J-157 拠点が慌ただしい
リバイルの町に到着した時にはすっかり日が暮れていた。
眼下で広範囲に燃えているのがリバイルの町らしいのだが、今まで見た中では一番ひどく燃えている。燃料か何かの製造がおこなわれていたのかもしれないな。
「上空1000ユーデからの撮影ということで、認めて貰いましょう。リトネン、終わったわよ!」
「これで終わりにゃ。ファイネル、ゆっくり拠点に戻るにゃ」
「了解。それにしても長い1日だったな。こんな戦が俺達の国で起きないことを祈るばかりだ」
「そうね。でも、ちゃんと覚えておくのよ。ピクトグラフの画像の複写を貰えれば良いんだけど、貰えない場合の報告も考えておかないと」
「簡単な報告書を早めに作っておいた方が良いにゃ。でないと忘れそうにゃ」
リトネンさんがそんな事を言っているけど、書くのはエミリさんに違いない。
エミリさんが溜息を吐いているところを見ると、本人も分かっているみたいだな。
「さて、後は帰投するだけだ。テレーザしばらくお願いするよ。リーディル、休憩に行くぞ!」
ファイネルさんの言葉に片手を上げて応えると、銃座から降りて倉庫に向かった。
給湯室でコーヒーをカップに注いで、ファイネルさんの分も作って持っていく。
「あの飛行船だが、やはり敵の敵に違いない。残骸を調べてみたかったな」
「空中軍艦2隻では無理は出来ませんよ。大型爆弾も使ってしまっていましたからね」
「大砲の残弾も6発だからなぁ……。まあ、空中軍艦は次の獲物で良いだろう」
飛空艇は空中軍艦に対抗する手段として開発されたらしいから、ファイネルさんの言うことも理解できる。でもあの状況下で、残骸調査を行うのは命がいくつあっても足りない気がする。
「次の偵察時に調べてみましょう。残骸が残っているかもしれませんよ」
「そう考えて諦めるか……。それより、ミザリーは何時になく忙しかったんじゃないか? 自動記録装置のテープが籠に山になってたぞ」
「平文の通信が少ないのでしょう。それに通信が混在しているらしく、文章にならないとぼやいてましたよ」
「あの被害だからなぁ。通信障害が発生するほどあちこちで電波を放ったんだろう。帝国がそれほど混乱しているとなれば、それに乗じた作戦も出来るということになるぞ」
「それは上の連中に任せれば良いですよ。俺達は指示に従うだけです。とはいえ、良心に背くような指示を受けた時には適当に誤魔化しましょう」
俺の言葉にファイネルさんが笑い声を上げる。
「全く、その通り……アハハハハ」なんて言ってるんだよなぁ。
「どうした、そんなに笑い声を上げて?」
やってきたのはイオニアさんだった。首を傾げてファイネルさんを見ている。
「リーディルもリトネンにかなり感化されたと感心してたんだ。何か新たな情報は入ったのか?」
「エミル達が通信記録を見直しているが、どうやら帝国内は戒厳令下にあるようだ」
「あの被害なら、頷ける話だ。その状況下でも通信量があれなのか?」
「まだ錯綜していると言ってたぞ。エミルはしばらく出撃が無くても楽しめそうだと言ってたな」
近くの木箱を引き寄せ、イオニアさんが腰を下ろした。
次の出撃時にどんな指示が出るかを色々と推測してみたけど、やはりロゲルトの被害状況というのが俺達の共通意見になる。
休憩を終えて、ブリッジに戻る。
ちらりと操縦席のコンパスを見ると、南南東に向かって進んでいるらしい。
高度は1500ユーデと言っていたから、昼なら見通しは良いはずなんだが、夜だからなぁ……。
銃座の下で前方を監視しているけど、まだ東の山脈は星明りの中で黒々とした姿を低く見せているだけだ。
拠点への帰投は深夜になるのかもしれない。
時刻は23時を回っている。
やはり拠点への帰投は日付が変わってからになりそうだ。
そんな事を考えながら、前方を監視していると、遠くにぼんやりとした明りが見えた。
隣のイオニアさんに顔を向けると、やはり気付いたようで俺に顔を向けてくる。
「拠点だと思うんですが……」
「たぶん間違いはないだろう。リトネン、ちょっと来てくれ!」
イオニアさんの声に、リトネンさんが眠そうな顔を上げると俺達の方に歩いてきた。
「何にゃ? ……確かに拠点にゃ! ミザリー、拠点への帰投を伝えるにゃ!」
「了解です! ……変ですね。いつもなら直ぐに返信が返って来るんですが」
通信機の前でミザリーが首を捻っている。
隣のエミリさんが、再度電鍵を打とうとした時だ。カタカタと通信機が動きだした。
「『無事な帰投を祝う。着陸後すぐに指揮所に出頭せよ』ですって! いつもは前の分だけで終わるんだけど、アデレイ王国軍にも被害があったのかしら?」
「夜間に灯火管制をしてないぐらいにゃ。かなり騒ぎになってるにゃ」
「だが、あのロゲルトという兵器は帝国の要所を狙ったんだろう? アデレイ王国軍の行動は俺達だって知らないぐらいだ。帝国や帝国に敵対する組織に発見されたってことか?」
ファイネルさんの問いに答えられる人物は、この飛空艇の中にはいない。
だんだんと見えていた拠点に姿が、敵地にも見えて来るんだよなぁ。
ポンポンと腰のホルスターを叩いて、拳銃の存在を改めて確認する。
「だいじょうぶにゃ。拠点で銃撃戦にはならないにゃ。でも飛空艇の点検は、ファイネル頼んだにゃ」
「ああ、目を光らせているよ。だけど、同盟関係にあるんだよなぁ。そこまでするかな?」
「用心しておけば、問題ないにゃ。現在でも同盟関係は継続してるにゃ」
着陸だけだから、ファイネルさんはテレーザさんに操縦を任せるみたいだ。俺を誘ってくれたから、倉庫で最後の一服を楽しもう。
「それにしても、明るいですね。大型飛行船に自走車が出入りしているようですけど」
「どれどれ……。あれは荷物の積み込みだな。斜路を下りてくる自走車の荷台には荷物が無いからな。ということは撤収作業をしているってことか!」
「戦況が変わったということでしょうか? 俺達の砦が無事なら良いんですが」
「尾根を掘ったブンカーに避難すれば大丈夫だ。案外一番安全な砦かもしれないぞ」
母さんは通信局にいるから、他の兵士達より安全かもしれない。
胸を撫でおろしていると、ゆっくりと飛空艇が高度を下げ始めた。いよいよ着陸ということなんだろう。
タバコを消して、ブリッジに戻る。
着陸のショックが殆ど感じられない。ファイネルさんよりテレーザさんの方が操縦が上手なんじゃないかな?
本人の前でそんな事を言うつもりはないけど、たぶん皆も同じ思いをしたんじゃないかな。
「ミザリー、そろそろ終わりにしましょう。明日もあるんだから」
「半分も終わってませんよ。断片を繋がないと文にならないものばかりですから」
着陸してもミザリーは通信文の整理をしていたようだ。
エミリさんの言う通り明日もあるし、何といっても直ぐに出撃ということにはならないだろう。
「リトネン、出掛けるわよ」
「しょうがないにゃ。簡単に報告して、直ぐに帰って来るにゃ」
格納庫に入れる自走車が到着する前に、リトネンさん達は飛行艇を下りて行った。
俺達の報告だけでなく、拠点の状況をちゃんと聞いてこれるんだろうか?
やがてやってきた自走車が飛空艇を格納庫に入れてくれた。
さて、外に出て一服を楽しむか。
それに、ストーブを焚いておかないとね。まだまだ朝晩は冷え込むんだよなぁ。
飛空艇を下りた俺達は、ストーブに周りに自然と集まる。
焚き木に火を点けたばかりだから、直ぐには暖かくならないんだけど地面に足を付けているだけでも安心できるということかな。
ミザリーがポットを乗せたけど、お茶を飲むにはしばらく掛かりそうだな。
「今回は色々とあったわね。飛空艇の燃料は第1貯槽に半分しか残ってなかったわ」
「2つのタンクに満杯ならば海を越えられるんだがなぁ。拠点がこの騒ぎでは補給が心配だよ」
ずっと前に、リトネンさんが言っていた帝国からの燃料盗取が現実を帯びてきた感じだ。
あちこち飛び回っていたから、リトネンさんとエミルさんで何か所か目星をつけたみたいだけど、本当にやるとなればそれなりの危険もあるに違いない。
やはり、何とかしてアデレイ王国軍から帰りの燃料を補給して貰うべきだと思うんだけどなぁ。
やっと沸いたお湯でお茶を飲む。
ジンジャーが入っているから、体の中から温まる。ミザリーとテレーザさんはお茶を飲み終えたところで飛空艇に入って行った。
疲れたから早めに休むのだろう。
残った俺達はコーヒーを飲む。
まだ眼が冴えてるんだよなぁ。3人とも喫煙者だから、一服を楽しみながらのコーヒータイムだ。
「あれから1時間だぞ。無理な命令をされてるんじゃないかな?」
「リトネンなら、その場を直ぐに去るはずだ。私は、今後の話でもめていると思っているのだが……」
リトネンさんは面倒事を嫌うからなぁ。それだとしてもその場を去るに違いない。
色々と邪推をしていると、格納庫の入り口の帆布が開いた。
どうやら帰ってきたようだが、2人とも顔色が優れないな。
「あら、待っててくれたのかしら。ファイネル、コーヒーを頼むわ」
「ああ、良いぞ。……それで、どうなってるんだ?」
「今回の遠征は中止にゃ。アデレイ王国軍の指揮官が飛行船と運命を共にしたにゃ。残った飛行船を使って帰投することになったにゃ」
確かに色々と資材を積み込んでたな。
だけど、まだ設営されたテントも残ってる。拠点に残留する連中もいるということかな。
「明日の昼過ぎに燃料と食料を補給してくれるにゃ。爆弾は翼下の4発だけになるにゃ。明日の夜に拠点を出発して、帝都南にある線路の分岐点を爆撃するにゃ。その間に飛行船が拠点を離れると言ってたにゃ」
「囮になって欲しいと言ってたわ。空中軍艦が数隻遊弋している状況では、私達に囮を依頼する気持ちも理解できるんだけど……」
「落下式増槽が2基あるなら、空中軍艦が何隻いても問題ない。艇内の2つのタンクで俺達の砦に戻れるぞ」
「それが、落下式増槽が1つしか届いていないらしいの。何とかなるかしら?」
「なら、増槽分だけ囮に徹するしかないな。増槽の燃料を使い切ったら真っ直ぐに帰ればいい」
ファイネルさんの話では、500ミラル程度の後続距離までらしい。
その後は長い空の旅ということになりそうだ。
それにしても、囮ねぇ……。分岐点の爆撃は夜というわけにはいかないようだな。
 




