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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-019 要人狙撃


 夕暮れ前に、再び偵察部隊が線路を走っていく。

イオニアさんの話では、電気で動くのではないか? と言うことだが俺達にとってはどうでも良いことだ。

 

 寒くなって来たので、薄手の皮手袋を付けた。

 背嚢は一カ所に纏めてあるし、忘れ物は無い。

 指揮官を倒したら、直ぐに尾根伝い逃げる準備はできている。


 ロウソクコンロを使ってカップ1杯のお茶を作る。残った水を俺達の水筒に補給したから、イオニアさんの背嚢に残った水は2ℓほどの水筒1本になってしまった。各自の水筒もあるから2日は持つだろう。

 逃走中に水場があれば良いんだが……。


 ビスケットが口の中でぱさぱさと崩れる。

 これを食べるのは水が必要だし、干し杏子もたくさん食べると喉が渇く。

 さて、指揮官を乗せた蒸気機関車は何時頃ここを通るんだろう……。


 監視兵が度々線路を歩いている。1時間程の間隔で歩いているようだが、移動砲台の存在には気が付かないらしい。切通しの上や、線路に石が乗っていないことを確認しているだけのようだ。

 大きなライトで周囲をたまに照らすのだが小銃は藪から離しておいてあるし、リトネンさんも双眼鏡を仕舞いこんでいる。

 反射するものはないのだが、ジッと身を潜めて監視兵の歩き去るのを待つ。


「当たりってことですかね?」


「間違いなさそうにゃ。偉い人から狙うにゃ!」


 イオニアさんは後方警戒だけど、今回はリトネンさんと一緒に小銃を使うようだ。

 高級仕官と言われる指揮官だけを狙うから、数発で襲撃は終わっってしまうからだろう。後は小銃を乱射して、さっさと逃げれば良い。


 食事が終わると何も無かったように周囲を片付け、繁みの後方で横になって小銃を手にした。

 いつ来てもだいじょうぶだ。準備は整っている。


 俺達の下を監視兵が通り過ぎる。やはり1時間おきに監視をしているようだ。

 1ミラル(1.8km)ほど歩いて、橋に作った陣に戻るのだろう。

 となると切通の続く西にも、部隊を派遣している可能性がありそうだな。

 ドワーフの若者達が上手く逃げられれば良いのだが……。


「来たにゃ。準備をしておくにゃ。移動砲台までの距離は200にゃ」


「200ですね。了解です!」

 

 照準器の目盛りをライトの明かりを手で覆いながら200にしておく。

 200よりは近距離になるだろうが150ユーデと200ユーデの弾丸の低下は4イルム(10cm)にも満たないだろう。


 俺の耳にも蒸気機関車の力強い轟音が聞こえてきた。まだまだ距離はあるらしくライトの明かりも見えてこない。


「ライトを消してるにゃ! ちゃんと当てられるかにゃ?」


「ここまで来たんですから、あの若者達に任せましょう。だいじょうぶ、上手くいきますよ」


 心配症と楽天家の会話に聞こえてくる。

 リトネンさんは行動的なんだけど、案外心配性なんだな。


 どんどん蒸気機関車の轟音が大きくなる。

 下弦の月明かりに照らされて、俺にもその姿が見えてきた。


「始まるにゃ!」


 リトネンさんの言葉が終わらない内に、ドォン! という音が連続して聞こえてきた。

 大砲の音なんて聞いたことが無いけど、大砲の音ってあんなに大きいのか?


 脱線した蒸気機関車が砂塵を巻き上げて、俺達の下を通り過ぎる。2両が一緒にくっ付いてるけど、後続の車両は壁面に衝突して止まってしまったようだ。

 あれでは誰も助からないんじゃないか?

 その上、切通の上からいくつもの手榴弾が投げ落とされているから、しばらくは外に出ることもできないだろう。


 やがてうめき声が聞こえ、ライトの明かりが社内の内外で動き出した。2つの車両を眺めながら状況を眺める。


「出てきたにゃ。横線1本、それに横線なしにゃ」


 対象外ってことだな。

 難を逃れた兵士達が車外に這い出している。そのまま線路脇呆然と立ち尽くす姿が少しずつ増えてきた。


「刺しゅう入りの帽子にゃ。でもあれは大尉にゃ。大隊の指揮はできるが総指揮をするには足りないにゃ……」


「先頭車両から出たのは2人だけだな。棒立ちして見てるよ。……ようやく、救援依頼の伝令を出してるな。かなり士気が混乱しているみたいだ」


「2人目の大尉にゃ。その上がいないのかにゃ? なら混乱するにゃ」


 要するに同格の我儘な人物が生き残った、ということなんだろうな。

 兵士を叱る声がここまで聞こえてくる。

 あれじゃあ、銃弾が前から飛んでくるとは限らないかもしれない。


 伝令が走って行ったとすると、大勢の兵士が1時間もせずにやってきそうだ。

 まだ偉い人は出てこないんだろうか……。


 寒いんだろうが、寒さよりも焦る気持ちが先のようだ。

 寒さで薄手の手袋をしていた手が汗ばんでいる。

 平常心を保てと自分に言い聞かせながら、リトネンさんの指示を待つことにする。


「……出てきたにゃ、やはりこっちに乗ってたにゃ。2両目から両脇を士官に支えられた太い奴にゃ」


「確認しました。何を食べるとあのようになれるんですかね」


「距離は180にゃ。いつでも良いにゃ。ファイネル、目標が倒れたら周りの士官を撃つにゃ!」


 祈る価値が無さそうにも思えるけど、母さんとの約束だ。

 祈りを捧げ、静かにトリガーを引く。

 

 発射音の確認はできなかったが反動を感じたし、目標の偉い奴もその場に崩れ落ちた。

 気をしっかりと保たないとな。

 ボルトを引いて、次弾を薬室に装填する。

 帽子を頼りに士官に狙いを付けた……。


5発を撃ち終えて弾帯から新たな弾丸を装填していると、リトネンさんが俺の肩を叩く。


「後退にゃ。これで十分にゃ」


 ゆっくりと藪から這い出しして、素早く背嚢を担ぐ。直ぐにリトネンさんが俺達を先導して森の奥にどんどん入っていく。


「8人は確実だ。やはりリーディルには叶わないな」


「皆がいたからですよ。あれだけ外に出てましたからね。手に汗握るということが初めて分かりました。手袋が汗で濡れてます」


「おまえもか! 俺もそうだった……。次に休憩する時には交換しないとな」


 小声で話をしながら、先を急ぐ。

 うっかりすると足元をすくわれそうな下草だってあるからね。

 森に道があるわけでもないから、前を行くファイネルさんの背中だけが目印だ。

 30分ほど移動したところで小休止。

 冷たくなった手袋をポケットに入れて毛糸の手袋に交換する。


「新しい指揮官は倒せたし、取り巻きの連中を4人倒せたにゃ。車両の外で士気をしていた士官も何人か倒れたから、任務は半分成功したにゃ。後は、追手を振り切って拠点に帰るだけにゃ」


「尾根伝いに西に進んでいると敵は考えているのでは?」


「ドワーフの若者達がしっかりと跡を残してくれてるにゃ。でも何隊かは尾根を上がってくるはずにゃ」


「陽動を疑うということですね?」


「そうにゃ。分隊規模だと思ってるけど、なるべく早く諦めて欲しいところにゃ」


 少人数でも移動するんだから痕跡は残ってしまうということか。

 時間との勝負になるんだろうけど、見通しが悪いんだからどこに逃げたかを辿るのは難しいんじゃないか。

 

 10分ほどの休憩を終えると、再び森の中を走るように尾根伝いに山の奥へと登っていく。

 

 やがて周囲が明るくなってきた。

 背丈ほどもある薄原を抜ける手前で西へと方向を変える。

 薄原を抜けると数百ユーデの荒れ地が杉の森まで続いている。

 ここなら荒れ地が見通せるが、荒れ地からでは俺達を見ることは困難だろう。

 日が昇る頃、谷間が見えてきた。今度は谷を登っていく。


 大きな岩を見付けたところで、岩陰でロウソクコンロでお茶を作り、ビスケットを齧ることになった。

 

「食事が終わったら、尾根の向こう側と荒れ地を見張るにゃ。今日はここで野営するにゃ」


「俺は荒地を見てますよ」


「俺は根の向こう側だな」


 俺とファイネルさんが繁みに身を隠す。

 本当に来るんだろうか? 平和な光景に見えるんだけどな。近くで時計ウサギが草を食んでいる。空の上の方で輪を描いているのは小金ワシに違いない。あれを狩れたら銀貨が手に入るんだけどなぁ……。

 薄原の動きにも注意が必要だ。分隊規模で動くなら体は隠せても薄の動きを隠すことはできないだろう。風の動きと異なる動きがあれば、その下で何かが動いているということになる。

 

 そろそろ変わって貰おうとした時だった。遠くで何かが薄原から姿を現した。続いてまた出てくる。

 短眼鏡を取り出して、藪の中から正体を確認すると、帝国軍の追跡隊だった。

 後ろ手で手招きすると、直ぐに俺の隣にリトネンさんが潜り込んで、双眼鏡で状況を確認する。


「登っていくにゃ……。やはり動かない方が良いにゃ。もう少ししたらイオニアと交代させるにゃ」


 小さく頷いて了承を伝える。

 上に上がっていったあの部隊が次はどちらに方向を変えるのだろうか。

 少なくとも同じ場所を通ることは無いだろう。

 案外、鉄橋の近くであったことを考慮して、山越えをしてきたと思っているのかもしれない。そうでなければ、鉄橋の谷を越えるとも考えないだろう。西に向かうということになるってことか……。

 

「交代だ。ゆっくり休むんだな」


「一列で山に登っているところです。分かりますか?」


「あれだな! 了解だ」


「後をお願いします」と言い残して、藪から後退すると谷間で体を伸ばす。

 ファイネルさんもリトネンさんと後退したのだろう。俺の傍にやって来て腰を下ろした。


「やって来たんだって?」


「500ユーデ程先を登っていきました。後はイオニアさんに任せてきましたが、こっちに来るんでしょうか?」


「来るだろうな。いつ頃かは分からないけど、向こうだって総攻撃の指揮官を2人も倒されたとなれば面目が丸潰れだ。見つからなければ、誰かを犠牲にすることになるだろうな。牢に入っている何人かを吊るすことになるんだろうが、それだけでは済まないんじゃないか」


 軍の内部で粛清もあり得るってことか?

 帝国軍が弱くなるなら歓迎なんだけどねぇ……。


「とりあえずは生きて拠点に戻ることだ。本当に来るとは思わなかったんだが」


「ドワーフの連中はだいじょうぶなんでしょうか?」


「彼等なら心配ない。体力が俺達とは全然違う。だけど宗教上の理由で身を守る戦闘以外はやらないんだ。彼等だけなら俺達が5日掛かる距離を3日で移動できる。ドワーフ族を追撃するなんて無理な話さ」


 それなら安心だな。俺達葉自分の事だけ心配すれば良いってことだ。

 1個分隊なら待ち伏せできそうだけど、銃声を聞いて敵が集まってくることも考えないといけない。やはりジッと隠れていることが一番なんだろう。


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