窓からは、真ん中に見えていた空中軍艦が斜め下に見える。爆発に驚いたのか甲板に人が集まって後方を眺めているようだ。
「回頭するわよ!」
テレ-ザさんの声と共に、下に見えていた空中軍艦が右手に移動し始めた。
「高度2000で、最後尾の空中軍艦の後方に移動するぞ!」
「了解にゃ。3ミラル程距離を取って欲しいにゃ」
座席の下からリトネンさんの声が聞こえてきた。エミルさんと一緒に様子を見てるんだろうな。
「帝国軍の通信です!『ジュピテル機関に故障発生。高度維持のため物品を投棄する』以上です」
「空中軍艦にはジュピテル機関が2基以上あるようだな。さっきの爆撃で1つがダメになったということだから、艦内で投棄出来る物はどんどん投げ捨てて空中軍艦を軽くするってことだな」
「それで浮力を保つってことですか?」
「そうなんだが、何を捨てるか見てるのもおもしろいかもしれんぞ」
机や椅子、鍋なんかもあるだろう。故障したジュピテル機関を分解して捨てるということもありうるんじゃないかな。
20分も経たずに、手負いの空中軍艦の後方上空に位置したところで、双眼鏡を取り出して状況を見る。
「やってますよ。手当たり次第という感じですね」
「あれぐらいじゃ足りないにゃ。もっと大物を投棄しないと、安全を確保できないにゃ」
上部甲板に艦内から物が運び出されて、次々と投棄されている。
パイプや鉄板のような物まで数人掛かりで運んでいるようだけど、いったい何に使われていたものなんだろう?
「船底から落としているのは砲弾みたいにゃ。たくさん積んでるにゃ」
「軍艦と言うぐらいだからなぁ。通常の軍艦でも主砲の砲弾は100発程積んでいると聞いたぞ。さすがにそこまでは搭載していないだろうが、砲弾1個でもかなりの重さだからなぁ」
飛空艇の3イルム口径の砲弾でも10発纏めれば俺の体重と同じぐらいになるらしい。
飛空艇の大砲は10門近くあるらしいから各大砲に50発分でも500発ということになる。人間50人分となれば、結構な重さに違いない。
「砲弾まで投棄しているということは、無防備になるんじゃなくて? 私達が投下した爆弾の炸裂穴は上部甲板の後ろの方だけど、結構大きな穴が開いてるみたいね」
「それでも、1発で落とせないんだからなぁ……。さて、リトネン。どうする?」
「攻撃続行にゃ。イオニアを呼ぶにゃ!」
ファイネルさんが伝声管でイオニアさんを呼びだすと、リトネンさんの話が始まる。
大型爆弾で空いた穴に砲弾を撃ち込み、更に焼夷手榴弾を投げ込むという事らしい。
直径10ユーデほどの炸裂穴だからなぁ。飛空艇の大砲なら中に撃ち込めそうだけど、焼夷手榴弾を上手く放り込めるのだろうか?
「おもしろい仕掛けがある。それで試してみるが、穴に入らない場合は再度攻撃するのか?」
「1度だけにゃ。あまり長く時間を掛けると、夜が明けてしまうににゃ。リーディルもヒドラⅡを上手く使うにゃ」
「砲撃は300ユーデで行う。テレ-ザ、少し速度を落として空中軍艦を追い越してくれないか。2発目を撃ち込める。それに空中軍艦との相対速度があまりなければ、焼夷手榴弾を上手く落とせそうだ」
「それなら、手榴弾を落としたら直ぐにブザーを鳴らして! 後は戦闘機動で遠ざかるわ」
うんうんと皆が頷いている。攻撃時間はたっぷりとあるってことだな。弾倉の銃弾を全て撃ち込めそうだ。
それにしても、今度はヒドラのような銃まで投棄している。
あれでは対空防御を放棄してるようなものだ。かなりの兵器を投棄しても、空中軍艦を帰投させれば簡単に装備は元に戻せるということかな?
それだけの生産力が帝国にはあるということなんだろう……。
「行くわよ! ファイネル、ちゃんと狙ってね!!」
「了解だ! あれだけ大きな穴だからなぁ。外す方が難しいぞ」
操縦席の2人の会話が聞こえてきた途端に、飛空艇の速度が上がる。
いよいよだな。ヒドラⅡのセーフティを解除して、装填レバーを足で蹴飛ばした。
ヒドラⅡに初弾が装填されたから、後はトリガーを引くだけになる。
狙いは、ブリッジ後方で良いだろう。
ブリッジの前部は装甲板が厚いけど、後方は前回も貫通したからね。銃弾は全て炸裂弾だ。先端部が分厚いし、信管は着弾後0.5秒だからなぁ。貫通したなら間違いなくブリッジ内で炸裂するはずだ。
照準器の中でどんどん空中軍艦が拡大していく。
ブリッジ照準器のスコープ内の半分に達した時、短い祈りを唱えてトリガーを引いた。
着弾確認をせずに素早く次弾を装填してスコープを覗き込んだら、ブレーキを掛けたような衝撃が伝わり、直ぐ目の前で爆裂光が広がる。
位置的には、爆弾の穴の中だな。
さすがはファイネルさん。上手く当てたようだ。
気を取り直して次弾を発射し更に3弾目を撃ち込むと、再び大砲発射の衝撃が襲ってきた。ヒドラⅡを構え直していると、飛空艇が速度を上げて空中軍艦の上空を飛び去る。
4弾目は撃てなかったな……。ちょっと砲撃に気をとらわれ過ぎた感じだ。
再び上空で回頭を行い、空中軍艦の上空を飛び過ぎながら状況を確認する。
爆弾の炸裂孔から著しい煙が上がっているし、奥の方で炎がちらついているのが見えた。
「帝国軍の通信です。『海岸付近に不時着する。援護を乞う』以上を繰り返しています」
「了解にゃ。だけど辿り付けるかにゃぁ? だいぶ降下速度が上がっているにゃ」
「降下しているというより、墜落しているんじゃないか? 砲弾が2つ目のジュピテル機関に損害を与えたのかもしれないぞ」
「ここで最後を見届けるにゃ。それほど時間は掛からないにゃ」
確かにどんどん高度が落ちてるんだよなぁ。
イオニアさんがブリッジに入ってくると、5発落とした焼夷手榴弾の1つが上手く炸裂孔に入ったとリトネンさんに報告している。
「それがあの炎ってことにゃ? 上手く行ったにゃ」
落ちていく空中軍艦の後部から火の手が上がっている。
さっきまではそれほどではなかったんだが、一気に炎が広がった感じだ。
それにしても……、だいぶ落ちて行ったなぁ。
しばらく見ていると、小さくなっていった空中軍艦が炸裂して周囲に炎を撒き散らした。
「地上に激突したにゃ。焼夷手榴弾が止めになったみたいにゃ」
「これで2隻目ですね。帝国も少しは用心するでしょう」
「だけど、俺達が落としたとは誰も思わないだろうなぁ。空中軍艦の足を遅くしたのは対空砲火によるものだろう? アドレイ王国は自軍の砲火で落としたと思っているんじゃないか?」
それで良いんじゃないかな。表面上は今でも同盟を組んでいるんだからね。
それより最初の導水管爆破の方はどうなってるんだろう?
アドレイ王国軍の通信がまだ確認できないから、未だに原因を調査している最中なのかもしれないな。




