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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 24 帝国の闇 【 地下室へ急げ 】


 私の作った観測用飛行船は、ジュピテル機関を使うことで気嚢の大きさを半分ほどに出来る。ジュピテル機関の出力を上げることで気嚢も必要では無いのだが、さすがに長時間の稼働はいまだに問題がある。空中軍艦のように複数のジュピテル機関を搭載するなら問題は無いのだが、気嚢を設けることで帝国軍の小型飛行船に偽装出来るのは都合が良いと思わねばなるまい。

 ロゲルトの一斉発射によって島全体がロゲルトの噴煙に覆われたのを確認したところで島を脱出する。

 先ずは空中軍艦に進路を合わせて、空中軍艦の後方に向けて進もう。

 速度差が10ミラル以上あるから、追い付くことは不可能だろう。

 その上、ブースターを使ってさらに速度を上げている。

 この白煙の中でまだ気嚢にガスを充填しない状態の小さな飛行船は、監視員の眼に入らないかもしれないな。


「島を爆撃しています。やはり私達の生存を見破ったということでしょうか?」


「偽装はしてたんだけどねぇ……。でも、今さらだよ。既にロゲルトは発射された。30分も経たぬ内に、帝都や大きな町に落ちるだろう。帝国の混乱が収まるのは何時になるかな。その間に隠匿した海中軍艦で次の王国に向かえば良い。名を変えて王国に取り入るのはそれほど難しいとは思えないね」


「さすがに東の大陸は難しいと思います。北の大陸もしくは、南の群島辺りになるかと」


「寒いのは願い下げだから、南に向かおうか。南国の島で海を見ながらワインを楽しむのも一興だと思うよ」


 ケニーとの会話を楽しみながら、飛行船を操縦する。

 既に30ミラルは離れている。そろそろ気嚢を膨らませようか。

 時間は……、あれから10分を過ぎている。

 結果を楽しみながら東に向えば良いだろう。


「気嚢へのガス充填開始! 高度1000ユーデに上昇。ブースターを投棄して、主機にて巡航速度を維持。進路は東で良いだろう。数時間後には最初の結果を目に出来るはずだ」

 

 侍女達が私の指示で飛行船の操作を始めた。

 小さな飛行船だから侍女達の何名かは操縦が出来る。さて、後は大空を巡航するだけだから、船室で休んでいよう。

 町が見えたなら侍女が教えてくれるはずだ。

               ・

               ・

               ・

 突然のサイレンに、部屋を出ようとしたクリンゲン卿が立ち止まった。

 バタバタと大きな足音が聞こえたかと思ったら、いきなり私室の扉が乱暴に開いた。

 思わず厳しい視線を向けたが、若者は気にも留めない様子だ。


「至急避難してください。右宮から連絡がありました。ロゲルトが10発以上発射されたそうです!」


「何だと! ……時間はどれほどあるのだろう?」


「この3つの島のいずれかなら、20分ほどで着弾するだろう。地下に移動するほかあるまい。声を出して地下に移動するのだ。聞き耳を持たぬ輩は放っておけ!」


 クリンゲン卿の言葉に、がくがくと頭を振って頷いている。直ぐに踵を返して大声を上げながら遠ざかって行った。


「面白い若者だな。まあ、あれで皆にも知らせることが出来るだろう。半日は地下で過ごさねばならん。ワインは2本で良いぞ」


「相変わらずだな。では我等も避難するとしよう」


 こんな状況下でのクリンゲン卿の落ち着きを見ると、さすが武門貴族だと感心してしまう。

 果たして帝都にロゲルトが降って来るかは定かではないが、確証が得られぬのなら避難することに越したことはない。

 慌てふためく貴族や所員が私達柄を追い抜いていく。

 そんなに急ぐと階段で転んでしまうんじゃないか? 思わずクリンゲン卿を顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまった。


 宮殿の地下は倉庫になっている。食料倉庫に書庫、それらを管理する事務室と保管した品を入れ替えるための作業室……、ここに入ったのは初めてだがしばらくは滞在できそうだな。

 軍で使っている携帯食料の備蓄まであるのには驚いた。


「籠城戦を考えた時代もあったということかな?」


「今でも備蓄食料は定期的に入れ替えているよ。もっとも1個大隊3日分ではあるがね。避難してきた連中は500人を越えないだろう。夕食を食べさせることが出来そうだ」


「不味いと言わなければ良いんだが」


「それなら予算の確保にも使えそうだ。是非とも食べさせてみよう。……どうだ? その後判明したことはないのか」


「総指揮所も混乱しているようです。地下壕に避難して情報を収集している最中のようです」


 倉庫を管理する事務員が気を利かせて、私達を来客対応の部屋に案内してくれた。私の私室の半分ほども無い部屋だが応接セットと電話がある。

 その電話でクリンゲン卿が避難者の中から軍服を着た若者2人を臨時の副官に任じたようだ。上手く対応できれば昇進も可能だろう。

 私の後ろにはメリンダとハイデマンが控えている。事務員に探して貰ったのだが、直ぐに見つかったようだ。


「連絡を受けて15分が過ぎている。もう10分程待って、何事も無ければ今回は良い訓練ということになるだろうな」


「全く、作業が全て中断している。今夜は眠れそうもないぞ」


 私の愚痴に、苦笑いを浮かべたクリンゲン卿が紙コップを取り出した。

 どこから見つけたのだろう?

 確かに少し落ち着く必要がありそうだ。出がけにポケットに入れたワインを取り出して紙コップに注ぐ。


「君達も飲みたまえ。悪い品ではないぞ。1本で金貨1枚だからね」


 メリンダがちょっと驚いた表情の士官とハイデマンにコップを手渡す。


「さて、何に乾杯するかな? そうだ! やはり訓練の成功を祝おうじゃないか」


「「「乾杯!!」」」


 じっくり味わうというより、先ずは半分ほど喉に流し込む。

 甘い香りが鼻に抜ける……。このワインならゆっくりと味わいたいものだ。

 さらに一口飲んだところでコップをテーブルに戻すと、クリンゲン卿がビンを持ち上げて私のコップに注ぎ足そうとした時だった。


 大音響とともに大きな揺れが襲ってきた。

 まだ耳がキーンと残響を残している。遠くで大勢が悲鳴を上げている声もしているようだが……。

 周囲を見回そうと立ち上がった時だった。

 再び大きな揺れが襲ってきた。

 足を取られて体が倒れる……。


「ウゥ……ム……」


 誰かが私を揺すっている。

 体の自由が利かない。やっとの思いで目を開けると、心配そうに私の顔を覗いているメリンダの顔があった。


「クリンゲン卿! ケイランド卿が意識を取り戻しました」


「なに! それは良かった。少しは安心できるな。急に起こさぬようにするのだぞ。頭を打っているのだ。容態が急変することある。そのままソファーに寝かせておいてくれ。もう少しすれば話も出来るだろう」


 どうやら2度目の揺れで転んだ拍子に頭を打ったらしい。

 メリンダにワインを飲ませて貰うと、少し頭がはっきりとしてきた。痛い頭に手を添えると、手に血が付いてきた。包帯を巻いてはいるが、まだ出血が続いているのだろう。


「もう大丈夫だ。まだ血が出ているようだが、これぐらいで死ぬことはないだろう。クリンゲン卿、状況を教えてくれないか?」


「大丈夫なのか? 卿がいない帝国なんぞ、想像もしたくない。それで、状況なんだが……」


 最初の1発は宮殿の奥宮を直撃したらしい。例の毒ガスが充満したらしく、奥宮の生存者は皆無との事だ。2発目は広範囲に火災を起こす物だったらしく、王都の東半分が焼失したらしい。


「とんでもない事態になったな。これでは帝国が瓦解しかねない」


「総指揮所で他の被害を調査中だ。少なくとも北の軍港は破壊された。被害は甚大だが、まだ我々がいる。戒厳令を私の名で布告したよ。帝国の全てにだ」


「一度軍政にした方が良いのかもしれない。これを機に貴族を無くすことも可能だろうがあまり急ぎ過ぎるのも考え物だな」


 軍政という私の言葉に、一瞬クリンゲン卿がビクリと体を硬直したように見えた。

 帝國が出来た当初は軍政だったと聞いたことがある。

 初心に帰ることで帝国最大の危機を乗り越えることが出来るだろうか?

 いや、出来るだろうかでは問題だな。出来なければならない。


「ひとまず、この大陸の帝国軍を再編しなければなるまい。新王を牽制している部隊も戻してはどうだろうか? 王国の治世に手を焼いているようだから、反乱を企むことも無いと思うのだが?」


「3個師団にはなるだろうな。先ずは治安維持が第一だ。次にブランケル夫妻だが、どこまでも追わねばならん。夫妻が生存している限り我等に害を成すことは確実だ。最後に現在進行中の戦をどうするか考えねばなるまい。帝国内がこの惨状なのだからな。資材は帝国復旧に用いたいところだ」


 卿の言葉の1つずつに頷いていく。

 確かにその通りだろう。だが、ケニー達はロゲルトを発射した後に島から逃走できたのだろうか?

 発射後に島への爆撃が行われ、その後に陸戦隊が島に上陸したはずだ。その結果はまだ知らされていないのだが……。

 卿に空中軍艦の首尾を確認してみると、詳しく説明してくれた。


 どうやら強化兵と陸戦隊での戦闘が行われたらしい。

 空中軍艦による砲撃で強化兵を潰したとのことだが、砂礫を退かして地下施設に突入したところで島が大爆発を起こしたとのことだ。


「報告を聞く限り、死んだとは確定できない。小型飛行船を使って帝国内をしらみつぶしに探してはいるのだが」


「大陸は広いからなぁ。継続案件となってしまいそうだ。だが、ケニーの所有する島は3つ。全て今回の爆撃を受けている。新たな拠点を用意しているとも思えないのだが」


「その為の帝国内全ての戒厳令だ。食料欲しさに村に立ち寄るなら発見は可能だろう」


 大きな網を張ったということか。

 それなら発見は案外早そうに思えるな。


 ワインをもう1杯頂く。地下ではあるがパイプを取り出して火を点けた。

 明日は何から始めよう。

 私の執務室が残っているかも怪しい限りだ。奥宮にロゲルトが直撃したとなれば、あの毒ガスの影響がどこまで広がるのかも分からないからなぁ。

 臨時の部屋を軍の駐屯地に用意して貰おうか。しばらくは戒厳令のままだから、その方が都合も良さそうだ。


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