J-156 偽装飛行船を撃て
夕食後に拠点から届いた通信文は、拠点到着時に渡されたコード表を使った暗号文だった。
「さすがに平文では拙いでしょうね。『帝都』、『軍港』それに『リバイル』と『カンゼラ』の2つの町の偵察を依頼してきたわ」
「あの兵器が飛んで行った方向だな。まさか帝都を攻撃したのか?」
「その確認もあるんでしょうね。カンゼラを偵察に出掛けた飛行船が帰投していないようだから、カンゼラについては軍の展開状況ということになるのかしら?」
「偵察用飛行船が落とされたとなれば空中軍艦がいるかもしれんな。そうでなければ、新型の大砲を準備していたことになる。あまり低空飛行はしない方が良いかもしれん」
「2000ユーデで飛行するにゃ。目標接近時にはイオニアも後部銃座で監視をすれば十分にゃ」
リトネンさん達が飛行経路を検討し始めたけど、俺は銃座の下で周囲の偵察だ。主機をアイドリング状態にして数ミラルの円を描くように飛空艇が動いているから、前部銃座の大きな窓からの偵察で十分らしい。
今のところ全く異常はない。
下を見れば黒々とした海が見えるだけだし、空は満点の星空だ。
夕食後の2度目の休息を取って、イオニアさんと監視を交代する。
交代で仮眠をとるから、今度は少し長い監視になりそうだ。
攻撃してくる様子が無いなら、飛行船や空中軍艦を確認しても移動方向を記録してくれれば良いとリトネンさんが言ってたから、結構気楽な監視になる。
眠気覚ましに飴玉を口の中で転がしていると、動いている光点を見付けた。
双眼鏡で拡大したけど、遠くだから姿がはっきりしないんだよなぁ。光の漏れる窓から推測する限りでは大型の飛行船になるのだろう。
コンパスで現在の軸線を確認し、飛行船の移動方向をメモに残す。海上ではなく岸辺付近を東に進んでいるらしい。帝国の混乱はまだ続いているようだ。
たまに通信機の自動記録装置がカタカタとなりだす。
通信機の周波数を色々と変えて、信号識別が出来る帯域を見付けたらしい。信号を聞き取るだけということで、現在は自動記録装置を使って、長い紙テープに記録を残しているようだ。
その解読に、明日はミザリー達が忙しくなりそうだ。
空が白んできた。
相変わらず海上は動きが無いが、陸地方向に何度か飛行船が飛ぶ姿が見えた。
先ほどは輸送車と思しき車列の明かりが東に向かって行ったから、帝都はさぞかし賑やかになっているに違いない。
ポン! と軽く肩を叩かれたので振り返ると、エミルさんが笑みを浮かべてコーヒーのカップを差し出してくれた。
「ありがとうございます」と礼を言って受け取ると、俺の隣に座って一緒にコーヒーを飲む。
「なにかあったかしら?」
「飛空艇に向かって来る飛行船は全くありませんでしたけど、陸の方に何度か東に向かう姿を目撃しましたよ。かなり速度を上げていたようですから、俺達に気付いても無視していたに違いありません」
メモを取るときだけ、手元を小さなライトで照らしていたからなぁ。案外俺達に気が付いていなかったのかもしれない。
俺が差し出したメモを受け取ると、首を傾げて読んでいる。ちゃんと読める字だと思うんだけど……。
「たぶん帝都に着弾したのかもしれないわ。車列は救援物資じゃないかしら?」
「俺達の王都の数倍の大きさですよ。さすがに帝都が無くなっているとは思えませんが……」
「かなり遠くからの攻撃だったはずよ。目標に正確に着弾したとも思えないわ。でも1発で町が無くなるほどだから、近くに着弾したとしてもかなり被害が出ているんでしょうね」
それであの指示が来てたんだな。
飛空艇を移動するのは、リトネンさんが起きてからになるらしい。
ファイネルさんがあくびをしながら、俺を休憩に誘ってくれた。監視をエミルさんにお願いして、コーヒーカップを手に倉庫へと向かう。
ちらりと給湯室を覗いてみたら、ミザリーがハミングしながら鍋の具材を掻き混ぜていた。携帯食を使ったスープを作っているんだろう。出来はどうかな?
倉庫に行くと、すでにファイネルさんが一服を始めている。
椅子を壁から倒して席に着くと、残ったコーヒーを味わうことにした。
「先ずは一眠りだ。テレーザがしばらくは操縦してくれるだろう。エミルも操縦できるから、その間に仮眠を取れば良い」
「航路を検討していたようですが?」
「一旦南下して最初の町に向かう。その後は軍港だ。町を偵察したら北東に進路を取って海上を進むから帝国軍に発見される恐れも少ないだろう。近くまで行ったなら、高度を上げての偵察だ。案外飛行船が飛び回っている可能性もあるぞ」
「偵察用飛行船が急いでいましたからねぇ。かなり帝都の上空は賑やかになっていると思いますよ」
「その時は戦闘機動を取るさ。毎時120ミラルなら、追ってこれる飛行船は無いからな」
そんな機動をとれるのは2時間も無いらしい。補機2つが稼働すると主機の燃料消費が数倍になると教えてくれた。
朝食が出来たとミザリーが教えてくれたので、スープと追加のコーヒーを受け取りこの場で頂くことにした。
眺めは前より悪いけど、食後のコーヒーを一服しながら頂けるからねぇ。ブリッジではそうもいかないんだよなぁ。
少し長めの休憩を終えたところでブリッジに戻る。
リトネンさんも起きていたから、彼女達の朝食が終わったら拠点からの指示に従って偵察を始めることになる。
「最初はカンゼラにゃ。どんな町かは行ってみれば分かるにゃ」
「200ミラル程離れているわ。巡航速度を上げないと4つ回れないわよ」
「第2燃料タンクに残り三分の一。第1は満タンだから毎時50ミラルで進めるぞ。第2巡航速度だから、主機は使わずに済む」
「ならそれで行くにゃ。昼前には見られるにゃ」
飛空艇がゆっくりと方向を変えて、南南東に向かって進んでいく。
速度を上げているのだろうが、あまり変化は感じられないんだよなぁ。
それでも2時間ほど進むと眼下には荒地と農地が広がっている。
馬や牛を使って鋤を引いているのはどこも同じだと思っていたら、蒸気自走車を使って大きな鋤を引いている光景を目撃した。
第個族の荘園なんだろうか? それにしても馬の数倍の速さで耕せるんだからなぁ。蒸気戦車等作らずに農業機械として利用すべきなんじゃないか?
「前方に煙が見えます。道路が真っ直ぐに煙の方向に続いていますから、あれがカンゼラかもしれませんよ」
「あれね! リトネン、間違いなくカンゼラよ。やはり攻撃を受けたようね」
俺の後ろにやってきたエミルさんが、双眼鏡を覗き込みながらリトネンさんに報告してくれた。
「かなり広範囲で上がっているぞ。カンゼラはいったいどんな町だったんだ?」
「地図で見る限りは、普通の町なんだけど……、道路がかなり整備されているわね」
「たぶん軍の工房があったに違いないにゃ。鉄道の引き込み線が無いなら、小型の兵器か、兵器の部品かもしれないにゃ」
皆の会話を背中で聞きながら、前方の監視を継続する。
だんだん煙の下の惨状が見えてきた。
あの町と同じじゃないか! 町の8割方が焼失して、煙を上げている。
被害を免れた町人達が、教会前の広場に遺体を運んでいた。
「酷い惨状にゃ……。あのロゲルトは使ってはいけない兵器にゃ」
「普通の町にも見えますけど……」
「あの焼け跡を見るにゃ。たくさんの機械が焼けてるにゃ。どう見ても工作機械の残骸にゃ」
「やはり軍の工房があったのね。町の中にあったとなれば、爆撃でも似た惨状になるんでしょうね」
だが、爆弾なら半ミラル四方が焼失するようなことはないんじゃないかな。それに爆弾を搭載した飛行船が近付けば、住民が避難することも可能だろう。
しかし、ロゲルトは違う。突然落ちてこの惨状を作り出すのだ。
「エミリ、2,3枚ピクトグラフで撮影するにゃ。次は軍港に向かうにゃ!」
あまり見ていたくはない光景だ。
ファイネルさんが無言で頷くと北東方向に飛行船の進路を変えた。
拠点で指定してきた偵察目標は、飛行船の爆撃目標でもあったのだろうか?
あんな惨状を作っているとなると、改めて爆撃をすることはないのだろうが帝国の技術を盗み出すことも出来ないだろう。
夕暮れが始まる前に、どうにか軍港と帝都を偵察したんだが、どちらも酷い惨状だった。
イオニアさんの話では、どちらも2発が着弾したらしい。
「どうやらロゲルトに搭載された弾頭にはいくつかの種類があるようですね。軍港の倉庫と帝都の住民街に着弾したロゲルトは強力な焼夷弾のようですし、桟橋と宮殿に落とされた弾頭部には毒ガスが装填されていた可能性があります」
「あの融けた遺体にゃ。あんなガスを作った奴は人間じゃないにゃ!」
俺も思わず目を逸らしたからなぁ……。何度か夢に見そうだ。
ブリッジの全員がリトネンさんと同じ思いに違いない。ミザリーが通信傍受で忙しくメモを取っていたのがせめてもの幸いだった。
「最後はリバイルだな。東の山麓からそれほど離れていないんだが、これも工房があるってことか? 去年何度か通ったはずなんだが……」
「新しい工房かもしれないわ。それとも隠匿された工房かもね」
「まぁ最後だからなぁ。補機を動かして早めに向かうぞ。日が暮れたら偵察も出来ない」
両翼の補機を起動すると、さすがに速度が上がったのが俺にも分かる。
これなら、日暮れ前に難とか町の様子をピクトグラフに収めることが出来るだろう。
イオニアさんに前方監視を替わって貰い、倉庫でコーヒーを飲む。
王都の宮殿で見た溶けかかった遺体の姿がまだ脳裏に浮かぶんだよなぁ。早く忘れたいんだけど……。
頭を振って脳裏の光景を消し去り、ブリッジへと向かう。
銃座の下に腰を下ろした時だ。
右手に何か光るものが見える。慌てて双眼鏡を手に覗いてみると、小型の飛行船だった。
「イオニアさん。右斜め上に飛行船が見えますよ。小型ですが少し変わってますね」
「あれか……。かなり速度が速いぞ! エミル、ちょっと見てくれ」
イオニアさんの言葉に、リトネンさんやファイネルさんまで俺の後ろにやってきた。
「あれか……。リトネン、あれはひょっとして!」
「かなり速いにゃ。どう考えても飛行船の速度じゃないにゃ」
「そうだな。毎時50ミラルを越えていそうだ。となると……、飛行船に偽装した飛空艇ということになりそうだ。この空域で、あえて帝国軍の小型飛行船に偽装しているとすれば敵の敵ってことなんじゃないか」
「ロゲルトの効果を確認しに来たに違いないにゃ! ファイネル、落とすにゃ!!」
「了解だ! リーディル、上の気嚢は偽装に地違いない。ゴンドラ部に撃ち込んでくれ! 俺も大砲を使ってみるが、あれほど速度を出していると外れる公算が高いからな」
「状況開始にゃ!」
リトネンさんの言葉に全員が持ち場に着く。
俺も銃座に上がり、ヒドラⅡの装填レバーを足で蹴り、最初の1発を装填した。弾種は炸裂弾の筈だ。照準器を調整して射程300ユーデに設定する。
「ヒドラⅡ、いつでも発射できます!」
「発射はリーディルに任せるにゃ。ファイネルの方は準備が出来たかにゃ?」
「こっちも終了した。操船はテレーザに任せたから、300ユーデで発射するぞ!」
ジリジリジリ……と、ブザーが鳴る。
伝声管を耳に当てていたリトネンさんが、「任せるにゃ!」と言っていたから、後部銃座に走って行ったイオニアさんの方も準備が出来たということなんだろう。
飛空艇がどんどん速度を上げていく。
補機を使えば、一時的に毎時120ミラルまで速度を上げられるらしい。
小型飛行船がどんどん大きくなってきたが、上空では距離感が上手く掴めないのが辛いところだ。
俺が参考にしているのは、飛行船の丸窓だ。
丸窓の真鍮の枠が明確に見えた距離が、およそ300ユーデになる。
さらに小型飛行船に近づく。斜め後方、少し下方からの接近になる。
しっかりとヒドラⅡのストックを肩に付けて、照準器越しに飛行船を見る。
まだ窓枠が明確じゃないな……。
見えた! と思った時には既にトリガーを引いていた。
ドォン! という大きな銃声が飛空手のブリッジ内に反響する。直ぐに装填レバーを蹴り込んで次発装填を行っていると、ズシン! という砲音とグイっという感じの衝撃が伝わってくる。
飛行船との衝突を避けるため飛空艇が上を向きだした。 銃座から立ち上がるような姿勢で次発を撃ちこむ。
ゴオォォォ……と言う音を伴って飛空艇が飛行船から離れていく。このまま進んで回頭すれば確実に落とせそうだな。
3ミラル程進んだところで飛空艇が半時計周りに回頭し、小型飛行船に軸線を向けた。
「大砲は外れたなぁ……。だけど、ヒドラⅡの銃弾は当たったみたいだぞ」
「煙を出しているわね。それより高度が下がってるわ。……下がってるというより落ちてる感じね。当たり所が悪かったのかしら?」
再びブザーが鳴りだした。
伝声管でイオニアさんの報告を聞いていたリトネンさんが、「分かったにゃ」と言って俺達のところにやってきた。
「残念だけどここで終わりにゃ。空中軍艦がやってきたみたいにゃ。2隻となると、逃げた方が良さそうにゃ」
「そうね。諦めるのも大事よ。それに、本当に落ちてるみたい。あれじゃあ、2度と飛べないでしょうし、搭乗員も無事には済まないでしょうね」
「それじゃあ、進路を変えるぞ。最後の町を偵察すれば終わりだからな」
ファイネルさんが操縦席に戻り、エミリさんはミザリーの隣に座って、通信文の確認を始めた。
もう直ぐ夕暮れなんだけど、町の偵察なんて出来るのだろうか?
真っ暗でもまだ燃えているようなら、ピクトグラフに映るかもしれないな。
 




