J-172 1発で仕留める
「ところで偵察飛行船は、何を探りに来るんでしょうね? 塹壕の位置ならピクトグラフを使えば地図上に正確に描ける気がするんですけど」
「戦には『動』と『静』があるんだ。拠点や塹壕は動かないから静だな。だが大砲なんかは動かせるだろう? それに兵士もだ。偵察用飛行船はその『動』を探ってるはずだ」
「大砲の位置を飛行船や空中軍艦に連絡するにゃ。その位置に爆弾を落とすから、最後に命中したかを確認するのも役目になるにゃ」
そんな役目を負っているのか……。それを落とすということは、敵の眼を潰すということになるのかな?
空中軍艦は低空で飛ぶからそれなりに位置を確認できそうだが、近ごろは物騒だからねぇ。
対空砲という大砲で、狙い撃ちにされそうだからなぁ。
飛行船が高高度で爆弾を落とすのも、それが理由なんだろう。高い場所から落とすから風の影響を受けて目標を大きく外れる事もあるらしい。
素早く落としてさっさと帰るらしいから、やはり事後確認は必要ということになるんだろうな。
「リトネン! 方位30、仰角20に光が動いてるにゃ!」
ブリッジの後ろからライネルさんの声が聞こえてきた。
リトネンさんが双眼鏡を掴んで俺の席に上って来た。俺も報告位置を双眼鏡で探すと……、居た!
星空の中をゆっくりと動いている。
灯火管制をしていないのだろうか? あの明かりはどう見てもブリッジ位置に思える。
「大型飛行船ではないにゃ。帝国の偵察用飛行船かもしれないにゃ。前線の上の偵察用飛行船なら指示通りという事にゃ」
「アデレイ王国の飛行船でも構わないってことか?」
「誰が落としたか分からなければ問題ないにゃ」
俺達の存在をどこまで隠せるのだろうか?
いずれ分かる時が来るかもしれないけど、それまではアデレイ王国と帝国の両者を敵として行動することになりそうだ。
「リーディル、やれるかにゃ?」
「どちらの飛行船か分かりませんが、ジュピテル機関を搭載したものではなさそうです。焼夷弾1発で片付くと思いますが」
「ファイネル高度を上げるにゃ。向こうは2500ぐらいの位置にゃ」
「了解。3000で接近して、急降下で良いかな?」
「それで良いにゃ」
イオニアさんが防寒服を着て倉庫に向かって行った。
ヒドラを使って射撃をするのかな?
「補機1番、続いて2番、プロペラ接続!」
「良し。補機回転数2000まで上げてくれ。1分ほど様子を見るぞ。攻撃はそれからだ!」
双眼鏡の視野の中に、星空をバックに飛行船の姿が分かるまでになって来た。距離は10トリムも無いだろう。明かりの点いたブリッジ内を動く人影すら分かるほどだ。
「全くこっちに気が付いていないにゃ」
「でもあの窓では、下を見ることが出来ないと思うんですが?」
「キャビンの床に大きな窓があるんだろうさ。自分達より上には誰もいないと思ってるんだろうな」
飛空艇にも欲しいけど、床は分厚い装甲板だからなぁ。あえて薄い場所を作るというのも考えてしまう。
「良し! リトネン、何時でも良いぞ!!」
「了解にゃ。リーディル、1発で決めるにゃ!」
ヒドラⅡの装弾レバーを足で蹴飛ばして初弾を装填する。
セーフティを解除して……、照準器で飛行船を捉えた。
気嚢を狙うと貫通しそうだ。やはりゴンドラと気嚢の付け根を狙った方が確実だろう。
「準備完了! 何時でも行けます!」
「始めるぞ! しっかり掴まってろよ!!」
ファイネルさん大声と同時に体が背中に押しつけられる。
凄い加速だな。高度を落としているから、その分も上乗せされている感じだ。
照準器でブリッジを見る。
飛行船が照準器の中でどんどん大きくなっていく。T字型のレティクルを気嚢とゴンドラの継ぎ目に合わせながら短い祈りを唱える……。
ヒドラⅡの銃声がブリッジ内に轟く。
狙い通りに命中したのは銃弾の炸裂で広がる大きな火炎で確認できたのだが、急激な飛空艇の上昇で銃座の視界から小型飛行船が消えてしまった。
「このまま進んで回頭するからな!」
「ミザリー。飛行船からの無電に注意するにゃ!」
「了解です……。来ました! ……『飛行船に火災発生。救助乞う……』その繰り返しです」
回頭した飛空艇から見えた光景は、炎を上げながら落下していく飛行船の姿だった。
どんどん落ちる速度が速くなっているようだし、炎は気嚢全体を包んでいる。
「最後は地表に激突だな……。飛行船は便利に使えるが、やはり脆弱であることは間違いない。俺達の乗っているのは飛空艇だ。装甲板を要所に使っているから、あんなことにはならないぞ」
「大型飛行船を王都の練兵場で破壊した時も、銃弾1発でしたからね。あの時は燃料を入れている時でしたが、かなり火に弱いと言うことになるんでしょうね」
「ジュピテル機関を搭載すれば、あんなことにはならないんだがなぁ。だが、ジュピテル機関の小型化を図れたのは反乱軍だけのようだ。とはいえ量産化は出来ないと言っていたな」
アデレイ王国軍の大型飛行船や帝国軍の空中軍艦のような大型艦になるってことか。
待てよ、確か……。帝国領内で撃破した小型の偵察用飛行船はジュピテル機関を搭載しているとファイネルさんが言ってたな?
「ファイネルさん。帝国軍もジュピテル機関の小型化が出来てたんじゃないですか?」
「例の小型飛行船の事だな? あれは試作品だろうな。だが実用化までは出来ていないということなんだろう。それならあの飛行船だって使っていたはずだ」
大きな火の玉になって地表に激突した飛行船は、未だに燃えている。
気嚢に蓄えたガスは既に燃え尽きているだろうから、ゴンドラから左右に突き出したエンジン用の燃料が燃えているに違いない。
「次を待つにゃ。1隻落ちたから、様子を見にやってくるに違いないにゃ」
「なら、高度2000で待機すれば良いな。少し離れて先ほどと同じように風上に艇を向けて待機するぞ」
飛空艇がゆっくりと東に飛行する。
補機は既に暖機運転状態に戻されている。燃料消費が激しいらしいからね。
飛空艇が空中で停止する。
風に流されないだけの速度を保つように主機が動いている状態だ。
ファイネルさんが操縦をテレーザさんに変わって貰っているから、俺も銃座を離れて、窓の隅に腰を下ろしているエミルさんに後を任せることにした。
「休憩してくるよ。何かあれば連絡してくれ」
「直ぐには来ないと思うにゃ。のんびりして来ればいいにゃ」
先にファイネルさんが倉庫に向かったけど、俺は給湯室でコーヒーを温めてからにしよう。
熱々のコーヒーをカップに注いで倉庫に向かいファイネルさんとイオニアさんに手渡すと、もう1度給湯室に向かい自分の分を運んできた。
「ここで待機していたのだが、ヒドラを使うまでもなかったな。1発であの状態だからなぁ」
「小型飛行船を相手にヒドラⅡを使うのは、牛刀かもしれませんよ。気嚢では貫通してしまいそうです。焼夷弾ではありますが、信管が付いていますからね」
「案外、曳光弾の方が間違いなさそうだな。だが、この機関銃は有効射程が500ユーデほどしかないぞ」
「気嚢部分は軽量金属に木材を使って形を作り、その上に布を張っただけらしいぞ。人体に損傷を与える弾速がなくとも貫通しそうだ」
飛行船については有効射程が更に伸びるということなのかな?
だけどもっと簡単に、薬莢内の装薬量を増やしても良さそうだ。
「帰ったら、工房長に相談してみるか。案外簡単かもしれないからな」
そんな話をしながら、2人がチェスを始めた。
勝負の行方を見ながらコーヒーを楽しむ……。
30分程経過した時だった。大きくファイネルさんが仰け反り、自分の不幸を嘆いている。温くなったコーヒーを飲みながら笑みを浮かべているイオニアさんを見ると、どちらが勝ったのか直ぐに分かる。
俺には、まだ勝負の行方が決まっていないように思えるんだけど、数手先を読むと分かるらしい。
「これで3連敗だ! エミルへの挑戦はまだ先になりそうだなぁ」
「無謀だと思うぞ」
かなりきつい言葉に思えるけど、惨敗が見えているってことなんだろう。
タバコを取り出し、3人で一服を始める。
一服を終えたら、休憩を終わりにしよう。
ブリッジに戻ると、今度はリトネンさん達が休憩に入る。
イオニアさんはライネルさんと交代して、上空監視用の座席に上って行った。
「あれから1時間ほどだな。直ぐにやって来るとは思えないんだけどなぁ」
「偵察用ということで、かなり速度を出せるということですが?」
「毎時60ミラルというところじゃないか? 飛行船のエンジンを見たが飛空艇の補機よりも少し大きいようだ。だが、大きな気嚢を上に持っているからなぁ。空気抵抗と言う奴は馬鹿にならないと、飛空艇の操縦を学んだ時に教えて貰ったよ」
そういえば、大型飛行船はゴンドラの前後左右に腕を伸ばすようにして大きなエンジンが4つも付いていた。
あれを使っても毎時50ミラルを出せないということだから、やはり空気抵抗というのは飛行船を作る上で大きな障害になるのだろう。
「飛行機を見たことがあるだろう? あのような形にすれば補機用のエンジンで毎時200ミラルほどの速度を出せるらしい。毎時200と言うのも憧れはするが、長く飛べないからなぁ」
長距離を飛ぶ時には増槽を付けるとのことだけど、それを行うと爆弾を搭載出来ないそうだ。
色々と使う上での問題があるのが飛行機という事らしい。
ミザリー達が戻ってきて再び全員がブリッジに揃った。
前線からは少し離れているが相変わらず砲炎がたまに見える。やはり帝国軍の砲炎の方が多いようだ。それだけ大砲をたくさん並べているに違いない。
「飛行船を発見! 方位260、仰角10。更に1機、方位170、仰角20」
「2機ってことか!」
「方角が違うにゃ。方位170はアドレイ王国軍の飛行船にゃ」
「帝国軍は方位260ってことだな。軸線を合わせるぞ!」
「ちょっと待つにゃ!」
リトネンさんが、大声でファイネルさんに告げた。
「リーディル、ヒドラⅡはどれぐらい下に向けられるにゃ?」
「そうですねぇ……。席に着いたままならマイナス30度を少し超えるぐらいです。腰を上げればもっと下げられますが45度には届きませんよ」
「なら、出来そうにゃ……。ファイネル、高度3000、高速でアドレイ王国軍の飛行船の後方に回るにゃ」
思わず全員がリトネンさんに顔を向けたのは仕方のないことだろう。
2隻とも落とすつもりのようだ。
だけど、猟師の小父さん達は1匹ずつ確実に仕留めろ、と教えてくれたんだよなぁ。2匹を続け様に狙うには無理があるということなんだろうけど、リトネンさんにとってはそれが容易に思えるのかもしれないな。




